StudyMed医師国家試験

吸入が効かない朝の息切れ―病歴に紛れた「本当の危険因子」を見抜け

第120回医師国家試験 D問題 第67問

国試問題にチャレンジ

第120回 D問題 第67問

58歳の男性。労作時の呼吸困難を主訴に来院した。今朝,起床後から労作時呼吸困難が出現した。通常通りに出勤したが呼吸困難が持続しており,処方されていた吸入薬を使用後も改善がみられなかったため受診した。35歳時から①喘息に対して吸入療法中。57歳時から②臨床病期Ⅳ期の非小細胞肺癌に対して治療中。③2週間前にインフルエンザワクチン接種を受けた。④築35年の木造住宅に住んでいる。⑤自宅で鳥を飼育している。意識は清明。身長172cm,体重67kg。体温36.5℃。脈拍92/分,整。血圧138/90mmHg。呼吸数20/分。SpO2 92%(room air)。頸静脈の怒張と口唇のチアノーゼとを認めない。心雑音を聴取しないが胸骨左縁第2肋間でⅡ音の亢進を認める。呼吸音に異常を認めない。下腿に浮腫を認めない。血液所見:赤血球452万,Hb 13.8g/dL,Ht 41%,白血球5,400,血小板21万,PT-INR 1.0(基準0.9~1.1),Dダイマー4.4μg/mL(基準1.0以下)。血液生化学所見:総ビリルビン1.0mg/dL,AST 21U/L,ALT 9U/L,LD 306U/L(基準124~222),CK 60 U/L(基準59~248),尿素窒素11mg/dL,クレアチニン0.6mg/dL,血糖114mg/dL。胸部造影CTを下に示す。  下線部のうち,この疾患のリスクファクターはどれか。

