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「何もしない」はどこの障害?―精神症状を精神機能の地図に置き直す

第119回医師国家試験 F問題 第20問

国試問題にチャレンジ

第119回 F問題 第20問

精神症状と障害される精神機能の組合せで正しいのはどれか。

  1. a.恐怖 ―― 思考
  2. b.無為 ―― 意欲
  3. c.離人症 ―― 発達
  4. d.両価性 ―― 自我
  5. e.学習障害 ―― 知能

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、精神症状をどの精神機能の障害として位置づけるか、という精神症候学の基本問題だ。精神医学では、心の働きを意識、知覚、思考、感情、意欲、自我意識、記憶、知能などに分けて、症状をそのどこかに分類する。この「地図」を頭に描けるかがポイントだよ。
医学生医学生
精神医学の講義で、幻覚は知覚の障害、妄想は思考の障害と習いました。その延長で考えればいいんですね。
ドクタードクター
その通り。正解は無為と意欲の組合せだ。無為とは、自分から何かをしようとする力が著しく落ちて、仕事も学業も身の回りのことも手をつけず、何もせずに過ごしてしまう状態を指す。
医学生医学生
精神科の臨床実習で、統合失調症の患者さんが一日中ベッドで横になっていて、指導医の先生が「陰性症状としての無為だね」とおっしゃっていました。
ドクタードクター
まさにそれだね。無為は統合失調症の陰性症状として代表的で、重いうつ病でもみられる。意欲の障害にはほかに、躁状態でみられる意欲亢進や、意識は保たれているのに意志の表出がほとんどなくなる昏迷などもある。では他の選択肢を見ていこう。恐怖は思考の障害と言えるかな。
医学生医学生
怖いという考えが頭から離れない、と考えれば思考の障害のような気もしますが……。
ドクタードクター
そう考えたくなる気持ちは分かる。でも恐怖は感情の障害に分類される。特定の対象や状況に向けられた強い不快な情動で、対象のはっきりしない漠然とした不安とは区別されるんだ。神経科学の講義で扁桃体が恐怖の処理に関わると習ったと思う。思考の障害は、観念奔逸や連合弛緩のような考えのつながり方の異常や、妄想のような考えの内容の異常を指すんだ。
医学生医学生
考えが頭から離れないのは、むしろ強迫観念のほうですね。
ドクタードクター
いい区別だね。強迫観念は思考の体験様式の障害として扱われる。次に離人症はどうだろう。
医学生医学生
自分が自分でないような感じ、でしたよね。発達とは関係なさそうで、自我の障害だと思います。
ドクタードクター
正解。離人症は自我意識の障害だ。自分の思考や身体が自分のものだという実感が薄れたり、周りの世界が膜を隔てたように現実味を失って感じられたりする。Jaspersの自我意識の分類では、「自分がしている」という能動性の意識の障害にあたる。うつ病や統合失調症、不安症、強いストレス下などでもみられるよ。
医学生医学生
では両価性は自我の障害ではないんですか。統合失調症の症状なので、自我と結びつけてしまいそうです。
ドクタードクター
そこがひっかけだね。両価性は、同じ相手に愛と憎しみのような相反する気持ちを同時に抱く状態で、一般には感情の障害として扱われる。意志や思考の相反性も含めて使われることはあるけれど、自我意識の障害とは別のカテゴリーだ。Bleulerが統合失調症の基本症状として挙げた4つのA、つまり連合弛緩、感情障害、両価性、自閉の一つとして有名だね。
医学生医学生
4つのAはCBTの勉強で覚えました。幻覚や妄想は入っていないのが意外だった記憶があります。
ドクタードクター
そう、Bleulerは幻覚や妄想を副次症状と位置づけたんだ。最後は学習障害と知能の組合せだ。
医学生医学生
勉強ができないなら知能の問題、と考えがちですが、学習障害は発達障害の一つでしたよね。
ドクタードクター
その通り。学習障害、DSM-5でいう限局性学習症は、全般的な知的発達には遅れがないのに、読字や書字、計算など特定の領域だけが著しく苦手な状態で、神経発達症に含まれる。知的能力障害を除外することが診断の前提だから、知能の障害とは言えないんだ。
医学生医学生
誤った選択肢は、正しい機能を隣の機能とすり替えて作られているんですね。恐怖は感情、離人症は自我、両価性は感情、学習障害は発達、と置き直せば全部説明できます。
ドクタードクター
よく整理できたね。臨床での注意点も一つ。無為のように「何もしない」状態は、怠けや性格の問題と誤解されやすい。でも実際には、統合失調症の陰性症状やうつ病、あるいは昏迷のように、背景に病気があるサインであることが多い。どの精神機能の障害なのかを言葉にできると、カルテ記載やカンファレンスでのやり取りが正確になり、診断の見落としも減るんだ。
医学生医学生
症状を地図の上に置いてみる習慣をつけておけば、病棟でも役に立ちそうです。
ドクタードクター
そうだね。用語を正確に使うことは、精神科に限らずどの科でも患者さんの状態を共有する基本になるよ。

まとめ

精神症候学では、精神機能を意識・知覚・思考・感情・意欲・自我意識・記憶・知能・発達などに分け、各症状をどの機能の障害かで整理します。無為は自発的な活動への意欲が著しく低下した状態で、意欲の障害の代表であり、統合失調症の陰性症状や重いうつ病でみられます。恐怖と両価性は感情の障害、離人症は自我意識(能動性の意識)の障害、学習障害(限局性学習症)は知的発達の遅れを前提としない発達の障害であり、選択肢はこれらを隣接する機能とすり替えて作られています。両価性がBleulerの4つのAの一つであることや、Jaspersの自我意識の分類も併せて押さえておくとよいでしょう。症状を正確な用語で精神機能に位置づける力は、診断の精度を高め、チーム内で患者さんの状態を正しく共有するための土台になります。

