セルロプラスミンが低い子どもの肝障害―角膜の縁に現れる「銅の輪」を見逃すな
第119回医師国家試験 A問題 第16問
国試問題にチャレンジ
10歳の女子。感冒時に行われた血液検査で肝障害を指摘され紹介受診した。自覚症状はない。身長137cm,体重36kg。体温36.8℃。脈拍76/分,整。血圧104/70mmHg。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。頸部リンパ節を触知しない。腹部は平坦,軟で,右肋骨弓下に肝を1cm触知する。脾は触知しない。尿所見:蛋白(-),糖(-),潜血(-)。尿中Cu排泄量200μg/日(基準80未満)。血液所見:赤血球409万,Hb 12.1g/dL,白血球8,100,血小板33万。血液生化学所見:AST 156U/L,ALT 245U/L,LD 308U/L(基準145~270),Cu 25μg/dL(基準68~128),セルロプラスミン12mg/dL(基準21~37)。免疫血清学所見:CRP 0.1mg/dL,HBs抗原陰性,HCV抗体陰性,抗EBV VCA IgM抗体陰性,抗EBV VCA IgG抗体陰性。 この疾患でみられる所見はどれか。
- a.円錐角膜
- b.視神経萎縮
- c.水晶体混濁
- d.Kayser-Fleischer輪
- e.桜実紅斑〈cherry red spot〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
小児・若年者の原因不明の肝障害では、ウイルス性肝炎などを除外したうえで必ずWilson病を鑑別に挙げます。Wilson病はATP7B遺伝子変異による常染色体潜性遺伝の銅代謝異常症で、セルロプラスミン低値、血清銅低値、尿中銅排泄増加が典型的な検査所見です。過剰な銅は肝から脳、角膜、腎などへ沈着し、眼では角膜周辺部のDescemet膜への銅沈着によるKayser-Fleischer輪が特徴ですが、小児の肝型では欠くことも多く、ないからといって否定はできません。円錐角膜のFleischer輪(鉄沈着)、ガラクトース血症の白内障、ホモシスチン尿症の水晶体偏位、網膜中心動脈閉塞症やTay-Sachs病の桜実紅斑など、眼所見と疾患の対応をまとめて整理しておくと鑑別に役立ちます。治療は銅キレート薬と亜鉛製剤を生涯継続し、同胞の発症前診断も重要です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・10歳女子。感冒時の採血で偶然に肝障害を指摘された。自覚症状はない。 ・眼瞼・眼球結膜に異常がなく、黄疸や貧血は目立たない。右肋骨弓下に肝を1cm触知し、軽度の肝腫大がある。脾腫はない。 ・AST 156U/L、ALT 245U/Lとトランスアミナーゼが上昇し、ALT優位である。LDも軽度上昇している。 ・血清銅25μg/dL(低値)、セルロプラスミン12mg/dL(低値)、尿中銅排泄量200μg/日(増加)と、銅代謝の異常がそろっている。 ・HBs抗原陰性、HCV抗体陰性、EBウイルスVCA抗体はIgM・IgGともに陰性である。
診断へのプロセス
小児の無症候性肝障害の鑑別には、ウイルス性肝炎(B型・C型)、EBウイルスなどによる伝染性単核球症、自己免疫性肝炎、代謝性疾患(Wilson病、糖原病など)、薬物性肝障害、脂肪性肝疾患などが挙がる。本例では、肝炎ウイルスマーカーが陰性で、EBウイルスには未感染であり、CRPも低くリンパ節腫脹や脾腫もないため、感染性の肝障害は考えにくい。 そのうえで、血清セルロプラスミン低値(20mg/dL未満が目安)と尿中銅排泄増加(100μg/日以上が目安)がそろっていることから、銅が排泄されずに肝などへ蓄積するWilson病(肝型)が最も考えられる。
設問の考え方
Wilson病では、肝で処理しきれなくなった銅が血中へあふれ出し、脳(特に大脳基底核)、角膜、腎、赤血球などに沈着して多彩な症状を起こす。眼科的に最も重要な所見は、角膜の周辺部に銅が沈着してできるKayser-Fleischer輪(K-F輪)である。他の選択肢は、それぞれ別の疾患で特徴的にみられる眼所見である。
選択肢考察
- ×a. 円錐角膜
円錐角膜は角膜の中央部が菲薄化して前方に円錐状に突出し、強い不正乱視と視力低下をきたす疾患である。思春期から若年成人で進行しやすく、アトピー性皮膚炎などで眼をこする習慣、Down症候群、Marfan症候群などとの関連が知られる。円錐の基部の角膜上皮に鉄が沈着してできる輪状の着色は「Fleischer輪」と呼ばれ、名前が似ているがWilson病のKayser-Fleischer輪(銅の沈着)とは別物である。Wilson病の所見ではない。
- ×b. 視神経萎縮
