朝のサプリが甲状腺を眠らせた―レボチロキシンとカルシウムの落とし穴
第120回医師国家試験 C問題 第49問
国試問題にチャレンジ
85歳の女性。傾眠状態を主訴に家族に連れられて来院した。以前は散歩もしていたが,2週間前から傾眠状態が強くなり徐々にADLが低下し,現在はほとんど寝て過ごしている。食事と水分はかろうじて摂取できている。体重は1か月で2kg増加した。既往歴に高血圧症,慢性腎臓病,甲状腺機能低下症があり,アンジオテンシン変換酵素〈ACE〉阻害薬およびレボチロキシンを朝食後に服用している。6か月前から骨粗鬆症予防のためにサプリメントとして炭酸カルシウムを1日3回毎食後に飲み始めた。診察時の意識は清明。体温36.7℃。脈拍52/分,整。血圧124/78mmHg。呼吸数18/分。SpO2 96%(room air)。びまん性の左右対称の甲状腺腫を触知するが,甲状腺結節は認めない。頸部リンパ節は触知しない。心音と呼吸音とに異常を認めない。下肢に軽度の非圧痕性浮腫を認める。四肢に麻痺を認めない。血液所見:Hb 13.9g/dL,白血球6,400,血小板21万。血液生化学所見:総蛋白7.5 g/dL,アルブミン3.9g/dL,尿素窒素18mg/dL,クレアチニン0.8mg/dL,血糖96 mg/dL,Na 131mEq/L,K 4.4mEq/L,Cl 97mEq/L,Ca 9.8mg/dL,TSH 24.4μU/mL(基準0.2~4.0),FT4 0.5ng/dL(基準0.8~2.2)。CRP 0.2mg/dL。 この患者の症状の原因で最も考えられるのはどれか。
- a.感染症
- b.甲状腺癌
- c.薬物相互作用
- d.亜急性甲状腺炎
- e.免疫関連有害事象
対話形式の解説
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ドクターまとめ
レボチロキシンで補充療法中の甲状腺機能低下症患者が、TSH上昇・FT4低下とともに傾眠や活動性低下、体重増加、非圧痕性浮腫、徐脈、低ナトリウム血症をきたした場合は、飲み忘れと併用薬・サプリメントによる吸収障害をまず疑います。炭酸カルシウムは複合体形成や吸着、胃内pH上昇によってレボチロキシンの吸収を妨げるため、同時服用で補充量が実質的に不足し、機能低下症が悪化します。鉄剤、マグネシウム・アルミニウム含有制酸薬、陰イオン交換樹脂、リン吸着薬なども同様で、通常は4時間程度間隔をあけ、レボチロキシン自体は空腹時に一定の条件で服用するのが望ましいとされます。感染症、甲状腺癌、亜急性甲状腺炎、免疫関連有害事象は、炎症所見・結節・疼痛・薬剤歴の有無で否定できます。治療中の病気が説明なく悪化したときに服薬状況とサプリメントまで確認する姿勢は、高齢者のポリファーマシー対策としても臨床で欠かせません。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・85歳女性。2週間前から傾眠傾向が強まり、以前は散歩していたのに現在はほぼ寝たきりにまで日常生活動作(ADL: activities of daily living)が低下した。食事・水分はなんとか摂れている。 ・1か月で2kgの体重増加、下肢の非圧痕性浮腫(指で押しても凹みが残らない浮腫で、甲状腺機能低下症の粘液水腫に特徴的)。 ・脈拍52/分の徐脈。体温36.7℃で発熱はない。 ・びまん性で左右対称の甲状腺腫があり、結節は触れない。 ・血液検査: TSH(甲状腺刺激ホルモン)24.4μU/mLと高値、FT4(遊離サイロキシン)0.5ng/dLと低値。Na 131mEq/Lの軽度低ナトリウム血症。CRP 0.2mg/dLで炎症反応はほぼない。腎機能(尿素窒素・クレアチニン)、血糖、Caは基準範囲内。 ・既往歴に甲状腺機能低下症があり、レボチロキシンを朝食後に内服している。6か月前から、炭酸カルシウムのサプリメントを毎食後(1日3回)に飲み始めた。
