StudyMed医師国家試験

検査より先に手で診る―鼠径ヘルニアの治療方針は身体診察で決まる

第104回医師国家試験 H問題 第32問(連問)

国試問題にチャレンジ

第104回 H問題 第32問

連問の共通文

次の文を読み,31と32の問いに答えよ。 55歳の男性。腹痛を主訴に来院した。 現病歴:2週前に右下腹部に違和感を覚えた。歩行すると足のつけ根が腫れ,精巣が引きつるようになった。横になると痛みは軽減する。全身状態は良好である。 既往歴:45歳時から糖尿病。 生活歴:公務員。 家族歴:母親が大腸癌。 現症:意識は清明。身長165 cm,体重65 kg。体温36.6℃。脈拍60/分,整。血圧112/72 mmHg。腹部は平坦,軟で,圧痛を認めない。肝・脾を触知しない。 検査所見:尿所見:蛋白(-),糖(-)。血液所見:赤血球450万,Hb 14.5 g/dL,Ht 45%,白血球6,500,血小板22万。血液生化学所見:血糖135 mg/dL,HbA1c 6.3%,総蛋白7.0 g/dL,アルブミン4.5 g/dL,尿素窒素18 mg/dL,クレアチニン0.9 mg/dL,尿酸7.0 mg/dL,総コレステロール220 mg/dL,トリグリセリド140 mg/dL,総ビリルビン0.9 mg/dL,AST 30 IU/L,ALT 25 IU/L,LD 200 IU/L(基準176~353),ALP 200 IU/L(基準115~359),Na 140 mEq/L,K 4.5 mEq/L,Cl 105 mEq/L。CRP 0.3 mg/dL。

 治療方針の決定に有用なのはどれか。

  1. a.身体診察
  2. b.心電図
  3. c.腹部エックス線写真
  4. d.腹部CT
  5. e.腹部MRI

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、立つと足のつけ根が腫れて横になると楽になる、という典型的な訴えから病態を推定し、治療方針を決めるために何をすべきかを考える問題だ。着眼点は「この病気の方針を左右する情報は何か」と「それを最も確実に得られる手段は何か」の2つだよ。まず、どんな疾患を思い浮かべるかな。
医学生医学生
腹圧がかかると出てきて、臥位で引っ込むので鼠径ヘルニアだと思います。精巣が引きつれる感じがあるのは、陰嚢のほうへ伸びているからでしょうか。
ドクタードクター
その通り。ヘルニア嚢が鼠径管を通って陰嚢方向へ伸びる外鼠径ヘルニアを示唆する所見だね。発熱も圧痛もなく、炎症反応も上がっていないから、嵌頓や絞扼は起きていない還納性のヘルニアと考えられる。
医学生医学生
診断はほぼついているとして、治療方針を決めるには、やっぱりCTで正確に評価したほうがいい気がします。
ドクタードクター
そう考える人は多いけど、ここが落とし穴だ。鼠径ヘルニアの治療方針で知りたいのは、本当にヘルニアか、用手的に還納できるか、左右どちらか両側か、外鼠径・内鼠径・大腿ヘルニアのどれか、という点。これらのほとんどは立位と臥位での視診・触診、つまり身体診察で判断できるんだ。だから正解は身体診察になる。
医学生医学生
還納できるかどうかは、確かに実際に押してみないとわかりませんね。
ドクタードクター
そう。立位で膨隆の位置と大きさを確かめ、外鼠径輪に指を入れて咳をしてもらい咳嗽衝撃をみる。臥位で用手的に戻せれば待機的手術、戻らず痛みや嘔吐など腸閉塞症状を伴えば嵌頓として緊急手術。手術の緊急度まで含めて、この診察で方針が決まるわけだ。膨隆と鼠径靱帯の位置関係を見れば、大腿ヘルニアとの区別もおおむねつく。
医学生医学生
OSCEの腹部診察で鼠径部まで診る練習はあまりしなかったので、盲点でした。
ドクタードクター
臨床では「鼠径部を見ずに腹部診察を終えない」が鉄則だよ。では他の選択肢も見ておこう。心電図はどうかな。
医学生医学生
糖尿病もある55歳なので、手術前には取りそうです。
ドクタードクター
術前評価として行うことはあるね。でもそれは麻酔や手術に耐えられるかを見る検査で、ヘルニアをどう治療するかという方針自体を決める検査ではない。腹部エックス線写真は?
医学生医学生
腸閉塞になっていれば鏡面像が見えますが、還納できるかまではわからないですよね。
ドクタードクター
正解。嵌頓して腸閉塞を起こしたときに拡張腸管やニボーを確認するのには役立つけど、今回のような還納性ヘルニアでは方針決定に寄与しない。腹部CTはヘルニア嚢や内容、ヘルニア門を描出できて、肥満で触れにくい例や嵌頓時の腸管虚血の評価では有用だ。ただ典型例では必須ではないし、仰臥位で撮るから還納された状態だとヘルニアが写らないこともある。
医学生医学生
寝ると引っ込むヘルニアを、寝かせて撮るわけですもんね。MRIも同じ理由で不要ということですか。
ドクタードクター
そうだね。MRIは診断が難しい鼠径部痛の精査に使われることはあるけど、時間も費用もかかり、典型的な鼠径ヘルニアで行う必要はない。補助的な画像としては、立位や怒責時の動きをその場で観察できる超音波検査のほうが使い勝手がいいよ。
医学生医学生
治療は手術になるんですよね。ヘルニアバンドで様子を見るのは駄目なんでしょうか。
ドクタードクター
成人の鼠径ヘルニアは自然には治らず、ヘルニア帯は根治にならない。症状の乏しい男性で経過観察を選ぶこともあるけど、症状があれば手術が勧められる。成人ではメッシュを使ったテンションフリー修復が主流で、前方到達法のLichtenstein法やメッシュプラグ法、腹腔鏡下のTAPPやTEPがある。小児の外鼠径ヘルニアは腹膜鞘状突起の開存が原因だから、高位結紮を行いメッシュは使わない。
医学生医学生
外科実習で腹腔鏡下ヘルニア修復術に入ったとき、先生が術前に必ず立たせて鼠径部を触っていた理由がわかりました。
ドクタードクター
いい観察だね。最後に注意点。嵌頓して還納できない、あるいは絞扼が疑われる場合は腸管壊死や穿孔に至るので緊急手術になる。特にヘルニア門の狭い大腿ヘルニアは中年以降の女性に多く、嵌頓しやすい。腸閉塞の患者を診たら、手術歴がなくても鼠径部・大腿部を必ず確認する習慣をつけておこう。

