片耳の詰まりと右を見たときの二重視―上咽頭癌は「進む方向」で症状を読む
第99回医師国家試験 H問題 第26問
国試問題にチャレンジ
63歳の男性。複視を主訴に来院した。4か月前から少量の鼻出血を繰り返していた。2か月前から右難聴と鼻閉とを自覚していたが放置していた。最近になり右方視での複視を認めたため来院した。右上頸部に直径3cmの硬い腫瘤を触知する。インピーダンスオージオメトリで左耳はAタイプ,右耳はBタイプである。副鼻腔単純CTを示す。 この患者で正しいのはどれか。

- a.鼻閉は副鼻腔炎による。
- b.嗅覚低下を認める。
- c.複視は外転神経障害による。
- d.閉眼不全を認める。
- e.耳管の開放症を認める。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
中高年の一側性滲出性中耳炎(ティンパノメトリBタイプ)に鼻出血・鼻閉・上頸部の硬い腫瘤が加われば、上咽頭癌を強く疑います。好発部位のRosenmüller窩は耳管咽頭口のすぐ近くにあり、腫瘍が耳管を閉塞するため滲出性中耳炎が生じ、耳管開放症とは逆の病態です。頭蓋底への浸潤では、斜台に沿って長く走行する外転神経が最も障害されやすく、患側を見たときの水平性複視として現れます。一方、副鼻腔炎、前方の嗅裂障害による嗅覚低下、顔面神経麻痺による閉眼不全は典型的な進展経路からは説明しにくい所見です。EBウイルスとの関連が強く、治療の中心は放射線治療(進行例は化学放射線療法)であり、「腫瘍の位置と進展方向から症状を予測する」視点は頭頸部腫瘍全般の理解に役立ちます。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・63歳男性。4か月前から少量の鼻出血を繰り返す。 ・2か月前から右の難聴と鼻閉。 ・最近、右方視(右を見たとき)に複視が出現した。 ・右上頸部に直径3cmの硬い腫瘤を触知する(頸部リンパ節転移を疑う)。 ・インピーダンスオージオメトリ(ティンパノメトリ):左耳はAタイプ(正常)、右耳はBタイプ(平坦型)。Bタイプは鼓膜の可動性がないことを示し、中耳腔に液体が貯留した滲出性中耳炎の典型的なパターンである。 ・副鼻腔単純CT(水平断):上咽頭(鼻腔の後方、後鼻孔の奥)を占める軟部組織腫瘤を認める。一方、両側上顎洞は含気が保たれており、副鼻腔炎を示す液体貯留や粘膜肥厚はみられない。
診断に至るプロセス
中高年に、繰り返す鼻出血・一側の鼻閉・一側の難聴(滲出性中耳炎)が順にそろった場合、まず上咽頭癌を疑う。上咽頭の側壁には耳管咽頭口とその後方の咽頭陥凹(Rosenmüller窩)があり、上咽頭癌の好発部位である。腫瘍が耳管咽頭口を圧迫・閉塞すると、中耳の換気ができなくなって陰圧となり、滲出液が貯留する。成人の一側性滲出性中耳炎では必ず上咽頭を観察すべきとされるのはこのためである。 さらに、上咽頭癌は上方の頭蓋底へ進展しやすく、破裂孔などを経て海綿静脈洞や錐体尖に及ぶと脳神経症状を呈する。右方視時の複視は、右眼を外側へ向ける右外直筋の麻痺、すなわち右外転神経麻痺を意味する。また、上咽頭癌は早期から頸部リンパ節転移をきたしやすく、頸部腫瘤が初発症状となることも多い。本症例の右上頸部の硬い腫瘤も転移リンパ節と考えられる。 以上より、右側に主座をもつ上咽頭癌(頸部リンパ節転移、頭蓋底浸潤による外転神経麻痺を伴う)と診断する。確定診断には内視鏡下での生検を行い、Epstein-Barr(EB)ウイルスとの関連も評価する。
設問の考え方
各選択肢の症状(鼻閉、嗅覚、複視、閉眼、耳管機能)が、上咽頭という解剖学的位置と腫瘍の進展方向から説明できるかを考える。
選択肢考察
- ×a. 鼻閉は副鼻腔炎による。
誤り。CTでは両側上顎洞の含気が保たれており、副鼻腔炎を示す液体貯留や粘膜肥厚はない。鼻閉は、上咽頭の腫瘤が後鼻孔を後方からふさぎ、鼻腔から咽頭への気流を妨げていることによると考えられる。
- ×b. 嗅覚低下を認める。
