胸の打撲のあとに漏れ出す空気―縦隔気腫から気管損傷を突き止める
第99回医師国家試験 H問題 第7問
国試問題にチャレンジ
27歳の男性。自転車で走行中に転倒して胸部を打撲後に胸痛が増強したため来院した。呼吸数16/分。脈拍84/分,整。血圧128/72mmHg。血液所見:赤血球467万,Hb 14.4g/dL,白血球7,900。胸部エックス線写真(A)と胸部単純CT(B)とを示す。 診断に最も有用なのはどれか。

- a.動脈血ガス分析
- b.心電図
- c.心エコー検査
- d.肺血流シンチグラム
- e.気管支鏡検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
胸部外傷後に縦隔気腫や皮下気腫を認めたら、空気の漏れの源として気管・気管支損傷、肺胞破裂、食道損傷を考えます。気管周囲に空気が多く、外傷後に胸痛が増強している場合は気管・気管支損傷を強く疑い、気道内腔を直接観察できる気管支鏡検査で損傷の有無・部位・範囲を確認することが確定診断と治療方針の決定につながります。動脈血ガス分析は呼吸状態の評価、心電図や心エコーは心筋挫傷や心タンポナーデの評価、肺血流シンチグラムは肺血栓塞栓症の診断に用いる検査であり、空気漏れの原因診断には向きません。ドレナージ後も続く空気漏れや再膨張しない肺は気管支損傷のサインであり、食道損傷の可能性も併せて評価します。「異常所見の原因を確かめるには何を見るべきか」から検査を選ぶ姿勢は、外傷診療全般で重要です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・27歳男性。自転車で転倒し胸部を打撲した後、胸痛が強くなってきた。 ・呼吸数16/分、脈拍84/分・整、血圧128/72mmHgとバイタルサインは安定している。 ・Hb 14.4g/dLで貧血はなく、明らかな大量出血を示す所見はない。白血球7,900で炎症反応の上昇もない。 ・胸部エックス線写真(A):縦隔の輪郭や頸部に沿って線状〜帯状の透亮像(空気の影)がみられ、縦隔気腫・頸部皮下気腫を示唆する。明らかな気胸や肺挫傷の影、肋骨骨折ははっきりしない。 ・胸部単純CT(B):気管の周囲から大血管の周りにかけて縦隔内に空気(黒く写る低吸収域)が広がっており、縦隔気腫が確認できる。肺野には異常を認めない。
診断へのプロセス
胸部外傷後に縦隔気腫を認めた場合、縦隔内に空気が入り込んだ経路(空気の漏れの源)を考える必要がある。主な原因は、①気管・気管支の損傷、②肺胞の破裂によって漏れた空気が肺血管や気管支の周りの間質に沿って縦隔へ達するもの(Macklin効果)、③食道の損傷である。本例は気管のすぐ周囲に空気が多く、外傷後に胸痛が増強していることから、気管・気管支損傷(気管裂傷)を強く疑う。気管・気管支損傷は、見逃すと後に気道の狭窄や無気肺を起こし、重症例では換気不全に至るため、早期に確定診断する必要がある。
設問の考え方
気管・気管支損傷の確定診断には、気管支鏡で気道の内腔を直接観察し、損傷の有無・部位・範囲(裂け目の長さ、全周性かどうか)を確認するのが最も有用である。その結果は、保存的に経過をみるか手術で修復するかの判断にも直結する。
選択肢考察
- ×a. 動脈血ガス分析
動脈血ガス分析は、酸素化(PaO2)や換気(PaCO2)、酸塩基平衡を評価して呼吸状態の重症度を把握するための検査である。本例は呼吸数16/分と呼吸状態が安定しており、仮に異常があったとしても、それは空気がどこから漏れているかという原因を教えてはくれない。全身状態の評価としての意義はあるが、縦隔気腫の原因を診断する検査ではない。
- ×b. 心電図
心電図は、急性冠症候群や心膜炎、鈍的心損傷(心筋挫傷)に伴う不整脈などを評価する検査である。胸部打撲後であり心筋挫傷の評価として行うことはあるが、本例は脈拍整でバイタルも安定し、画像上の主な異常は縦隔気腫である。空気の漏れの原因(気道損傷)を明らかにする検査ではないため、診断に最も有用とはいえない。