まとめ

立位や歩行で鼠径部が膨隆し臥位で消失する経過は、還納性の鼠径ヘルニアに典型的であり、精巣の牽引感は陰嚢方向へ伸びる外鼠径ヘルニアを示唆します。治療方針を決めるうえで重要な「本当にヘルニアか」「用手的に還納できるか」「部位と型(外鼠径・内鼠径・大腿)」は、立位・臥位での視診と触診、すなわち身体診察でほぼ判断できます。CTやMRI、エックス線は診断困難例や嵌頓・腸閉塞の評価に補助的に用いるもので、心電図は術前評価の位置付けにすぎません。成人の鼠径ヘルニアは自然治癒しないため手術が基本で、還納性なら待機的手術、還納不能や絞扼が疑われれば緊急手術となります。「検査の前に身体診察で何が決まるか」を意識することは、ヘルニアに限らず効率的で安全な診療の基本です。

解答・解説

正解はaです

所見の整理

・55歳男性。2週前から右下腹部の違和感があり、歩くと足のつけ根(鼠径部)が膨らんで精巣が引きつれ、横になると軽くなる。 ・体温36.6℃、腹部は平坦・軟で圧痛なし。白血球6,500、CRP 0.3 mg/dLと炎症所見はなく、全身状態は良好である。

診断へのプロセス

立位・歩行という腹圧のかかる状況で鼠径部に膨隆が現れ、臥位で消える(自然に還納される)経過は鼠径ヘルニアに特徴的である。精巣の牽引感は、ヘルニア嚢が鼠径管を通り陰嚢方向へ伸びる外鼠径ヘルニアを示唆する。発熱、持続痛、腹膜刺激症状、炎症反応の上昇がなく、嵌頓(脱出した内容が戻らなくなる状態)や絞扼(血流障害を伴う嵌頓)は起きていないと考えられる。以上から、還納性の右鼠径ヘルニアと診断できる。

設問の考え方

成人の鼠径ヘルニアは自然治癒せず、根治には手術(ヘルニア修復術)が必要であり、有症状例では待機的手術が原則となる。治療方針を決めるうえで知りたいのは、(1)本当に鼠径ヘルニアか、(2)用手的に還納できるか(嵌頓していないか=緊急手術が必要か)、(3)左右どちらか・両側か、外鼠径か内鼠径か大腿ヘルニアか、といった点であり、これらの大部分は立位・臥位での視診と触診、すなわち身体診察で判断できる。画像検査は診断困難例や嵌頓・腸閉塞の評価などで補助的に用いるにとどまる。

