3年続いたかゆみの先にあった肝硬変―生検できないときに頼れる抗ミトコンドリア抗体
第119回医師国家試験 D問題 第36問
国試問題にチャレンジ
47歳の女性。腹部膨満感を主訴に来院した。3年前から全身の皮膚瘙痒感を自覚していたがそのままにしていた。3か月前から腹部が張った感じが出現し,徐々に増悪したため受診した。喫煙歴と飲酒歴はない。常用薬やサプリメントの服用はない。意識は清明。眼瞼結膜に異常を認めない。眼球結膜に黄染を認める。前胸部のくも状血管拡張と手掌紅斑を認める。腹部は膨隆し波動を認める。下腿に浮腫を認める。血液所見:赤血球324万,Hb 9.6g/dL,白血球6,700,血小板3.5万,PT-INR 1.8(基準0.9~1.1)。血液生化学所見:総蛋白6.8g/dL,アルブミン3.4g/dL,IgG 1,710mg/dL(基準861~1,747),IgA 342mg/dL(基準93~393),IgM 980mg/dL(基準50~269),総ビリルビン3.6mg/dL,AST 42U/L,ALT 36U/L,ALP 393U/L(基準38~113),γ-GT 462U/L(基準9~32),Cu 124μg/dL(基準68~128)。免疫血清学所見:HBs抗原陰性,HCV抗体陰性。腹部超音波検査で多量の腹水を認め,肝辺縁は鈍化し,表面は不整,肝実質も不均一である。肝臓に腫瘤を認めない。肝内胆管の拡張を認めない。 診断のために行うべき検査はどれか。
- a.腹部造影CT
- b.経皮的肝生検
- c.薬剤リンパ球刺激試験
- d.血清セルロプラスミン測定
- e.抗ミトコンドリア抗体測定
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
中年女性で長期の皮膚瘙痒感が先行し、ALP・γ-GT優位の胆汁うっ滞、肝内胆管拡張のない黄疸、選択的なIgM高値を認めれば、原発性胆汁性胆管炎(PBC)を想起します。診断に最も有用なのは抗ミトコンドリア抗体で、陽性であれば肝生検を行わなくても臨床像と経過からPBCと診断できます。本例のように多量の腹水、著明な血小板減少、凝固能低下がある場合は出血リスクが高く、経皮的肝生検は避けるべきです。造影CTは成因診断に直結せず、セルロプラスミンや薬剤リンパ球刺激試験は臨床像に合いません。治療の第一選択はウルソデオキシコール酸で、非代償期には肝移植を検討するという流れまで押さえることで、「診断に必要で、かつ安全な検査を選ぶ」という臨床判断の基本が身につきます。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・47歳女性。3年来の全身の皮膚瘙痒感が先行し、3か月前から腹部膨満が進行している。飲酒歴・服薬歴・サプリメント摂取はない。 ・身体所見:眼球結膜黄染(黄疸)、くも状血管拡張と手掌紅斑(慢性肝疾患の皮膚徴候)、腹部膨隆と波動(腹水)、下腿浮腫。意識は清明で、明らかな肝性脳症はない。 ・血液所見:Hb 9.6g/dLの貧血、血小板3.5万の著明な減少(門脈圧亢進に伴う脾機能亢進と肝でのトロンボポエチン産生低下を反映)、PT-INR 1.8の延長(凝固因子の合成能低下)、アルブミン3.4g/dLと軽度低下。 ・胆道系酵素はALP 393U/L、γ-GT 462U/Lと著明に上昇しているのに対し、AST 42U/L、ALT 36U/Lは軽度上昇にとどまる。すなわち肝細胞障害型ではなく胆汁うっ滞型の肝障害である。総ビリルビンは3.6mg/dLに上昇している。 ・免疫グロブリンはIgMのみが980mg/dLと著増し、IgGは基準範囲内である。 ・HBs抗原・HCV抗体は陰性、血清銅は基準範囲内。 ・腹部超音波:多量の腹水、肝辺縁の鈍化・表面不整・実質不均一(肝硬変の像)。肝腫瘤なし、肝内胆管の拡張なし。
診断へのプロセス
