ST上昇がなくても安心できない―NSTEMIを確定する「心筋トロポニン」の力
第120回医師国家試験 D問題 第21問
国試問題にチャレンジ
56歳の男性。前胸部痛を主訴に救急外来を受診した。3日前から,軽労作時に胸部絞扼感を自覚したが,安静にしていると5分程でおさまっていた。昨日の午後8時ごろに,強い前胸部痛に冷汗を伴う症状が約1時間あったが軽快した。今朝になり再び胸痛があるため来院した。既往歴として高血圧と脂質異常症があり内服治療中である。喫煙は30本/日を35年間。家族歴として,父親が60歳時に心筋梗塞で死亡。意識は清明。体温35.9℃。脈拍84/分,整。血圧144/90mmHg。呼吸数18/分。SpO2 97%(room air)。来院後直ちに記録した12誘導心電図(A)と,1年前に健診時に記録した12誘導心電図(B)とを下に示す。胸部エックス線写真で異常を認めない。 診断を確定する上で最も有用な血液検査項目はどれか。

- a.Dダイマー
- b.アルドステロン
- c.心筋トロポニンT
- d.ノルアドレナリン
- e.脳性ナトリウム利尿ペプチド〈BNP〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
冠危険因子の多い患者で、新規発症の労作性狭心痛が短期間で増悪し、冷汗を伴う30分以上の胸痛が起きた場合は急性冠症候群を考えます。ST上昇がなくても、過去の心電図と比べて新たなST-T変化があれば虚血の証拠となり、不安定狭心症と非ST上昇型心筋梗塞の区別は心筋トロポニンの上昇の有無で行います。心筋トロポニンは心筋特異性が高く、発症後数時間で上昇して1〜2週間ほど高値が続くため、前日の発作による梗塞も捉えられます。Dダイマーは肺血栓塞栓症や大動脈解離の除外、BNPは心不全の評価、アルドステロンやノルアドレナリンは二次性高血圧の精査に用いる検査であり、心筋梗塞の確定には使いません。各バイオマーカーが「何を反映するか」を理解しておくことは、救急外来での胸痛診療の土台になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・56歳男性。高血圧、脂質異常症(いずれも治療中)、35年間にわたる1日30本の喫煙(ブリンクマン指数1,050)、若年発症の冠動脈疾患の家族歴(父親が60歳で心筋梗塞死)と、冠危険因子を多数もつ。 ・3日前から、軽い労作で胸部絞扼感が起こり、安静で約5分で治まる。典型的な狭心痛であり、最近始まった(新規発症の)狭心症である。 ・昨夜、冷汗を伴う強い前胸部痛が約1時間続き、今朝も胸痛が再燃している。狭心症発作は通常数分〜15分程度で治まるため、30分以上続く痛みは心筋壊死(梗塞)が起きた可能性を考える。 ・バイタルサインは安定しており、SpO2も保たれている。胸部エックス線写真に異常がなく、肺うっ血や縦隔拡大、気胸を示す所見はない。 ・来院時の心電図(A)を1年前の心電図(B)と比べると、ST上昇はみられないが、以前にはなかったST低下を中心とするST-T変化が新たに出現している。過去の心電図との比較により、この変化が今回の虚血によるものと判断できる。
診断へのプロセス
新規発症の労作性狭心症が、短期間で安静時にも長く続く胸痛へと増悪しており、急性冠症候群(ACS:acute coronary syndrome)が強く疑われる。ACSは、冠動脈のプラーク破綻とそれに続く血栓形成によって急激に心筋虚血が生じる病態の総称で、不安定狭心症、非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)、ST上昇型心筋梗塞(STEMI)を含む。 本例はST上昇がないので、不安定狭心症かNSTEMIのいずれかである。この二つは心電図や症状だけでは区別できず、心筋壊死を示す血液バイオマーカー、すなわち心筋トロポニンが上昇していればNSTEMI、上昇していなければ不安定狭心症と診断する。
設問の考え方
「診断を確定する」ために必要なのは、心筋が壊死したかどうかを高い特異度で示す検査項目である。心筋トロポニン(TまたはI)は心筋細胞に特異的な構造タンパクであり、現在の心筋梗塞の国際定義(第4版)でも診断の中心に据えられている。ほかの選択肢は胸痛の鑑別や別疾患の診断に用いるものであり、心筋梗塞の確定には使えない。
選択肢考察
- ×a. Dダイマー
Dダイマーはフィブリンがプラスミンで分解されて生じる産物で、体内で血栓が形成され線溶が働いていることを示す。急性胸痛では肺血栓塞栓症や急性大動脈解離の除外に有用であり、陰性であればこれらの可能性を大きく下げられる(陰性的中率が高い)。一方で手術後、感染症、悪性腫瘍、高齢などでも上昇する非特異的な指標であり、心筋梗塞の確定診断には用いない。本例は典型的な狭心痛の経過と心電図変化があり、まず考えるべきはACSである。
