妊婦で「下がる」のはどれ?―GFR5割増しが映すクレアチニンの落とし穴
第119回医師国家試験 C問題 第28問
国試問題にチャレンジ
妊娠中期に低下するのはどれか。
- a.白血球数
- b.一回換気量
- c.大腿静脈圧
- d.インスリン抵抗性
- e.血清クレアチニン値
対話形式の解説
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ドクターまとめ
妊娠中は循環血液量と心拍出量の増加に伴って腎血漿流量と糸球体濾過量が増え、GFRは妊娠中期に非妊時の約1.5倍となるため、血清クレアチニン値は低下します(尿素窒素・尿酸も同様)。一方、白血球数は血漿増加を上回って増え、一回換気量はプロゲステロンの呼吸中枢刺激で増加し、大腿静脈圧は増大子宮による静脈圧迫で上昇し、インスリン抵抗性は胎盤由来ホルモンの作用で増大します。横隔膜挙上で低下するのは機能的残気量や残気量であり、一回換気量と混同しないことが重要です。妊娠中のクレアチニンは非妊時の基準範囲内でも相対的高値として腎機能低下を示唆しうるため、検査値は妊娠に伴う生理的変化を前提に解釈する必要があります。各変化を「なぜ起こるか」とともに理解することが、産科での検査値の読み取りと異常の早期発見につながります。
解答・解説
正解はeです
妊娠に伴う母体の生理的変化を問う問題である。妊娠中の母体は、胎児の発育と分娩時の出血に備えるため、循環・呼吸・腎・代謝・血液のすべての系で大きく変化する。本問では「低下するもの」を選ぶ必要があるため、各項目が妊娠中に増えるのか減るのかを、その理由とともに整理して判断する。 考え方の軸は次のとおりである。 ・循環血液量と心拍出量が増える → 腎血流量と糸球体濾過量(GFR:glomerular filtration rate、腎臓が1分間に濾過する血漿量)が増える → 腎から排泄される物質の血中濃度は下がる。 ・大きくなった子宮が骨盤内の静脈を圧迫する → 下肢側の静脈圧は上がる。 ・酸素需要が増え、プロゲステロンが呼吸中枢を刺激する → 換気は増える。 ・胎盤由来ホルモンが働く → インスリンが効きにくくなる。 ・白血球は血漿の増加を上回って増える → 検査値として上昇する。 この中で妊娠中期に明確に低下するのは、GFRの増加によって排泄が亢進する血清クレアチニン値である。
選択肢考察
- ×a. 白血球数
妊娠中、白血球数は増加する。主に好中球が増え、妊娠初期から上昇し始めて、妊娠中は5,000〜12,000/μL程度、分娩時にはさらに高値(20,000/μL前後)となることもある。血漿量の増加で赤血球やHbは希釈されて見かけ上低下するが、白血球はそれを上回って増えるため検査値としても上昇する。このため妊娠中は白血球数だけでは感染の有無を判断しにくい。低下はしないので誤りである。
- ×b. 一回換気量
一回換気量(1回の呼吸で出入りする空気の量)は妊娠の進行とともに増加し、非妊時より30〜40%程度大きくなる。プロゲステロンが呼吸中枢の二酸化炭素に対する感受性を高めることが主な機序であり、呼吸数はほぼ変わらないため分時換気量も増える。結果としてPaCO2は30mmHg前後に低下し、軽度の呼吸性アルカローシス(腎での重炭酸排泄により代償)となる。増加した一回換気量、増えたHb総量、増えた心拍出量によって、妊娠で増した酸素需要がまかなわれる。なお、子宮増大で横隔膜が挙上するため低下するのは機能的残気量・残気量・予備呼気量であり、一回換気量と混同しないこと。
- ×c. 大腿静脈圧