解答・解説

正解はbです

精神症状を、それがどの精神機能の障害として位置づけられるかによって整理できるかを問う問題である。 精神医学の症状学(精神症候学)では、精神機能を意識、知覚、思考、感情(気分)、意欲・行動、自我意識、記憶、知能、見当識などに分け、個々の症状をいずれかの機能の障害として記述する。たとえば幻覚は知覚の障害、妄想は思考(内容)の障害、抑うつ気分は感情の障害、させられ体験は自我意識の障害として扱う。 本問の5つの症状を分類し直すと、恐怖は感情、無為は意欲、離人症は自我意識、両価性は主に感情(広くは意志・思考も含む相反性)、学習障害は発達の障害である。組合せが正しいのは「無為 ― 意欲」のみとなる。誤りの選択肢は、隣り合う別の機能(感情・自我・発達・知能)と入れ替えて作られている点に注意して読むとよい。

選択肢考察

  1. ×a.  恐怖 ―― 思考

    恐怖は感情の障害に分類される。恐怖は特定の対象や状況に向けられた強い不快な情動で、対象のない漠然とした不安と区別される。神経生物学的には扁桃体が恐怖・不安などの陰性情動の処理に中心的な役割を果たす。思考の障害は、思路(観念のつながり方:観念奔逸、思考制止、連合弛緩、滅裂思考など)、思考内容(妄想)、思考の体験様式(強迫観念、支配観念など)の異常を指し、恐怖はこれに当たらない。

  2. ○b.  無為 ―― 意欲

    無為とは、自発的に何かをしようとする意欲が著しく低下し、仕事・学業・身の回りのことにも手をつけず、何もせずに過ごしている状態であり、意欲の障害の代表的な症状である。統合失調症の陰性症状(感情の平板化、思考の貧困、意欲低下、社会的引きこもりなど)としてよくみられ、重度のうつ病でもみられる。意欲の障害には、ほかに意欲減退、意欲亢進(躁状態など)、昏迷(意識は保たれているのに意志の表出がほとんどない状態)などがある。

  3. ×c.  離人症 ―― 発達

    離人症は自我意識の障害に分類される。自分の思考・感情・身体が自分のものであるという実感が薄れ、自分を外側から眺めているように感じたり(離人感)、周囲の世界が膜を隔てたように現実味を欠いて感じられたり(現実感消失)する体験である。Jaspersの自我意識の分類では、「自分がしている」という能動性の意識の障害とされる。離人感・現実感消失症のほか、うつ病、統合失調症、不安症、強いストレス下などで生じ、発達の障害ではない。

  4. ×d.  両価性 ―― 自我

    両価性(アンビバレンス)は、同じ対象に対して愛と憎しみのような相反する感情や態度が同時に存在する状態であり、一般に感情の障害として扱われる(意志や思考についての相反性も含めて用いられることがある)。Bleulerが統合失調症の基本症状として挙げた4つのA(連合弛緩 Association、感情障害 Affect、両価性 Ambivalence、自閉 Autism)の一つとして知られる。両価的な気持ちの揺れは健常者にも見られるが、病的になると行動の決定が困難になる。自我意識の障害(させられ体験、思考吹入、離人症など)とは別のカテゴリーである。

  5. ×e.  学習障害 ―― 知能

    学習障害(DSM-5では限局性学習症)は、全般的な知的発達には遅れがないにもかかわらず、読字、書字(書字表出)、算数(計算・数的推論)など特定の学習領域の習得が年齢や知的水準から期待されるより著しく困難な状態であり、神経発達症(発達障害)に含まれる発達の障害である。知能の障害(知的能力障害)は除外することが診断の前提であるため、「知能」との組合せは誤りである。

主な精神機能と代表的な症状

・意識:意識混濁(傾眠、昏睡)、意識変容(せん妄、もうろう状態) ・知覚:錯覚、幻覚(幻聴、幻視など) ・思考:思路の障害(観念奔逸、思考制止、連合弛緩、滅裂思考、迂遠)、思考内容の障害(妄想)、体験様式の障害(強迫観念、支配観念) ・感情(気分):抑うつ気分、爽快気分、不安、恐怖、感情鈍麻、感情失禁、両価性 ・意欲・行動:意欲減退、無為、意欲亢進(行為心迫)、昏迷、緊張病性興奮 ・自我意識:離人症、させられ体験(作為体験)、思考吹入、思考奪取、思考伝播、二重身 ・記憶:記銘力障害、健忘、作話 ・知能:知的能力障害(知的障害)、認知症 ・発達:自閉スペクトラム症、注意欠如多動症、限局性学習症など(神経発達症)

Jaspersによる自我意識の4標識

1. 能動性(自分が行っているという意識):障害されると離人症、させられ体験 2. 単一性(自分は一人であるという意識):障害されると二重身など 3. 同一性(過去と現在の自分が同じであるという意識) 4. 外界と他者に対する自我の境界の意識:障害されると思考伝播など

Bleulerの基本症状(4つのA)

連合弛緩、感情障害、両価性、自閉。幻覚や妄想は副次症状とされた。

POINT

・無為は意欲の障害(統合失調症の陰性症状で頻出)。 ・恐怖・不安・両価性は感情の障害。 ・離人症は自我意識(能動性の意識)の障害。 ・学習障害(限局性学習症)は知的発達に遅れがないことが前提の発達障害であり、知能の障害ではない。 ・両価性はBleulerの4つのAの一つ。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。