まぶたは「下がる」のではなく「上がる」―Basedow病の眼徴候を機序で読み解く
第120回医師国家試験 B問題 第12問
国試問題にチャレンジ
甲状腺機能亢進症でみられない眼所見はどれか。
- a.眼球突出
- b.眼瞼下垂
- c.眼瞼腫脹
- d.瞼裂開大
- e.瞬目減少
対話形式の解説
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ドクターまとめ
甲状腺機能亢進症、とくにBasedow病の眼所見は、交感神経過緊張によるMüller筋の収縮と、TSH受容体を発現する眼窩線維芽細胞への自己免疫反応という2つの機序で理解できます。前者からは瞼裂開大(Dalrymple徴候)、瞬目減少(Stellwag徴候)、下方視時の上眼瞼下降遅延(Graefe徴候)が、後者からは眼球突出、眼瞼腫脹、下直筋優位の外眼筋腫大による上転障害などが生じます。いずれも上眼瞼は「上がる」方向に変化するため、眼瞼下垂はみられず、Basedow病患者に眼瞼下垂をみた場合は重症筋無力症の合併を考えます。甲状腺眼症は甲状腺機能と必ずしも並行せず、喫煙や放射性ヨウ素治療で増悪しうること、圧迫性視神経症は緊急対応を要することも重要です。所見を機序で結びつけて覚えることで、Horner症候群などの眼瞼下垂との対比も含めて応用の利く知識になります。
解答・解説
正解はbです
甲状腺機能亢進症、なかでもその代表であるBasedow病(Graves病)に伴う眼の変化を問う問題である。 Basedow病の眼症状は、大きく次の2つの仕組みで生じる。 1. 交感神経の過緊張による変化:甲状腺ホルモン過剰はカテコールアミンへの感受性を高める。上眼瞼を持ち上げる平滑筋(Müller筋、交感神経支配)の緊張が強まり、上眼瞼が上方へ引き上げられる(眼瞼後退)。その結果、瞼裂が広がり、まばたきが減り、下を見たときに上眼瞼がついてこない、などの所見が出る。これらは甲状腺機能が正常化すると改善しやすい。 2. 自己免疫による眼窩組織の変化(甲状腺眼症、Graves眼症):TSH受容体に対する自己抗体(TRAb)や自己反応性T細胞が、眼窩の線維芽細胞(TSH受容体を発現している)を標的にする。その結果、炎症、グリコサミノグリカン(ムコ多糖)の沈着、脂肪組織の増生、外眼筋の腫大が起こる。眼球突出、眼瞼腫脹、眼球運動障害(複視)、上眼瞼挙筋の炎症・線維化による眼瞼後退などが生じる。 このように、甲状腺機能亢進症で起こる上眼瞼の変化は「上に引き上げられる(後退する)」方向である。上眼瞼が垂れ下がる眼瞼下垂は逆の所見なので、甲状腺機能亢進症の眼所見には含まれない。「上眼瞼が下がる」ではなく「上がる」と覚えるのが要点である。
選択肢考察
- ×a. 眼球突出
甲状腺機能亢進症でみられる。Basedow病では、眼窩の線維芽細胞が自己免疫の標的となる。外眼筋の腫大と球後(眼球の後ろ)の脂肪組織の増生によって眼窩内の容積が増え、眼球が前に押し出される。Basedow病の古典的な三主徴(Merseburgの三徴:甲状腺腫、頻脈、眼球突出)の一つである。片側だけに出ることもあり、片側性の眼球突出をみたら甲状腺眼症も鑑別に入れる。
- ○b. 眼瞼下垂
甲状腺機能亢進症ではみられないので、本問の正解である。甲状腺機能亢進症では、交感神経の過緊張によるMüller筋の収縮と、上眼瞼挙筋の炎症・線維化によって、上眼瞼は逆に引き上げられる(眼瞼後退)。眼瞼下垂の主な原因は、先天性のもの、加齢による腱膜性のもの、動眼神経麻痺、Horner症候群(交感神経障害によるMüller筋の麻痺)、重症筋無力症、筋疾患などである。なお、自己免疫性甲状腺疾患には重症筋無力症が合併することがある。Basedow病の患者に眼瞼下垂をみたら、甲状腺眼症ではなく重症筋無力症の合併を疑う。
