母から子へだけ受け継がれる糖尿病―ミトコンドリア遺伝と遺伝カウンセリングの基本
第120回医師国家試験 F問題 第40問
国試問題にチャレンジ
14歳の女子(長女)。学校検尿で尿糖陽性を指摘され,精査のため母親に連れられて来院した。昨年,学校での聴力検査で両側高音域の聴力低下を指摘された。母親は次子を妊娠中であり,感音難聴で補聴器を使用中で,33歳で糖尿病と診断されている。父親と妹(9歳,次女)は健康。意識は清明。身長146cm(-2.0SD),体重40kg。体温36.8℃。皮疹を認めない,皮膚のツルゴールは良好である。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。尿所見:蛋白(-),糖3+,ケトン体2+,潜血(-)。血液生化学所見:AST 21U/L,ALT 24U/L,空腹時血糖181mg/dL,HbA1c 9.7%(基準4.9~6.0),総コレステロール179mg/dL,トリグリセリド170mg/dL,乳酸33mg/dL(基準5~20)。同意を得て長女の遺伝子検査を行い,ミトコンドリアDNAに病因となるバリアント〈変異〉を認めた。子どもが14歳で母親と同じ糖尿病となったことに不安を感じた両親が,遺伝カウンセリングを希望した。 両親への説明で正しいのはどれか。
- a.父親は保因者である。
- b.母親も長女と同じバリアント〈変異〉を持つと予想される。
- c.妹(次女)は50%の確率で糖尿病を発症する。
- d.妊娠中の次子は男児であれば糖尿病を発症しない。
- e.家族全員の遺伝子検査が必要である。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
糖尿病に感音難聴・乳酸高値・低身長を伴い、母方に同様の症状がある場合はミトコンドリア糖尿病(代表はm.3243A>G)を疑います。ミトコンドリアDNAは精子由来のものが受精卵で排除されるため母親からのみ子に伝わり、本例の長女のバリアントも、同じ症状をもつ母親から受け継いだと予想されます。父親は伝達に関与せず「保因者」という概念も当てはまらないうえ、母親からは性別を問わず伝わるため男児でも発症しうること、ヘテロプラスミーとボトルネック効果により同胞の発症確率を50%のような数値で示せないことが重要です。遺伝子検査は必須ではなく本人の自由意思に基づき、未成年の発症前検査は慎重に扱います。また治療ではメトホルミンを避けるなど、遺伝形式の理解は家族への説明だけでなく診療上の判断にも直結します。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・14歳女子。学校検尿で尿糖陽性。空腹時血糖181 mg/dL、HbA1c 9.7%で糖尿病の基準(空腹時血糖126 mg/dL以上かつHbA1c 6.5%以上)を満たす。尿ケトン体2+であるが、ツルゴール良好で脱水は目立たない。 ・前年に両側の高音域の聴力低下(感音難聴)を指摘されている。 ・低身長(-2.0 SD)、血中乳酸高値(33 mg/dL、基準5〜20)。 ・母親:感音難聴で補聴器使用、33歳で糖尿病と診断。父親と妹は健康。 ・長女の遺伝子検査でミトコンドリアDNA(mtDNA)に病的バリアントを認めた。
診断
若年発症の糖尿病に感音難聴を合併し、乳酸高値(ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が障害され、嫌気性解糖に傾くため)と低身長を伴い、母親にも同じ組み合わせ(糖尿病+感音難聴)がみられる。mtDNAの病的バリアントが確認されたことから、ミトコンドリア糖尿病(maternally inherited diabetes and deafness:MIDD)と診断できる。原因として最も多いのはミトコンドリアDNAの3243番目の塩基のAからGへの置換(m.3243A>G)で、これはミトコンドリア脳筋症の一型であるMELAS(ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群)の原因バリアントと同一である。
設問の考え方:ミトコンドリア遺伝(母系遺伝)
受精の際、精子のミトコンドリアは受精卵内で分解・排除されるため、子のミトコンドリアはすべて卵子、つまり母親に由来する。したがってmtDNAのバリアントは、母親から性別に関係なくすべての子に伝わりうるが、父親からは子に伝わらない。 もう一つ重要なのがヘテロプラスミーである。1つの細胞には数百〜数千コピーのmtDNAがあり、正常型と変異型が混在する状態をヘテロプラスミーという。変異型の割合がある閾値を超えた組織で症状が出る(閾値効果)。卵子形成の過程でmtDNAの数が一時的に大きく減少する(ボトルネック効果)ため、同じ母親から生まれた子でも変異型の割合が大きく異なりうる。そのため、メンデル遺伝のように「50%」「25%」といった発症確率を示すことはできず、同じ家系内でも発症の有無・時期・重症度に大きな差が生じる。 この原則を当てはめると、長女のバリアントは母親由来と考えるのが自然であり、症状の共通する母親も同じバリアントを持つと予想される。
