切らずに治すリンパ腫―胃MALTリンパ腫はピロリ菌を断てば退いていく
第120回医師国家試験 D問題 第19問
国試問題にチャレンジ
43歳の女性。2週間前に受けた人間ドックの上部消化管内視鏡検査で異常を指摘され,精査のため来院した。体温36.8℃。脈拍84/分,整。血圧136/84mmHg。眼瞼結膜に貧血を認めない。腹部は平坦,軟で,圧痛を認めない。全身のリンパ節に腫大を認めない。上部消化管内視鏡検査を施行したところ,胃体下部前壁に褪色調の浅い陥凹面を認めた。迅速ウレアーゼ試験陽性。生検組織の病理検査で胃粘膜関連リンパ組織〈MALT〉リンパ腫と診断された。全身精査の結果,胃以外に病変を認めなかった。 まず行うべき治療はどれか。
- a.胃全摘術
- b.局所放射線照射
- c.リツキシマブ治療
- d.殺細胞性薬による治療
- e.Helicobacter pylori除菌療法
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
胃MALTリンパ腫は、ピロリ菌の慢性感染による抗原刺激で胃粘膜に形成された後天性リンパ組織から発生する低悪性度B細胞リンパ腫で、多くは腫瘍がその刺激に依存して増殖しています。そのため、ピロリ菌陽性で胃に限局した症例では、まず除菌療法を行うのが標準で、低侵襲かつ胃を温存したまま多くが寛解に至ります。除菌無効例やピロリ菌陰性の限局期例には放射線療法、進行期例にはリツキシマブ単独またはリツキシマブ併用化学療法を検討し、胃切除は合併症がある場合などに限られます。t(11;18)(q21;q21)をもつ例は除菌抵抗性であり、寛解後も再発や形質転換、胃癌に備えて長期の内視鏡フォローが必要です。「腫瘍の増殖が何に依存しているか」から治療を組み立てる考え方は、慢性炎症を背景とするリンパ腫全般の理解につながります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・43歳女性。無症状で、人間ドックの上部消化管内視鏡で異常を指摘された。 ・バイタルサインに異常はない。貧血、腹部所見、全身のリンパ節腫大のいずれもない。発熱・体重減少・盗汗などの全身症状(B症状)の記載もない。 ・内視鏡では、胃体下部前壁に褪色調の浅い陥凹がある。早期胃癌の0-Ⅱc型(陥凹型)に似た形で、肉眼形態だけでは癌との区別は難しい。 ・迅速ウレアーゼ試験(生検組織中のウレアーゼ活性を、尿素の分解によるpH変化で検出する検査)が陽性で、Helicobacter pylori(H. pylori)感染がある。 ・生検で胃のMALT(粘膜関連リンパ組織)リンパ腫と診断され、全身精査で胃以外に病変はない。
診断
H. pylori陽性で、胃に限局した(限局期の)胃MALTリンパ腫である。
設問の考え方
胃にはもともとリンパ組織がほとんどない。H. pyloriが慢性に感染すると、その抗原刺激で粘膜にリンパ濾胞が新たに形成される(後天性MALT)。このB細胞の一部が、抗原刺激に依存して増殖するうちにクローン性に増え、MALTリンパ腫が発生する。そのため、多くの症例では、除菌で抗原刺激を断つと腫瘍が退縮する。限局期でH. pylori陽性の胃MALTリンパ腫では、まず除菌療法を行うのが標準である。除菌は低侵襲で、胃を温存でき、多くの症例で寛解が得られる。手術・放射線・リツキシマブ・化学療法は、除菌が無効な例、H. pylori陰性例、進行期の例、高悪性度への形質転換例などに対して検討する二次的な選択肢である。
選択肢考察
- ×a. 胃全摘術
かつては胃MALTリンパ腫に外科切除が行われていた。しかし、除菌療法や放射線療法で胃を温存したまま高い制御率が得られることがわかり、現在は第一選択とはならない。胃全摘は術後のダンピング症候群、体重減少、ビタミンB12欠乏などで生活の質を大きく損なう。そのため、現在は穿孔・大量出血・狭窄などの合併症があるときなど、限られた状況でのみ検討される。
- ×b. 局所放射線照射
胃MALTリンパ腫は放射線感受性が高い。胃と周囲リンパ節領域への30Gy程度の低線量照射で、高い局所制御率が得られる。ただし、適応は除菌療法で寛解が得られない限局期例や、H. pylori陰性の限局期例である。除菌前の第一選択ではない。
- ×c. リツキシマブ治療