診断のプロセス
TSH高値かつFT4低値は、甲状腺そのものの機能低下による原発性甲状腺機能低下症のパターンである。傾眠・活動性低下、体重増加、非圧痕性浮腫、徐脈、低ナトリウム血症(甲状腺ホルモン不足では自由水の排泄が低下する)は、いずれも甲状腺機能低下症の症状・所見として説明できる。びまん性甲状腺腫を伴うことから、背景には橋本病(慢性甲状腺炎)が考えられる。 ここで重要なのは「すでに診断されてレボチロキシンで補充療法を受けている患者が、なぜいま甲状腺機能低下の状態に陥っているのか」という点である。病歴を見直すと、6か月前に炭酸カルシウムの内服が加わり、しかも朝食後にはレボチロキシンと炭酸カルシウムを同時に飲んでいる。カルシウム製剤はレボチロキシンの消化管からの吸収を妨げることが知られており、補充量が実質的に不足して甲状腺機能低下症が再燃・増悪したと考えるのが最も合理的である。 一方で、発熱や炎症反応の上昇がなく感染症を示す所見に乏しいこと、甲状腺結節がないこと、甲状腺の痛みや甲状腺中毒症状の経過がないこと、免疫チェックポイント阻害薬の使用歴がないことから、他の選択肢は考えにくい。
設問の考え方
「新たに追加された薬やサプリメント」と「既存の治療薬」の組み合わせに注目する問題である。治療中の病気が説明のつかない形で悪化したときは、服薬状況(飲み忘れ)と併用薬・サプリメントによる相互作用をまず確認するという臨床的な姿勢が問われている。
選択肢考察
- ×a. 感染症
高齢者では感染症が傾眠やADL低下として表れることがあり、粘液水腫性昏睡の誘因にもなるため、鑑別として考えるべきではある。しかし本例は体温36.7℃で発熱がなく、白血球6,400と正常、CRP 0.2mg/dLとほとんど上昇しておらず、呼吸音も正常で感染巣を示す所見がない。さらに症状はTSH高値・FT4低値による甲状腺機能低下症で一元的に説明できるため、主な原因とは考えにくい。
- ×b. 甲状腺癌
甲状腺癌(多くは乳頭癌)は通常、甲状腺内の結節(しこり)として見つかり、甲状腺機能は保たれていることがほとんどである。本例の甲状腺腫はびまん性で左右対称であり、結節や頸部リンパ節腫大も認めない。甲状腺機能低下とびまん性甲状腺腫は橋本病の所見として説明でき、甲状腺癌は考えにくい。
- ○c. 薬物相互作用
レボチロキシン(合成T4製剤)は主に小腸から吸収されるが、カルシウム製剤と一緒に服用すると、カルシウムがレボチロキシンと結合して溶けにくい複合体を作ったり、レボチロキシンを吸着したりするため、吸収量が低下する。炭酸カルシウムは胃酸を中和して胃内pHを上げ、酸性環境で溶けやすいレボチロキシンの溶解を妨げることも吸収低下に関与するとされる。本例は6か月前から炭酸カルシウムを毎食後に飲み始め、朝食後はレボチロキシンと同時に服用していたため、補充量が実質的に不足し、TSH 24.4μU/mL・FT4 0.5ng/dLという甲状腺機能低下状態となって傾眠・徐脈・浮腫・体重増加・低ナトリウム血症をきたしたと考えられる。対応としては、両者の服用間隔を4時間以上あけるか、不要であればカルシウム製剤を中止し、甲状腺機能を再評価する。
- ×d. 亜急性甲状腺炎
