StudyMed医師国家試験

鳴っていない電話が鳴り続ける―「対象なき知覚」で見抜く幻覚と妄想の境界線

第119回医師国家試験 E問題 第19問

国試問題にチャレンジ

第119回 E問題 第19問

幻覚を強く示唆する患者の発言はどれか。

  1. a.「(人から見られている場面で)とても緊張します」
  2. b.「(道を歩きながら)知らない人が私を見て笑うのです」
  3. c.「(通常の食事をしながら)砂を嚙んでいるように感じます」
  4. d.「(天井のしみを見ながら)あれは私を殺そうとしているサインです」
  5. e.「(鳴っていない携帯電話を見せながら)今もこの電話の着信音がやまないのです」

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、患者さんの発言からどの精神症状に当たるかを見極める問題だ。注目してほしいのは発言の中身よりも、括弧の中に書かれた「その場の状況」。訴えに対応する音や光景、味が現実に存在しているかどうかが判断の鍵になるよ。
医学生医学生
幻覚と妄想は、どちらも統合失調症で出てくるので、正直ごちゃごちゃになりがちです。
ドクタードクター
多くの人がつまずくところだね。整理のコツは、精神症状を「知覚の異常」と「思考内容の異常」に分けることだ。幻覚は知覚の異常で、対象が実際には存在しないのに知覚すること。「対象なき知覚」と表現される。一方、妄想は思考内容の異常で、根拠のない誤った確信を周囲が訂正しようとしても訂正できないものなんだ。
医学生医学生
精神医学の講義で、錯覚というのも習いました。幻覚とはどう違うんでしょう。
ドクタードクター
錯覚は、実在する対象を誤って知覚することだ。柳の枝を人影と見誤るような例だね。対象がそもそも存在しないのが幻覚、対象はあるけれど見誤るのが錯覚、対象の知覚は正しいのに意味づけがおかしいのが妄想、と3つを並べて覚えるとすっきりするよ。
医学生医学生
そうすると、着信音がやまないという発言は、電話が実際には鳴っていないので対象がない、つまり幻覚ですね。
ドクタードクター
その通り、それが正解だ。音という知覚の対象が存在しないのに、聞こえ続けていると訴えている。聴覚の幻覚、つまり幻聴だね。人の声ではなく物音や機械音が聞こえるものは要素性幻聴と呼ぶ。わざわざ電話を見せて確認を求めているところからも、本人にとっては現実の音として体験されているのがわかる。
医学生医学生
知らない人が自分を見て笑う、というのも、実際には笑っていないなら幻覚になりませんか。
ドクタードクター
鋭い疑問だね。でもこの発言のポイントは、通行人が笑っている光景そのものよりも、それを根拠なく「自分を見て笑っている」と結びつけて確信している点にある。周囲の無関係な出来事を自分に向けられたものと受け取るのは関係妄想で、内容からは被害妄想ともいえる。知覚の異常というより解釈の異常なんだ。
医学生医学生
天井のしみが殺そうとしているサインだ、というのも、しみ自体は本当にありますね。
ドクタードクター
そう。しみは実在し、正しく見えている。そこに「殺そうとしているサイン」という理由のない特別な意味を直感的に結びつけて確信している。このように正常な知覚に異常な意味づけが加わるものを妄想知覚という。Schneiderの一級症状のひとつで、統合失調症の診断で重視される症状だよ。きっかけなく突然確信が浮かぶ場合は妄想着想と呼んで区別する。
医学生医学生
砂を噛んでいるようだという発言は、味の異常なので幻味かと一瞬思いました。
ドクタードクター
そう迷うのも自然だね。でも実際に食事を口にしていて、その味が感じられない、味気ないことを比喩的に表現しているんだ。うつ病などの抑うつ状態でみられる食欲低下や、喜びや興味が感じられなくなる快感消失の表れとして典型的だ。対象のない味を感じる幻味とは違う。亜鉛欠乏などによる味覚障害も鑑別に挙がるけれど、いずれにしても幻覚ではない。
医学生医学生
人に見られる場面で緊張する、というのは、知覚にも思考にも異常はなさそうです。
ドクタードクター
その理解でいい。これは誰でもある程度は経験する感情だ。程度が強く、そうした場面を避けて生活に支障が出るなら社交不安症を考えるけれど、幻覚ではないね。
医学生医学生
精神科の実習で、予診をとるときに「声が聞こえますか」と聞くよう指導されました。幻聴は統合失調症に一番多い幻覚なんですよね。
ドクタードクター
そうだね。統合失調症では、自分を批評したり命令したりする声、自分の考えが声になって聞こえる考想化声、複数の声が会話するといった幻聴がSchneiderの一級症状に含まれる。一方、幻視はせん妄やアルコール離脱せん妄の小動物幻視、Lewy小体型認知症の生々しい人や動物の幻視で特徴的だ。幻嗅や幻味なら側頭葉てんかんも考える。
医学生医学生
幻覚の種類によって、疑う疾患がかなり変わるんですね。
ドクタードクター
その視点が臨床ではとても大事だ。幻視が前景に立つときは、精神疾患と決めつける前に意識障害や器質的な疾患を見逃さないようにしたい。妄想も内容で傾向があって、被害妄想や関係妄想は統合失調症、罪業・貧困・心気といった微小妄想はうつ病、誇大妄想は躁状態に多い。発言を丁寧に聞き取り、どの症状に当たるかを言葉で正確に記述できることが、診断の第一歩なんだ。