- ×b. アルドステロン
アルドステロンは副腎皮質球状層から分泌される鉱質コルチコイドである。原発性アルドステロン症など二次性高血圧のスクリーニングでは、血漿レニン活性(または活性型レニン濃度)とともに測定し、アルドステロン/レニン比を評価する。急性胸痛の原因診断には関係しない。本例の血圧は144/90mmHgと軽度の上昇にとどまり、低カリウム血症などの記載もない。
- ○c. 心筋トロポニンT
トロポニンは心筋の収縮を調節するタンパク複合体で、トロポニンTとトロポニンIには心筋特異的なアイソフォームがある。そのため骨格筋の障害ではほとんど上昇せず、心筋傷害に対する特異度と感度がきわめて高い。発症後3〜4時間程度で上昇し始め、高感度測定法では発症後より早期から検出できる。上昇は1〜2週間程度持続するため、本例のように前日に発症した梗塞も捉えられる。心筋梗塞は、心筋トロポニン値が基準値上限の99パーセンタイルを超えて上昇・下降し、かつ虚血を示す症状や心電図変化などを伴う場合に診断される。本例ではトロポニンの上昇を確認できればNSTEMIと確定でき、上昇がなければ不安定狭心症と判断する。
- ×d. ノルアドレナリン
ノルアドレナリンはカテコールアミンの一つである。褐色細胞腫・パラガングリオーマの診断では、血中・尿中のカテコールアミンやその代謝物(メタネフリン、ノルメタネフリン)を測定する。急性心筋梗塞でも交感神経の緊張によって上昇しうるが、ストレスなど多くの要因で変動する非特異的な指標であり、心筋梗塞の診断には用いない。本例には発作性高血圧、動悸、頭痛などの褐色細胞腫を疑わせる所見もない。
- ×e. 脳性ナトリウム利尿ペプチド〈BNP〉
BNPは主に心室の心筋から、壁ストレス(容量負荷・圧負荷)に応じて分泌されるホルモンである。心不全の診断・重症度評価や治療効果判定に用いられる。急性心筋梗塞でも左室機能障害を反映して上昇することがあり、予後予測の指標にはなるが、心筋壊死そのものを示す指標ではなく、腎機能低下や心房細動などでも上昇する。したがって心筋梗塞の確定診断には用いない。
急性冠症候群(ACS)の分類
・不安定狭心症:心筋虚血はあるが心筋壊死はない(トロポニン上昇なし)。新規発症の狭心症、増悪型の狭心症、安静時狭心症などが含まれる。 ・非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI):ST上昇はないが、トロポニン上昇で心筋壊死が証明されるもの。心電図ではST低下や陰性T波を示すことが多いが、変化に乏しいこともある。 ・ST上昇型心筋梗塞(STEMI):冠動脈の完全閉塞による貫壁性虚血を反映してST上昇を示すもの。一刻も早い再灌流療法(主に経皮的冠動脈インターベンション〈PCI〉)が必要である。
心筋傷害マーカーの特徴
・心筋トロポニン(T、I):心筋特異性が高い。発症後数時間で上昇し、1〜2週間程度高値が続く。高感度トロポニンを用いると、来院時と1〜3時間後の値の変化から早期に診断・除外ができる。 ・CK-MB:クレアチンキナーゼの心筋型アイソザイム。発症後4〜6時間で上昇し、2〜3日で正常化するため、再梗塞の判定に用いられることがある。 ・H-FABP(心臓型脂肪酸結合タンパク)、ミオグロビン:発症早期から上昇するが、特異度が低い。 ・AST、LDH:遅れて上昇する非特異的な指標で、現在は診断に用いることは少ない。
NSTE-ACS(非ST上昇型ACS)の初期対応
12誘導心電図を来院後早期(10分以内が目安)に記録し、過去の心電図があれば比較する。ST上昇がなくても、繰り返す胸痛、血行動態の不安定、心電図の動的変化、トロポニン上昇などがあれば高リスクとして早期の冠動脈造影とPCIを検討する。薬物療法としては、抗血小板薬2剤(アスピリンとP2Y12受容体拮抗薬)、抗凝固薬(ヘパリン)、硝酸薬、β遮断薬、高強度スタチンなどを用いる。
胸痛の鑑別(見逃してはならない疾患)
急性冠症候群、急性大動脈解離、肺血栓塞栓症、緊張性気胸、心タンポナーデ、食道破裂。病歴・身体所見・心電図・胸部エックス線・心エコー・血液検査(トロポニン、Dダイマーなど)を組み合わせて鑑別する。
POINT
・新規発症・増悪する労作性狭心痛のあと、30分以上持続する冷汗を伴う胸痛 → 急性冠症候群を考える。 ・ST上昇がない急性冠症候群は、トロポニン上昇があればNSTEMI、なければ不安定狭心症。 ・心筋梗塞の確定診断に最も有用な血液マーカーは心筋トロポニン(T、I)。心筋特異性が高く、1〜2週間程度高値が持続する。 ・過去の心電図との比較は、新たに出現したST-T変化を見つけるのに役立つ。 ・Dダイマーは肺血栓塞栓症・大動脈解離の除外、BNPは心不全の評価、アルドステロン・ノルアドレナリンは二次性高血圧の精査に用いる。
