「異常なし」と言える力―妊娠34週の健診データを正しく読む
第119回医師国家試験 F問題 第41問
国試問題にチャレンジ
35歳の初妊婦(1妊0産)。妊娠34週4日,妊婦健康診査のため来院した。これまで定期的に妊婦健康診査を受けている。身長158cm,体重59kg(非妊時51kg)。血圧110/78mmHg。下腿に軽度の圧痕性浮腫を認める。腟鏡診で性器出血を認めない。腹部超音波検査では胎児発育と羊水量に異常を認めない。母子健康手帳の記載内容(A)と胎児心拍数陣痛図(B)とを下に示す。 妊婦への説明で適切なのはどれか。

- a.「入院が必要です」
- b.「血液検査が必要です」
- c.「妊娠経過は順調です」
- d.「塩分を制限しましょう」
- e.「体重が過度に増加しています」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
妊娠後期の健診では、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病、胎児発育や羊水量の異常、切迫早産や出血性疾患、胎児機能不全の有無を確認します。妊娠高血圧症候群の診断には140/90mmHg以上の高血圧が必須で、軽度の下腿浮腫や連続しない尿蛋白・尿糖は妊娠中に生理的にもみられます。体重増加は非妊時BMIで評価し、普通体型では全期間で10〜13kgが現在の目安です。CTGは基線・基線細変動・一過性頻脈・一過性徐脈の順に読み、細変動と一過性頻脈が保たれていれば単発の変動一過性徐脈があっても胎児の状態は良好と判断できます。生理的変化と病的変化を見分け、不要な介入を避けて妊婦に安心を伝える判断力は、産科診療の基本です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・35歳の初妊婦、妊娠34週4日。定期的に妊婦健診を受けている。 ・体格と体重増加:非妊時BMIは51÷1.58²≒20.4で「普通体型」。現在59kgで、非妊時から+8kgである。母子健康手帳でも毎回0.3〜0.5kg/週程度のなだらかな増加で、急激な増加はない。 ・血圧:94/66〜110/78mmHgで推移し、一度も140/90mmHg以上になっていない。 ・浮腫:30週以降、下腿に軽度(+)の圧痕性浮腫がある。妊娠後期には増大した子宮による下大静脈・骨盤内静脈の圧迫や循環血漿量の増加により、下腿浮腫が生理的にもよくみられる。 ・尿蛋白:28週と32週に(+)だが、間の30週と34週は(−)で連続していない。 ・尿糖:26週と34週に(+)だが連続していない。妊娠中は腎の糖排泄閾値が低下するため、一過性の尿糖は生理的にも出現する。 ・子宮底長:29cm。妊娠34週前後の目安(約28〜31cm)の範囲内で、超音波でも胎児発育・羊水量に異常はない。 ・性器出血なし。 ・胎児心拍数陣痛図(CTG):心拍数基線は約130bpm(正常110〜160bpm)、基線細変動は中等度で保たれ、一過性頻脈を認める。途中に1回、急峻に低下して速やかに回復する変動一過性徐脈がみられるが単発で、陣痛図上に子宮収縮はほとんどみられない。胎動や臍帯の一時的な圧迫に伴うものと考えられ、全体としては胎児の状態は良好(reassuring)と判断できる。
判断のプロセス
妊娠後期の健診では、①妊娠高血圧症候群(HDP)、②妊娠糖尿病、③胎児発育不全・羊水量異常、④切迫早産・前置胎盤・常位胎盤早期剥離、⑤胎児機能不全などの異常がないかを確認する。本例では、高血圧がないためHDPには当たらず、蛋白尿も持続性ではない。尿糖は散発的で、超音波でも巨大児や羊水過多はない。子宮収縮・性器出血もなく、CTGも良好である。体重増加も適正範囲にある。以上から、現時点では正常な妊娠経過と判断でき、妊婦には順調であることを伝えて通常の健診を続ければよい。
選択肢考察
- ×a. 「入院が必要です」
入院管理が必要となるのは、重症の妊娠高血圧症候群、切迫早産(規則的な子宮収縮や頸管の短縮・開大)、性器出血を伴う前置胎盤や常位胎盤早期剥離、胎児発育不全や胎児機能不全(CTGで基線細変動の減少・消失、遅発一過性徐脈の反復など)などの場合である。本例はいずれにも該当せず、CTGの単発の変動一過性徐脈も基線・細変動・一過性頻脈が正常であれば入院の理由にはならない。
- ×b. 「血液検査が必要です」