選択肢考察

  1. ○a.  身体診察

    鼠径ヘルニアはほとんどの症例で身体診察により診断がつく。立位で膨隆の部位と大きさを確かめ、外鼠径輪に指を入れて咳をさせ咳嗽衝撃を確認し、臥位で用手的に還納できるかを評価する。還納可能であれば待機的手術、還納できず痛みや腸閉塞症状を伴えば嵌頓として緊急手術というように、手術の緊急度を含めた治療方針がこの診察で決まる。膨隆と鼠径靱帯との位置関係から大腿ヘルニアとの区別もおおむね可能である。

  2. ×b.  心電図

    心電図はヘルニアの診断や病態評価には関係しない。手術・麻酔に耐えられるかをみる術前検査の一つとして行われることはあるが、ヘルニアをどう治療するかという方針そのものを決める検査ではない。

  3. ×c.  腹部エックス線写真

    単純エックス線写真では、陰嚢や鼠径部に腸管ガス像が写る程度で、ヘルニア門の位置や還納性はわからない。嵌頓により腸閉塞をきたした場合に拡張腸管や鏡面像(ニボー)を確認する目的では役立つが、本症例のように嵌頓のない還納性ヘルニアでは治療方針の決定に寄与しない。術前のスクリーニングとして胸部・腹部の撮影を行うことはある。

  4. ×d.  腹部CT

    CTではヘルニア嚢やその内容、ヘルニア門の位置を描出でき、身体所見がはっきりしない例や肥満例、嵌頓による腸管虚血の評価では有用である。しかし典型的な症状と所見をもつ本症例では身体診察で診断・方針決定が可能であり、被曝や費用を伴うCTは必須ではない。また撮影は通常仰臥位で行うため、還納された状態ではヘルニアが写らないこともある。

  5. ×e.  腹部MRI

    MRIでもヘルニアの描出は可能で、診断が難しい鼠径部痛の精査などに用いられることはあるが、検査時間が長く費用もかかり、典型的な鼠径ヘルニアで行う必要はない。本症例の治療方針決定には不要である。

鼠径ヘルニアの治療

・成人の鼠径ヘルニアは自然に治らず、ヘルニア帯(脱出を外から押さえる装具)は根治にならないため、治療の基本は手術である。症状が乏しい男性では経過観察(watchful waiting)が選択されることもあるが、症状がある例では手術が勧められる。 ・術式には、鼠径部を切開して行う前方到達法(メッシュを用いるLichtenstein法、メッシュプラグ法など)と、腹腔鏡下修復術(TAPP:経腹腔的腹膜前修復法、TEP:完全腹膜外修復法)がある。成人ではメッシュを用いた緊張のかからない修復(テンションフリー法)が主流である。 ・小児の外鼠径ヘルニアでは開存した腹膜鞘状突起の高位結紮(Potts法など)を行い、メッシュは用いない。

嵌頓ヘルニア

・脱出したヘルニア内容が戻らなくなった状態で、強い痛み、圧痛のある硬い膨隆、嘔吐や腹部膨満などの腸閉塞症状を伴う。 ・血流障害が加わると絞扼となり腸管壊死・穿孔に至るため、用手還納ができない場合や絞扼が疑われる場合は緊急手術を行う。ヘルニア門が狭い大腿ヘルニアは特に嵌頓しやすい。

画像検査の位置付け

・超音波検査:非侵襲的で、立位や怒責時の動的観察もでき、身体所見がはっきりしない例の補助診断に用いられる。 ・CT:嵌頓時の内容臓器や腸管虚血の評価、非典型例の診断に有用。 ・単純エックス線:嵌頓に伴う腸閉塞の評価に用いる。

POINT

・鼠径ヘルニアの診断と治療方針(還納性か嵌頓か、部位・型)は、立位・臥位での身体診察でほぼ決定できる。 ・成人の鼠径ヘルニアは自然治癒しないため治療の基本は手術。還納性なら待機的手術、還納不能・絞扼が疑われれば緊急手術。 ・CT・MRI・エックス線は診断困難例や嵌頓・腸閉塞の評価に補助的に用い、心電図などは術前評価の位置付けである。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。