骨盤の大手術のあとに何を防ぐか―血栓と感染から考える周術期管理の基本
第101回医師国家試験 H問題 第43問
国試問題にチャレンジ
60歳の男性。排尿困難を主訴に来院した。前立腺に限局した腺癌と診断され,根治的前立腺全摘除術を受けた。 周術期の管理で正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.手術中下肢にストッキングを装着する。
- b.手術後は骨盤高位にする。
- c.ドレーンは開放式にする。
- d.抜糸まで連日抗菌薬を投与する。
- e.早期離床を促す。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
根治的前立腺全摘除術のような骨盤内の悪性腫瘍手術は、Virchowの3徴がそろう静脈血栓塞栓症のハイリスク手術であり、術中からの弾性ストッキング・間欠的空気圧迫法と術後の早期離床で深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症を予防します。早期離床は呼吸器合併症、腸管麻痺、廃用、せん妄の予防にも役立ちますが、初回歩行時の肺血栓塞栓症の発症には注意が必要です。感染対策では、逆行性感染を防ぐ閉鎖式ドレーンを用い、予防的抗菌薬は執刀前に開始して術後原則24時間以内で終了し、抜糸までの漫然とした投与は耐性菌などの害を招きます。術後に骨盤高位をとる根拠はありません。どの手術にも通じる「血栓」と「感染」の予防原則を理解しておくことは、外科系すべての周術期管理の土台になります。
解答・解説
正解はa, eです
症例の整理
60歳男性が排尿困難を契機に受診し、前立腺に限局した腺癌(限局性前立腺癌)と診断されている。限局癌で期待余命が十分(一般に10年以上)ある患者では、根治的前立腺全摘除術は標準的な根治治療の一つである。本問はこの手術の周術期管理として適切なものを選ばせる問題であり、疾患の診断そのものではなく、「骨盤内の大手術を受けた中高年患者に何が起こりやすく、どう予防するか」という一般的な周術期管理の原則が問われている。
考え方の軸
周術期管理で特に意識すべき合併症は、(1) 深部静脈血栓症(DVT: deep vein thrombosis)とそれに続く肺血栓塞栓症(PTE: pulmonary thromboembolism)、(2) 手術部位感染(SSI: surgical site infection)、(3) 呼吸器合併症や廃用などの離床遅延に伴う合併症、である。 前立腺全摘除術は、骨盤内手術・悪性腫瘍手術・中高年という複数の静脈血栓塞栓症(VTE: venous thromboembolism)の危険因子を併せもつ。このため、術中からの弾性ストッキングや間欠的空気圧迫法による機械的予防、術後の早期離床がとくに重要となる。 一方、感染対策では、現在は閉鎖式ドレーンの使用と、予防的抗菌薬の短期間投与(術前に開始し術後24時間以内を原則として終了)が基本であり、「長く・多く」投与する発想は否定されている。 各選択肢をこれらの原則に照らして判断すればよい。
選択肢考察
- ○a. 手術中下肢にストッキングを装着する。
弾性ストッキングは下肢表在静脈を外から圧迫して深部静脈へ血流を集め、静脈血流速度を上げることで血液のうっ滞を減らし、DVTを予防する。全身麻酔下では筋ポンプが働かず、骨盤内操作で骨盤静脈が圧迫・損傷されやすいため、手術中から装着する意義が大きい。前立腺全摘除術のような骨盤内の悪性腫瘍手術はVTEリスクが高い手術に分類され、弾性ストッキングに加えて間欠的空気圧迫法(下肢に巻いたカフで圧迫と解除を繰り返す装置)を併用することが多い。リスクに応じて低用量未分画ヘパリンなどの抗凝固療法が追加されることもある。
- ×b. 手術後は骨盤高位にする。
骨盤高位(頭部を低くし骨盤を持ち上げる体位、トレンデレンブルグ位に近い)を術後にとる医学的な根拠はない。むしろ頭低位では腹部臓器が横隔膜を押し上げて換気が妨げられ、顔面・脳・眼の静脈圧が上昇するなどの不利益がある。術後は、誤嚥防止と呼吸を楽にする目的で仰臥位から上半身をやや挙上した体位とし、状態が落ち着き次第早期に離床させるのが一般的である。なお、ロボット支援前立腺全摘除術では術中に強い頭低位をとるが、これはあくまで術野確保のための術中体位であり、術後管理とは別である。
