StudyMed医師国家試験

術後1週の脚の腫れ―「予防」と「治療」を取り違えない深部静脈血栓症の初期対応

第99回医師国家試験 F問題 第45問

国試問題にチャレンジ

第99回 F問題 第45問

68歳の女性。1週前に人工股関節全置換術を受け,入院している。手術後の経過は良好であったが,昨日から左下肢の腫脹と鼠径部の痛みとを自覚している。血液所見:赤血球420万,Hb 12.4g/dL,白血球9,600,血小板12万,血清FDP 16μg/mL(基準10以下),Dダイマー8.4μg/mL(基準1.0以下)。血液生化学所見:AST 32U/L,ALT 20U/L,CK 35U/L(基準10~40)。CRP 12.4mg/dL。 適切な処置はどれか。

  1. a.冷罨法
  2. b.歩行訓練
  3. c.抗凝固療法
  4. d.下肢のマッサージ
  5. e.間欠的下肢圧迫療法

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、人工股関節の手術後に片脚が腫れてきた患者さんへの対応を問う問題だ。考えるべきは2つ。まず何が起きているのか、そして「すでに起きてしまった病態」に対して何をすべきか。検査値ではFDPとDダイマーの意味づけに注目してほしい。
医学生医学生
術後に片脚が腫れてDダイマーが高いので、深部静脈血栓症を考えます。でも術後は手術の影響でもDダイマーが上がりますよね。
ドクタードクター
いいところに気づいたね。Dダイマーは陰性なら血栓をほぼ否定できるけれど、術後は手術そのものでも上がるから特異度は低い。だから確定には下肢静脈の圧迫超音波で、静脈がつぶれないことや内腔の血栓エコーを確認する。ただ、臨床像としては深部静脈血栓症を強く疑う状況だ。なぜこの患者さんに血栓ができやすいか説明できるかな。
医学生医学生
基礎医学の病理学の講義で習ったVirchowの三徴ですね。血流のうっ滞、血管内皮の障害、凝固能の亢進です。
ドクタードクター
その通り。術後の臥床でうっ滞が起こり、股関節周囲の手術操作で大腿静脈の内皮が傷つき、手術侵襲で凝固能が高まる。三つがそろうから、人工股関節・人工膝関節置換術や股関節骨折手術は静脈血栓塞栓症の最高リスク群とされているんだ。鼠径部まで痛むことにも意味がある。
医学生医学生
血栓が下腿だけでなく、大腿から腸骨静脈まで及んでいるということでしょうか。
ドクタードクター
そう。中枢型の深部静脈血栓症で、肺血栓塞栓症を起こす危険が高いタイプだ。ちなみに左脚に多いのは、左総腸骨静脈が右総腸骨動脈と椎体の間に挟まれやすいから。May-Thurner症候群として覚えておこう。では治療はどうする?
医学生医学生
抗凝固療法だと思います。でも抗凝固薬って、血栓を溶かすわけではないんですよね。
ドクタードクター
鋭い質問だ。抗凝固薬は既存の血栓を直接溶かすのではなく、血栓の進展と新しい血栓の形成を抑える。その間に体自身の線溶系が血栓を少しずつ溶かし、器質化させていく。最大の目的は、致死的になりうる肺血栓塞栓症を防ぐことだ。急性期はヘパリンやフォンダパリヌクスで始めてワルファリンに移る方法か、直接経口抗凝固薬を使う方法がある。手術のような一過性の誘因なら、原則3か月程度続ける。
医学生医学生
下肢のマッサージや間欠的な空気圧迫も、整形外科を回ったときに術後の患者さんに使っていました。あれは効かないんですか。
ドクタードクター
そこがこの問題の最大のひっかけだね。マッサージや間欠的空気圧迫は、血栓ができる前の「予防」として静脈還流を促す方法なんだ。すでに血栓がある脚に物理的な力を加えると、血栓が静脈壁からはがれて肺へ飛び、肺血栓塞栓症を誘発しかねない。だから発症後は禁忌になる。
医学生医学生
同じ道具でも、血栓の前か後かで正反対になるんですね。歩行訓練も早期離床で予防になると習いましたが、同じ考え方ですか。
ドクタードクター
基本的には同じだ。抗凝固療法も始まっていない段階で歩かせるのは、まず行う処置ではない。ただ現在は、十分な抗凝固療法を開始し、弾性ストッキングなどで圧迫したうえなら、厳重な床上安静は必須ではなく、症状に応じて早めに歩行を再開してよいとされている。順番が大事なんだ。
医学生医学生
冷やすのはどうでしょう。腫れて痛いなら楽にはなりそうですが。
ドクタードクター
冷罨法は局所の炎症や痛みを和らげる対症療法にすぎず、血栓の進展も肺塞栓も防げない。表在静脈の血栓性静脈炎なら局所の症状緩和の処置が使われることもあるけれど、今回は脚全体が腫れて鼠径部まで痛む深部の血栓症だから、それで済ませる病態じゃない。
医学生医学生
まとめると、診断は深部静脈血栓症で、肺塞栓を防ぐために抗凝固療法、物理的に脚をいじる処置は予防専用、ということですね。
ドクタードクター
完璧だ。臨床での注意点もいくつか挙げておこう。ヘパリンを使うときは血小板数を追いかけて、ヘパリン起因性血小板減少症に気をつけること。抗凝固療法ができない場合や、十分な抗凝固下でも肺塞栓を繰り返す場合には下大静脈フィルターを考える。脚が紫色にパンパンに腫れる有痛性青股腫のような重症例では、血栓溶解やカテーテル治療を検討することもある。
医学生医学生
肺塞栓はどんな場面で起こりやすいんですか。
ドクタードクター
術後の初回歩行時や排便・排尿のときに、突然の呼吸困難、胸痛、頻脈、低酸素で発症することが多い。病棟で「トイレに立ったら急に息が苦しくなった」と言われたら、まず肺血栓塞栓症を疑ってほしい。だからこそ、脚の腫れの段階で見逃さずに抗凝固を始めることが命を守るんだ。

