胎児を救えなかったとき、母体をどう救うか―常位胎盤早期剝離とDICの初期対応
第99回医師国家試験 F問題 第44問
国試問題にチャレンジ
34歳の2回経産婦。妊娠32週に性器出血と下腹部痛とがあり緊急搬送された。不穏状態である。身長155cm,体重65kg。脈拍120/分,整。血圧80/60mmHg。子宮底長34cm。内診で子宮口は3cm開大し,外子宮口から出血を認める。持続的に子宮は収縮しており触診で疼痛を訴える。血液所見:赤沈5mm/1時間,赤血球250万,Hb 7.0g/dL,白血球9,200,血小板3万,血清FDP 60μg/mL(基準10以下),Dダイマー3.0μg/mL(基準1.0以下)。超音波検査で胎児死亡が確認され,胎盤後壁にエコーフリースペースが観察された。 まず行う処置はどれか。2つ選べ。
- a.輸血
- b.急速遂娩
- c.抗菌薬投与
- d.抗凝固療法
- e.子宮収縮促進薬投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
妊娠後半の性器出血に持続的な腹痛と子宮の板状硬を伴い、超音波で胎盤後血腫を認めれば常位胎盤早期剝離を考え、無痛性の出血を特徴とする前置胎盤と区別します。早期剝離では血液が子宮内にたまるため外出血が少なくてもショックとなりうるうえ、胎盤由来の組織因子によって産科DICを高率に合併し、血小板減少、FDP・Dダイマー上昇、フィブリノゲン低下(赤沈遅延が手がかり)がみられます。胎児死亡例では児のための急速遂娩は不要で、まず赤血球・新鮮凍結血漿・血小板の輸血と、アンチトロンビン製剤や合成蛋白分解酵素阻害薬による抗凝固療法で母体を安定させ、そのうえで原因である子宮内容を速やかに除去します。子宮収縮薬は収縮がすでに強い段階ではDICを悪化させるおそれがあり、感染徴候のない例で抗菌薬を優先する理由もありません。胎児の生死によって治療の優先順位が変わるという視点は、母体救命を最優先とする産科救急の判断の基本です。
解答・解説
正解はa, dです
所見の整理
・34歳、2回経産婦、妊娠32週。性器出血と下腹部痛で発症 ・不穏状態、脈拍120/分、血圧80/60mmHg → ショック指数(shock index=心拍数÷収縮期血圧)は120÷80=1.5であり、出血性ショック(推定出血量は1.5L以上)の状態 ・子宮底長34cm:妊娠32週としては大きく、子宮内に血腫が貯留していることを示唆 ・持続的な子宮収縮と圧痛(いわゆる板状硬) ・Hb 7.0g/dLの高度貧血、血小板3万/μLと著明な減少 ・FDP 60μg/mL、Dダイマー3.0μg/mLと上昇 → 凝固・線溶系の亢進 ・赤沈5mm/1時間と遅延 → 貧血があれば赤沈は本来促進するはずであり、この遅延はフィブリノゲンが消費されて低下していることを反映する ・超音波で胎児死亡、胎盤後面のエコーフリースペース(胎盤後血腫)
診断へのプロセス
妊娠後半の性器出血の代表的原因は前置胎盤と常位胎盤早期剝離である。前置胎盤は無痛性の出血で子宮は軟らかいのに対し、本例は強い腹痛・持続的な子宮収縮・圧痛を伴い、超音波で胎盤後血腫がみられることから、常位胎盤早期剝離(正常位置に付着した胎盤が児娩出前に子宮壁から剝がれる病態)と診断できる。外出血の量に比べて全身状態が悪いのは、血液の多くが胎盤と子宮壁の間や子宮筋層内に貯留しているためである。 さらに、血小板減少、FDP・Dダイマー上昇、フィブリノゲン低下(赤沈遅延)から、播種性血管内凝固(DIC)を合併している。剝離部の脱落膜や胎盤から組織因子(トロンボプラスチン)が母体血中に大量に流入し、全身で凝固が起こって血小板・凝固因子が消費されるためであり、常位胎盤早期剝離は産科DICの原因として最も多い。胎児死亡を伴う例は剝離範囲が広く、DICが高度であることが多い。
設問の考え方
本例は「出血性ショック」と「高度のDIC」を同時に抱えた、母体の生命が危険な状態である。胎児はすでに死亡しているため、胎児救命のための緊急娩出を急ぐ必要はなく、まず母体の循環の立て直しと凝固障害の是正を優先する。すなわち、(1) 輸血(赤血球液に加え、凝固因子を補う新鮮凍結血漿、血小板濃厚液)による循環血液量と凝固因子の補充、(2) アンチトロンビン製剤や蛋白分解酵素阻害薬などによる抗凝固療法(DIC治療)が、まず行うべき処置となる。そのうえで、DICの原因である胎盤・子宮内容を速やかに除去(娩出)することが根本治療である。
選択肢考察
- ○a. 輸血
ショック指数1.5の出血性ショックで、Hb 7.0g/dLと高度の貧血がある。さらにDICで血小板(3万/μL)や凝固因子が消費されている。外出血が少なくても子宮内・胎盤後に大量の血液が貯留していると考えられ、ただちに輸血が必要である。赤血球液(RBC)で酸素運搬能を補い、新鮮凍結血漿(FFP)でフィブリノゲンをはじめとする凝固因子を補充し、血小板濃厚液で血小板を補う。産科DICではフィブリノゲンの低下が出血を悪化させるため、凝固因子の補充が特に重要である。
- ×b. 急速遂娩
