揺さぶられた2歳児の意識障害―答えは「眼の奥」に隠れている
第120回医師国家試験 F問題 第39問
国試問題にチャレンジ
2歳の女児。意識障害のため救急車で搬入された。なかなか泣きやまないことに激昂した父親によって,肩を掴まれ何度も強く揺さぶられた。しばらくするとぐったりして意識がなくなったという。意識レベルはJCSⅢ-100で,全身に多数の熱傷瘢痕が散在し,新旧の皮下出血を多数認める。 この意識障害の診断で重要な診察部位はどれか。
- a.咽頭
- b.眼底
- c.鼓膜
- d.舌
- e.鼻腔
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
乳幼児が強く揺さぶられると、頭部の回転性加速・減速により架橋静脈が破綻して硬膜下血腫が生じ、びまん性脳損傷・脳浮腫と網膜出血を伴う乳幼児揺さぶられ症候群(虐待による乳幼児頭部外傷)を来します。このうち網膜出血は身体診察で直接確認でき、多発性・多層性で周辺部まで及ぶ出血は揺さぶりを強く示唆するため、揺さぶり後の意識障害では眼底の診察が重要です。鼓膜・鼻腔・咽頭・舌は頭蓋底骨折や感染症などの評価には役立ちますが、揺さぶりに特徴的な所見は現れません。評価には頭部CT・MRI、眼科医による散瞳下眼底検査と写真記録、全身骨撮影を組み合わせ、虐待が疑われれば確証がなくても児童相談所へ通告します。受傷機転から病態を考え、その病態が残す客観的所見を探しにいく姿勢は、虐待の見逃しを防ぐうえで欠かせません。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・2歳女児。泣きやまないことに激昂した父親に肩を掴まれ、何度も強く揺さぶられた後、ぐったりして意識を失った。 ・意識レベルはJCS(Japan Coma Scale)Ⅲ-100で、痛み刺激に対して払いのける動作をするが開眼しない、高度の意識障害である。 ・全身に多数の熱傷瘢痕と、新しいものと古いものが混在する皮下出血を認める。
診断への道筋
時期の異なる多数の外傷痕(特に熱傷瘢痕や新旧混在の皮下出血)は、繰り返される身体的虐待を強く示唆する。そのうえで「強く揺さぶられた直後から意識障害」という経過から、乳幼児揺さぶられ症候群(shaken baby syndrome:SBS)が最も考えられる。現在は揺さぶりに限らず、虐待による頭部外傷全体を虐待による乳幼児頭部外傷(abusive head trauma:AHT)と呼ぶことが多い。 乳幼児は頭部が体に比べて大きく重い一方、頸部の筋肉が未発達で頭部を支えきれない。強く揺さぶられると頭部が前後に激しく振られ、回転性の加速・減速力がかかる。その結果、脳表と硬膜静脈洞をつなぐ架橋静脈が引き伸ばされて破綻し急性硬膜下血腫を生じ、脳実質にもびまん性の損傷・脳浮腫が起こる。同時に、硝子体が網膜を牽引することなどにより網膜出血が生じる。
設問の考え方
SBS/AHTの典型的な3徴は、①硬膜下血腫、②脳浮腫(びまん性脳損傷)、③網膜出血である。意識障害の原因となる頭蓋内病変は頭部CT・MRIで評価するが、身体診察で直接確認でき、虐待による頭部外傷の診断を強く支持するのが眼底の網膜出血である。特に多発性・多層性で網膜の周辺部まで広がる網膜出血は揺さぶりに特徴的とされる。したがって、この意識障害の診断で重要な診察部位は眼底である。眼底検査は散瞳下で眼科医が行い、所見を写真で記録しておくことが望ましい。
選択肢考察
- ×a. 咽頭