増大した子宮が下大静脈や総腸骨静脈を圧迫し、さらに子宮からの大量の静脈還流が合流するため、骨盤より末梢側の静脈では血液がうっ滞し、大腿静脈圧は上昇する。これが妊娠後半の下肢の浮腫、下肢・外陰部の静脈瘤、痔核の原因となる。静脈のうっ滞は妊娠中の凝固亢進と相まって深部静脈血栓症のリスクを高める。低下しないので誤りである。なお、上肢の静脈圧は妊娠中もほとんど変化しない。
- ×d. インスリン抵抗性
インスリン抵抗性は妊娠中期以降に増大する。胎盤から分泌されるヒト胎盤性ラクトーゲン(hPL)、プロゲステロン、エストロゲン、コルチゾール、プロラクチン、TNF-αなどがインスリンの作用を弱めるためで、母体のブドウ糖を胎児へ優先的に供給する合目的な変化と考えられる。この抵抗性を代償するため膵β細胞はインスリン分泌を増やすが、分泌予備能が不十分な場合は妊娠糖尿病を発症する。妊娠中期(24〜28週)に妊娠糖尿病のスクリーニングが行われるのはこのためである。耐糖能はむしろ低下する方向であり、インスリン抵抗性が低下するわけではない。
- ○e. 血清クレアチニン値
妊娠すると循環血液量と心拍出量の増加に伴い腎血漿流量とGFRが増加し、GFRは妊娠初期から上昇して妊娠中期には非妊時より約50%高くなる。クレアチニンは主に糸球体濾過で排泄されるため、GFRが増えるとその排泄が増え、血清クレアチニン値は低下する(妊娠中はおおむね0.4〜0.6mg/dL程度)。同様に尿素窒素(BUN)や尿酸も低下する。したがって、妊娠中に非妊時の基準範囲内の値であっても、相対的には腎機能低下を示唆している場合がある点に注意する。妊娠中期に低下するものとして正しい。
妊娠中の主な母体生理的変化
・循環器:循環血液量は約40〜50%増加(妊娠32週前後でピーク)。心拍出量は30〜50%増加し、心拍数も増える。末梢血管抵抗は低下し、血圧は妊娠中期にやや低下する。 ・血液:血漿量の増加が赤血球の増加を上回るため、Hb・Ht値は低下する(生理的な希釈性貧血、いわゆる水血症)。白血球数は増加する。凝固因子(フィブリノゲン、第VII・VIII・X因子など)は増加し、凝固能は亢進して血栓症のリスクが高まる。血小板数は不変〜やや低下。 ・呼吸器:横隔膜挙上により機能的残気量・残気量・予備呼気量は低下する。一回換気量・分時換気量は増加し、PaCO2は低下する(30mmHg前後)。肺活量はほぼ不変。 ・腎・泌尿器:腎血漿流量・GFRが増加し、血清クレアチニン・BUN・尿酸は低下する。ブドウ糖の再吸収が追いつかず尿糖が出やすくなる。プロゲステロンの平滑筋弛緩作用と子宮の圧迫で水腎症・尿管拡張(右側に多い)が起こりやすく、腎盂腎炎の素地となる。 ・消化器:プロゲステロンにより消化管運動が低下し便秘になりやすい。下部食道括約筋の弛緩により胸やけ(逆流)も起こりやすい。 ・代謝・内分泌:妊娠前半は母体の脂肪蓄積期、後半はインスリン抵抗性の増大により母体の血糖が胎児へ優先的に供給される時期とされる。血清総コレステロール・中性脂肪は上昇する。甲状腺結合グロブリン(TBG)の増加で総T4は上昇するが、遊離T4は大きく変わらない。妊娠初期はhCGのTSH様作用でTSHが低下することがある。 ・その他:血清アルブミンは希釈により低下し、ALPは胎盤由来のものが加わって上昇する。
POINT
・妊娠中に低下:血清クレアチニン・BUN・尿酸、Hb・Ht、血清アルブミン、機能的残気量・残気量、PaCO2、末梢血管抵抗 ・妊娠中に増加:循環血液量、心拍出量、GFR・腎血漿流量、白血球数、凝固因子、一回換気量・分時換気量、インスリン抵抗性、下肢静脈圧、ALP、コレステロール・中性脂肪 ・GFRが約50%増えるため、妊娠中の血清クレアチニン値は非妊時より低い。非妊時の「正常値」でも相対的高値として腎機能障害を疑う。