リツキシマブは、B細胞表面のCD20に対するモノクローナル抗体である。MALTリンパ腫はCD20陽性のB細胞リンパ腫なので有効である。進行期例、除菌・放射線で制御できない例、全身に病変がある例などで、単剤または化学療法と組み合わせて用いる。限局期でH. pylori陽性の本例では、まず除菌を行うので、最初の治療としては選ばない。
- ×d. 殺細胞性薬による治療
殺細胞性抗癌薬による化学療法は、MALTリンパ腫では主に進行期例や再発・難治例で、リツキシマブと併用して用いられる。骨髄抑制・感染症などの毒性があり、限局期で除菌の効果が期待できる本例に最初から行う治療ではない。なお、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)への形質転換がみられれば、R-CHOP療法などの化学療法が中心となる。
- ○e. Helicobacter pylori除菌療法
胃MALTリンパ腫の多くは、H. pylori感染による慢性的な抗原刺激に依存して増殖している。除菌でこの刺激がなくなると、腫瘍細胞の増殖が止まり退縮する。限局期のH. pylori陽性例では、除菌単独で多くの症例が寛解に至る。低侵襲で胃を温存できるため、第一選択の治療である。わが国では、プロトンポンプ阻害薬またはボノプラザンに、アモキシシリンとクラリスロマイシンを加えた3剤併用療法を7日間行うのが一次除菌の基本である。除菌後は、除菌の成否を尿素呼気試験などで確認する。そのうえで、内視鏡と生検を繰り返して腫瘍の退縮を評価する。組織学的な寛解までには数か月から1年以上かかることもある。
MALTリンパ腫の概要
・WHO分類では「節外性辺縁帯リンパ腫(MALTリンパ腫)」とされ、低悪性度(緩徐進行型)のB細胞リンパ腫である。 ・消化管、特に胃に最も多く発生する。ほかに唾液腺、甲状腺、肺、眼付属器なども発生部位となる。胃以外では、慢性炎症を背景に発生する(シェーグレン症候群に伴う唾液腺、橋本病に伴う甲状腺など)。 ・胃MALTリンパ腫の大部分はH. pylori陽性である。
内視鏡所見
褪色調の陥凹、多発するびらん・潰瘍、敷石状の粘膜、粘膜下腫瘍様の隆起など、多彩である。早期胃癌(特に0-Ⅱc型)との区別が肉眼では難しいため、生検による病理診断が必須である。病理では、胃腺管に腫瘍細胞が浸潤して破壊するリンパ上皮性病変(LEL)が特徴的である。診断の補助として、免疫組織化学やクロナリティ(単クローン性)の検索を行う。
除菌が効きにくい症例
・染色体転座t(11;18)(q21;q21)(API2-MALT1融合遺伝子)をもつ症例は、H. pyloriに依存せずに増殖するため、除菌に反応しにくい。 ・粘膜下層より深く浸潤した例、胃周囲リンパ節に病変がある例、H. pylori陰性例も、除菌が効きにくい。 ・これらの症例や除菌無効例では、放射線療法(限局期)、リツキシマブ単独またはリツキシマブ併用化学療法(進行期)を検討する。
病期評価
CT、骨髄検査、FDG-PET/CTなどで全身の病変の広がりを確認し、消化管リンパ腫用の病期分類(Lugano分類など)で評価する。超音波内視鏡で胃壁への深達度や胃周囲リンパ節も評価する。
経過観察
除菌で寛解しても、再発やDLBCLへの形質転換が起こりうる。また、H. pylori感染胃では胃癌のリスクもある。このため、定期的な内視鏡による長期の経過観察が必要である。
胃原発リンパ腫の主な組織型
MALTリンパ腫とDLBCLが大部分を占める。DLBCLは潰瘍や腫瘤を形成しやすく、進行が速い。治療はR-CHOP療法を中心とした化学療法で、限局期では放射線療法を併用することがある。
POINT
・H. pylori陽性で限局期の胃MALTリンパ腫は、まず除菌療法を行う。多くの症例が除菌単独で寛解する。 ・除菌無効例やH. pylori陰性の限局期例には、放射線療法(約30Gy)を行う。進行期例にはリツキシマブ単独またはリツキシマブ併用化学療法を行う。外科切除は現在第一選択ではない。 ・t(11;18)(q21;q21)(API2-MALT1)陽性例は、除菌に抵抗性である。 ・MALTリンパ腫は、慢性炎症(H. pylori、シェーグレン症候群、橋本病など)を背景に発生する低悪性度B細胞リンパ腫である。
