N95マスクと陰圧個室が教えてくれる―感染対策から病原体を逆算する
第101回医師国家試験 B問題 第60問
国試問題にチャレンジ
咳,痰および発熱を訴えて入院した感染症患者を診察した医師が,医療スタッフにはN95マスクの着用を指示し,患者にサージカルマスクを着用させて陰圧個室に隔離するよう指示した。 原因病原体はどれか。
- a.結核菌
- b.マラリア原虫
- c.ヒト免疫不全ウイルス〈HIV〉
- d.バンコマイシン耐性腸球菌〈VRE〉
- e.メチシリン耐性黄色ブドウ球菌〈MRSA〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
医療者のN95マスク着用、患者のサージカルマスク着用、陰圧個室への隔離は、いずれも空気予防策の構成要素であり、咳・痰・発熱を伴う患者では排菌している肺結核がまず考えられます。空気感染する代表的な病原体は結核菌、麻疹ウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルスの3つで、飛沫核が長時間空気中を漂うため高性能マスクと陰圧管理が必要になります。一方、マラリアは蚊が媒介し、HIVは血液・体液を介して感染するため標準予防策で対応し、MRSAやVREは接触予防策の対象です。結核では排菌の陰性化まで空気予防策を続け、接触者にはインターフェロンγ遊離試験による健診を行います。感染経路と予防策を対応づけて理解しておくことは、院内感染を防ぐ日常診療の基本であり、医療者自身を守ることにもつながります。
解答・解説
正解はaです
医師が指示した感染対策の内容から、どの感染経路を想定しているかを読み取り、病原体を推定する問題である。 指示された対策を整理すると次のようになる。 ・医療スタッフにN95マスクを着用させる:N95マスクは、空気中を長時間漂う微小な粒子(飛沫核、直径5μm以下)を95%以上捕集できる高性能マスクであり、空気感染(飛沫核感染)への対策で用いる。 ・患者にサージカルマスクを着用させる:咳やくしゃみで出る飛沫を発生源で抑え、周囲への排出を減らすためである(患者本人にN95マスクは不要)。 ・陰圧個室に隔離する:室内の空気が廊下など外に漏れないように気圧を低く保つ部屋で、空気感染する病原体の患者に用いる。 これらはいずれも標準予防策に上乗せする「空気予防策」の構成要素である。空気感染する代表的な病原体は結核菌、麻疹ウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス(水痘および播種性帯状疱疹)の3つである。さらに、咳・痰・発熱という呼吸器症状を伴う点から、肺結核(排菌している開放性結核)が最も考えやすい。 選択肢の他の病原体は、蚊による媒介(マラリア)、血液・体液(HIV)、接触(VRE、MRSA)で伝播し、空気予防策の対象ではない。
選択肢考察
- ○a. 結核菌
結核菌(Mycobacterium tuberculosis)は、排菌している肺結核患者の咳などで生じた飛沫の水分が蒸発してできる飛沫核が空気中を漂い、それを吸い込むことで感染する(空気感染)。咳・痰・発熱という呼吸器症状とも合致する。このため、医療者のN95マスク着用、患者のサージカルマスク着用、陰圧個室(空気感染隔離室)への収容という空気予防策が必要になる。喀痰塗抹陽性の肺結核は結核病床のある病院への入院勧告の対象となる(感染症法の二類感染症)。
- ×b. マラリア原虫
マラリアはハマダラカ(Anopheles属の蚊)が吸血する際に原虫を媒介して感染する。ヒトからヒトへ空気や飛沫でうつることはなく(輸血・臓器移植・母子感染などの例外を除く)、病棟での隔離やN95マスクは不要である。予防の基本は流行地で蚊に刺されないこと(防虫剤、蚊帳、長袖の着用など)と、必要に応じた予防内服である。症状も周期的な発熱が中心で、咳・痰は主症状ではない。
- ×c. ヒト免疫不全ウイルス〈HIV〉
HIVの感染経路は性的接触、血液(針刺し事故、注射器の共用、輸血・血液製剤)、母子感染(経胎盤・産道・母乳)である。日常的な接触や咳・くしゃみではうつらないため、標準予防策で対応し、隔離やN95マスクは不要である。ただし、HIV感染者が肺結核を合併している場合には、結核に対する空気予防策が必要になる。
- ×d. バンコマイシン耐性腸球菌〈VRE〉
VREは、保菌者・感染者との直接接触や、汚染された医療器具(聴診器、体温計など)・環境表面・医療者の手指を介して広がる接触感染の病原体である。対策は接触予防策(手指衛生の徹底、手袋・ガウンの着用、個室隔離またはコホーティング、器具の専用化)であり、N95マスクや陰圧室は不要である。VRE感染症は感染症法の五類感染症(全数把握)である。
- ×e. メチシリン耐性黄色ブドウ球菌〈MRSA〉
MRSAの主な伝播経路は、医療者の手指や器具を介した接触感染である。したがって接触予防策(手指衛生、手袋・ガウン、個室またはコホーティング)で対応する。MRSA肺炎の患者で喀痰が多い場合などは飛沫への配慮としてサージカルマスクを用いることはあるが、N95マスクや陰圧個室を要する空気予防策の対象ではない。
標準予防策と感染経路別予防策
標準予防策(スタンダードプリコーション):すべての患者の血液・体液・分泌物・排泄物・傷のある皮膚・粘膜を感染の可能性があるものとして扱う。手指衛生、状況に応じた手袋・ガウン・マスク・ゴーグルの使用などが基本である。これに加え、感染経路に応じて次の予防策を追加する。 1. 空気予防策 ・対象:結核、麻疹、水痘(播種性帯状疱疹を含む) ・病原体を含む飛沫核(5μm以下)が長時間空気中を浮遊し、遠くまで届く。 ・陰圧個室(1時間に6〜12回以上の換気、排気は屋外へ直接またはHEPAフィルターを通す)、医療者はN95マスク、患者が室外に出る際はサージカルマスク。 ・麻疹・水痘では、免疫をもつ職員が担当することが望ましい。 2. 飛沫予防策 ・対象:インフルエンザ、風疹、流行性耳下腺炎、百日咳、マイコプラズマ、髄膜炎菌、溶連菌感染症など ・5μmより大きい飛沫が約1〜2m以内に飛散する。 ・個室またはコホーティング(同じ病原体の患者を同室にする)、患者に接する際はサージカルマスク。陰圧室は不要。 3. 接触予防策 ・対象:MRSA、VRE、多剤耐性緑膿菌、クロストリディオイデス・ディフィシル、ノロウイルス、疥癬、ロタウイルスなど ・手袋・ガウンの着用、手指衛生の徹底、器具の患者専用化。C. difficileやノロウイルスはアルコールが効きにくいため流水と石けんによる手洗いを行う。
結核の院内感染対策の補足
・N95マスクは使用前にフィットテスト・シールチェック(ユーザーシールチェック)を行い、顔との密着を確認する。 ・喀痰塗抹検査などで排菌が陰性化するまで空気予防策を続ける。 ・結核の接触者健診にはインターフェロンγ遊離試験(IGRA)が用いられる。
POINT
・N95マスク+陰圧個室 = 空気予防策 ・空気感染する病原体は結核菌・麻疹ウイルス・水痘帯状疱疹ウイルスの3つ ・N95マスクは医療者が着用し、患者にはサージカルマスクを着用させる ・MRSA・VREは接触予防策、HIVは標準予防策、マラリアは蚊による媒介