第120回 D問題 第67問の問題画像
  1. a.①
  2. b.②
  3. c.③
  4. d.④
  5. e.⑤

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、突然の呼吸困難の原因を診断したうえで、病歴に散りばめられた情報のうち、どれがその疾患の危険因子かを選ぶ問題だ。まず診断を固めること、そして呼吸器らしい「ひっかけ」に惑わされないことがポイントになる。喘息の既往がある人が、吸入薬を使っても良くならない息切れで来た。どう考える?
医学生医学生
喘息発作かと思いましたが、吸入が効かないなら別の原因でしょうか。
ドクタードクター
いい疑い方だね。喘息発作なら喘鳴が聴こえるはずだし、気管支拡張薬にも反応するはず。ところが呼吸音は正常で、それなのにSpO2は下がっている。「胸の聴診所見がほぼ正常なのに低酸素がある急な呼吸困難」は、肺血栓塞栓症を強く疑う典型的な状況なんだ。
医学生医学生
胸骨左縁第2肋間のII音亢進も関係がありますか。
ドクタードクター
大ありだ。そこは肺動脈弁の聴診部位で、II音の肺動脈成分が強くなっているということは、肺動脈圧が上がっていることを示唆する。さらにDダイマーが上昇していて、体内で血栓ができて分解されていることがうかがえる。胸部造影CTでは肺動脈の中に造影されない欠損、つまり血栓が見えている。
医学生医学生
気胸や心不全との区別はどうつけますか。
ドクタードクター
気胸なら患側の呼吸音が減弱するし、急性心不全なら断続性ラ音や頸静脈怒張、下腿浮腫が出やすい。CKも正常で心筋梗塞を示す所見も乏しい。ちなみに起床後や歩き始めなど、体を動かし始めたときに発症しやすいのも肺血栓塞栓症の特徴だよ。
医学生医学生
循環器内科の実習で、術後に初めて歩いたときに倒れた患者さんの話を聞きました。
ドクタードクター
まさに典型例だね。肺血栓塞栓症の多くは、下肢や骨盤の深部静脈にできた血栓がはがれて肺動脈に詰まって起こる。深部静脈血栓症とまとめて静脈血栓塞栓症と呼ぶ。では、血栓ができる条件をどう整理するか覚えているかな。
医学生医学生
Virchowの3要素ですね。血流の停滞、血管内皮の障害、凝固能の亢進です。
ドクタードクター
完璧。その視点で病歴を見直すと、当てはまるのは進行期の非小細胞肺癌だ。悪性腫瘍は静脈血栓塞栓症の代表的で強い危険因子なんだよ。
医学生医学生
癌があると血が固まりやすくなるのはなぜですか。病理の講義でTrousseau症候群という名前だけは聞いた気がします。
ドクタードクター
腫瘍細胞は凝固を開始させる組織因子やムチンなどを産生して、凝固能を高める。さらに抗癌薬による血管内皮障害、中心静脈カテーテル、腫瘍による静脈の圧迫、全身状態の悪化による臥床が重なって、3要素すべてにわたって血栓ができやすくなる。癌に伴う血栓症がTrousseau症候群で、肺癌は静脈血栓塞栓症を合併しやすい癌の一つだ。
医学生医学生
古い木造住宅や鳥の飼育は、呼吸器の問題でよく見るので気になりました。
ドクタードクター
そこがひっかけだね。築年数の古い木造住宅ではトリコスポロン属の真菌が繁殖しやすく、日本で最も多い夏型過敏性肺炎の原因になる。鳥の羽毛や糞の蛋白質を吸い込み続けると鳥関連過敏性肺炎が起こり、慢性化して線維化しやすい。どちらも過敏性肺炎の危険因子で、肺血栓塞栓症とは関係がない。
医学生医学生
インフルエンザワクチンはどうですか。接種後の副反応で血栓ができそうな気もしてしまいます。
ドクタードクター
インフルエンザワクチンが静脈血栓塞栓症のリスクを高めるという関連は示されていない。副反応として知られるのは局所の発赤・腫脹や発熱、まれにGuillain-Barré症候群やアナフィラキシーだ。喘息も主要な危険因子とはされていないけれど、喘息の既往がある人は「いつもの発作」と思い込まれて診断が遅れやすいから、むしろ注意すべき背景と言える。
医学生医学生
疾患を確定してから、Virchowの3要素に当てはめて危険因子を選ぶ、という順番ですね。
ドクタードクター
その通り。臨床的な補足もしておこう。Dダイマーは感度が高いから、陰性なら否定に役立つけれど、特異度は低い。心電図では洞頻脈や右脚ブロック、SIQIIITIIIが有名で、心エコーでは右室拡大を見る。治療の基本は抗凝固療法で、癌関連の静脈血栓塞栓症では直接作用型経口抗凝固薬が広く使われる。ショックなど血行動態が不安定なら血栓溶解療法やカテーテル治療を検討する。癌治療中の患者さんの急な息切れでは、必ず肺血栓塞栓症を鑑別に挙げよう。

まとめ

呼吸音が正常なのに低酸素血症を伴う急な呼吸困難では肺血栓塞栓症を疑い、II音の肺動脈成分の亢進やDダイマー上昇が手がかりとなり、胸部造影CTで肺動脈内の造影欠損を確認して診断します。危険因子はVirchowの3要素(血流の停滞・血管内皮の障害・凝固能の亢進)で整理でき、進行癌とその治療は凝固能亢進などを介した強い危険因子です(Trousseau症候群)。古い木造住宅や鳥の飼育は過敏性肺炎の危険因子であり、喘息やインフルエンザワクチン接種も肺血栓塞栓症の危険因子ではありません。喘息患者の「吸入が効かない呼吸困難」は思い込みによる見逃しが起こりやすい場面です。診断を確定してから病態生理に沿って危険因子を選ぶ姿勢は、病歴の中のひっかけ情報に惑わされないための基本になります。