まとめ

人工股関節全置換術後の片側下肢腫脹とDダイマー上昇は、Virchowの三徴がそろった状況で生じた深部静脈血栓症を示唆し、鼠径部痛は肺血栓塞栓症の危険が高い中枢型を思わせます。確定診断には下肢静脈圧迫超音波を用い、治療の基本は抗凝固療法(ヘパリンからワルファリン、または直接経口抗凝固薬)で、血栓の進展を抑えて肺塞栓を防ぐことが最大の目的です。マッサージや間欠的空気圧迫、早期離床はあくまで血栓形成前の予防策であり、発症後の下肢に物理的圧迫を加えると血栓の遊離を招くため禁忌です。歩行は十分な抗凝固療法を開始したうえで症状に応じて再開し、ヘパリン使用中は血小板減少にも注意します。「予防」と「治療」を明確に区別する視点は、周術期管理の安全を支える基本です。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

・68歳女性。1週前に人工股関節全置換術(THA)を受け入院中 ・昨日から左下肢の腫脹と左鼠径部の痛み ・FDP 16μg/mL、Dダイマー8.4μg/mLと上昇 → 体内で血栓が形成され、それが線溶系で分解されていることを示す ・CK正常 → 筋損傷(コンパートメント症候群や横紋筋融解など)を示す所見はない ・CRP 12.4mg/dL、白血球9,600/μL → 術後1週の炎症反応に、血栓に伴う炎症が加わったものと考えられる ・血小板12万/μLと軽度低値

診断へのプロセス

術後の片側下肢の急な腫脹は、まず深部静脈血栓症(DVT:deep vein thrombosis)を疑う。静脈血栓の形成には、Virchowの三徴(血流のうっ滞、血管内皮の障害、血液凝固能の亢進)が関与する。本例は、術後の安静・臥床による血流うっ滞、股関節手術操作による大腿静脈周囲の内皮障害、手術侵襲による凝固能亢進がすべてそろっており、人工股関節全置換術・人工膝関節全置換術・股関節骨折手術はDVT・肺血栓塞栓症の最高リスク群に位置づけられている。 鼠径部の痛みを伴う点から、血栓は下腿にとどまらず大腿静脈〜腸骨静脈に及ぶ中枢型(腸骨大腿型)DVTと考えられ、肺血栓塞栓症(PE)を起こす危険が高い。また、左下肢に多いのは、左総腸骨静脈が右総腸骨動脈と椎体の間に挟まれて圧迫されやすいためである(腸骨静脈圧迫症候群、May-Thurner症候群)。Dダイマーは感度が高く陰性ならDVTをほぼ否定できるが、術後は手術自体でも上昇するため特異度は低い。確定には下肢静脈の圧迫超音波検査(静脈が圧迫でつぶれない、内腔に血栓エコー)や造影CTを行う。

設問の考え方

DVTの治療目標は、(1) 血栓の進展・再発を防ぐこと、(2) 致死的となりうる肺血栓塞栓症を予防すること、(3) 長期的な血栓後症候群を減らすことである。その中心となるのが抗凝固療法である。一方、発症したばかりの血栓に物理的な力を加える処置(マッサージ、間欠的空気圧迫)は、血栓を遊離させてPEを誘発する危険があり行ってはならない。

選択肢考察

  1. ×a.  冷罨法

    冷罨法は局所の炎症や腫脹・疼痛を和らげる対症的な処置にすぎず、血栓そのものの進展やPEを防ぐ効果はない。DVTの治療として適切ではない。なお、表在静脈の血栓性静脈炎では局所の症状緩和に温罨法などが用いられることがあるが、本例は腫脹が下肢全体に及び鼠径部痛を伴う深部静脈の血栓症であり、それらの対症療法で対応すべき病態ではない。

  2. ×b.  歩行訓練

    早期離床・歩行は、術後DVTの「予防」として重要である。しかしDVTを発症したばかりで抗凝固療法も始まっていない段階で歩行訓練を行うことは、血栓の遊離によるPEの危険があり、まず行う処置ではない。なお現在では、十分な抗凝固療法を開始し、弾性ストッキングなどで圧迫したうえであれば、厳重な床上安静は必須ではなく、症状に応じて早期に歩行を再開してよいとされている。