咽頭の診察は、扁桃炎・咽頭炎などの感染症や、異物による気道閉塞・窒息を疑うときに重要である。揺さぶりによって咽頭に特徴的な所見は生じず、本例の意識障害の診断には役立たない。
- ○b. 眼底
乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)では、硬膜下血腫・脳浮腫に加えて網膜出血が高率にみられる。強い揺さぶりの際、網膜に付着した硝子体が網膜を牽引することなどが原因と考えられている。多発性・多層性(網膜前・網膜内・網膜下)で、網膜周辺部にまで及ぶ出血や網膜分離症は、揺さぶりによる頭部外傷を強く示唆する。網膜出血は本人や保護者の説明に頼らない客観的所見であり、虐待の診断と記録のうえで極めて重要である。
- ×c. 鼓膜
鼓膜の診察は中耳炎・外耳炎の評価や、頭蓋底骨折に伴う鼓室内出血(血鼓室)の確認、平手打ちなどによる外傷性鼓膜穿孔の評価には有用である。しかし揺さぶりそのものによって鼓膜に特徴的な所見は生じず、本例の意識障害の診断において眼底ほどの意義はない。
- ×d. 舌
舌は、苺舌(川崎病、溶連菌感染症)や、けいれん発作時の舌咬傷、脱水時の乾燥などの評価に用いられる。揺さぶりにより舌に特徴的な変化は生じず、意識障害の原因診断には直結しない。なお虐待の全身評価では、口腔内(上唇小帯の損傷など)の観察も行われる。
- ×e. 鼻腔
鼻腔の診察は鼻出血、鼻腔異物、副鼻腔炎、頭蓋底骨折に伴う髄液鼻漏などを疑うときに重要である。揺さぶりによる頭蓋内損傷の診断に特異的な所見は鼻腔には現れない。
乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)/虐待による乳幼児頭部外傷(AHT)
・好発年齢:主に乳児(特に生後6か月未満)に多いが、2歳前後でも起こりうる。泣きやまないことが最も多い引き金とされる。 ・病態:頭部の回転性加速・減速により、架橋静脈の破綻(硬膜下血腫)、びまん性脳損傷・脳浮腫、網膜出血が生じる。 ・症状:不機嫌、哺乳不良、嘔吐、けいれん、意識障害、呼吸停止など。外表に外傷がないこともあり、見逃されやすい。 ・検査:頭部CT・MRI(硬膜下血腫、脳浮腫)、眼底検査(網膜出血)、全身骨撮影(肋骨後部骨折、長管骨骨幹端骨折など新旧の骨折)。 ・予後:死亡率が高く、生存しても重い神経学的後遺症(発達遅滞、てんかん、視力障害など)を残すことが多い。 ・注意点:硬膜下血腫や網膜出血は強い直達外力(交通事故など)でも生じるため、所見だけで揺さぶりと断定せず、受傷機転の説明と所見の整合性、ほかの外傷所見を総合して判断する。
身体的虐待を疑う所見
・時期の異なる(新旧混在の)皮下出血や骨折 ・たばこによる円形の熱傷、境界明瞭な浸水熱傷(手袋・靴下状)など不自然な形の熱傷 ・耳介、頬、上腕内側、臀部、体幹など通常転倒では傷つきにくい部位の外傷 ・受傷機転の説明が発達段階や所見と合わない、説明が変わる、受診の遅れ
医療者の対応
児童虐待の防止等に関する法律により、虐待を受けたと思われる児童を発見した者は児童相談所等へ通告する義務がある(確証は不要)。医療者は守秘義務より通告が優先される。院内の虐待対応チームと連携し、所見を写真などで客観的に記録する。
POINT
・乳幼児揺さぶられ症候群(SBS/AHT)の3徴:硬膜下血腫、脳浮腫、網膜出血。 ・揺さぶりによる意識障害を疑ったら眼底検査(網膜出血)を行う。 ・新旧混在の皮下出血・熱傷瘢痕は繰り返す身体的虐待を示唆する。 ・虐待が疑われれば確証がなくても児童相談所へ通告する。