急速遂娩(緊急帝王切開や鉗子・吸引分娩などで分娩を急いで終了させること)は、本来、胎児機能不全など児を救命するために行う処置である。本例では胎児はすでに死亡しており、児のために急ぐ理由はない。また、ショックと高度のDIC(血小板3万/μL)を未補正のまま帝王切開を行えば、術中・術後に止血困難な大出血をきたす危険が極めて高い。まず輸血とDIC治療で母体の状態を安定させることが優先される。ただし、DICの原因は胎盤であるため、全身状態の安定化と並行して、できるだけ早く子宮内容を除去(経腟分娩または帝王切開)することが根本治療となる点は理解しておく必要がある。
- ×c. 抗菌薬投与
発熱や白血球増多(白血球9,200/μLは妊婦として正常範囲)、破水・羊水感染などの感染徴候はなく、ショックも出血によるもので敗血症性ショックではない。現時点で抗菌薬を優先して投与する必要はない。
- ○d. 抗凝固療法
血小板減少、FDP・Dダイマー上昇、フィブリノゲン低下(赤沈遅延)から、常位胎盤早期剝離に伴うDICを合併している。DICでは過剰なトロンビン産生により凝固因子と血小板が消費され続けるため、その進行を抑える抗凝固療法が必要である。産科DICでは、トロンビンを阻害するアンチトロンビン(AT)の消費・低下が著しいためアンチトロンビン製剤で補充し、あわせてガベキサートメシル酸塩やナファモスタットメシル酸塩などの合成蛋白分解酵素阻害薬、ウリナスタチン(抗ショック作用)などを用いる。活動性の大量出血がある状態では出血を助長するおそれのあるヘパリンは通常用いない。内科的DICや深部静脈血栓症に対するヘパリン中心の抗凝固療法とは内容が異なる点に注意する。
- ×e. 子宮収縮促進薬投与
常位胎盤早期剝離では、子宮はすでに持続的に強く収縮しており、子宮収縮薬(オキシトシンなど)をさらに投与して収縮を強めても剝離を進行させ、組織因子の母体流入を増やしてDICを悪化させるおそれがある。ショックとDICが未補正の現段階で行う処置ではない。なお、子宮収縮薬は娩出後の子宮弛緩による出血(弛緩出血)の予防・治療には用いられる。
常位胎盤早期剝離の概要
・定義:正常位置(子宮体部)に付着した胎盤が、妊娠中または分娩経過中の児娩出前に子宮壁から剝離するもの。 ・頻度:全分娩の約0.5〜1%。 ・危険因子:妊娠高血圧症候群(最多)、常位胎盤早期剝離の既往、喫煙、コカイン、腹部外傷(交通事故など)、前期破水、絨毛膜羊膜炎、羊水過多での急激な減圧、高年妊娠など。 ・症状:性器出血(暗赤色、外出血は少量のことが多い)、持続的な下腹部痛、子宮の板状硬、胎動減少。胎児心拍数陣痛図では遅発一過性徐脈や基線細変動の減少、さざ波様の頻回な子宮収縮がみられる。 ・超音波所見:胎盤後血腫(胎盤と子宮壁の間のエコーフリースペース)、胎盤の肥厚。ただし超音波で血腫が描出されない例も多く、所見がなくても否定はできない。 ・Couvelaire(クベール)徴候:子宮筋層内に血液が浸潤し、子宮漿膜面が暗紫色を呈する状態。子宮収縮不良による弛緩出血の原因となる。
産科DIC
・常位胎盤早期剝離が原因の第1位。ほかに羊水塞栓症、弛緩出血・大量出血、重症妊娠高血圧症候群・HELLP症候群、子宮内胎児死亡の長期滞留、敗血症など。 ・特徴:基礎疾患の発症から急速に進行し、フィブリノゲンの低下が著しい。検査結果を待たずに臨床症状から診断・治療を始める必要があるため、産科DICスコアが用いられる。 ・治療の原則:(1) 原因の除去(子宮内容の除去)、(2) 輸血による循環と凝固因子の補充(RBC、FFP、血小板、必要に応じフィブリノゲン製剤)、(3) 抗凝固療法(アンチトロンビン製剤、合成蛋白分解酵素阻害薬など)、(4) 抗ショック療法。
胎児の状態による対応の違い
・胎児生存:胎児機能不全を伴うことが多く、母体DICが高度でなければ緊急帝王切開による速やかな娩出を図る。 ・胎児死亡:児のための急速遂娩の必要はなく、母体の全身管理(輸血・DIC治療)を先行させる。そのうえで、原因除去のため、状況に応じて経腟分娩または帝王切開で速やかに娩出する。
赤沈とフィブリノゲン
赤沈は主にフィブリノゲンやグロブリンの量に影響され、これらが多いと促進する。妊娠中は生理的にフィブリノゲンが増えるため赤沈は促進しやすい。本例の赤沈遅延は、DICでフィブリノゲンが消費されたことを示す手がかりである。
POINT
・妊娠後半の性器出血+持続的腹痛・子宮板状硬+胎盤後血腫 → 常位胎盤早期剝離。無痛性出血なら前置胎盤。 ・常位胎盤早期剝離は産科DICの原因の第1位。血小板減少、FDP・Dダイマー上昇、フィブリノゲン低下(赤沈遅延が手がかり)。 ・外出血が少なくてもショックとなりうる(ショック指数で出血量を推定:1で約1L、1.5で約1.5L以上)。 ・胎児死亡例では急速遂娩は不要で、まず輸血(RBC・FFP・血小板)と抗凝固療法(アンチトロンビン製剤、合成蛋白分解酵素阻害薬)で母体を安定化させる。 ・産科DIC治療の根本は原因(胎盤・子宮内容)の除去であり、全身状態を整えつつ早期に娩出する。 ・活動性出血を伴う産科DICではヘパリンは原則用いない。