超音波像、腹水、くも状血管拡張・手掌紅斑、血小板減少、凝固能低下、黄疸から、本例は腹水と黄疸を伴う非代償性肝硬変の状態にある。そこで肝硬変の成因を考える。 ・ウイルス性:HBs抗原・HCV抗体陰性で、B型・C型肝炎は考えにくい。 ・アルコール性・薬物性:飲酒歴、薬剤・サプリメントの摂取がなく否定的である。 ・閉塞性黄疸(胆石・腫瘍による機械的閉塞):肝内胆管の拡張がなく、腫瘤も認めないため考えにくい。 ・自己免疫性肝炎:IgGが基準範囲内で、トランスアミナーゼ優位の肝障害でもないため可能性は低い。 ・Wilson病:血清銅が基準範囲内であり、発症年齢も典型から外れる。 これに対し、中年女性、長期間先行する皮膚瘙痒感、ALP・γ-GT優位の胆汁うっ滞パターン、肝内胆管拡張を伴わない黄疸、選択的なIgM高値という組み合わせは、原発性胆汁性胆管炎(primary biliary cholangitis:PBC)に極めて典型的である。PBCが長い年月をかけて進行し、肝硬変に至ったものと考えられる。
設問の考え方
PBCの診断に最も有用な血清学的マーカーは抗ミトコンドリア抗体(anti-mitochondrial antibody:AMA)である。PBCの確定には組織学的に慢性非化膿性破壊性胆管炎(CNSDC)を確認する方法もあるが、本例は多量の腹水、血小板3.5万、PT-INR 1.8と出血リスクが非常に高く、経皮的肝生検は行うべきではない。わが国の診断基準では、組織検査を行えなくても、AMA陽性かつ臨床像と経過がPBCに合致すればPBCと診断できる。したがって、本例で診断のために行うべき検査はAMA測定である。
選択肢考察
- ×a. 腹部造影CT
造影CTは肝細胞癌などの腫瘤性病変、門脈血栓、側副血行路、脾腫の評価に優れ、肝硬変の形態評価にも役立つ。しかしPBCは小葉間胆管という顕微鏡レベルの細い胆管が障害される疾患であり、画像では肝内胆管拡張などの特異的所見を示さない。超音波で腫瘤と胆管拡張がないことはすでに確認されており、CTを追加しても成因の診断には直結しない。
- ×b. 経皮的肝生検
肝生検でCNSDCや胆管消失が認められればPBCの組織学的診断になるため、出血リスクのない症例であれば有用な検査である。しかし本例は血小板3.5万、PT-INR 1.8と出血傾向が強いうえ、多量の腹水がある。腹水があると肝表面と腹壁が密着せず、穿刺部が圧迫止血されないため腹腔内出血を起こしやすく、腹水貯留は経皮的肝生検の禁忌とされる。加えて、本例はAMAが陽性であれば生検なしでも診断基準を満たすため、危険を冒してまで行う必要はない。
- ×c. 薬剤リンパ球刺激試験
薬剤リンパ球刺激試験(drug-induced lymphocyte stimulation test:DLST)は、患者のリンパ球を被疑薬とともに培養し、増殖反応から薬剤に対する感作の有無をみる検査で、薬物性肝障害や薬疹の原因薬の推定に用いられる。本例は常用薬もサプリメントも摂取しておらず、被疑薬が存在しないため意味がない。また、3年に及ぶ経過で肝硬変まで進展した病像も薬物性肝障害とは合わない。
- ×d. 血清セルロプラスミン測定
セルロプラスミンは銅を結合して血中を運ぶ蛋白で、Wilson病(ATP7B遺伝子異常による常染色体潜性遺伝の銅代謝異常症)では低値となり、血清銅も通常低値となる。Wilson病は小児期から若年成人に多く、肝硬変や神経症状、角膜のKayser-Fleischer輪を呈する。本例は47歳と発症年齢が典型から外れ、血清銅も基準範囲内で、胆汁うっ滞型の肝障害とIgM高値というPBCを示唆する所見がそろっているため、優先して行う検査ではない。
- ○e. 抗ミトコンドリア抗体測定