  3. ○c.  抗凝固療法

    DVT治療の基本である。抗凝固薬は既存の血栓を直接溶かすわけではないが、血栓の進展と新たな血栓形成を抑え、PEの発症・再発を防ぐ。その間に生体自身の線溶系によって血栓が徐々に溶解・器質化していく。急性期には未分画ヘパリン静注(APTTを基準値の1.5〜2.5倍程度に調節)やフォンダパリヌクスで開始し、ワルファリン(PT-INRで調節)へ移行する方法、または直接経口抗凝固薬(DOAC:リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバン)を用いる方法がある。手術など一過性の誘因によるDVTでは、原則として3か月程度継続する。ヘパリン使用中は血小板数を追跡し、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)に注意する。

  4. ×d.  下肢のマッサージ

    下肢のマッサージは、離床できない患者の静脈還流を促してDVTを「予防」する目的で用いられることがある。しかし、すでに血栓が存在する下肢をマッサージすると、血栓が静脈壁から遊離して肺へ流れ、PEを誘発する危険があるため禁忌である。

  5. ×e.  間欠的下肢圧迫療法

    間欠的空気圧迫法(IPC)は、下肢に巻いたカフで周期的に圧迫して静脈還流を促進する方法で、周術期のDVT「予防」法として有効である。しかしDVTがすでに発症している下肢に用いると、血栓を押し出してPEを誘発するおそれがあるため禁忌である。DVTの存在が否定できない患者ではIPCを始める前に確認が必要とされる。

DVTの危険因子

・Virchowの三徴:血流うっ滞(長期臥床、術後、下肢麻痺、ギプス固定、長時間の旅行)、血管内皮障害(手術、外傷、カテーテル)、凝固能亢進(悪性腫瘍、妊娠・産褥、エストロゲン製剤、抗リン脂質抗体症候群、先天性凝固阻止因子欠乏症〈アンチトロンビン・プロテインC・プロテインS欠乏症〉、脱水)。 ・整形外科手術では、人工股関節全置換術、人工膝関節全置換術、股関節骨折手術が最高リスク群である。

症状と診断

・症状:片側下肢の腫脹、疼痛、色調変化(発赤・チアノーゼ)、表在静脈の怒張。Homans徴候(足関節背屈で腓腹部痛)は感度・特異度とも低い。無症状のことも多い。 ・重症型:有痛性青股腫(phlegmasia cerulea dolens)は広範な静脈閉塞で下肢が紫色に腫脹し、動脈血流まで障害されて静脈性壊疽に至りうる。 ・検査:Dダイマー(陰性的中率が高く除外に有用)、下肢静脈圧迫超音波検査(第一選択)、造影CT(PEの同時評価も可能)、静脈造影。臨床的確率の評価にWellsスコアが用いられる。

治療

・抗凝固療法:未分画ヘパリン、フォンダパリヌクス、ワルファリン、DOAC。期間は誘因が一過性なら3か月、誘因不明や持続する危険因子(がんなど)があればより長期に。 ・血栓溶解療法・カテーテル治療:広範な腸骨大腿静脈血栓や有痛性青股腫など重症例に限って検討する(出血リスクが高いため術直後では慎重に判断)。 ・下大静脈フィルター:抗凝固療法が禁忌の場合や、十分な抗凝固療法下でもPEを繰り返す場合などに限って用いる。 ・弾性ストッキング:症状緩和や血栓後症候群の予防目的に用いる。

DVT予防法(周術期)

・早期離床・積極的な下肢の運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、抗凝固薬予防投与(低分子量ヘパリン、フォンダパリヌクス、DOACなど)をリスクに応じて組み合わせる。 ・予防法(マッサージ、間欠的空気圧迫法)と治療法(抗凝固療法)を区別し、「すでに血栓がある下肢には物理的圧迫を加えない」と覚えておく。

肺血栓塞栓症(PE)

DVTの血栓が遊離して肺動脈を閉塞する病態。術後初回歩行時、排便・排尿時などに突然の呼吸困難、胸痛、頻呼吸、頻脈、低酸素血症、ショックで発症し、致死的となりうる。DVT治療の最大の目的はPEの予防である。

POINT

・人工股関節全置換術後の片側下肢腫脹+Dダイマー上昇 → 深部静脈血栓症(DVT)。左下肢に多い(May-Thurner症候群)。 ・Virchowの三徴:血流うっ滞・内皮障害・凝固能亢進。 ・診断は下肢静脈圧迫超音波検査が第一選択。Dダイマーは陰性時の除外に有用。 ・治療の基本は抗凝固療法(ヘパリン→ワルファリン、またはDOAC)。目的はPEの予防と血栓進展防止。 ・マッサージや間欠的空気圧迫法はDVT「予防」法であり、発症後の下肢には禁忌(PE誘発の危険)。 ・早期離床・歩行も予防策。発症後は抗凝固療法を開始してから症状に応じて再開する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。