StudyMed医師国家試験

まぶたは「下がる」のではなく「上がる」―Basedow病の眼徴候を機序で読み解く

第120回医師国家試験 B問題 第12問

国試問題にチャレンジ

第120回 B問題 第12問

甲状腺機能亢進症でみられない眼所見はどれか。

  1. a.眼球突出
  2. b.眼瞼下垂
  3. c.眼瞼腫脹
  4. d.瞼裂開大
  5. e.瞬目減少

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、甲状腺機能亢進症、特にBasedow病でみられる眼の所見を問う問題だ。選択肢を丸暗記で処理するより、「なぜその所見が出るのか」という機序から考えると、仲間外れがすっきり見えてくる。
医学生医学生
Basedow病の眼といえば、まず眼球突出ですよね。Merseburgの三徴の一つとして講義で習いました。
ドクタードクター
その通り。甲状腺腫、頻脈、眼球突出が古典的な三徴だ。ではBasedow病の眼症状がどういう仕組みで起こるか、大きく2つに分けてみよう。1つめは交感神経の過緊張。甲状腺ホルモンが過剰になると、カテコールアミンへの感受性が高まる。上眼瞼を持ち上げる平滑筋にMüller筋があって、これは交感神経支配なんだ。
医学生医学生
交感神経が過剰に働くと、Müller筋が強く収縮してまぶたが引き上げられる、ということですか。
ドクタードクター
そう、それが眼瞼後退だ。2つめは自己免疫による眼窩組織の変化で、甲状腺眼症と呼ぶ。眼窩の線維芽細胞はTSH受容体を発現していて、TRAbや自己反応性T細胞の標的になる。その結果、炎症、グリコサミノグリカンの沈着、脂肪組織の増生、外眼筋の腫大が起こるんだ。
医学生医学生
眼窩の中身が増えるから、眼球が前に押し出されて眼球突出になるんですね。
ドクタードクター
その理解で正しい。外眼筋の腫大と球後脂肪の増生で眼窩内の容積が増えるわけだ。片側だけに出ることもあるから、片側性の眼球突出をみたら甲状腺眼症も鑑別に入れよう。では眼瞼腫脹はどうかな。
医学生医学生
グリコサミノグリカンは水を引き込むので、まぶたもむくむのでしょうか。
ドクタードクター
いいね。炎症に加えて、グリコサミノグリカンの沈着と脂肪の増加で眼瞼が腫れぼったくなる。眼瞼の発赤や腫脹は、眼症の活動性を評価する指標の一つにもなっている。次に瞼裂開大と瞬目減少。これは1つめの機序と関係が深い。
医学生医学生
まぶたが後退して瞼裂が広がるのがDalrymple徴候、まばたきが減るのがStellwag徴候でしたね。CBTの直前に語呂合わせで必死に覚えました。
ドクタードクター
語呂も悪くないけれど、機序とつなげておくと忘れにくいよ。上眼瞼が後退して瞼裂の縦幅が広がると、正面視で角膜の上に白目が見えて、驚いたような目つきになる。さらに上眼瞼の動きが制限されてまばたきが減る。瞼裂開大や眼球突出と重なると角膜が乾きやすく、ドライアイや兎眼性角膜炎の原因にもなるんだ。
医学生医学生
そうすると、まぶたが垂れ下がる眼瞼下垂だけが逆向きですね。これが甲状腺機能亢進症でみられない所見だと思います。
ドクタードクター
正解。甲状腺機能亢進症では、Müller筋の緊張や上眼瞼挙筋の炎症・線維化で上眼瞼は「上がる」方向に動く。「下がる」眼瞼下垂は逆なんだ。では眼瞼下垂の原因には何があったかな。
医学生医学生
神経内科の実習で、Horner症候群と動眼神経麻痺、それから重症筋無力症を習いました。Horner症候群はまさにMüller筋が麻痺するんですよね。
ドクタードクター
よく結びつけたね。Horner症候群は交感神経の障害でMüller筋が働かなくなるから、Basedow病とちょうど裏返しの関係になる。ほかに先天性、加齢やコンタクトレンズ長期装用による腱膜性、筋強直性ジストロフィーなどの筋原性もある。ここで臨床的に大事なのが、自己免疫性甲状腺疾患には重症筋無力症が合併することがある点だ。
医学生医学生
Basedow病の患者さんに眼瞼下垂をみたら、甲状腺眼症ではなく重症筋無力症の合併を疑う、ということですね。日内変動や易疲労性を確認すればよさそうです。
ドクタードクター
まさにその通り。ほかの眼徴候も整理しておこう。下を見たときに上眼瞼がついてこないのがGraefe徴候、輻輳がしにくいのがMöbius徴候だ。外眼筋の腫大は下直筋に最も多く、次いで内直筋に多い。腫大して伸びにくくなった下直筋のせいで上転障害が起こり、上を見たときに複視が出るんだ。
医学生医学生
下直筋が侵されているのに、障害されるのは上を見る動きなんですね。収縮できないのではなく、伸びないからだと考えれば納得です。
ドクタードクター
その理解が大切だ。臨床での注意点も押さえておこう。甲状腺眼症は甲状腺機能亢進症と同時に起こるとは限らず、眼症状が先行したり、治療後に出たり、甲状腺機能が正常な例もある。喫煙、放射性ヨウ素内用療法、治療後の甲状腺機能低下などの急な機能変化は増悪因子になるから、禁煙指導は基本だ。評価には眼窩MRIを使い、外眼筋の腫大やT2強調像・STIR像での高信号で炎症の活動性をみる。
医学生医学生
重症になると視力にも影響が出るのでしょうか。
ドクタードクター
そう。腫大した外眼筋が眼窩先端部で視神経を圧迫する圧迫性視神経症は、緊急の治療を要する。活動性の中等症以上ではステロイドパルス療法や眼窩部への放射線照射、不活動期には眼窩減圧術や斜視手術、眼瞼手術を行う。近年はIGF-1受容体を標的とする抗体薬のテプロツムマブも使われているよ。