誤り。嗅覚を担う嗅上皮は鼻腔の天蓋部(嗅裂)にあり、嗅神経は篩板を通って頭蓋内の嗅球へ入る。上咽頭癌の典型的な進展経路は後上方の頭蓋底(破裂孔・海綿静脈洞・錐体尖)であり、前方の篩板や嗅裂を侵すことはまれである。鼻閉により、においの分子が嗅裂へ届きにくくなる呼吸性嗅覚障害は理論上起こりうるが、鼻閉は右側のみで左の鼻腔は通っているため、臨床的に嗅覚低下が問題となることは考えにくい。
- ○c. 複視は外転神経障害による。
正しい。右方視は右眼の外転(右外直筋)と左眼の内転(左内直筋)で行われる。右外転神経麻痺では右眼が外側へ動かないため、右方視のときに両眼の視線がずれて水平性の複視が生じる。外転神経は脳幹から出たのち斜台に沿って長く上行し、錐体尖の付近(Dorello管)を通って海綿静脈洞内を走行するため、頭蓋底に浸潤した腫瘍の影響を最も受けやすい。上咽頭癌で最も多く障害される脳神経は外転神経であり、進展に伴って動眼神経・滑車神経・三叉神経なども障害されうる。
- ×d. 閉眼不全を認める。
誤り。閉眼は顔面神経(第Ⅶ脳神経)が支配する眼輪筋によって行われる。顔面神経は内耳道から側頭骨内の顔面神経管を通って茎乳突孔から出る経路をとり、上咽頭癌の主要な進展経路(破裂孔・海綿静脈洞・頸静脈孔付近)からは離れている。そのため上咽頭癌で顔面神経麻痺がみられることは少なく、本症例でもその徴候は述べられていない。
- ×e. 耳管の開放症を認める。
誤り。本症例では腫瘍が右耳管咽頭口を圧迫・閉塞しており、耳管は狭窄・閉塞している。その結果、中耳腔が陰圧となって滲出液が貯留し、ティンパノメトリでBタイプ(平坦型)を示している。耳管開放症は逆に耳管が開いたままとなる病態で、急激な体重減少などが原因となり、自声強聴や耳閉感、呼吸音の聴取を訴える。ティンパノメトリは基本的にAタイプで、呼吸に伴う鼓膜の動揺がみられる点が特徴である。
上咽頭癌の概要
・上咽頭(鼻咽腔)に発生する癌で、組織型の大部分は扁平上皮癌(角化型・非角化型)である。中国南部や東南アジアに多く、日本では比較的まれである。男性に多く、EBウイルス感染との関連が強い(特に非角化型)。 ・好発部位は側壁の咽頭陥凹(Rosenmüller窩)である。
症状(進展方向と対応づけて理解する)
・頸部症状:早期から上頸部のリンパ節転移をきたし、頸部腫瘤が初発症状となることが多い。 ・耳症状:耳管咽頭口の閉塞による滲出性中耳炎(一側の難聴・耳閉感)。ティンパノメトリはBタイプ(中耳腔の陰圧のみならCタイプ)。 ・鼻症状:鼻閉、鼻出血、血性鼻汁。 ・脳神経症状:頭蓋底へ進展すると外転神経麻痺(複視)が最も多く、動眼・滑車神経、三叉神経(顔面のしびれ・痛み)、視神経が障害されうる(錐体蝶形骨症候群)。後方の傍咽頭間隙や頸静脈孔付近へ進展すると舌咽・迷走・副・舌下神経の障害をきたす。 ・Trotter三徴:一側の伝音難聴(滲出性中耳炎)、同側の三叉神経痛(下顎神経領域)、同側の軟口蓋の運動障害。
ティンパノメトリの型
Aタイプ:正常(ピークが0 daPa付近)。 Asタイプ:ピークが低い(耳硬化症など)。 Adタイプ:ピークが高い(耳小骨離断、鼓膜の菲薄化など)。 Bタイプ:ピークがなく平坦(滲出性中耳炎、鼓膜穿孔など)。 Cタイプ:ピークが陰圧側に偏位(耳管狭窄症、中耳腔の陰圧)。
診断と治療
・内視鏡で上咽頭を観察して生検により確定する。CT・MRIで頭蓋底浸潤や頸部リンパ節転移を評価し、EBウイルス関連の血清抗体価や血漿EBV-DNAが補助診断や経過観察に用いられる。 ・解剖学的に手術での切除が難しく、放射線感受性が高いため、治療の中心は放射線治療である。進行例では化学療法(シスプラチンなど)を併用する化学放射線療法が標準となる。
POINT
・中高年の一側性滲出性中耳炎(ティンパノメトリBタイプ)+鼻出血・鼻閉+頸部腫瘤 → 上咽頭癌を疑う。 ・上咽頭癌の好発部位はRosenmüller窩、早期から頸部リンパ節転移をきたす。 ・頭蓋底浸潤による脳神経障害で最も多いのは外転神経麻痺で、患側を見たときに水平性複視が生じる。 ・耳管は腫瘍により閉塞する(開放症ではない)。 ・EBウイルスとの関連が強く、治療の中心は放射線治療(進行例は化学放射線療法)である。