視神経萎縮は、緑内障、視神経炎の後遺症、圧迫性病変(下垂体腫瘍など)、Leber遺伝性視神経症、副腎白質ジストロフィーなどの白質変性症、虚血、外傷など、視神経が障害された結果として生じる。Wilson病では銅が大脳基底核などに沈着して錐体外路症状や精神症状を起こすが、視神経萎縮は特徴的な所見ではない。
- ×c. 水晶体混濁
水晶体混濁(白内障)を小児期にきたす代謝疾患としてはガラクトース血症が代表的で、ガラクチトールの蓄積により乳児期から白内障を生じる。そのほか先天風疹症候群、Down症候群、ステロイド長期使用、アトピー性皮膚炎などでもみられる。なお、ホモシスチン尿症の眼所見は水晶体の混濁ではなく水晶体偏位(下方への脱臼)である。Wilson病では、まれに水晶体前嚢下に銅が沈着してひまわり状白内障(sunflower cataract)を生じることがあるが、頻度は低く視力にもほとんど影響しない。本疾患を代表する眼所見として問われているのはK-F輪であり、本選択肢は該当しない。
- ○d. Kayser-Fleischer輪
Kayser-Fleischer輪は、角膜周辺部のDescemet膜(角膜の内皮側にある基底膜)に銅が沈着してできる、茶褐色〜緑褐色の輪状の着色である。角膜の上下の縁から現れることが多く、細隙灯顕微鏡検査で確認する。Wilson病に特徴的な所見であり、診断の重要な手がかりとなる。神経症状を伴う病型ではほぼ全例で認められる一方、本例のような小児の肝型では見られないことも多く、K-F輪がなくてもWilson病は否定できない。銅キレート薬などの治療により消退することがある。
- ×e. 桜実紅斑〈cherry red spot〉
桜実紅斑は、黄斑周囲の網膜が白く混濁し、網膜の薄い中心窩だけが脈絡膜の赤色を透かして赤く見える所見である。網膜中心動脈閉塞症で網膜が虚血性に浮腫・混濁したときや、Tay-Sachs病、Sandhoff病、GM1ガングリオシドーシス、Niemann-Pick病(A型)、シアリドーシスなど、網膜神経節細胞に脂質が蓄積するライソゾーム病でみられる。Wilson病ではみられない。
Wilson病の病態
・常染色体潜性(劣性)遺伝の銅代謝異常症で、第13番染色体(13q14.3)にある ATP7B 遺伝子の変異による。ATP7Bは肝細胞内で銅をセルロプラスミンに組み込み、余分な銅を胆汁中に排泄する働きをもつ銅輸送蛋白である。 ・機能が失われると、銅が胆汁へ排泄されずに肝に蓄積し、肝障害を起こす。さらに蓄積が進むと銅が血中に漏れ出し、脳・角膜・腎などに沈着する。 ・頻度はおよそ3万〜3.5万人に1人とされ、保因者は約100人に1人程度と推定される。男女差はない。
検査所見の考え方
・血清セルロプラスミン:低値。銅を組み込めないセルロプラスミンは不安定で分解されやすいためである。 ・血清銅:多くは低値。血清銅の大部分はセルロプラスミン結合銅であり、これが減るためである。ただし、セルロプラスミンに結合していない遊離銅はむしろ増えており、組織障害の原因となる。劇症型では肝細胞崩壊で血清銅が上昇することもある。 ・尿中銅排泄量:増加。遊離銅が尿中に排泄されるためである。D-ペニシラミン負荷で著明に増加することも診断の参考となる。 ・肝銅含量:肝生検で著増(乾燥重量1gあたり250μg以上が目安)。 ・遺伝子検査でATP7Bの両アレル変異を確認すれば確定する。
臨床像
・肝型:小児期に多く、無症候性の肝機能異常、脂肪肝、慢性肝炎、肝硬変として見つかる。若年者の急性肝不全(Coombs陰性溶血性貧血を伴う劇症型)もある。 ・神経型:思春期以降に多く、構音障害、振戦(羽ばたき振戦様の粗大な振戦)、ジストニア、筋固縮などの錐体外路症状をきたす。頭部MRIでは被殻などの基底核にT2高信号を認める。 ・精神症状:性格変化、抑うつ、学業成績の低下など。 ・その他:K-F輪、溶血性貧血、腎尿細管障害(Fanconi症候群)など。
治療
・銅キレート薬(D-ペニシラミン、トリエンチン)で体内の銅を尿中へ排泄させ、亜鉛製剤(酢酸亜鉛)で腸管からの銅吸収を抑える。治療は生涯継続する必要があり、自己中断すると急速に悪化しうる。 ・銅を多く含む食品(貝類、レバー、ナッツ、チョコレートなど)を控える。 ・急性肝不全や内科治療が無効な非代償性肝硬変では肝移植の適応となる。 ・同胞は無症状でも発症前診断を行い、早期治療につなげる。
POINT
・小児・若年者の原因不明の肝障害では、必ずWilson病を鑑別に挙げる。 ・Wilson病の検査所見:セルロプラスミン低値、血清銅低値、尿中銅排泄増加、肝銅含量増加。 ・ATP7B遺伝子変異(13番染色体)による常染色体潜性遺伝の疾患である。 ・K-F輪は角膜周辺部(Descemet膜)への銅沈着で、細隙灯顕微鏡で確認する。神経型ではほぼ必発だが、小児の肝型では欠くことも多い。 ・眼所見の対応:円錐角膜→Fleischer輪(鉄沈着)、ガラクトース血症→白内障、ホモシスチン尿症→水晶体偏位、網膜中心動脈閉塞症・Tay-Sachs病など→桜実紅斑。
