「冷や汗」は体からのSOS―慢性の心窩部痛に潜む急変のサインを見抜く
第104回医師国家試験 C問題 第23問
国試問題にチャレンジ
71歳の女性。心窩部痛と嘔気とを主訴に夫に伴われて来院した。心窩部痛は半年前から時々出現し,その都度,市販の胃薬を服用して対処してきた。今朝から嘔気と冷汗とが加わった。既往歴に変形性膝関節症があり,市販の鎮痛薬を服用している。 緊急性を示唆する病歴情報はどれか。
- a.嘔気
- b.冷汗
- c.心窩部痛
- d.変形性膝関節症
- e.複数の市販薬の服用
対話形式の解説
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ドクターまとめ
高齢者がNSAIDsを常用し慢性の心窩部痛を繰り返している場合はNSAIDs潰瘍を考えますが、緊急性の判断では慢性の症状や背景因子ではなく、新たに加わった全身状態の変化に注目します。冷汗は循環血液量の減少や心拍出量の低下に反応した交感神経の過緊張を反映し、ショックやその前段階を示す危険なサインです。NSAIDs潰瘍は鎮痛作用で痛みが乏しいまま出血で発症しやすく、また高齢女性の心窩部痛・嘔気・冷汗は急性冠症候群の非典型的な現れ方でもあるため、バイタルサインの確認、静脈路確保、心電図、緊急内視鏡などを速やかに進めます。病歴から「原因を示す情報」と「今の危険を示す情報」を区別する視点は、救急外来での初期対応の基本となります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・71歳の女性、心窩部痛と嘔気で来院 ・心窩部痛は半年前から時々あり、市販の胃薬で対処してきた → 慢性・反復性の上部消化管症状(胃炎や胃・十二指腸潰瘍を示唆) ・変形性膝関節症に対し市販の鎮痛薬を服用 → 多くは非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)であり、NSAIDs潰瘍の危険因子 ・今朝から嘔気と冷汗が加わった → 病態が急に変化したことを示す
考え方
経過からはNSAIDsによる胃・十二指腸潰瘍がまず考えられる。潰瘍が急に悪化した場合に最も警戒すべきは出血と穿孔である。本例では腹膜刺激症状の記載はなく、今朝からの冷汗が目立つ。冷汗は、出血などで循環血液量が減り血圧が下がりかけたときに交感神経が強く働いて生じる症状であり、ショック(あるいはその前段階)を示唆する。NSAIDs潰瘍は痛みが乏しいまま出血で発症することも多く、高齢者では特に注意が必要である。 また、高齢女性の心窩部痛・嘔気・冷汗は急性心筋梗塞など急性冠症候群の非典型的な表現型でもある。いずれの病態であっても、冷汗は生命に関わる重篤な状態が進行していることを示す重要なサインである。 設問は、病歴のうちどれが「緊急性」を示すかを問うている。慢性的な症状や背景因子ではなく、現在の全身状態の急な悪化を反映する情報を選ぶ。
選択肢考察
- ×a. 嘔気
嘔気は胃炎や消化性潰瘍、機能性ディスペプシアなどでもよくみられる非特異的な消化器症状である。重篤な疾患に伴うこともあるが、それ単独では緊急性を示すとはいえない。
- ○b. 冷汗
冷汗は、循環血液量の減少や強い痛み・心拍出量低下に反応して交感神経が過剰に緊張したときに生じ、皮膚の蒼白・冷感とともにショックの徴候とされる。本例ではNSAIDs潰瘍からの出血による出血性ショックの始まりや、急性冠症候群の可能性を考えさせる所見であり、直ちにバイタルサインの確認、静脈路確保、緊急内視鏡や心電図などの対応を要する。緊急性を示唆する病歴情報である。
- ×c. 心窩部痛
心窩部痛は主訴そのものであり、胃・十二指腸、胆道、膵臓、心臓など多くの臓器の疾患で起こる。本例では半年前から繰り返している慢性の症状であり、痛みがあるだけでは緊急性の判断材料にならない。
- ×d. 変形性膝関節症
加齢とともに進行する慢性の関節疾患であり、それ自体に緊急性はない。鎮痛薬(NSAIDs)の常用につながる背景因子として、潰瘍の原因を推測するうえでは有用な情報である。
- ×e. 複数の市販薬の服用
市販の鎮痛薬(NSAIDs)の常用は消化性潰瘍の原因を考える重要な手がかりであり、潰瘍の診断・再発予防の観点では意味がある。しかし服薬歴は病態の成因を示す情報であって、今まさに急変が起きていることを示すものではない。
NSAIDs潰瘍
NSAIDsはシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害し、胃粘膜の防御に働くプロスタグランジンの産生を減少させることで胃・十二指腸潰瘍を起こす。胃前庭部に多く、多発しやすい。鎮痛作用のために痛みが目立たず、吐血・下血などの出血で初めて見つかることも多い。高齢、潰瘍の既往、抗血小板薬・抗凝固薬・ステロイドの併用、高用量NSAIDsなどは消化管出血の危険因子である。治療はNSAIDsの中止(困難ならプロトンポンプ阻害薬〈PPI〉の併用)、出血例では内視鏡的止血術が基本である。
冷汗とショック
ショックでは組織灌流を保つため交感神経系が亢進し、皮膚血管の収縮(蒼白・冷感)、頻脈、発汗が生じる。蒼白・虚脱・冷汗・脈拍触知不能・呼吸不全はショックの5徴(5P)と呼ばれる。血圧が下がる前から頻脈や冷汗が出現することがあり、早期発見の手がかりとなる。
心窩部痛で見逃してはならない疾患
急性心筋梗塞(特に下壁梗塞)、大動脈解離、消化性潰瘍穿孔・出血、急性膵炎、急性胆管炎、腹部大動脈瘤破裂など。高齢者・女性・糖尿病患者では心筋梗塞が胸痛を伴わず心窩部痛や嘔気のみで現れることがあるため、心電図の確認が勧められる。
POINT
・冷汗は交感神経の過緊張を反映し、ショックや重篤な病態を示唆する「危険なサイン」 ・高齢者のNSAIDs服用+心窩部痛 → NSAIDs潰瘍。急変時は出血・穿孔を考える ・NSAIDs潰瘍は痛みが乏しく、出血で発症することが多い ・高齢女性の心窩部痛・嘔気・冷汗では急性冠症候群も鑑別に挙げる