まとめ

甲状腺機能亢進症、とくにBasedow病の眼所見は、交感神経過緊張によるMüller筋の収縮と、TSH受容体を発現する眼窩線維芽細胞への自己免疫反応という2つの機序で理解できます。前者からは瞼裂開大(Dalrymple徴候)、瞬目減少(Stellwag徴候)、下方視時の上眼瞼下降遅延(Graefe徴候)が、後者からは眼球突出、眼瞼腫脹、下直筋優位の外眼筋腫大による上転障害などが生じます。いずれも上眼瞼は「上がる」方向に変化するため、眼瞼下垂はみられず、Basedow病患者に眼瞼下垂をみた場合は重症筋無力症の合併を考えます。甲状腺眼症は甲状腺機能と必ずしも並行せず、喫煙や放射性ヨウ素治療で増悪しうること、圧迫性視神経症は緊急対応を要することも重要です。所見を機序で結びつけて覚えることで、Horner症候群などの眼瞼下垂との対比も含めて応用の利く知識になります。

解答・解説

正解はbです

甲状腺機能亢進症、なかでもその代表であるBasedow病(Graves病)に伴う眼の変化を問う問題である。 Basedow病の眼症状は、大きく次の2つの仕組みで生じる。 1. 交感神経の過緊張による変化:甲状腺ホルモン過剰はカテコールアミンへの感受性を高める。上眼瞼を持ち上げる平滑筋(Müller筋、交感神経支配)の緊張が強まり、上眼瞼が上方へ引き上げられる(眼瞼後退)。その結果、瞼裂が広がり、まばたきが減り、下を見たときに上眼瞼がついてこない、などの所見が出る。これらは甲状腺機能が正常化すると改善しやすい。 2. 自己免疫による眼窩組織の変化(甲状腺眼症、Graves眼症):TSH受容体に対する自己抗体(TRAb)や自己反応性T細胞が、眼窩の線維芽細胞(TSH受容体を発現している)を標的にする。その結果、炎症、グリコサミノグリカン(ムコ多糖)の沈着、脂肪組織の増生、外眼筋の腫大が起こる。眼球突出、眼瞼腫脹、眼球運動障害(複視)、上眼瞼挙筋の炎症・線維化による眼瞼後退などが生じる。 このように、甲状腺機能亢進症で起こる上眼瞼の変化は「上に引き上げられる(後退する)」方向である。上眼瞼が垂れ下がる眼瞼下垂は逆の所見なので、甲状腺機能亢進症の眼所見には含まれない。「上眼瞼が下がる」ではなく「上がる」と覚えるのが要点である。

選択肢考察

  1. ×a.  眼球突出

    甲状腺機能亢進症でみられる。Basedow病では、眼窩の線維芽細胞が自己免疫の標的となる。外眼筋の腫大と球後(眼球の後ろ)の脂肪組織の増生によって眼窩内の容積が増え、眼球が前に押し出される。Basedow病の古典的な三主徴(Merseburgの三徴:甲状腺腫、頻脈、眼球突出)の一つである。片側だけに出ることもあり、片側性の眼球突出をみたら甲状腺眼症も鑑別に入れる。