亜急性甲状腺炎は上気道感染などに続いて起こる甲状腺の炎症で、発熱、甲状腺の痛みと圧痛(痛む部位が反対側へ移動することもある)、CRPや赤沈の上昇を伴い、初期には甲状腺組織の破壊によって甲状腺中毒症(FT4高値・TSH低値)を呈する。その後、一過性の甲状腺機能低下期を経ることはあるが、本例には先行する甲状腺の痛みや甲状腺中毒症状、炎症反応の上昇がなく、甲状腺に圧痛を伴う硬結もない。現在の所見はレボチロキシン治療中の甲状腺機能低下症の悪化として説明できる。
- ×e. 免疫関連有害事象
免疫関連有害事象(irAE: immune-related adverse events)は、抗PD-1抗体・抗PD-L1抗体・抗CTLA-4抗体などの免疫チェックポイント阻害薬によって生じる自己免疫性の副作用であり、甲状腺炎(破壊性甲状腺中毒症からの機能低下症)や下垂体炎はその代表である。しかし本例には悪性腫瘍の既往も免疫チェックポイント阻害薬の投与歴もなく、該当しない。
レボチロキシンの服用と吸収に影響する因子
・レボチロキシンは食事の影響を受けて吸収が低下するため、理想的には朝食の30〜60分前の空腹時、または就寝前(夕食から3〜4時間以上あけて)に服用する。毎日同じ条件で服用することが重要である。 ・吸収を妨げる主な薬剤: カルシウム製剤(炭酸カルシウム)、鉄剤、マグネシウム・アルミニウムを含む制酸薬(水酸化アルミニウムなど)、陰イオン交換樹脂(コレスチラミン、コレスチミド)、リン吸着薬(セベラマー、炭酸ランタン)、スクラルファートなど。これらとは通常4時間程度間隔をあける。 ・プロトンポンプ阻害薬など胃酸分泌抑制薬の長期使用や、萎縮性胃炎、ヘリコバクター・ピロリ感染、セリアック病などでも吸収が低下することがある。 ・代謝を促進して必要量を増やす薬剤: フェニトイン、カルバマゼピン、リファンピシンなど。 ・エストロゲン製剤や妊娠ではサイロキシン結合グロブリンが増え、補充量の増加が必要になることがある。
甲状腺機能低下症の主な症状・所見
・全身: 易疲労感、寒がり、体重増加、傾眠、活動性・意欲の低下、記憶力低下(高齢者では認知症と誤認されやすい)。 ・皮膚: 乾燥、非圧痕性浮腫(粘液水腫)、脱毛、嗄声、巨舌。 ・循環: 徐脈、心拡大、心嚢液貯留。 ・消化器: 便秘。 ・神経・筋: アキレス腱反射の弛緩相遅延、CK上昇。 ・検査: 低ナトリウム血症、高コレステロール血症、CK上昇。 ・重症型の粘液水腫性昏睡では、意識障害、低体温、低換気(高CO2血症)、低血圧、低血糖、低ナトリウム血症をきたし、感染・寒冷・鎮静薬などが誘因となる。死亡率の高い内分泌緊急症である。
原発性と中枢性の区別
・原発性(甲状腺そのものの障害): TSH高値・FT4低値。代表は橋本病。 ・中枢性(下垂体・視床下部の障害): FT4低値なのにTSHは低値〜正常範囲にとどまる。
高齢者でのレボチロキシン補充の注意
高齢者や冠動脈疾患のある患者では、急な増量で狭心症や不整脈を誘発するおそれがあるため、少量から開始し、TSHをみながら慎重に調整する。
POINT
・レボチロキシン補充中なのにTSH上昇・FT4低下をきたしたら、飲み忘れと併用薬・サプリメントによる吸収障害をまず疑う。 ・カルシウム製剤、鉄剤、マグネシウム・アルミニウム含有制酸薬、陰イオン交換樹脂、リン吸着薬などはレボチロキシンの吸収を妨げる。服用間隔を4時間程度あける。 ・甲状腺機能低下症の所見: 傾眠・活動性低下、体重増加、非圧痕性浮腫、徐脈、低ナトリウム血症、高コレステロール血症、CK上昇。 ・TSH高値+FT4低値は原発性甲状腺機能低下症。びまん性甲状腺腫を伴えば橋本病を考える。
