増えるものばかりの妊娠末期―ただ一つ「薄まって下がる」値を見抜け
第118回医師国家試験 C問題 第3問
国試問題にチャレンジ
妊娠末期に非妊娠時と比較し低下するのはどれか。
- a.心拍数
- b.白血球数
- c.糸球体濾過量
- d.インスリン抵抗性
- e.ヘマトクリット値
対話形式の解説
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ドクターまとめ
妊娠末期には循環血液量が約40〜50%増加し、それに伴って心拍数・心拍出量、腎血漿流量・糸球体濾過量、白血球数、凝固因子が増加し、胎盤ホルモンの作用でインスリン抵抗性も高まります。一方、血漿量の増加が赤血球量の増加を上回るため血液が希釈され、ヘマトクリット値やヘモグロビン濃度は低下します(水血症・生理的貧血)。このほか、アルブミン濃度、血清クレアチニン・尿素窒素、末梢血管抵抗、拡張期血圧、動脈血二酸化炭素分圧、機能的残気量なども低下します。妊婦の貧血はHb 11 g/dL未満、Ht 33%未満と非妊娠時より低い基準で判定し、クレアチニンや白血球数も妊娠中の変化を踏まえて解釈する必要があります。「量」と「濃度」を区別して妊娠中の変化を理解することは、妊婦の検査値を正しく読み、異常を見逃さないための基本となります。
解答・解説
正解はeです
妊娠中の母体は、胎児と胎盤への血液・栄養の供給、分娩時の出血への備えのために、循環・血液・腎・代謝の各系が大きく変化する。本問は、それらの変化のうち妊娠末期に「低下する」ものを選ぶ問題である。
考え方
妊娠による変化の多くは「増える」方向である。循環血液量は妊娠末期に非妊娠時の約40〜50%増え、それを受けて心拍出量・心拍数・腎血漿流量・糸球体濾過量が増加する。血液では白血球数や凝固因子が増え、代謝面では胎盤ホルモンの作用でインスリン抵抗性が高まる。 一方で「下がる」ものの代表は、血液が薄まることで生じる値である。循環血漿量の増加(約40〜50%)が赤血球量の増加(約20〜30%)を上回るため、血液が希釈されてヘマトクリット値やヘモグロビン濃度が低下する(水血症、生理的貧血)。ほかに血漿アルブミン濃度、血清クレアチニン・尿素窒素、末梢血管抵抗、拡張期血圧(妊娠中期に最低)なども低下する。 したがって、5つの選択肢のうち低下するのはヘマトクリット値である。
選択肢考察
- ×a. 心拍数
妊娠中は増えた循環血液量を送り出すため心拍出量が非妊娠時の約30〜50%増加する。心拍出量は1回拍出量×心拍数で決まり、1回拍出量とともに心拍数も上がる。妊娠末期の心拍数は非妊娠時より10〜15/分程度多くなる。低下ではなく増加するので誤りである。
- ×b. 白血球数
妊娠中は主に好中球が増えるため白血球数が増加し、妊娠末期には1万/μL前後になることもまれではない。分娩時や産褥早期にはさらに上昇する。したがって妊娠中の白血球増多だけで感染症とは判断できない。増加するので誤りである。
- ×c. 糸球体濾過量
循環血漿量と心拍出量が増えるため腎血漿流量が増え、糸球体濾過量(GFR:glomerular filtration rate)も妊娠初期から約50%増加する。その結果、血清クレアチニンや尿素窒素は非妊娠時より低値になる。非妊娠時なら正常範囲内のクレアチニン値でも、妊婦では腎機能低下を示している場合があるので注意する。GFRは増加するので誤りである。
- ×d. インスリン抵抗性
妊娠中期以降は、胎盤から分泌されるヒト胎盤性ラクトゲン(hPL:human placental lactogen)のほか、プロゲステロン、コルチゾール、プロラクチン、TNF-αなどの作用でインスリン抵抗性が増す。これは母体の糖利用を抑え、胎児へのブドウ糖供給を確保するための生理的な変化である。インスリン分泌の増加で補いきれないと妊娠糖尿病になる。抵抗性は増加するので誤りである。
- ○e. ヘマトクリット値
妊娠中は循環血漿量が約40〜50%増えるのに対し、赤血球量の増加は約20〜30%にとどまる。血漿の増え方の方が大きいため血液が希釈され(水血症、生理的貧血)、ヘマトクリット値は低下する。妊娠末期には30%台前半まで下がることも多く、ヘモグロビン濃度も同様に低下する。血液が薄まって粘稠度が下がることは胎盤の血流を保つのにも役立つ。正しい。
妊娠による主な生理的変化(妊娠末期、非妊娠時との比較)
増加するもの ・循環系:循環血液量(約40〜50%増)、循環血漿量、赤血球量(約20〜30%増)、心拍出量(約30〜50%増)、1回拍出量、心拍数(10〜15/分程度増) ・血液:白血球数(好中球優位)、フィブリノゲンなどの凝固因子(血液凝固能は亢進し、血栓症のリスクが上がる)、赤沈の亢進 ・腎:腎血漿流量、糸球体濾過量(約50%増) ・代謝・内分泌:インスリン抵抗性、インスリン分泌、血中脂質(総コレステロール、中性脂肪)、hPL・エストロゲン・プロゲステロン ・呼吸:1回換気量、分時換気量(プロゲステロンが呼吸中枢を刺激する) 低下するもの ・血液:ヘマトクリット値、ヘモグロビン濃度、血漿アルブミン濃度(希釈による)、血小板数(軽度低下) ・循環:末梢血管抵抗、血圧(特に拡張期で、妊娠中期に最低となり末期に非妊娠時の値に戻る) ・腎機能の指標:血清クレアチニン、尿素窒素、尿酸(初期〜中期) ・呼吸・酸塩基:動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2約30 mmHg前後、代償性の呼吸性アルカローシス)、機能的残気量(子宮による横隔膜挙上のため) ・消化管:胃腸の運動(プロゲステロンによる平滑筋の弛緩のため、便秘や胃食道逆流が起こりやすい)
生理的貧血と真の貧血
妊娠中は希釈によりヘモグロビン値が下がるため、妊婦の貧血はWHOの基準ではHb 11 g/dL未満、Ht 33%未満と、非妊娠時より低い値で定義されている。鉄需要も増えるため、妊娠中の貧血の多くは鉄欠乏性貧血である。
POINT
・妊娠中は循環血漿量の増加が赤血球量の増加を上回るため、水血症(生理的貧血)となりヘマトクリット値・ヘモグロビン濃度が低下する。 ・心拍数、心拍出量、白血球数、腎血漿流量、糸球体濾過量、インスリン抵抗性、凝固因子はいずれも増加する。 ・低下するもの:Ht・Hb、アルブミン、血清クレアチニン・BUN、末梢血管抵抗、PaCO2、機能的残気量。 ・インスリン抵抗性の増大には主にhPLが関与し、妊娠糖尿病の原因となる。