選択肢考察
- ×a. 父親は保因者である。
mtDNAは母親からのみ子に伝わり、父親のmtDNAは子に受け継がれない。そもそも「保因者」は常染色体潜性(劣性)遺伝やX連鎖潜性遺伝で、片方のアレルに病的バリアントを持つが発症しない人を指す概念であり、ミトコンドリア遺伝には当てはまらない。父親が長女の発症に関与しているとはいえない。
- ○b. 母親も長女と同じバリアント〈変異〉を持つと予想される。
子のmtDNAはすべて母親に由来するため、長女にみられたmtDNAの病的バリアントは母親から受け継いだものと考えるのが合理的である。母親にも感音難聴と若年(33歳)発症の糖尿病という同じ症状の組み合わせがあることも、母親が同一バリアントを持つことを強く支持する。新生突然変異(de novo)の可能性はゼロではないため「予想される」という表現が適切である。なお、m.3243A>Gは加齢とともに血液中での変異型の割合が低下する傾向があり、成人の検査では尿沈渣や毛根なども検体として用いられる。
- ×c. 妹(次女)は50%の確率で糖尿病を発症する。
50%という確率は常染色体顕性(優性)遺伝で、片方の親がヘテロ接合の場合の考え方である。ミトコンドリア遺伝では、妹も母親からバリアントを受け継いでいる可能性が高いが、ヘテロプラスミーの程度が子ごとに異なり、閾値を超えるかどうかで発症が決まるため、発症確率を一律の数値で示すことはできない。現時点で妹が健康であっても、将来発症する可能性は否定できない。
- ×d. 妊娠中の次子は男児であれば糖尿病を発症しない。
mtDNAは性別に関係なく母親からすべての子に伝わるため、男児でもバリアントを受け継げば発症しうる。性別によって発症の有無が分かれるのはX連鎖遺伝の考え方である。ミトコンドリア遺伝で性別が意味を持つのは「次の世代に伝えるかどうか」であり、男性は自分の子にmtDNAを伝えないが、本人が発症するかどうかとは別の話である。
- ×e. 家族全員の遺伝子検査が必要である。
遺伝子検査は必須のものではなく、遺伝カウンセリングで十分な情報提供を行ったうえで、各人の自由意思に基づいて受けるか否かを決めるものである(知らないでいる権利の尊重)。また父親はmtDNAの伝達に関与しないため、検査の意義は乏しい。未成年の妹のように、現時点で発症しておらず検査結果がすぐに治療に結びつかない場合は、本人が自ら判断できる年齢になるまで検査を待つことも検討される。さらにヘテロプラスミーのため、検査結果から発症の有無や時期を正確に予測することもできない。
ミトコンドリア糖尿病(MIDD)
・mtDNAの病的バリアントによる単一遺伝子糖尿病で、多くはm.3243A>Gによる。日本人糖尿病患者の約1%を占めるとされ、見逃されている例も多い。 ・膵β細胞のミトコンドリア機能障害によりATP産生が低下し、インスリン分泌が障害される。インスリン分泌能は進行性に低下し、経過中にインスリン治療が必要となることが多い。 ・感音難聴(両側性、高音域から始まることが多い)を高率に合併する。そのほか低身長、やせ、心筋症、腎障害(巣状分節性糸球体硬化症など)、黄斑部の網膜色素変性、筋力低下などを伴うことがある。 ・同じバリアントで、脳卒中様発作・乳酸アシドーシスを主症状とするMELASを発症することもある。 ・治療上の注意:ビグアナイド薬(メトホルミン)は乳酸アシドーシスを誘発するおそれがあるため避ける。
若年発症糖尿病で考える病型
1型糖尿病(膵島関連自己抗体陽性)、2型糖尿病(肥満・家族歴)、MODY(若年発症成人型糖尿病:常染色体顕性遺伝の単一遺伝子糖尿病)、ミトコンドリア糖尿病(母系遺伝・難聴合併)など。家族歴が「母方のみ」に連なり、難聴を伴う場合はミトコンドリア糖尿病を疑う。
遺伝形式の比較
・常染色体顕性遺伝:罹患親の子は性別によらず50%の確率で受け継ぐ。 ・常染色体潜性遺伝:保因者同士の子は25%が発症、50%が保因者。 ・X連鎖潜性遺伝:主に男性が発症し、女性は保因者となることが多い。父から息子には伝わらない。 ・ミトコンドリア遺伝(母系遺伝):母親から性別に関係なくすべての子に伝わりうる。父親からは伝わらない。ヘテロプラスミーと閾値効果のため、浸透率や重症度は家系内でも大きくばらつく。
遺伝カウンセリング
遺伝性疾患の当事者や家族に、疾患や遺伝の仕組み、再発率、検査の意義と限界などをわかりやすく伝え、自律的な意思決定を支援する過程である。検査を受ける・受けない、結果を知る・知らないの選択は本人の意思が尊重され、未成年者の発症前検査は原則として慎重に扱われる。
POINT
・糖尿病+感音難聴+母系の家族歴+乳酸高値はミトコンドリア糖尿病(m.3243A>Gが代表)を疑う。 ・mtDNAは母親から性別を問わずすべての子に伝わり、父親からは伝わらない。 ・ヘテロプラスミーと閾値効果のため、発症確率を50%などの数値で示すことはできない。 ・ミトコンドリア遺伝に保因者の概念はなく、家族の遺伝子検査は必須ではなく本人の意思に基づく。 ・ミトコンドリア糖尿病ではメトホルミンを避ける。
