熱とけいれんを5日放置された10か月児―「帰さない」ことが最初の虐待対応
第119回医師国家試験 C問題 第45問
国試問題にチャレンジ
10か月の男児。発熱を主訴に母親に連れられて夜間救急外来を受診した。在胎40週,身長49cm,体重3,150g,頭囲33cmで出生した。母子健康手帳で乳児健診の記録はなく,定期予防接種は行われていない。5日前から39℃台の発熱が続き,3日前に3分間のけいれんを起こしたが,医療機関の受診はしていなかった。100mLのミルクを1日4回与えているとのことである。身長63cm,体重6,500g,体温37.2℃,心拍数120/分,整。SpO2 98%(room air)。表情は乏しく,活気も少ない。皮膚のツルゴールは低下している。体表に外傷やあざは認めない。おむつ内には乾いた便が付着しており,臀部は赤くかぶれてびらんがある。衣類は汚れが目立っていた。胸部聴診および腹部触診で異常を認めない。 適切な対応はどれか。
- a.入院させる。
- b.警察へ通報する。
- c.自宅で経過観察させる。
- d.家族に育児への協力を促す。
- e.明日かかりつけ医を受診させる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
正常に出生した乳児に成長障害、健診・予防接種の未受診、急病時の受診の遅れ、不衛生な皮膚やおむつ・衣類が重なれば、外傷がなくてもネグレクトによる児童虐待を疑います。本例は脱水と低栄養に加え、遷延した発熱とけいれんの原因も未評価で入院治療の適応があり、入院は治療と同時に児の安全を確保する手段にもなります。虐待の通告先は市町村・福祉事務所・児童相談所で警察ではなく、通告は「虐待を受けたと思われる」段階で義務となり、守秘義務違反にはなりません。自宅での経過観察や翌日受診、家族への声かけだけでは児を守れず、保護者が入院を拒む場合には児童相談所長による一時保護も可能です。「まず帰さず治療と保護、次に通告と多職種連携」という順序は、救急や小児科の現場で子どもの命を守るための基本となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・出生時:在胎40週、身長49cm、体重3,150g、頭囲33cmで、成熟児として正常範囲で生まれている。したがって、現在の発育不良を出生時の要因で説明することは難しい。 ・医療を受けさせていない:母子健康手帳に乳児健診の記録がなく、定期予防接種も受けていない。5日間39℃台の発熱が続き、3日前には3分間のけいれんがあったのに、医療機関を受診していない。 ・栄養が不足している:10か月児であれば離乳食は後期(1日3回食)に入る時期である。それなのに、ミルク100mLを1日4回(1日400mL)しか与えられていない。10か月児では、ミルクだけでも1回150~200mL程度が目安である。 ・発育障害:身長63cm、体重6,500gで、10か月男児の標準(身長およそ72cm前後、体重およそ9kg前後)から大きく外れ、いずれも-2SDを下回る。身長も体重も伸びていない。 ・全身状態:表情が乏しく活気がなく、皮膚ツルゴール(皮膚をつまんだあとの戻り具合)が低下しており、脱水がある。体温37.2℃、心拍数120/分、SpO2 98%で、現時点の呼吸循環は保たれている。 ・衛生面:おむつ内に乾いた便が付いたままで、臀部はかぶれてびらんを生じている。衣類の汚れも目立ち、おむつ交換や着替えが長いあいだ行われていない。 ・体表に外傷やあざはなく、身体的虐待を示す所見は今のところない。
診断に至るプロセス
予防接種・健診・急病時の受診がない(医療ネグレクト)。年齢に見合った食事が与えられていない(栄養のネグレクト)。おむつ・衣類が不衛生なまま放置されている(身体的ネグレクト)。これらが重なっており、正常に生まれた児が成長障害に陥っていることから、育児放棄(ネグレクト)による児童虐待が強く疑われる。あわせて、発熱・けいれんの原因となった感染症(髄膜炎・脳炎なども含む)が十分に評価されていないことや、脱水・低栄養があることも問題である。
設問へのアプローチ
対応を決めるときは、まず「児の安全と医学的問題への対処」、次に「虐待の通告」という順に考える。本児は脱水と低栄養による成長障害があり、高熱・けいれんの原因検索も済んでいないため、医学的に入院治療が必要である。さらに、ネグレクトが疑われる家庭にそのまま帰せば、児の生命・健康が危険にさらされる。入院は、保護者から一時的に離して安全を確保する手段にもなる。入院後に輸液や栄養管理、感染症の精査を行うとともに、児童相談所などへ通告し、多職種で対応を進める。
