針刺し事故でも「何もしない」が正解?―HBワクチン応答者の曝露後対応
第119回医師国家試験 F問題 第40問
国試問題にチャレンジ
26歳の女性。臨床研修1年目の医師。針刺しによる刺創で受診した。HBs抗原陽性患者の手術の助手を務めている最中に受傷した。ただちに患部を流水で洗浄した後,救急外来を受診した。これまでにB型肝炎罹患歴はなく,4年前にHBワクチンの接種歴がある。入職時のHBs抗体価は十分に高かった。 適切な対応はどれか。
- a.経過観察
- b.HBワクチン接種
- c.核酸アナログ製剤投与
- d.抗HBsヒト免疫グロブリン投与
- e.HBワクチン接種および抗HBsヒト免疫グロブリン投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
B型肝炎の曝露後予防は、曝露源のHBs抗原の状態と、受傷者のワクチン応答(抗HBs抗体価10mIU/mL以上の獲得)で方針が決まります。ワクチン接種後に十分な抗体獲得が確認された応答者は、その後抗体価が低下しても免疫記憶により感染が防がれるため、HBs抗原陽性血液への針刺しでも追加措置は不要で経過観察となります。一方、未接種者ではHBIGとHBワクチンの併用、応答不明者では曝露後に抗体価を測定して判断し、2シリーズ無応答者ではHBIGを2回投与します。核酸アナログはHBVの曝露後予防には用いず、抗ウイルス薬の予防内服が標準なのはHIVです。洗浄・報告・曝露源のHCVやHIVの確認という初期対応とあわせ、自分のワクチン応答を把握しておくことは医療従事者としての基本です。
解答・解説
正解はaです
状況の整理
・曝露源:HBs抗原陽性患者。HBs抗原(HBsAg)はB型肝炎ウイルス(HBV)の外殻蛋白で、陽性であれば現在HBVに感染しており、血液を介して感染させ得る状態である。 ・曝露様式:手術中の針刺しによる経皮的曝露。HBVは血液中のウイルス量が多く、ワクチンで免疫のない人がHBs抗原陽性血に針刺しした場合の感染率は約6〜30%(HBe抗原陽性ではさらに高い)とされ、HCVやHIVに比べて格段に感染しやすい。 ・初期対応:受傷直後に流水で十分に洗浄済みである。 ・受傷者の免疫状態:B型肝炎罹患歴はなく、4年前にHBワクチンを接種し、入職時(接種後)のHBs抗体(抗HBs)価が十分に高かった。すなわちワクチンに反応して防御免疫を獲得した「応答者(レスポンダー)」であることが記録で確認されている。
考え方
B型肝炎の曝露後予防(PEP)の方針は、曝露源のHBs抗原の状態と、受傷者のワクチン接種歴・ワクチン応答(抗HBs抗体価10mIU/mL以上の獲得)によって決まる。ワクチン接種後に抗HBs抗体価10mIU/mL以上が確認された応答者は、その後抗体価が低下・陰性化しても免疫記憶が長期に保たれ、HBVに曝露されれば速やかに抗体産生が再開されて感染・発症が防がれる。そのため、曝露源がHBs抗原陽性であっても、追加のワクチン接種や抗HBsヒト免疫グロブリン(HBIG)投与は不要であり、経過観察とする。 一方、ワクチン未接種者や抗体が獲得できていない人では、HBIG(受動免疫)とHBワクチン(能動免疫)を組み合わせた予防が必要となる。本例はこれに該当しない点を見極めることが本問の鍵である。
選択肢考察
- ○a. 経過観察
受傷者はHBワクチン接種後に十分な抗HBs抗体価を獲得したことが確認されている応答者であり、HBVに対する防御免疫を有している。4年経過して抗体価が下がっていたとしても免疫記憶により感染は防がれるため、曝露源がHBs抗原陽性であっても追加の予防措置は不要である。傷口の洗浄という初期対応も済んでいるため、経過観察が適切である。なお、曝露源のHCV抗体やHIV抗体の確認と、それらに応じた対応、所定の手順に沿った事故報告は別途行う。
- ×b. HBワクチン接種
