若い女性の息切れとⅡ音亢進―肺高血圧症の「原因探し」に要る検査・要らない検査
第120回医師国家試験 D問題 第20問
国試問題にチャレンジ
32歳の女性。呼吸困難を主訴に来院した。1か月前から労作時の呼吸困難を自覚していた。徐々に症状が増悪するため受診した。意識は清明。身長170cm,体重88kg。体温36.6℃。脈拍96/分,整。血圧128/68mmHg。呼吸数20/分。SpO2 90%(room air)。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。頸静脈の怒張を認める。心音はⅠ音正常,Ⅱ音亢進を認める。呼吸音に異常を認めない。腹部はやや膨満。下腿浮腫を認める。受診時の12誘導心電図(A)と胸部エックス線写真(B)とを下に示す。 診断のための検査で優先度が低いのはどれか。

- a.抗核抗体検査
- b.呼吸機能検査
- c.心エコー検査
- d.頸動脈エコー検査
- e.肺換気および血流シンチグラフィ
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
Ⅱ音亢進に頸静脈怒張・下腿浮腫などの右心不全徴候、右室負荷を示す心電図、肺動脈拡張を示す胸部エックス線がそろえば肺高血圧症を考えます。肺高血圧症は「状態」であり、心エコーで圧を推定し右心カテーテル検査(平均肺動脈圧>20mmHg)で確定するとともに、5群の臨床分類に沿って原因を検索します。心エコーは左心疾患やシャント疾患、抗核抗体は膠原病に伴う肺動脈性肺高血圧症、呼吸機能検査は肺疾患・低酸素によるもの、換気血流シンチグラフィは治療可能な慢性血栓塞栓性肺高血圧症の評価に用います。一方、頸動脈エコーは体循環の動脈硬化を評価する検査で、肺高血圧症の診断には寄与しません。「その検査で何を探すのか」を分類と結びつけて考える習慣は、検査計画を立てる臨床判断の基本になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・32歳の若年女性で、1か月の経過で徐々に悪化する労作時呼吸困難がある(亜急性〜慢性の経過)。 ・身長170cm、体重88kgでBMIは約30.4であり、肥満がある。 ・SpO2 90%(室内気)と低酸素血症を認め、脈拍96/分とやや頻脈傾向、呼吸数20/分と正常上限である。 ・頸静脈怒張、腹部膨満(腹水やうっ血肝の可能性)、下腿浮腫は、いずれも右心不全(体静脈系のうっ血)を示す。 ・Ⅱ音亢進は、Ⅱ音の肺動脈弁成分(P2)が強くなったことを意味し、肺動脈圧の上昇を示唆する重要な聴診所見である。 ・呼吸音に異常がなく、明らかな肺実質の病変(間質性肺炎や肺炎など)を示す所見に乏しい。 ・心電図(A)では右軸偏位や右室肥大・右室負荷を示唆する所見がみられ、胸部エックス線写真(B)では肺動脈主幹部の突出(左第2弓の拡大)や肺門部肺動脈の拡張、心拡大がみられる。これらは肺高血圧症に典型的な画像所見である。
診断へのプロセス
Ⅱ音亢進と右心不全徴候、右室負荷の心電図、肺動脈拡張の胸部エックス線像がそろっており、肺高血圧症による右心不全と考えられる。肺高血圧症は「状態」の名称であり、診断にあたっては、(1)本当に肺高血圧があるか(心エコーで推定し、最終的には右心カテーテル検査で確定する)、(2)その原因はどの群に属するか、を順に明らかにする必要がある。 肺高血圧症の臨床分類(ニース分類、5群)に沿って原因を検索する。 ・第1群 肺動脈性肺高血圧症(PAH):特発性・遺伝性のほか、全身性強皮症や混合性結合組織病(MCTD)、全身性エリテマトーデス(SLE)などの膠原病に伴うものが重要で、若年女性に多い。 ・第2群 左心性心疾患に伴う肺高血圧症:左心不全、僧帽弁疾患など。臨床的には最も頻度が高い。 ・第3群 肺疾患および/または低酸素血症に伴う肺高血圧症:慢性閉塞性肺疾患(COPD)、間質性肺疾患、睡眠呼吸障害、肥満低換気症候群など。本例は肥満があるため考慮すべきである。 ・第4群 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)などの肺動脈閉塞性疾患:治療可能な病型であり、見逃してはならない。 ・第5群 詳細不明・多因子による肺高血圧症(血液疾患、サルコイドーシスなど)。
設問の考え方
本問は「優先度が低い」検査を選ぶ問題である。各選択肢が上記のどの群の検索・評価に対応するかを考えれば、肺高血圧症の診断・原因検索と関係しない検査が一つだけ見つかる。頸動脈エコー検査は全身の動脈硬化や脳梗塞の原因検索に用いる検査であり、肺循環の評価にも肺高血圧の原因検索にも役立たない。
選択肢考察
- ×a. 抗核抗体検査