妊娠後期にも貧血などをみる定期の血液検査は行われるが、時期や項目は施設によって異なり、本例の所見から特に血液検査を要する異常が示されているわけではない。HDPを疑う高血圧があれば血小板数・肝機能・腎機能などを、早剥を疑えば凝固系を調べるが、本例にはそうした所見がない。「必要です」と伝えるべき状況ではない。
- ○c. 「妊娠経過は順調です」
血圧は正常で妊娠高血圧症候群はなく、尿蛋白・尿糖は散発的で持続性ではない。下腿浮腫は妊娠後期に生理的にみられる程度で、体重増加は非妊時BMI 20.4に対して+8kgと適正範囲にある。子宮底長・超音波所見で胎児発育と羊水量は正常、性器出血や子宮収縮もなく、CTGでは基線・細変動が正常で一過性頻脈もあり胎児の状態は良好である。これらから妊娠経過は順調と説明するのが適切である。
- ×d. 「塩分を制限しましょう」
妊娠高血圧症候群は妊娠20週以降に高血圧(140/90mmHg以上)を認めるものであり、蛋白尿のみ・浮腫のみでは診断されない(浮腫は現在の診断基準に含まれない)。本例は血圧が正常で、軽度の下腿浮腫も生理的範囲である。日常生活での過剰な塩分を控える一般的な栄養指導は別として、治療目的の塩分制限を指示する根拠はない。なお、HDPに対しても極端な塩分制限は循環血漿量を減らすおそれがあるため推奨されず、7〜8g/日程度の軽度制限にとどめるとされる。
- ×e. 「体重が過度に増加しています」
体重増加の評価は非妊時のBMIで行う。本例の非妊時BMIは約20.4で普通体型であり、現在の指針では妊娠全期間の体重増加の目安は10〜13kgである。妊娠34週時点での+8kgは目安の範囲内に収まる見込みで、週ごとの増加も急激ではない。過度な増加とはいえない。
妊娠中の体重増加の目安(日本産科婦人科学会、2021年)
非妊時BMIで区分する。 ・低体重(BMI 18.5未満):12〜15kg ・普通体重(18.5以上25.0未満):10〜13kg ・肥満1度(25.0以上30.0未満):7〜10kg ・肥満2度以上(30.0以上):個別対応(上限5kgまでが目安) かつては普通体型で7〜12kgなど、より少ない増加量が推奨されていたが、低出生体重児の増加などを背景に上方修正された。
妊娠高血圧症候群(HDP)の定義
妊娠20週以降、分娩12週までに高血圧(収縮期140mmHg以上または拡張期90mmHg以上)がみられるもの。妊娠高血圧腎症・妊娠高血圧・加重型妊娠高血圧腎症・高血圧合併妊娠に分類される。浮腫は診断基準に含まれない。
妊婦健診での尿検査の扱い
・尿蛋白:試験紙法で(+)が2回以上連続、または(2+)以上が1回のときは、蛋白尿の精査(随時尿の蛋白/クレアチニン比など)を考える。 ・尿糖:妊娠中は糸球体濾過量の増加と腎糖排泄閾値の低下により、生理的にも陽性になりやすい。連続して陽性の場合などには血糖検査を考慮する。妊娠糖尿病のスクリーニングは、妊娠初期の随時血糖と、妊娠中期(24〜28週)の50gグルコースチャレンジテストまたは随時血糖などで行う。
子宮底長の目安
妊娠5か月までは「妊娠月数×3cm」、6か月以降は「妊娠月数×3+3cm」が簡易な目安である(妊娠34週は9か月で約30cm)。あくまで目安であり、数cmの差は許容される。
胎児心拍数陣痛図の基本的な読み方
・心拍数基線:正常110〜160bpm。 ・基線細変動:6〜25bpmの中等度が正常。減少・消失は胎児低酸素・アシドーシスを疑う。 ・一過性頻脈:32週以降は15bpm以上・15秒以上の上昇で、胎児の健常性を示す。 ・一過性徐脈:早発(児頭圧迫)、遅発(子宮胎盤循環不全)、変動(臍帯圧迫)、遷延の4種。単発の軽い変動一過性徐脈は、他の所見が正常なら臨床的意義は小さい。
妊娠後期のマイナートラブル
下腿浮腫、腰痛、便秘、痔核、下肢静脈瘤、こむら返りなどは妊娠に伴う生理的変化によることが多く、病的所見と区別して説明・指導する。
POINT
・妊娠中の体重増加は非妊時BMIで評価する。普通体型は全期間で10〜13kgが目安(2021年改訂)。 ・HDPの診断には高血圧が必須。蛋白尿のみ・浮腫のみでは診断しない。 ・散発的な尿蛋白・尿糖や軽度の下腿浮腫は妊娠後期にしばしばみられる。 ・CTGは基線・基線細変動・一過性頻脈・一過性徐脈の順に評価し、細変動と一過性頻脈が保たれていれば胎児の状態は良好と判断できる。