選択肢考察
- ○a. 入院させる。
脱水、低栄養による高度の成長障害があり、遷延した発熱とけいれんの原因もまだ評価されていない。これだけでも入院加療の医学的適応がある。加えてネグレクトが強く疑われ、自宅に帰すと適切な世話や受診が期待できない。入院させることで治療と同時に児の安全を確保し、その間に児童相談所への通告や院内の虐待対応チームによる評価を進めることができる。
- ×b. 警察へ通報する。
児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者には、通告の義務がある(児童虐待の防止等に関する法律、児童福祉法)。通告先は市町村、都道府県の設置する福祉事務所、または児童相談所である。警察は通告先として定められた機関ではない。重大な身体的虐待で生命が危険にさらされている場合などには、警察と連携することもある。しかし本例で最初にとるべき対応は、児を入院させて治療と安全確保を行うことである。
- ×c. 自宅で経過観察させる。
脱水と成長障害があり医療介入が必要である。また、ネグレクトが疑われる環境に戻せば、症状が悪化しても受診させてもらえない可能性が高い。児の生命・健康を守れないため不適切である。
- ×d. 家族に育児への協力を促す。
家族への支援は長期的には重要である。しかし、虐待が疑われる段階で家族に協力を促すだけでは、児の安全は確保されない。指摘を受けた保護者が受診を避けるようになったり、状況がかえって悪化したりするおそれもある。まず児を保護して治療し、関係機関への通告を通じて組織的に対応すべきである。
- ×e. 明日かかりつけ医を受診させる。
健診も予防接種も受けておらず、かかりつけ医が機能しているとは考えにくい。いったん帰宅させれば、翌日に受診する保証もない。脱水・成長障害があり、けいれんの原因も未評価で、いま医療介入が必要な状態である。帰宅させず、この場で入院とすべきである。
児童虐待の4類型(児童虐待の防止等に関する法律)
・身体的虐待:殴る、蹴る、激しく揺さぶる、やけどを負わせるなど。 ・性的虐待:子どもへの性的行為、性的行為を見せる、ポルノグラフィの被写体にするなど。 ・ネグレクト:食事を与えない、不潔なまま放置する、病気やけがでも受診させない、乳幼児を家や車内に放置する、同居人による虐待を放置するなど。 ・心理的虐待:暴言、無視、きょうだい間の差別、子どもの前での配偶者への暴力(面前DV)など。 近年の児童相談所の対応件数では心理的虐待が最も多く、次いで身体的虐待、ネグレクトの順である。
ネグレクトの具体的な形
・身体的ネグレクト:栄養を与えない、衣服やおむつを替えない、住環境が著しく不衛生。 ・医療ネグレクト:健診・予防接種を受けさせない、必要な治療を受けさせない。 ・教育的ネグレクト:学校に通わせない。 ・情緒的ネグレクト:子どもの欲求に応えず、愛情を示さない。 ・監護の放棄:幼い子どもを長時間一人で放置する。
ネグレクトを疑う所見
体重増加不良・低身長(器質的疾患で説明できない成長障害)、予防接種や健診の未受診、受診の遅れ、不潔な皮膚・衣服、ひどいおむつかぶれ、表情の乏しさや過度な警戒心などがある。入院して十分な栄養を与えると体重が急速に増える場合は、栄養不足が成長障害の主な原因であったことを裏付ける。
医療機関での対応の流れ
1. 児の安全確保と医学的治療(必要なら入院) 2. 診療録への客観的な記載(所見、保護者の説明、写真記録など) 3. 院内の虐待対応チーム(CPT:child protection team)での検討 4. 市町村・福祉事務所・児童相談所への通告。通告は「虐待を受けたと思われる」段階で行う義務があり、確証は必要ない。通告しても守秘義務違反にはならない。 5. 保護者が入院治療に同意せず、児を連れて帰ろうとする場合には、児童相談所長の判断で一時保護(病院への委託一時保護を含む)を行うことができる。
POINT
・正常に出生した乳児に成長障害、健診・予防接種の未受診、受診の遅れ、不衛生が重なっていればネグレクトを疑う。 ・ネグレクトが疑われる児への最初の対応は、帰宅させず入院させ、治療と安全確保を同時に行うことである。 ・虐待の通告先は市町村・都道府県の福祉事務所・児童相談所である。警察ではない。 ・通告は「虐待を受けたと思われる」段階で行う義務があり、守秘義務違反にはならない。