- ×c. 心エコー検査
心エコー検査は、心嚢液の貯留(心タンポナーデ)、心臓の壁運動異常、弁の損傷などを評価する検査で、胸部外傷の初期診療では心嚢液の有無の確認に用いられる。本例は血圧・脈拍が安定し、心タンポナーデを疑わせる所見(低血圧、頸静脈怒張、奇脈など)はない。また縦隔内の空気は超音波の通りを妨げるため観察しにくくなる。気道損傷の診断には役立たない。
- ×d. 肺血流シンチグラム
肺血流シンチグラムは、放射性同位元素で標識した粒子(99mTc-MAA)を静注して肺の血流分布を画像化する検査で、主に肺血栓塞栓症の診断(換気は保たれているのに血流が欠ける部位を探す)に用いられる。本例には長期臥床や深部静脈血栓症を思わせる病歴、低酸素血症などの肺塞栓症を示唆する所見はなく、画像所見も縦隔気腫であるため適応がない。
- ○e. 気管支鏡検査
気管支鏡検査は気道の内腔を直接観察できるため、外傷性の気管・気管支損傷の確定診断に最も有用である。損傷の有無だけでなく、部位(気管か、気管分岐部付近の主気管支か)、裂け目の長さや深さ、全周性の断裂かどうかを評価でき、保存的治療か外科的修復かの判断材料となる。さらに、損傷部を越えて気管挿管チューブを誘導するなど、気道確保の補助としても利用できる。CTで気管周囲に空気が集まっている本例では、気管損傷を確かめるために気管支鏡を行うべきである。
縦隔気腫とは
縦隔内の組織の間に空気が入り込んだ状態。空気は頸部や顔面、胸壁の皮下へ広がって皮下気腫(皮膚を押すと雪を握ったような「握雪感」がある)を伴うことが多い。 ・症状:胸痛(胸骨の後ろの痛み)、頸部痛、呼吸困難、嚥下時痛、声の変化など。 ・身体所見:Hamman徴候(心拍に一致して聴取されるパリパリというきしむような音)。 ・画像:胸部エックス線で縦隔の辺縁に沿った線状の透亮像、頸部の皮下気腫。CTは少量の空気でも鋭敏に検出できる。
縦隔気腫の原因
・特発性縦隔気腫:明らかな原因のないもので、若いやせ型の男性に多い。咳、嘔吐、激しい運動、いきみなどで肺胞内圧が上がり、破れた肺胞から漏れた空気が気管支・血管の鞘に沿って縦隔へ広がる(Macklin効果)。多くは安静で自然に軽快する。 ・外傷性:気管・気管支損傷、肺損傷、食道損傷など。 ・食道穿孔:激しい嘔吐による特発性食道破裂(Boerhaave症候群)や内視鏡操作による損傷。縦隔炎を起こし致命的となりうるため、食道造影(水溶性造影剤)や内視鏡での評価が必要である。 ・医原性:人工呼吸(陽圧換気)、気管挿管、気管支鏡、内視鏡操作など。
外傷性気管・気管支損傷
・鈍的外傷では、気管分岐部から約2.5cm以内の主気管支(特に右主気管支)に損傷が多い。胸郭の急激な前後方向の圧迫、声門が閉じた状態での気道内圧の急上昇、肺が左右に引き離される力などが機序と考えられている。 ・症状・所見:呼吸困難、血痰、皮下気腫、縦隔気腫、気胸(胸腔ドレナージ後も大量の空気漏れが続く、肺が再膨張しない)。 ・気管支が完全に断裂すると、肺が肺門から離れて下方へ落ち込む「fallen lung sign」がみられることがある。 ・診断:気管支鏡が確定診断の標準である。CTは損傷を疑うきっかけとなる。 ・治療:小さな損傷で呼吸状態が安定していれば保存的に経過観察できることがある。広範な裂傷、完全断裂、持続する空気漏れ、換気の維持が困難な場合は外科的修復を行う。見逃されると、治る過程で肉芽や瘢痕によって気管支狭窄をきたし、その先の無気肺や反復性肺炎の原因となる。
POINT
・胸部外傷後の縦隔気腫・皮下気腫では、気管・気管支損傷と食道損傷を必ず考える。 ・気管・気管支損傷の確定診断は気管支鏡検査(損傷の部位・範囲を直接観察し、治療方針の決定にも使う)。 ・胸腔ドレナージ後も空気漏れが持続し肺が膨らまない気胸では気管支損傷を疑う。 ・食道損傷が疑われる場合は、水溶性造影剤による食道造影や内視鏡で評価する。 ・肺血流シンチグラム=肺血栓塞栓症、心エコー=心タンポナーデ、心電図=心筋虚血・心筋挫傷の評価、と検査の目的を対応させて覚える。