まとめ

幻覚は対象が実在しないのに知覚する「対象なき知覚」であり、鳴っていない電話の着信音が聞こえるという訴えは幻聴に当たります。実在する対象を見誤るのが錯覚、知覚は正しくても訂正不能な誤った意味づけや確信をもつのが妄想で、通行人が自分を笑っていると感じるのは関係妄想、天井のしみを殺意のサインと確信するのはSchneiderの一級症状である妄想知覚です。食事が砂を噛むようだという訴えは抑うつ状態の味気なさの表現で、幻味ではありません。幻聴は統合失調症、幻視はせん妄やLewy小体型認知症、幻嗅・幻味は側頭葉てんかんと、幻覚の種類によって想起すべき疾患が異なります。患者の発言を知覚の異常と思考内容の異常に分けて正確に記述する力は、精神科診療と症状評価の基本となります。

解答・解説

正解はeです

問われていること

患者の発言から精神症状を分類し、「幻覚」に当たるものを選ぶ問題である。

用語の整理

精神症状は、大きく「知覚の異常」と「思考内容の異常」に分けて考えると整理しやすい。 ・幻覚:知覚の対象が実際には存在しないのに、それを知覚すること。「対象なき知覚」と表現される。聞こえる(幻聴)、見える(幻視)、におう(幻嗅)、味がする(幻味)、触れられる感じがする(幻触、体感幻覚)などがある。 ・錯覚:実在する対象を誤って知覚すること(例:柳の枝を人影と見誤る)。対象が存在する点で幻覚と異なる。 ・妄想:根拠のない誤った確信で、周囲が論理的に訂正しようとしても訂正できないもの。知覚そのものは正しくても、その意味づけや解釈が病的に誤っている点が特徴である。

判断のコツ

各選択肢の括弧内に示された「その場の状況」が鍵になる。発言内容に対応する刺激(音・光景・味など)が現実に存在するかを確認する。刺激がないのに知覚している場合は幻覚、刺激はあるがその意味づけが異様な場合は妄想、という区別をする。本問では、鳴っていない電話の着信音が聞こえていると訴える発言だけが、実在しない刺激を知覚している、すなわち幻覚(幻聴)に当たる。

選択肢考察

  1. ×a.  「(人から見られている場面で)とても緊張します」

    人前で注目される場面で強い緊張や不安を感じるという訴えで、知覚の異常は含まれていない。程度が強く、そのような場面を避けて生活に支障が出る場合は、社交不安症(社交不安障害、いわゆる対人恐怖)を考える。健常者でもある程度は経験する感情であり、幻覚ではない。

