噴水様嘔吐が奪うもの―肥厚性幽門狭窄症の「脱水」と「低Cl性アルカローシス」を読み解く
第99回医師国家試験 H問題 第24問
国試問題にチャレンジ
生後4週の男児。2週前から嘔吐がみられ,回数もしだいに増え,最近はミルクを飲むたびに噴水様に嘔吐するので来院した。最終排尿は12時間前であった。出生体重3,200g。Apgarスコア10点(1分)。体重2,900g。皮膚は乾燥し,大泉門は陥凹している。上腹部に蠕動波が見られ,触診では右上腹部にオリーブ様の腫瘤を触知する。 この患児で考えられるのはどれか。2つ選べ。
- a.10% 以上の脱水がある。
- b.超音波検査でtarget signを認める。
- c.血液ガス分析でアシドーシスがある。
- d.高K血症がある。
- e.低Cl血症がある。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
生後2〜3週から増悪する非胆汁性・噴水様嘔吐に、上腹部の胃蠕動波と右上腹部のオリーブ様腫瘤がそろえば肥厚性幽門狭窄症を考えます。幽門で閉塞するため純粋な胃液(HCl)を失い、低Cl性・低K性代謝性アルカローシスが生じ、高K血症やアシドーシスは典型像ではありません。脱水の程度は出生体重との差だけでなく、生後の週数で本来増えているはずの体重との差や、無尿・大泉門陥凹・皮膚乾燥といった身体所見を合わせて評価します。超音波では幽門筋の肥厚と幽門管の延長を確認し、target signは腸重積症の所見として区別しておきましょう。治療は輸液による脱水・電解質の補正を優先してからRamstedt手術を行うという流れで、「閉塞部位から失われる体液を推定し酸塩基平衡を予測する」考え方は、嘔吐や下痢の患者を診るあらゆる場面で役立ちます。
解答・解説
正解はa, eです
所見の整理
・生後4週の男児。2週前(生後2週ごろ)から嘔吐が始まり、回数が増えて、現在は哺乳のたびに噴水様に嘔吐する。 ・最終排尿が12時間前(尿量の著明な減少)、皮膚の乾燥、大泉門の陥凹 → 脱水の所見である。 ・出生体重3,200gに対し、現在の体重は2,900gと出生時を300g下回っている。 ・上腹部に胃の蠕動波が見え、右上腹部にオリーブ様の腫瘤を触知する。
診断に至るプロセス
生後2〜3週ごろに始まり、しだいに増悪する噴水様(非胆汁性)嘔吐は、肥厚性幽門狭窄症の典型的な経過である。幽門部の輪状筋が肥厚して胃の出口が狭くなるため、胃は内容物を押し出そうと強く蠕動し、これが腹壁越しに蠕動波として見える。右上腹部で触れるオリーブ様腫瘤は、肥厚した幽門筋そのもの(pyloric olive)である。男児に多い点も合致する。以上から肥厚性幽門狭窄症と診断できる。 鑑別として、胆汁性嘔吐をきたす腸回転異常症・中腸軸捻転や十二指腸閉鎖などの閉塞がVater乳頭より肛門側にある疾患、胃食道逆流症、感染症による嘔吐、代謝性疾患(先天性副腎過形成の塩喪失型など)が挙がるが、オリーブ様腫瘤と蠕動波の組み合わせは本症に特徴的である。
設問の考え方
本問は、肥厚性幽門狭窄症で生じる脱水と電解質・酸塩基平衡の異常を問うている。閉塞部位が幽門であるため、嘔吐されるのは十二指腸液(胆汁や重炭酸を含む)を含まない純粋な胃液である。胃液には塩酸(HCl)が多く含まれるため、嘔吐を繰り返すとH+とCl-が失われ、低Cl血症と代謝性アルカローシスが生じる。さらに脱水に伴う二次性アルドステロン症、アルカローシスによる細胞内へのK+移動、胃液中のK+喪失により低K血症となる。つまり「低Cl性・低K性代謝性アルカローシス」が本症の特徴である。脱水の程度は、体重変化と身体所見(大泉門陥凹、皮膚乾燥、尿量減少)から評価する。
選択肢考察
- ○a. 10% 以上の脱水がある。
正しい。出生体重3,200gから2,900gへ300g(約9.4%)減少している。健康な新生児は生理的体重減少ののち生後1〜2週で出生体重に戻り、その後1日あたり約25〜30gずつ増える。生後4週であれば本来は出生体重を数百g上回っているはずであり、本来あるべき体重と比べた不足は10%を大きく超える。加えて、12時間排尿がない(高度の乏尿)、皮膚の乾燥、大泉門の陥凹という所見がそろっており、臨床的にも中等度〜高度(乳児で10%前後以上)の脱水と判断できる。
- ×b. 超音波検査でtarget signを認める。
