胸が痛まない心筋梗塞もある―急性冠症候群の症状を「3つの系統」で読み解く
第105回医師国家試験 G問題 第23問
国試問題にチャレンジ
急性冠症候群に通常みられないのはどれか。
- a.嘔気
- b.肩痛
- c.耳痛
- d.失神
- e.冷汗
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
急性冠症候群の症状は、心筋虚血による痛み(前胸部の圧迫感と、左肩・左上肢、頸部、下顎・歯、心窩部、背部への放散痛)、自律神経反射による症状(交感神経緊張による冷汗、迷走神経反射による嘔気・嘔吐や徐脈)、心機能低下や不整脈による症状(呼吸困難、ショック、失神)の3系統で整理できます。耳は典型的な放散部位に含まれず、耳痛はACSで通常みられない症状です。下壁梗塞ではBezold-Jarisch反射や房室ブロックが起こりやすく、高齢者・女性・糖尿病・透析患者では胸痛を欠く非典型例が多い点にも注意が必要です。症状を機序から理解しておくことは、非典型的な訴えからACSを疑い、速やかに心電図とトロポニンで評価するという臨床判断の基盤になります。
解答・解説
正解はcです
急性冠症候群とは
急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)は、冠動脈の粥腫(プラーク)が破綻したりびらんを生じたりして、その表面に血栓ができ、冠動脈が急に狭くなったり詰まったりすることで起こる病態をまとめた概念である。不安定狭心症、急性心筋梗塞(ST上昇型:STEMI、非ST上昇型:NSTEMI)、さらに虚血による心臓突然死までを含む。
症状を考える枠組み
ACSの症状は、次の3つの系統に分けて整理すると覚えやすい。 1. 心筋虚血そのものによる痛み:前胸部の圧迫感・絞扼感が典型で、20分以上続くことが多い。痛みは左肩・左上肢、頸部、下顎・歯、背部、心窩部へ放散する(放散痛)。 2. 自律神経反射による症状:強い痛みやストレスによる交感神経の緊張で冷汗・顔面蒼白が、迷走神経反射(とくに下壁梗塞)で嘔気・嘔吐、徐脈、血圧低下がみられる。 3. 心機能障害・不整脈による症状:左室のポンプ機能低下による呼吸困難(肺うっ血)やショック、心室細動・房室ブロックなどの不整脈による失神・意識消失がある。
設問の考え方
選択肢のうち、嘔気・肩痛・失神・冷汗は上記の枠組みのいずれかに当てはまり、ACSでしばしば経験される症状である。一方、耳痛は放散痛の典型的な分布(頸部・下顎・肩・腕・心窩部・背部)には含まれず、ACSの症状として通常挙げられるものではない。まれな非典型例として耳の周囲の痛みを訴える報告はあるが、「通常みられない」ものを選ぶ本問では耳痛が最も適切である。
選択肢考察
- ×a. 嘔気
ACSでよくみられる。心筋、とくに左室下壁(横隔膜面)には迷走神経の求心性線維が多く分布しており、下壁梗塞ではこれが刺激されて迷走神経反射(Bezold-Jarisch反射)が起こり、嘔気・嘔吐、徐脈、血圧低下を来しやすい。痛みそのものによる反応として嘔気を伴うこともある。さらに心窩部痛として発症する例もあり、消化器疾患と誤認されやすい点に注意が必要である。
- ×b. 肩痛
ACSでよくみられる放散痛である。心臓からの痛覚を伝える求心性線維は主にT1〜T5付近の脊髄に入り、同じ脊髄分節に入る体表(肩・上肢内側・胸壁)の痛みとして脳が誤って認識する(関連痛)。そのため左肩から左上肢尺側への放散が典型だが、右肩や両肩に及ぶこともある。胸痛を伴わず肩痛のみを訴える例もあり、肩こりや整形外科的疾患と誤認されることがある。
- ○c. 耳痛
ACSで通常みられない症状であり、これが正解である。ACSの放散痛は頸部、下顎、歯、肩、上肢、心窩部、背部が典型的な部位で、耳は含まれない。耳周囲の痛みを訴えた報告がないわけではないが、その場合も単独ではなく胸痛・頸部痛・下顎痛などとともに感じられることがほとんどで、頻度はきわめて低い。したがって選択肢中で「通常みられない」ものとして最も適切である。
- ×d. 失神
ACSで起こりうる症状である。機序としては、(1) 広範な心筋虚血による心収縮力の低下で心拍出量が急減し、脳血流が不足する、(2) 心室頻拍・心室細動などの致死性不整脈、(3) 下壁梗塞に伴う房室ブロックや洞徐脈(右冠動脈は洞結節・房室結節を栄養することが多い)、(4) 迷走神経反射による徐脈・低血圧、が挙げられる。STEMIの主訴の大部分は胸痛であるが、一部は呼吸困難や意識消失で発症し、特に高齢者では失神が初発症状となることがある。
- ×e. 冷汗
ACSでよくみられる症状である。強い胸痛や心拍出量低下に対して交感神経が強く緊張し、汗腺からの発汗と皮膚血管の収縮が起こるため、冷たく湿った皮膚(冷汗)となる。血行動態が悪化して心原性ショックに至ると、冷汗・顔面蒼白・末梢冷感が顕著になる。「冷汗を伴う胸痛」はACSを強く疑わせる所見として重要である。
ACSの病態と分類
・不安定狭心症:心筋の壊死を伴わない(心筋トロポニン上昇なし)急性の虚血。新規発症、増悪型、安静時発症などの形をとる。 ・NSTEMI:心電図でST上昇を示さないが、トロポニン上昇から心筋壊死が確認されるもの。 ・STEMI:冠動脈の完全閉塞により貫壁性の虚血が生じ、ST上昇を示すもの。一刻も早い再灌流療法(主に経皮的冠動脈インターベンション:PCI)が必要である。 冠動脈内の血栓の大きさ、閉塞の程度・時間、側副血行路の有無によって、虚血の程度はさまざまである。
非典型的な症状に注意すべき患者
高齢者、女性、糖尿病患者(自律神経障害で痛覚が鈍る)、透析患者では、典型的な胸痛を欠き、息切れ、倦怠感、「何となく調子が悪い」といった漠然とした訴えや、心窩部痛・嘔気などの消化器症状のみで発症することがある。
初期対応で押さえる事項
・持続する胸痛があれば、速やかに12誘導心電図をとり、心筋トロポニンなどの心筋マーカーを測定する。STEMIが疑われれば、PCIが可能な施設(CCUネットワーク)への迅速な搬送が求められる。 ・下壁梗塞(Ⅱ・Ⅲ・aVFでST上昇)では右室梗塞の合併を疑い、右側胸部誘導(V4Rなど)を記録する。右室梗塞では前負荷の維持が重要で、硝酸薬による血圧低下に注意する。 ・幅広いQRS(脚ブロックなどの伝導障害)を示し、血行動態が不安定な場合は左冠動脈主幹部(LMT)病変を疑う。
POINT
・ACSの典型症状:20分以上続く前胸部の圧迫感・絞扼感、冷汗、嘔気・嘔吐、呼吸困難。 ・放散痛の部位:左肩・左上肢、頸部、下顎・歯、心窩部、背部。耳は典型的な放散部位ではない。 ・失神は心拍出量低下、致死性不整脈、房室ブロック、迷走神経反射で生じうる。 ・下壁梗塞では迷走神経反射による嘔気・徐脈・低血圧が起こりやすい。 ・高齢者・女性・糖尿病・透析患者では非典型的な症状で発症しやすい。