- ×c. ドレーンは開放式にする。
開放式ドレーン(排液をガーゼなどに開放して受ける方式)は、ドレーンを伝って外界の細菌が体内へ逆行しやすく、逆行性感染の危険が高い。また排液量や性状を正確に把握しにくい。現在は本術式に限らず多くの手術で、バッグに接続して外界と遮断する閉鎖式ドレーン(必要に応じて陰圧をかける閉鎖式吸引ドレーン)が用いられる。前立腺全摘除術では膀胱尿道吻合部からの尿漏れやリンパ漏の監視にもドレーンが役立つため、排液の観察がしやすい閉鎖式が適している。
- ×d. 抜糸まで連日抗菌薬を投与する。
予防的抗菌薬の目的は、手術中に創部へ入り込む細菌の定着を防ぐことにあり、組織中の薬物濃度が執刀時から閉創まで保たれていれば十分である。そのため、執刀前1時間以内に投与を開始し、長時間手術では術中に追加投与し、術後は24時間以内を原則として終了する(施設や術式により48時間程度までとすることもある)。抜糸まで(通常1週間前後)の連日投与は感染予防効果を高めず、薬剤耐性菌の出現、Clostridioides difficile(クロストリディオイデス・ディフィシル)腸炎、副作用、医療費の増加を招くだけである。術前から尿路感染を合併している場合や、術後に感染徴候が現れた場合には、予防投与ではなく治療として抗菌薬を用いる。
- ○e. 早期離床を促す。
早期離床によって下肢の筋ポンプが働き、静脈うっ滞が解消されてDVT・PTEの予防となる。さらに、無気肺や肺炎などの呼吸器合併症の予防、腸蠕動の回復促進、筋力低下や廃用症候群の防止、高齢者でのせん妄や認知機能低下の予防にも役立つ。前立腺全摘除術は、尿道カテーテルが留置されたままでも多くは手術翌日から歩行が可能であり、術後早期回復のための管理(ERAS: enhanced recovery after surgery)の考え方でも早期離床は中心的な要素である。なお、PTEは初回歩行時や排便時など、臥床後に初めて動いた際に発症しやすいため、離床時には呼吸困難や胸痛、SpO2低下に注意する。
周術期の静脈血栓塞栓症(VTE)予防
Virchowの3徴(血流のうっ滞、血管内皮障害、血液凝固能亢進)がVTE発症の基本である。手術では、麻酔・臥床によるうっ滞、手術操作による血管損傷、手術侵襲や悪性腫瘍による凝固亢進がそろう。 予防法は、リスクに応じて次のように組み合わせる。 ・早期離床と積極的な下肢運動(足関節の底背屈運動など) ・弾性ストッキング ・間欠的空気圧迫法 ・抗凝固療法(低用量未分画ヘパリン、低分子量ヘパリン、フォンダパリヌクスなど) 泌尿器科領域では、前立腺全摘除術や膀胱全摘除術などの骨盤内悪性腫瘍手術は中〜高リスクに位置づけられ、機械的予防は事実上必須である。
手術部位感染(SSI)予防の原則
・予防的抗菌薬は、想定される汚染菌に有効な狭域の薬剤(泌尿器科の清潔準汚染手術では第1・第2世代セファロスポリンなど)を選ぶ。 ・執刀前1時間以内に投与を開始し、長時間手術では薬剤の半減期に応じて術中に追加投与する。 ・投与期間は原則として術後24時間以内とし、漫然と延長しない。 ・ドレーンは閉鎖式とし、不要になれば早期に抜去する。 ・術前の剃毛は行わず、必要なら直前にクリッパーで除毛する。
前立腺全摘除術後の特徴的な管理
前立腺を摘出した後、膀胱と尿道を吻合するため、吻合部が治癒するまで尿道カテーテルを約1週間留置し、抜去前に膀胱造影で吻合部の漏れがないことを確認することが多い。術後合併症として、尿失禁(多くは骨盤底筋訓練により徐々に改善)、勃起障害、吻合部狭窄、リンパ嚢腫などが知られる。
POINT
・骨盤内の悪性腫瘍手術はVTEのハイリスク手術であり、術中からの弾性ストッキング・間欠的空気圧迫法と術後の早期離床で予防する。 ・早期離床はDVT/PTE予防に加え、呼吸器合併症・廃用・せん妄の予防にも有効である。 ・ドレーンは逆行性感染を防ぐため閉鎖式を用いる。 ・予防的抗菌薬は執刀前に開始し、術後24時間以内を原則に終了する。抜糸までの連日投与は不要であり、耐性菌を増やす。 ・術後に骨盤高位をとる根拠はない。