解答・解説

正解はbです

所見の整理

・58歳男性。今朝起床後から、比較的急に労作時呼吸困難が出現し、持続している。喘息に対して処方された吸入薬(気管支拡張薬)を使っても改善しないため、喘息発作以外の原因を考える必要がある。 ・既往:35歳から喘息、57歳からStage IVの非小細胞肺癌で治療中。 ・身体所見:脈拍92/分とやや頻脈、呼吸数20/分、SpO2 92%と低酸素血症がある。呼吸音に異常はなく、喘鳴(wheeze)もない。胸骨左縁第2肋間(肺動脈弁の聴診部位)でII音が亢進しており、II音の肺動脈成分(IIp)の亢進、すなわち肺動脈圧の上昇を示唆する。頸静脈怒張や下腿浮腫はなく、右心不全の徴候ははっきりしない。 ・検査:Dダイマー4.4μg/mLと上昇しており、体内で血栓ができて分解されていることを示す。LD 306U/Lと軽度上昇。CKは正常で、心筋梗塞を示唆する所見は乏しい。PT-INRは正常で、抗凝固薬は使われていないと考えられる。

診断へのプロセス

「呼吸音や胸部の診察所見がほぼ正常なのに低酸素血症がある急な呼吸困難」は、肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)を強く疑う典型的な状況である。喘息発作なら喘鳴を聴取するはずで、気管支拡張薬も効くはずである。気胸では患側の呼吸音が減弱し、急性心不全では肺のcrackles(断続性ラ音)や頸静脈怒張、浮腫がみられることが多い。本例はII音の亢進とDダイマーの上昇を伴い、胸部造影CTで肺動脈内の造影欠損(血栓)を認めることから、肺血栓塞栓症と診断する。

設問の考え方

肺血栓塞栓症の多くは、下肢や骨盤の深部静脈にできた血栓(深部静脈血栓症:DVT)が遊離し、肺動脈に詰まることで起こる。両者をまとめて静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)と呼ぶ。血栓ができる条件はVirchowの3要素(血流の停滞、血管内皮の障害、血液凝固能の亢進)で整理できる。下線部の中でこれに当てはまるのは、凝固能を亢進させる悪性腫瘍(②)である。木造住宅や鳥の飼育は過敏性肺炎の原因として有名な情報で、呼吸器疾患の問題で「ひっかけ」として置かれている。

選択肢考察

  1. ×a.  ①

    喘息は急な呼吸困難の鑑別診断に挙がる疾患だが、肺血栓塞栓症の主要なリスクファクターとはされていない。本例では喘鳴がなく、吸入薬で改善しないことから、呼吸困難の原因は喘息発作ではないと考えられる。喘息の既往があると「いつもの喘息」と思い込んで肺血栓塞栓症の診断が遅れやすく、むしろ注意すべき点である。

  2. ○b.  ②

    悪性腫瘍は静脈血栓塞栓症の代表的で強いリスクファクターである。腫瘍細胞は組織因子(凝固を開始させる因子)やムチンなどを産生して、血液を固まりやすくする(凝固能の亢進)。さらに、進行期であること、抗癌薬(シスプラチンなどのプラチナ製剤、血管新生阻害薬など)による血管内皮障害、中心静脈カテーテルの留置、腫瘍による静脈の圧迫、全身状態の悪化による臥床で、Virchowの3要素すべてにわたって血栓ができやすくなる。肺癌は、静脈血栓塞栓症を合併しやすい癌の一つである。悪性腫瘍に伴って血栓症が起こる病態は、Trousseau症候群として知られる。

  3. ×c.  ③

    インフルエンザワクチンの接種が静脈血栓塞栓症のリスクを高めるという関連は示されておらず、リスクファクターではない。接種後の副反応としては局所の発赤・腫脹、発熱、まれにGuillain-Barré症候群やアナフィラキシーが知られる。

