ペットボトルの山が語るもの―「物忘れのない認知症」前頭側頭型認知症を見抜く
第105回医師国家試験 D問題 第22問
国試問題にチャレンジ
60歳の男性。従来は周囲に対する配慮ができていたが,最近は著しく自己中心的な言動が目立つようになったことを心配した家族に伴われて来院した。1年前から気力がなくなり,ぼーっとたたずんでいることが多くなった。自室内には,数か月前から収集し続けているペットボトルが山積みになっているという。 最も考えられる疾患はどれか。
- a.Alzheimer型認知症
- b.Lewy小体型認知症
- c.前頭側頭型認知症
- d.強迫性障害
- e.統合失調症
対話形式の解説
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医学生まとめ
初老期に、記憶障害よりも先に人格変化(自己中心的な言動・共感の欠如)、自発性低下、収集などの常同行動が目立つ場合は、前頭側頭型認知症(行動異常型)を考えます。Alzheimer型は近時記憶障害、Lewy小体型は幻視・認知機能の変動・パーキンソニズムで始まることが多く、初発症状の違いが病型鑑別の鍵です。強迫性障害や統合失調症は好発年齢が若く、不安を背景とした自我違和的な強迫行為や幻覚・妄想の有無で区別できます。前頭側頭型認知症は前頭葉・側頭葉前部の萎縮を示し、病識に乏しく「性格の変化」と誤解されやすいため、家族の話から行動の変化を丁寧に拾うことが早期診断につながります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・60歳男性。初老期(65歳未満)に発症している。 ・病前は周囲に配慮できる人だったが、最近は著しく自己中心的な言動が目立つ。社会的な振る舞いが変わり、他者への共感や配慮が失われている(人格変化・社会的行動の障害)。 ・1年前から気力がなく、ぼーっとたたずんでいることが多い(自発性低下・アパシー)。 ・数か月前からペットボトルを集め続けて山積みにしている。同じ行為に固執して繰り返す常同行動・収集行動である。 ・一方で、記憶障害(物忘れ)、幻視、パーキンソン症状、妄想・幻聴といった記載はない。
診断へのプロセス
初老期に、記憶障害よりも先に「人格変化・社会性の欠如」「自発性低下」「常同行動」が目立っている。これは前頭葉・側頭葉前部が障害されたときの典型的な症状の組み合わせであり、前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)のうち、行動異常型(behavioral variant FTD:bvFTD)を最も考える。 鑑別では、各認知症の「初発症状」の違いに注目する。Alzheimer型認知症は近時記憶障害、Lewy小体型認知症は幻視・認知機能の変動・パーキンソニズムで発症することが多い。精神疾患としては、強迫性障害(収集行動との関連)と統合失調症(無為・自閉との関連)が挙がるが、年齢や症状の質が合わない。
選択肢考察
- ×a. Alzheimer型認知症
誤りである。Alzheimer型認知症は、多くが近時記憶障害(物忘れ)で発症し、見当識障害、物盗られ妄想、取り繕い反応などを伴う。病初期には人格や社会的な振る舞いが比較的保たれることが多い。本例のように、記憶障害の記載がないまま人格変化・常同行動が前景に立つ経過は、Alzheimer型としては非典型的である。
- ×b. Lewy小体型認知症
誤りである。Lewy小体型認知症の中核的特徴は、①具体的で繰り返し現れる幻視、②注意・覚醒レベルの変動を伴う認知機能の動揺、③レム睡眠行動異常症、④パーキンソニズムである。そのほか、抗精神病薬への過敏性や自律神経障害もみられる。本例にはこれらの記載がなく、該当しない。
- ○c. 前頭側頭型認知症