AMAはミトコンドリア内膜のピルビン酸脱水素酵素複合体E2成分(PDC-E2)などを対応抗原とする自己抗体(いわゆる抗M2抗体)で、PBC患者の約90%以上で陽性となり、特異度も高い。本例は出血傾向と多量腹水のため肝生検ができないが、AMA陽性であれば、組織検査がなくても臨床像と経過からPBCと診断できる。非侵襲的に実施でき、診断に直結する検査である。
原発性胆汁性胆管炎(PBC)の概要
・肝内の小葉間胆管が自己免疫機序で慢性的に破壊され、胆汁うっ滞が進行して最終的に肝硬変・肝不全に至りうる疾患である。かつては「原発性胆汁性肝硬変」と呼ばれていたが、診断時に肝硬変に至っていない例が大半であるため、2016年に現在の名称へ改められた。 ・中年女性に多い(男女比はおよそ1:7〜9)。 ・初期は無症状のことが多く、健診でALP・γ-GT高値を指摘されて見つかることもある。症状が出る場合、最初に現れやすいのは皮膚瘙痒感で、黄疸はかなり進行してから出現する。進行すると門脈圧亢進症による食道胃静脈瘤、腹水、脾腫がみられる。 ・胆汁うっ滞に伴い、高コレステロール血症(眼瞼黄色腫)、脂溶性ビタミン(A・D・E・K)の吸収障害、骨粗鬆症がみられることがある。 ・他の自己免疫疾患の合併が多い:Sjögren症候群、慢性甲状腺炎(橋本病)、関節リウマチ、強皮症(特に限局皮膚硬化型)など。
検査所見
・ALP・γ-GTの上昇が主体で、AST・ALTの上昇は軽度にとどまる。 ・IgMの選択的上昇。 ・AMA陽性(約90%以上)。AMA陰性例では抗核抗体(抗gp210抗体、抗sp100抗体など)が診断の手がかりとなる。抗gp210抗体陽性は黄疸・肝不全型への進行と関連するとされる。 ・組織像:慢性非化膿性破壊性胆管炎(CNSDC)、肉芽腫形成、胆管消失。
わが国の診断基準(厚生労働省研究班)
次のいずれか1つに該当すればPBCと診断する。 ①組織学的にCNSDCを認め、検査所見がPBCとして矛盾しないもの ②AMAが陽性で、組織学的にはCNSDCを認めないが、PBCに矛盾しない(compatible)組織像を示すもの ③組織学的検索の機会はないが、AMAが陽性で、臨床像と経過からPBCと考えられるもの 本例はAMAが陽性であれば③に該当する。
治療
・第一選択はウルソデオキシコール酸(UDCA)で、多くの例で胆道系酵素を改善させ、予後を改善する。 ・UDCAへの反応が不十分な場合、ベザフィブラートの併用が考慮される(わが国ではPBCへの保険適用はない)。 ・瘙痒感には陰イオン交換樹脂のコレスチラミン、κオピオイド受容体作動薬のナルフラフィンなどを用いる。 ・黄疸が進行した例や非代償性肝硬変に至った例では肝移植が検討される。本例のように黄疸・腹水を伴う段階は移植の適応を考えるべき病期である。
鑑別を要する疾患の整理
・原発性硬化性胆管炎(PSC):若年男性と高齢者に多く、潰瘍性大腸炎を合併しやすい。肝内外の大型胆管に狭窄と拡張が多発し、MRCPで数珠状変化を認める。AMAは通常陰性。 ・自己免疫性肝炎(AIH):中年女性に多い点はPBCと同じだが、AST・ALT優位の肝障害、IgG高値、抗核抗体・抗平滑筋抗体陽性が特徴で、副腎皮質ステロイドが有効である。 ・Wilson病:若年発症、血清セルロプラスミン低値、尿中銅排泄増加、Kayser-Fleischer輪、神経症状。
POINT
・中年女性+長期の皮膚瘙痒感+ALP・γ-GT優位の胆汁うっ滞+IgM選択的高値+肝内胆管拡張なし → 原発性胆汁性胆管炎(PBC)を想起する。 ・PBCの診断に最も有用な血清マーカーは抗ミトコンドリア抗体(AMA、陽性率約90%以上)。 ・組織像の特徴は慢性非化膿性破壊性胆管炎(CNSDC)。 ・AMA陽性であれば、肝生検を行わなくても臨床像と経過からPBCと診断できる。 ・多量の腹水、著明な血小板減少、凝固能低下は経皮的肝生検の禁忌(出血リスク)。 ・治療の第一選択はウルソデオキシコール酸。進行例では肝移植を検討する。