  4. ×d.  ④

    築年数の古い木造住宅では、湿気によって真菌(トリコスポロン属など)が繁殖しやすく、日本で最も多い過敏性肺炎である夏型過敏性肺炎の原因となる。過敏性肺炎のリスクファクターであって、肺血栓塞栓症とは関係がない。

  5. ×e.  ⑤

    鳥の羽毛や糞に含まれる蛋白質を繰り返し吸い込むと、鳥関連過敏性肺炎(鳥飼病)が起こる。慢性化して線維化を来しやすい。過敏性肺炎のリスクファクターであって、肺血栓塞栓症とは関係がない。

静脈血栓塞栓症(VTE)のリスクファクター:Virchowの3要素

・血流の停滞:長期臥床、手術(特に整形外科の下肢手術・骨盤や腹部の手術)、長時間の座位(エコノミークラス症候群)、肥満、妊娠、心不全、下肢の麻痺やギプス固定。 ・血管内皮の障害:手術・外傷・骨折、カテーテル留置、静脈炎、喫煙。 ・凝固能の亢進:悪性腫瘍とその治療(化学療法など)、エストロゲン製剤(経口避妊薬、ホルモン補充療法)、妊娠・産褥、ネフローゼ症候群、炎症性腸疾患、抗リン脂質抗体症候群、先天性血栓性素因(アンチトロンビン欠乏症、プロテインC欠乏症、プロテインS欠乏症など)、脱水。

肺血栓塞栓症の臨床像

・症状:急に発症する呼吸困難、胸痛、頻呼吸、頻脈、失神、血痰。体動の開始時(起床後・歩き始め・排便など)に発症しやすい。 ・身体所見:呼吸音は正常なことが多い。肺高血圧によりII音の肺動脈成分(IIp)が亢進する。重症では頸静脈怒張、ショックに至る。 ・検査:動脈血ガスで低酸素血症と、過換気による低二酸化炭素血症。Dダイマーは感度が高く、陰性であれば否定に役立つ(特異度は低い)。心電図では洞頻脈、右脚ブロック、SIQIIITIII(I誘導の深いS波、III誘導のQ波と陰性T波)、右側胸部誘導の陰性T波。心エコーでは右室拡大、心室中隔の扁平化。 ・確定診断:胸部造影CTで肺動脈内の造影欠損を確認する(肺換気血流シンチグラフィも用いられる)。下肢静脈エコーや造影CTで深部静脈血栓の有無も評価する。

治療

・抗凝固療法が基本:ヘパリン、直接作用型経口抗凝固薬(DOAC:エドキサバン、リバーロキサバン、アピキサバン)、ワルファリン。癌に関連したVTEでは、DOACが広く用いられる。 ・血行動態が不安定な重症例(ショックなど):血栓溶解療法、カテーテル治療、外科的血栓摘除術、必要に応じて経皮的心肺補助(PCPS)。 ・抗凝固療法ができない場合などは下大静脈フィルターを検討する。

過敏性肺炎の主な病型(選択肢d・eの関連)

夏型(トリコスポロン属:古い木造住宅、高温多湿の季節)、鳥関連(鳥の羽毛・糞)、農夫肺(好熱性放線菌:干し草)、加湿器肺、空調肺など。抗原の回避で軽快する。

POINT

・呼吸音が正常なのに低酸素血症を伴う急な呼吸困難では、肺血栓塞栓症を疑う。Dダイマーの上昇、II音の亢進(肺高血圧)が手がかりになる。 ・リスクファクターはVirchowの3要素(血流の停滞・血管内皮の障害・凝固能の亢進)で整理する。 ・悪性腫瘍(特に進行癌)とその治療は、静脈血栓塞栓症の強いリスクファクターである(Trousseau症候群)。 ・喘息やインフルエンザワクチン接種はリスクファクターではない。 ・古い木造住宅(夏型)や鳥の飼育(鳥関連)は過敏性肺炎のリスクで、肺血栓塞栓症とは無関係である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。