誤り。target sign(標的像)は、腸管の中に腸管が入り込んだ重積部を横断面で描出したときに同心円状の多層構造として見える所見で、腸重積症の代表的な超音波所見として扱われる。腸重積症は生後3か月〜2歳ごろに多く、間欠的な啼泣(腹痛)、嘔吐、イチゴゼリー状の血便、腹部腫瘤を特徴とし、本症例とは異なる。肥厚性幽門狭窄症の超音波検査では、肥厚した幽門筋の厚さ(おおむね4mm以上)と幽門管の長さ(おおむね15〜18mm以上)の延長を確認して診断する。縦断像は子宮頸部に似た形からcervix signとよばれ、横断像はドーナツ状に見えるためdoughnut signとよばれる。
- ×c. 血液ガス分析でアシドーシスがある。
誤り。幽門が閉塞しているため嘔吐物は胃液のみであり、塩酸(H+とCl-)が失われて代謝性アルカローシスとなる。重炭酸を含む腸液の喪失を伴う下痢や、閉塞部位がより肛門側にある疾患とは異なる。ただし、治療されずに脱水が極度に進行し循環不全に陥ると、組織の低灌流による乳酸アシドーシスが加わることがある。本症例では典型的な代謝性アルカローシスを考える。
- ×d. 高K血症がある。
誤り。本症では低K血症となる。その機序は、(1)アルカローシスのためにK+が細胞外から細胞内へ移動すること、(2)脱水による循環血液量減少でレニン・アンギオテンシン・アルドステロン系が活性化し、腎の遠位尿細管でNa+の再吸収と引き換えにK+とH+が尿中へ排泄されること、(3)胃液自体に含まれるK+が失われること、による。なお、嘔吐と脱水に高K血症・低Na血症を伴う場合は、先天性副腎過形成(21-水酸化酵素欠損症の塩喪失型)を鑑別する必要がある。
- ○e. 低Cl血症がある。
正しい。胃液中の塩酸(HCl)を嘔吐で失うため、Cl-が減少して低Cl血症となる。Cl-が失われると、腎臓は陰イオンとのバランスをとるためにHCO3-を再吸収しやすくなり、代謝性アルカローシスが維持・増悪する(クロール欠乏性アルカローシス)。そのため治療では、生理食塩液などNaClを含む輸液とKの補充でClと水分を補い、アルカローシスを是正してから手術を行う。
肥厚性幽門狭窄症の概要
・幽門輪状筋の肥厚により胃の出口が狭くなる疾患である。出生約1,000人に1〜2人の頻度で、男児に多く(男女比約4〜5:1)、第1子に多い傾向がある。 ・生後2〜3週ごろから嘔吐が始まり、しだいに噴水様となる。閉塞がVater乳頭より口側にあるため、嘔吐物に胆汁を含まない。嘔吐後も哺乳欲は旺盛である。 ・身体所見:上腹部の胃蠕動波、右上腹部のオリーブ様腫瘤、体重増加不良、脱水。 ・生後早期のマクロライド系抗菌薬(エリスロマイシンなど)投与が発症リスクを高めることが知られている。
検査
・腹部超音波検査が第一選択である。幽門筋厚おおむね4mm以上、幽門管長おおむね15〜18mm以上で診断する。 ・上部消化管造影では、細く延長した幽門管(string sign)、幽門管入口部の筋の張り出し(shoulder sign)などを認める。 ・血液検査:低Cl性・低K性代謝性アルカローシス。脱水が進むと、腎はNa+と水を保持するためにK+、さらにはH+まで尿中に排泄するようになり、アルカローシスにもかかわらず酸性尿を示す(奇異性酸性尿)。
治療
・まず輸液で脱水と電解質・酸塩基平衡の異常を補正する(手術は緊急ではなく、補正後に行う)。 ・根治治療は粘膜外幽門筋切開術(Ramstedt手術)で、開腹または腹腔鏡下に行う。予後は良好である。 ・日本では硫酸アトロピンの静注・内服による保存的治療が選択されることもある。
嘔吐部位と酸塩基平衡の関係
胃液(HCl)の喪失 → 代謝性アルカローシス。 腸液(HCO3-)の喪失(下痢、腸瘻など) → 代謝性アシドーシス。
小児の脱水の程度の目安
軽度(体重減少約5%未満):口渇程度で身体所見に乏しい。 中等度(約5〜10%):皮膚ツルゴールの低下、口腔粘膜の乾燥、大泉門・眼球の陥凹、尿量減少、頻脈。 高度(約10%以上):上記に加え、無尿、末梢冷感・毛細血管再充満時間の延長、血圧低下、意識障害など。
POINT
・生後2〜3週からの非胆汁性・噴水様嘔吐+右上腹部のオリーブ様腫瘤+胃蠕動波 → 肥厚性幽門狭窄症(男児に多い)。 ・胃液(HCl)の喪失 → 低Cl性・低K性代謝性アルカローシス、脱水が高度になると奇異性酸性尿。 ・脱水の程度は、体重の減少(本来あるべき体重との差を含む)と身体所見(大泉門陥凹、皮膚乾燥、尿量減少)で評価する。 ・超音波では幽門筋の肥厚と幽門管の延長を確認する。target signは腸重積症の所見として覚える。 ・治療は輸液による補正を優先し、その後にRamstedt手術を行う。