  2. ○b.  眼瞼下垂

    甲状腺機能亢進症ではみられないので、本問の正解である。甲状腺機能亢進症では、交感神経の過緊張によるMüller筋の収縮と、上眼瞼挙筋の炎症・線維化によって、上眼瞼は逆に引き上げられる(眼瞼後退)。眼瞼下垂の主な原因は、先天性のもの、加齢による腱膜性のもの、動眼神経麻痺、Horner症候群(交感神経障害によるMüller筋の麻痺)、重症筋無力症、筋疾患などである。なお、自己免疫性甲状腺疾患には重症筋無力症が合併することがある。Basedow病の患者に眼瞼下垂をみたら、甲状腺眼症ではなく重症筋無力症の合併を疑う。

  3. ×c.  眼瞼腫脹

    甲状腺機能亢進症(Basedow病)でみられる。甲状腺眼症では、眼窩や眼瞼の軟部組織に炎症が起こり、グリコサミノグリカンが沈着して水分を引き込み、脂肪組織も増える。このため眼瞼が腫れぼったくなる。眼瞼の発赤・腫脹は、眼症の活動性(炎症の強さ)を評価する指標の一つにも含まれる。

  4. ×d.  瞼裂開大

    甲状腺機能亢進症でみられる(Dalrymple徴候)。交感神経の緊張によるMüller筋の収縮と、上眼瞼挙筋の変化によって上眼瞼が後退し、瞼裂(上下の眼瞼の間のすき間)の縦幅が広がる。正面視で角膜の上縁より上に白目(強膜)が見え、驚いたような目つきになる。眼球突出が加わると、さらに目立つ。

  5. ×e.  瞬目減少

    甲状腺機能亢進症でみられる(Stellwag徴候)。眼瞼後退によって上眼瞼の動きが制限され、まばたき(瞬目)の回数が減る。瞼裂開大や眼球突出と重なると、角膜が乾きやすくなり、ドライアイや兎眼性角膜炎(閉瞼が不完全なために起こる角膜障害)の原因となる。

Basedow病でみられる主な眼徴候

・Dalrymple徴候:瞼裂開大。正面視で上方の強膜が見える。 ・Graefe徴候:下を見たときに上眼瞼がついてこない(上眼瞼の下降遅延)ため、角膜の上方に白目が見える。 ・Stellwag徴候:瞬目の減少。 ・Möbius徴候:輻輳不全。寄り目がしにくい。 ・眼球突出:外眼筋の腫大と球後脂肪組織の増生による。 ・眼球運動障害:外眼筋の腫大は下直筋に最も多く、次いで内直筋に多い。腫大・線維化した筋は伸びにくくなるため、反対方向への運動が制限される。下直筋が侵されると上転障害が起こり、上を見たときに複視が出る。

甲状腺眼症(Graves眼症)の概要

・甲状腺機能亢進症と同時に発症するとは限らず、先に眼症状が出ることも、治療後に出ることもある。甲状腺機能が正常な例(euthyroid Graves' disease)もある。 ・増悪因子:喫煙、放射性ヨウ素内用療法、急激な甲状腺機能の変化(特に治療後の甲状腺機能低下)など。 ・重症例では、腫大した外眼筋が眼窩の奥(眼窩先端部)で視神経を圧迫する(圧迫性視神経症)ことがある。視力低下の原因となるため緊急の治療を要する。 ・評価には眼窩MRIを用いる。外眼筋の腫大や、T2強調像・STIR像での高信号(炎症の活動性を示す)を確認する。 ・治療:禁煙指導。活動性の中等症以上ではステロイドパルス療法や眼窩部への放射線照射を行う。不活動期には眼窩減圧術や斜視手術、眼瞼手術を行う。近年はIGF-1受容体を標的とする抗体薬(テプロツムマブ)も使われている。

眼瞼下垂の主な原因(甲状腺機能亢進症との対比)

・先天性(上眼瞼挙筋の発育不全) ・腱膜性(加齢、コンタクトレンズの長期装用など) ・神経原性:動眼神経麻痺、Horner症候群 ・神経筋接合部:重症筋無力症(日内変動・易疲労性が特徴) ・筋原性:筋強直性ジストロフィー、慢性進行性外眼筋麻痺など

POINT

・甲状腺機能亢進症では上眼瞼は「上がる(後退する)」。眼瞼下垂はみられない。 ・代表的な眼徴候:瞼裂開大(Dalrymple徴候)、下方視時の上眼瞼下降遅延(Graefe徴候)、瞬目減少(Stellwag徴候)、輻輳不全(Möbius徴候)、眼球突出、眼瞼腫脹。 ・眼球突出の原因は外眼筋の腫大と球後脂肪組織の増生。外眼筋の腫大は下直筋に最も多く、上転障害を起こす。 ・Basedow病の患者に眼瞼下垂をみたら、重症筋無力症の合併を考える。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。