「休みたくない」うつ病に何を選ぶ?―精神療法の“対象”で見極める治療選択
第120回医師国家試験 C問題 第48問
国試問題にチャレンジ
34歳の男性。疲労感を主訴に妻とともに来院した。2か月前に上司に仕事上のミスを指摘されてから,ぐっすり眠れず疲労感が残るようになった。気分は落ち込み,趣味の釣りに行くのも億劫になり,食事も何となく美味しくなく体重が1か月で3kg減少した。過去に同様の症状で短期間休職したことが複数回ある。血液所見と血液生化学所見に異常を認めない。患者は,今回は仕事を休みたくないと言っている。 適切な治療はどれか。
- a.芸術療法
- b.森田療法
- c.遊戯療法
- d.精神分析療法
- e.認知行動療法
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
明確なストレス因の後に始まった抑うつでも、抑うつ気分や興味・喜びの減退に不眠・易疲労・食欲低下や体重減少が加わってうつ病の基準を満たせば、適応障害ではなくうつ病と診断します。成人のうつ病に有効性が確立した精神療法は認知行動療法で、否定的な自動思考の修正と行動活性化を組み合わせ、再発予防効果もあり、外来で働きながら受けられます。森田療法は森田神経質を背景とする不安症など、遊戯療法は子ども、芸術療法は言語化が苦手な患者の補助、精神分析療法は長期を要しパーソナリティ障害などが主な対象と整理しておくと迷いません。あわせて身体疾患の除外や双極性障害の確認、休養・環境調整・薬物療法との組み合わせも、実際の診療では欠かせない視点です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・34歳男性。本人の訴えは「疲労感」で、妻に付き添われての受診である。 ・発症の契機: 2か月前、上司から仕事上のミスを指摘されたこと(はっきりした心理社会的ストレス因)。 ・症状: 熟眠できない(睡眠障害)、疲労感、気分の落ち込み(抑うつ気分)、趣味の釣りにも行く気がしない(興味・喜びの減退、意欲低下)、食事がおいしくない(食欲低下)、1か月で3kgの体重減少。 ・経過: 過去にも同様の症状で短期間の休職を何度か繰り返している(反復性の経過)。 ・血液検査・血液生化学検査に異常はなく、疲労感や体重減少を起こす身体疾患は現時点で積極的に疑われない。 ・本人は今回は仕事を休まずに治療したいと希望している。
診断のプロセス
抑うつ気分と興味・喜びの減退という中核症状が2週間以上続き、そこに不眠・易疲労感・食欲低下と体重減少が加わっている。DSM-5(米国精神医学会の診断基準)の抑うつエピソードは9項目中5項目以上(中核症状のどちらかを必ず含む)が2週間以上ほぼ毎日続くことで満たされ、本例は少なくとも5項目がそろうため、うつ病(大うつ病性障害)と考えられる。過去にも同様のエピソードを繰り返していることから、反復性のうつ病とみるのが自然である。 明確なストレス因の後に始まっている点からは適応障害も鑑別に挙がるが、適応障害は「他の精神疾患の診断基準を満たさない」ことが前提であり、うつ病の基準を満たす本例ではうつ病の診断が優先される。また、疲労感や体重減少の訴えでは、甲状腺機能低下症などの内分泌疾患、貧血、悪性腫瘍(胃癌・膵癌など)といった身体疾患をまず除外することが重要で、本例では血液検査で大きな異常がないことが確認されている。双極性障害(過去の躁・軽躁エピソードの有無)の確認も、治療方針を決めるうえで欠かせない。
設問の考え方
問われているのは、成人のうつ病に対して有効性が確立した精神療法はどれか、という点である。さらに本例には「再発を繰り返している」「仕事を続けながら治療したい」という条件がある。外来通院で一定回数のセッションとして行え、再発予防効果も示されている構造化された精神療法が最も適しており、それは認知行動療法である。選択肢の中には対象年齢や適応疾患が本例と合わない治療法が並んでいるので、それぞれの主な対象を整理しておくと迷わない。
選択肢考察
- ×a. 芸術療法
絵画・コラージュ・音楽・陶芸などの創作や表現活動を通して、言葉にしにくい感情や内面を表出させる治療法である。言語化が難しい子どもや、統合失調症の慢性期の患者などでリハビリテーションや補助的治療として用いられることが多い。言葉による十分なやりとりができる成人のうつ病で、第一に選ぶ治療ではない。
- ×b. 森田療法
森田正馬が創始した日本独自の精神療法で、不安や身体の違和感にとらわれやすい「森田神経質」と呼ばれる性格傾向をもつ人の神経症(現在の不安症、強迫症、身体症状症などに相当)が主な対象である。症状を排除しようとせず「あるがまま」に受け入れ、なすべき行動に目を向けることで、症状へのとらわれから抜け出すことを目指す。古典的には絶対臥褥期から始まる入院治療の形をとる。抑うつエピソードを繰り返すうつ病の治療として標準的なものではない。