曝露後のHBワクチン(追加)接種は、ワクチン未接種者・接種未完了者や、接種後の抗体応答が確認できていない人で抗HBs抗体価が10mIU/mL未満の場合に、HBIGとともに行うものである。本例はすでに十分な抗体獲得が確認された応答者であり、追加接種の必要はない。
- ×c. 核酸アナログ製剤投与
核酸アナログ製剤(エンテカビル、テノホビルなど)はHBVの逆転写を阻害する薬で、慢性B型肝炎の治療や、免疫抑制・化学療法時のHBV再活性化予防に用いられる。HBV曝露後の感染予防としての有効性は確立しておらず、針刺し事故の標準的対応ではない(抗ウイルス薬による曝露後予防が標準となっているのはHIVである)。
- ×d. 抗HBsヒト免疫グロブリン投与
HBIGは抗HBs抗体を直接補充する受動免疫であり、防御免疫のない受傷者に対して曝露後できるだけ早期(24時間以内が望ましく、遅くとも7日以内)に投与する。ワクチン接種を2シリーズ受けても抗体が獲得できなかった無応答者では、HBIGが中心となる。本例は抗体獲得が確認された応答者であり、HBIGは不要である。
- ×e. HBワクチン接種および抗HBsヒト免疫グロブリン投与
HBIGとHBワクチンの併用は、ワクチン未接種者(または接種未完了者)がHBs抗原陽性血液に曝露した場合の標準的な曝露後予防であり、HBIGで即時に防御しつつ、ワクチンで長期的な能動免疫を誘導する。接種歴があっても応答が不明で、曝露後の検査で抗HBs抗体価が10mIU/mL未満の場合にも行われる。本例は応答者であるため、いずれも不要である。
針刺し・切創、血液・体液曝露時の初期対応
・傷口は直ちに流水と石けんで十分に洗い流す(血液を絞り出す処置や消毒薬の効果は明確でない)。眼・口腔などの粘膜曝露では大量の流水や生理食塩水で洗浄する。 ・速やかに上司・感染管理部門へ報告し、所定の手順に従う。 ・曝露源のHBs抗原、HCV抗体、HIV抗体を確認し、受傷者についても必要に応じて基礎値(HBs抗原・抗HBs抗体・HCV抗体・HIV抗体など)を確認する。
曝露源HBs抗原陽性時の曝露後予防(受傷者の状態別)
・ワクチン接種後に抗HBs抗体価10mIU/mL以上を確認済みの応答者:予防措置不要(経過観察)。 ・ワクチン未接種・接種未完了:HBIGをできるだけ早く投与し、同時にHBワクチンの接種シリーズを開始する。 ・接種歴はあるが応答が不明:曝露後に抗HBs抗体価を測定し、10mIU/mL以上なら予防不要、10mIU/mL未満ならHBIG投与とワクチン追加接種を行う。 ・ワクチン2シリーズ接種後も無応答:HBIGを2回(1か月間隔)投与する。1シリーズのみで無応答の場合はHBIG投与とワクチン再接種シリーズを開始する。 予防が必要な場合は、HBIGは24時間以内が望ましく、7日を超えると効果は期待しにくい。予防を行った受傷者や感染の可能性がある受傷者では、一般に6か月程度までHBs抗原・肝機能などを追跡する。
他の血液媒介感染症との比較
・針刺し1回あたりの感染率の目安:HBV(非免疫者)約6〜30%、HCV約1.8%、HIV約0.3%。 ・HCV:有効なワクチンや曝露後予防薬はなく、追跡検査を行い、感染が判明すれば早期に直接作用型抗ウイルス薬(DAA)で治療する。 ・HIV:曝露源がHIV陽性なら、できるだけ早く(理想的には2時間以内、遅くとも72時間以内)抗HIV薬の予防内服を開始し、4週間継続する。
医療従事者のHBワクチン
0、1、6か月の3回接種が基本で、接種終了後1〜2か月で抗HBs抗体価を測定し、10mIU/mL以上を応答と判定する。応答が確認されれば、その後の定期的な抗体測定や追加接種は原則不要とされる。
POINT
・HB曝露後予防は「曝露源のHBs抗原」と「受傷者のワクチン応答(抗HBs≧10mIU/mL)」で決める。 ・ワクチン応答が確認済みの医療従事者は、曝露源がHBs抗原陽性でも追加措置不要(経過観察)。 ・未接種者のHBs抗原陽性血曝露ではHBIG+HBワクチン(HBIGは24時間以内が望ましい)。 ・核酸アナログはHBVの曝露後予防には用いない。抗ウイルス薬による曝露後予防はHIVで行う。