優先度は高い。若年女性の肺高血圧症では、膠原病に伴うPAH(第1群)を必ず鑑別する。特に全身性強皮症やMCTD、SLEは肺高血圧症を合併しやすく、抗核抗体(ANA)はこれらのスクリーニングとして有用である。陽性であれば抗セントロメア抗体、抗Scl-70抗体、抗U1-RNP抗体など疾患特異的な自己抗体の検索へ進む。膠原病に伴うPAHは原疾患の治療方針や予後にも影響するため、早期に評価すべきである。
- ×b. 呼吸機能検査
優先度は高い。肺疾患に伴う肺高血圧症(第3群)を鑑別するために必要である。スパイロメトリーで閉塞性換気障害(COPDなど)や拘束性換気障害(間質性肺疾患など)の有無を確認し、肺拡散能(DLCO)も評価する。本例は呼吸音に異常がなく、重い肺実質病変は考えにくいが、肥満による換気障害の評価も含めて行う意義がある。なお、PAHでは肺気量が保たれていてもDLCOが低下することがある。
- ×c. 心エコー検査
優先度は最も高い検査の一つである。肺高血圧症を疑ったときにまず行う非侵襲的検査であり、三尖弁逆流の最大流速から簡易ベルヌーイ式(圧較差=4×流速²)で右室収縮期圧(≒肺動脈収縮期圧)を推定できる。さらに右室・右房の拡大、心室中隔の扁平化、心嚢液の有無から右心負荷の程度を評価する。同時に、左室収縮能・拡張能や僧帽弁・大動脈弁の異常をみて左心性心疾患(第2群)を鑑別し、心房中隔欠損症などのシャント性先天性心疾患(第1群に含まれる)の検索にも役立つ。
- ○d. 頸動脈エコー検査
これが優先度の低い検査である。頸動脈エコーは頸動脈の内膜中膜複合体厚(IMT)やプラーク、狭窄を評価する検査で、全身の動脈硬化の程度の把握や脳梗塞の原因検索に用いられる。肺高血圧症は肺循環(右心系〜肺動脈)の病態であり、体循環の動脈である頸動脈の所見は、肺高血圧の有無の判定にも、その原因(ニース分類のどの群か)の鑑別にも寄与しない。したがって本例の診断に必要な検査とはいえない。
- ×e. 肺換気および血流シンチグラフィ
優先度は高い。CTEPH(第4群)のスクリーニングに最も感度が高い検査である。換気は保たれているのに血流が区域性に欠損する「換気・血流ミスマッチ」がみられればCTEPHを強く疑い、造影CTや肺動脈造影で確認する。CTEPHは肺動脈血栓内膜摘除術やバルーン肺動脈形成術、可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬で改善が期待できる治療可能な病型であるため、原因不明の肺高血圧症では全例で除外すべきである。肥満は静脈血栓塞栓症の危険因子でもあり、本例では特に重要である。
肺高血圧症の定義
安静時に右心カテーテル検査で測定した平均肺動脈圧(mPAP)が20mmHgを超えるものと定義される(2022年のESC/ERSガイドライン以降。かつては25mmHg以上とされていた)。肺動脈性(前毛細血管性)では、肺動脈楔入圧(PAWP)が15mmHg以下で、肺血管抵抗(PVR)が2 Wood単位を超える。左心疾患に伴う後毛細血管性ではPAWPが15mmHgを超える。
症状と身体所見
労作時呼吸困難、易疲労感、失神、胸痛などで発症する。身体所見ではⅡ音(P2)亢進、三尖弁逆流による収縮期雑音、肺動脈弁逆流による拡張期雑音(Graham Steell雑音)、右心不全徴候(頸静脈怒張、肝腫大、腹水、下腿浮腫)がみられる。
検査所見
・心電図:右軸偏位、V1の高いR波、右側胸部誘導の陰性T波(右室ストレイン)、右房負荷を示す肺性P波(Ⅱ誘導で尖った高いP波)など。 ・胸部エックス線:左第2弓(肺動脈主幹部)の突出、肺門部肺動脈の拡張と末梢肺血管影の急な細まり、右室・右房拡大による心拡大。 ・血液検査:BNP/NT-proBNPの上昇(右心負荷・重症度の指標)。
診断の流れ
症状や身体所見で疑う → 心電図・胸部エックス線・心エコーで肺高血圧の可能性を評価 → 左心疾患(心エコー)と肺疾患(呼吸機能検査、胸部CT、動脈血ガス)を検索 → 換気血流シンチグラフィでCTEPHを検索 → 自己抗体、HIV、肝疾患(門脈圧亢進症)、甲状腺機能などを検索 → 右心カテーテル検査で確定診断と血行動態評価、の順で進める。
頻度
実臨床では左心性心疾患に伴うもの(第2群)が最も多く、次いで肺疾患・低酸素に伴うもの(第3群)が多い。PAH(第1群)やCTEPH(第4群)はまれだが、特異的治療があるため確実に診断することが重要である。
POINT
・Ⅱ音亢進+右心不全徴候(頸静脈怒張、腹水、下腿浮腫)+右室負荷の心電図+肺動脈拡張の胸部エックス線 → 肺高血圧症を考える。 ・肺高血圧症の原因検索はニース分類の5群を意識して進める。 ・心エコー:肺動脈圧の推定と左心疾患・先天性心疾患の評価。 ・呼吸機能検査:肺疾患に伴う肺高血圧症の評価。 ・抗核抗体などの自己抗体:膠原病に伴うPAHの評価(若年女性では特に重要)。 ・換気血流シンチグラフィ:CTEPHのスクリーニング(換気・血流ミスマッチ)。 ・確定診断は右心カテーテル検査(mPAP>20mmHg)。 ・頸動脈エコーは体循環の動脈硬化の評価であり、肺高血圧症の診断には寄与しない。