- ×c. 遊戯療法
おもちゃや箱庭、ごっこ遊びなどの遊びを媒介にして、子どもが自分の感情や内的世界を表現できるよう支える心理療法である。言語発達が未熟で、気持ちを言葉で語ることが難しい児童が主な対象であり、34歳の成人である本例には通常適応とならない。
- ×d. 精神分析療法
フロイトに始まる治療法で、自由連想や夢の解釈などを通じて無意識に抑圧された心理的葛藤を意識化し、それを洞察することで症状の改善を目指す。週に複数回の面接を数年単位で続けることもある長期の治療で、一部のパーソナリティ障害や神経症圏の患者が主な対象とされてきた。うつ病の急性期には負担が大きいうえ、有効性を示す根拠も認知行動療法ほど確立していないため、本例で優先される治療ではない。
- ○e. 認知行動療法
認知行動療法(CBT: cognitive behavioral therapy)は、出来事のとらえ方(認知)が気分や行動に影響するという考えに基づき、「ミスを指摘された=自分は役に立たない」のような極端で否定的な自動思考に気づいて、より現実的な考え方に修正していく練習と、行動活性化(楽しみや達成感を得られる活動を少しずつ増やす)などの行動面の技法を組み合わせた構造化された精神療法である。うつ病に対する有効性は多数の臨床試験で確立しており、軽症〜中等症では抗うつ薬と同等の効果、治療終了後の再発予防効果も示されている。通常は週1回・計十数回程度の外来セッションで行えるため、休職を希望しない本例でも仕事を続けながら受けられる。抑うつエピソードを繰り返す本例の再発予防という点からも最も適切であり、日本ではうつ病に対する認知行動療法は保険診療の対象にもなっている。
うつ病(大うつ病性障害)の診断基準の要点(DSM-5)
以下の9症状のうち5つ以上が同じ2週間の間に存在し、そのうち少なくとも1つは①か②であること。 ①抑うつ気分 ②興味・喜びの著しい減退 ③食欲の変化または体重の明らかな増減(1か月で体重の5%以上の変化が目安) ④不眠または過眠 ⑤精神運動焦燥または制止 ⑥疲労感・気力の減退 ⑦無価値感・過剰な罪責感 ⑧思考力・集中力の低下、決断困難 ⑨死についての反復思考、自殺念慮・自殺企図 これらにより著しい苦痛や社会的・職業的機能の障害が生じ、物質や身体疾患によるものではないことも条件である。
適応障害との違い
適応障害は、はっきりしたストレス因から3か月以内に情緒面・行動面の症状が出現し、ストレス因が去れば通常6か月以内に改善するものである。ただし、他の精神疾患(うつ病など)の診断基準を満たす場合は適応障害とは診断しない。ストレス因が明らかであっても、症状がうつ病の基準を満たせばうつ病と診断する点が重要である。
うつ病の治療の全体像
・休養と環境調整: 必要に応じて診断書を発行し、休職や業務量の軽減を職場と調整する。 ・薬物療法: 中等症以上では、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、ミルタザピンなどの抗うつ薬が中心となる。 ・精神療法: 支持的精神療法を基本に、認知行動療法や対人関係療法など有効性が示された精神療法を行う。 ・重症例や薬物抵抗例、自殺の危険が切迫した例では、修正型電気けいれん療法も選択肢となる。
主な精神療法と対象の整理
・認知行動療法: うつ病、不安症(パニック症・社交不安症など)、強迫症、不眠症など幅広い。 ・対人関係療法: うつ病など。重要な他者との関係の問題に焦点を当てる。 ・森田療法: 森田神経質を背景とする神経症(不安症など)。 ・内観療法: 吉本伊信が創始した日本独自の療法。身近な人に「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」を振り返る。アルコール依存症などで用いられる。 ・遊戯療法・箱庭療法: 子ども。 ・芸術療法: 言語化が苦手な患者の補助的治療。 ・精神分析療法: パーソナリティ障害や神経症圏の一部。長期間を要する。 ・自律訓練法: 心身症、緊張や不安の緩和。 ・弁証法的行動療法: 境界性パーソナリティ障害。
POINT
・抑うつ気分/興味の減退+不眠・易疲労・食欲低下・体重減少が2週間以上続けばうつ病を考える。きっかけとなるストレス因があっても、うつ病の基準を満たせば適応障害ではなくうつ病と診断する。 ・成人のうつ病に有効性が確立した精神療法は認知行動療法(と対人関係療法)であり、再発予防効果もある。外来で就労を続けながら行える。 ・森田療法→森田神経質(不安症など)、遊戯療法→子ども、芸術療法→言語化の苦手な患者の補助、精神分析療法→長期を要しパーソナリティ障害など、と対象を整理しておく。 ・疲労感・体重減少では、甲状腺機能低下症や悪性腫瘍など身体疾患の除外を忘れない。