  2. ×b.  「(道を歩きながら)知らない人が私を見て笑うのです」

    通行人が笑っている光景自体は実際に見えているものであってもよく、問題はそれを「自分を見て笑っている」と根拠なく自分に関係づけて確信している点にある。これは関係妄想(周囲の無関係な出来事を自分に向けられたものと受け取る妄想)であり、内容からは被害妄想ともいえる。知覚の対象が存在しないわけではないので、幻覚とは区別される。統合失調症などでみられる。

  3. ×c.  「(通常の食事をしながら)砂を嚙んでいるように感じます」

    食事が味気なく、おいしく感じられないことを比喩的に表現した訴えである。うつ病などの抑うつ状態でみられる食欲低下や、喜びや興味が感じられなくなる症状(快感消失、アンヘドニア)の表れとして典型的である。実際に食べ物を口にして感じ方が鈍くなっているのであり、対象のない味を感じる幻味とは異なる。なお、亜鉛欠乏などによる味覚障害も鑑別に挙がるが、いずれにしても幻覚ではない。

  4. ×d.  「(天井のしみを見ながら)あれは私を殺そうとしているサインです」

    天井のしみは実在し、正しく見えている。そのしみに「自分を殺そうとしているサイン」という、理由のない特別な意味を直感的に結びつけて確信している。このように、正常な知覚に異常な意味づけが加わる妄想を妄想知覚という。Schneiderの一級症状の一つで、統合失調症で重視される。知覚自体は正常なので幻覚ではない。なお、何のきっかけもなく突然に異常な確信が浮かぶ場合は妄想着想と呼ぶ。

  5. ○e.  「(鳴っていない携帯電話を見せながら)今もこの電話の着信音がやまないのです」

    携帯電話は実際には鳴っておらず、音という知覚の対象が存在しない。それにもかかわらず「着信音が聞こえ続けている」と訴えており、これは対象なき知覚、すなわち幻覚(聴覚領域の幻覚である幻聴)である。人の声ではない音や物音が聞こえるものは要素性幻聴と呼ばれる。電話を見せて確認を求めている点からも、本人にとっては現実の音として体験されていることがわかる。

幻覚の種類と代表的な疾患

・幻聴:統合失調症で最も多い幻覚。自分を批評・命令する声、自分の考えが声になって聞こえる(考想化声)、複数の声が会話する、などはSchneiderの一級症状に含まれる。アルコール幻覚症でもみられる。 ・幻視:せん妄、アルコール離脱せん妄(小動物幻視)、Lewy小体型認知症(人や動物が見えるといった具体的で生々しい幻視)で特徴的である。 ・幻嗅・幻味:側頭葉てんかんの発作症状などでみられる。 ・体感幻覚:体の中を虫が這う、内臓が腐っているなどの奇妙な身体感覚。統合失調症やコカイン中毒などでみられる。

妄想の分類

・成立の仕方による分類(一次妄想):妄想気分(周囲が何となく不気味に変わったと感じる)、妄想知覚(知覚に異常な意味づけ)、妄想着想(突然の確信)。 ・内容による分類:被害妄想、関係妄想、注察妄想、追跡妄想、被毒妄想(統合失調症に多い)。微小妄想(罪業妄想・貧困妄想・心気妄想。うつ病に多い)。誇大妄想(躁状態に多い)。

錯覚との違い

実在する対象を見誤るのが錯覚であり、意識障害(せん妄)や不安・緊張の強いときに生じやすい。壁の模様が人の顔に見えるといったパレイドリアも錯覚の一種である。

POINT

・幻覚=対象なき知覚。刺激が実在しないのに知覚する。 ・錯覚=実在する対象の誤った知覚。 ・妄想=訂正不能な誤った確信。知覚は正しくても解釈が異常。 ・実在の知覚に異様な意味づけ=妄想知覚(Schneiderの一級症状)。 ・「砂を嚙むよう」はうつ状態の味気なさの表現で、幻覚ではない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。