正解である。本例は初老期に発症し、①自己中心的な言動(脱抑制・共感の欠如などの人格変化)、②自発性低下(アパシー)、③ペットボトルの収集(常同行動)という前頭葉症状が、記憶障害より目立っている。これは行動異常型前頭側頭型認知症の典型像である。前頭葉・側頭葉前部に限局した萎縮を示す神経変性疾患で、古典的にはPick病がその代表である。
- ×d. 強迫性障害
誤りである。強迫性障害は、繰り返し浮かぶ不合理な考え(強迫観念)と、それによる不安を打ち消すための反復行為(強迫行為)を特徴とする。患者は多くの場合、その不合理さを自覚して苦痛を感じている(自我違和的)。好発年齢は10〜20歳代であり、60歳で初めて発症することはまれである。人格変化や自発性低下を主症状とすることもない。本例の収集行動は、不安を背景とするものではなく、前頭葉障害による常同行動と考えるのが自然である。なお、物をため込んで手放せない病態は、DSM-5以降、強迫症の関連疾患として「ためこみ症」という独立した診断カテゴリーになっている。
- ×e. 統合失調症
誤りである。統合失調症は思春期〜青年期(10歳代後半〜30歳代)に発症することが多く、60歳での新規発症は典型的でない。陽性症状(幻聴、被害妄想、させられ体験などの自我障害)や陰性症状(感情の平板化、意欲低下、自閉)を呈する。本例の無気力は陰性症状に似ているが、幻覚・妄想の記載がない。「自己中心的な言動」という病前性格からの変化も、統合失調症よりFTDの脱抑制・共感の欠如に合致する。
前頭側頭型認知症(FTD)の概要
・前頭葉と側頭葉前部に限局した萎縮を示す神経変性疾患の総称である(前頭側頭葉変性症:FTLD)。65歳未満の初老期に発症することが多い。 ・病理:タウ蛋白、TDP-43、FUSなどの異常な蓄積がみられる。Pick球(Pick小体)を伴うものが古典的なPick病である。 ・臨床病型:①行動異常型(bvFTD)、②意味性認知症(語の意味が失われる。側頭葉前部の萎縮)、③進行性非流暢性失語。このうち行動異常型FTDと意味性認知症は、日本では指定難病である。
行動異常型FTDの主な症状
・脱抑制:社会的に不適切な行動、万引きなどの反社会的行為、礼節の喪失。 ・アパシー(無関心・自発性低下)。 ・共感・感情移入の欠如。 ・常同行動・保続:同じ行動や決まった日課の繰り返し(時刻表的生活)、同じ道順での周遊(周徊)、収集行動、滞続言語(同じ話を繰り返す)。 ・食行動の変化:過食、甘い物を好むようになる、食の嗜好の変化。 ・その他:被影響性の亢進(目に入った物に反応してしまう、他人の言葉をおうむ返しにする)、立ち去り行動、病識の欠如。 ・記憶や視空間認知は病初期には比較的保たれる。 ・画像:頭部CT・MRIでは前頭葉・側頭葉前部の萎縮(ナイフの刃状萎縮)、SPECT・PETでは同部位の血流・代謝の低下がみられる。 ・治療:根本的な治療法はない。コリンエステラーゼ阻害薬の有効性は確立していない。行動症状に対してSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が用いられることがある。
主な認知症の初発症状の比較
・Alzheimer型:近時記憶障害、見当識障害、物盗られ妄想。頭頂・側頭葉や後部帯状回の血流が低下する。 ・Lewy小体型:幻視、認知機能の変動、パーキンソニズム、レム睡眠行動異常症。後頭葉の血流が低下し、MIBG心筋シンチグラフィで取り込みが低下する。 ・前頭側頭型:人格変化、脱抑制、常同行動、自発性低下。 ・血管性:段階的な増悪、まだら認知症、局所神経症状。
POINT
・初老期発症で、記憶障害より「人格変化(自己中心的・脱抑制)」「自発性低下」「常同行動(収集・周徊・時刻表的生活)」が目立てば、前頭側頭型認知症を考える。 ・病初期には記憶は比較的保たれ、病識が乏しい。 ・認知症の病型ごとの初発症状(Alzheimer型=物忘れ、Lewy小体型=幻視・パーキンソニズム、FTD=行動異常)を区別できるようにする。 ・強迫性障害や統合失調症とは、発症年齢と症状の質(不安を背景とするか、幻覚・妄想があるか)で鑑別する。