- ×c. 眼瞼腫脹
甲状腺機能亢進症(Basedow病)でみられる。甲状腺眼症では、眼窩や眼瞼の軟部組織に炎症が起こり、グリコサミノグリカンが沈着して水分を引き込み、脂肪組織も増える。このため眼瞼が腫れぼったくなる。眼瞼の発赤・腫脹は、眼症の活動性(炎症の強さ)を評価する指標の一つにも含まれる。
- ×d. 瞼裂開大
甲状腺機能亢進症でみられる(Dalrymple徴候)。交感神経の緊張によるMüller筋の収縮と、上眼瞼挙筋の変化によって上眼瞼が後退し、瞼裂(上下の眼瞼の間のすき間)の縦幅が広がる。正面視で角膜の上縁より上に白目(強膜)が見え、驚いたような目つきになる。眼球突出が加わると、さらに目立つ。
- ×e. 瞬目減少
甲状腺機能亢進症でみられる(Stellwag徴候)。眼瞼後退によって上眼瞼の動きが制限され、まばたき(瞬目)の回数が減る。瞼裂開大や眼球突出と重なると、角膜が乾きやすくなり、ドライアイや兎眼性角膜炎(閉瞼が不完全なために起こる角膜障害)の原因となる。
Basedow病でみられる主な眼徴候
・Dalrymple徴候:瞼裂開大。正面視で上方の強膜が見える。 ・Graefe徴候:下を見たときに上眼瞼がついてこない(上眼瞼の下降遅延)ため、角膜の上方に白目が見える。 ・Stellwag徴候:瞬目の減少。 ・Möbius徴候:輻輳不全。寄り目がしにくい。 ・眼球突出:外眼筋の腫大と球後脂肪組織の増生による。 ・眼球運動障害:外眼筋の腫大は下直筋に最も多く、次いで内直筋に多い。腫大・線維化した筋は伸びにくくなるため、反対方向への運動が制限される。下直筋が侵されると上転障害が起こり、上を見たときに複視が出る。
甲状腺眼症(Graves眼症)の概要
・甲状腺機能亢進症と同時に発症するとは限らず、先に眼症状が出ることも、治療後に出ることもある。甲状腺機能が正常な例(euthyroid Graves' disease)もある。 ・増悪因子:喫煙、放射性ヨウ素内用療法、急激な甲状腺機能の変化(特に治療後の甲状腺機能低下)など。 ・重症例では、腫大した外眼筋が眼窩の奥(眼窩先端部)で視神経を圧迫する(圧迫性視神経症)ことがある。視力低下の原因となるため緊急の治療を要する。 ・評価には眼窩MRIを用いる。外眼筋の腫大や、T2強調像・STIR像での高信号(炎症の活動性を示す)を確認する。 ・治療:禁煙指導。活動性の中等症以上ではステロイドパルス療法や眼窩部への放射線照射を行う。不活動期には眼窩減圧術や斜視手術、眼瞼手術を行う。近年はIGF-1受容体を標的とする抗体薬(テプロツムマブ)も使われている。
眼瞼下垂の主な原因(甲状腺機能亢進症との対比)
・先天性(上眼瞼挙筋の発育不全) ・腱膜性(加齢、コンタクトレンズの長期装用など) ・神経原性:動眼神経麻痺、Horner症候群 ・神経筋接合部:重症筋無力症(日内変動・易疲労性が特徴) ・筋原性:筋強直性ジストロフィー、慢性進行性外眼筋麻痺など
POINT
・甲状腺機能亢進症では上眼瞼は「上がる(後退する)」。眼瞼下垂はみられない。 ・代表的な眼徴候:瞼裂開大(Dalrymple徴候)、下方視時の上眼瞼下降遅延(Graefe徴候)、瞬目減少(Stellwag徴候)、輻輳不全(Möbius徴候)、眼球突出、眼瞼腫脹。 ・眼球突出の原因は外眼筋の腫大と球後脂肪組織の増生。外眼筋の腫大は下直筋に最も多く、上転障害を起こす。 ・Basedow病の患者に眼瞼下垂をみたら、重症筋無力症の合併を考える。
