StudyMed医師国家試験

トルコ鞍に嚢胞を見つけたら―視野の次に確かめるべき「ホルモン」

第119回医師国家試験 A問題 第15問

国試問題にチャレンジ

第119回 A問題 第15問

58歳の男性。自宅近くの医療機関で頭部CT異常を指摘され来院した。6か月前から頭痛が出現した。意識は清明。身長168cm,体重60kg。脈拍64/分,整。血圧110/80mmHg。視力,視野に異常を認めない。頭部単純MRIのT1強調冠状断像(A)とT2強調矢状断像(B)を下に示す。  次に行うべき検査はどれか。

第119回 A問題 第15問の問題画像
  1. a.内分泌検査
  2. b.徒手筋力検査
  3. c.認知機能検査
  4. d.腹部CT検査
  5. e.脳脊髄液検査

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、トルコ鞍の病変を偶然見つけたときに次に何を調べるか、という問題だ。ポイントは、この部位の病変で必ず確認すべき2つの評価が何か、そしてそのうちどちらがまだ済んでいないか、という点だよ。まずMRIの所見をどう読むかから始めよう。
医学生医学生
T2強調像でかなり白く写っているので、中身は液体の嚢胞でしょうか。
ドクタードクター
その通り。トルコ鞍内からやや鞍上部に広がる、境界明瞭で辺縁平滑な類円形の病変で、T2強調像では均一な高信号、T1強調像では脳実質よりやや高い信号を示している。充実成分や石灰化を思わせる所見はなく、正常の下垂体は病変に押しのけられている。視交叉への明らかな圧迫はなく、視野が正常なことと合っているね。
医学生医学生
トルコ鞍の病変というと、真っ先に下垂体腺腫を思い浮かべてしまいます。
ドクタードクター
成人では頻度が高いから、自然な発想だよ。ただ鑑別としては、下垂体腺腫、頭蓋咽頭腫、ラトケ嚢胞の3つを並べて考えるのが基本だ。今回のように単房性で内部が均一な嚢胞なら、ラトケ嚢胞が最も考えやすい。とはいえ、嚢胞変性を伴う腺腫や嚢胞性の頭蓋咽頭腫を画像だけで完全に否定することはできないんだ。
医学生医学生
発生学で習ったラトケ嚢の名残ですよね。口の天井から伸びて下垂体前葉になる部分でした。
ドクタードクター
よく覚えているね。ラトケ嚢の遺残腔に液体がたまった非腫瘍性の嚢胞で、前葉と後葉の間にできる。多くは無症状で、今回のように画像検査で偶然見つかることも多い。さて本題だ。トルコ鞍周辺の病変を見つけたら、何を評価すべきだと思う?
医学生医学生
視交叉が近いので、まず視野でしょうか。脳神経外科の実習で、両耳側半盲の患者さんを見ました。
ドクタードクター
それが1つ目だね。もう1つが下垂体・視床下部の内分泌機能だ。今回は視力・視野が正常だと確認されているから、次に行うべきは内分泌検査ということになる。
医学生医学生
正常の下垂体が押されているので、ホルモンが足りなくなっているかもしれない、ということですね。
ドクタードクター
そう。前葉機能の低下、つまりACTH、TSH、性腺刺激ホルモン、GHの分泌低下がないかを調べる。特に大事なのがACTHの低下による続発性副腎皮質機能低下症だ。見逃すと低ナトリウム血症や副腎クリーゼを起こして命に関わる。さらに、後葉系の障害による中枢性尿崩症も確認が必要だよ。
医学生医学生
もし腺腫だったとしても、ホルモン検査は必要ですよね。
ドクタードクター
その通り。プロラクチノーマ、先端巨大症、クッシング病のような機能性腺腫なら治療方針が大きく変わる。たとえばプロラクチノーマならドパミン作動薬による薬物療法が第一選択だ。だから診断のうえでもホルモン評価は欠かせない。では他の選択肢も確認しよう。徒手筋力検査はどうかな。
医学生医学生
トルコ鞍は運動野や錐体路から離れているので、麻痺は起きにくいと思います。
ドクタードクター
正解。この部位に限局した病変で四肢の筋力低下は起こらないし、麻痺を示す所見もない。認知機能検査も同様で、トルコ鞍内の嚢胞が直接認知機能を落とすことは通常ない。ホルモン低下による低ナトリウム血症や甲状腺機能低下でぼんやりすることはあるけれど、それも内分泌検査と電解質測定でまず評価すべきだね。
医学生医学生
腹部CTは、MEN1を考えるときに使うものでしょうか。CBTの勉強で、下垂体と副甲状腺と膵臓の組み合わせを覚えました。
ドクタードクター
いい連想だね。下垂体腺腫に副甲状腺機能亢進症や膵・消化管の神経内分泌腫瘍を合併するMEN1を疑うなら意味がある。でも今回は嚢胞性病変で、高カルシウム血症や家族歴などの手がかりもないから、今の段階で行う根拠はない。脳脊髄液検査も、髄膜炎やくも膜下出血、若年者の胚細胞腫瘍の腫瘍マーカー測定などで行うもので、この症例では役に立たない。頭蓋内に占拠性病変がある状況での腰椎穿刺は慎重さも必要だ。
医学生医学生
内分泌検査では、具体的に何を測るんですか。
ドクタードクター
まずは基礎値として、ACTHとコルチゾール、TSHと遊離T4、LH・FSHとテストステロン、GHとIGF-I、そしてプロラクチンを測る。血清ナトリウムや尿量・尿浸透圧も確認して、必要に応じて負荷試験に進む。プロラクチンについては、腫瘍でなくても軽く上がることがある点に注意しよう。
医学生医学生
下垂体茎が押されると、視床下部からのドパミンが届かなくなるからですね。stalk effectでした。
ドクタードクター
その通り。プロラクチンだけはドパミンで主に抑制されているから、茎が圧迫されると上がり、ほかの前葉ホルモンは下がる。軽度のプロラクチン上昇をすぐにプロラクチノーマと決めつけないことが大切だ。それから、尿崩症は下垂体腺腫では術前にはまれで、頭蓋咽頭腫やラトケ嚢胞、胚細胞腫瘍ではみられることがある、というのも鑑別に役立つ知識だよ。ラトケ嚢胞が無症状で小さければ経過観察、視機能障害や内分泌障害、増大傾向があれば経鼻的手術を考える。

まとめ

トルコ鞍とその周辺に病変を見つけたら、視機能(視力・視野)と下垂体・視床下部の内分泌機能の2点を必ず評価します。本例のようにT2強調像で均一な高信号を示し、充実成分や石灰化を伴わない境界明瞭な単房性嚢胞はラトケ嚢胞が最も考えやすく、視野が正常であれば次は内分泌検査を行います。内分泌検査では前葉機能低下(特に生命に関わるACTH系)、下垂体茎圧迫による高プロラクチン血症(stalk effect)、中枢性尿崩症を確認し、機能性腺腫であれば治療方針が変わるため鑑別にも欠かせません。徒手筋力検査、認知機能検査、腹部CT、脳脊髄液検査は、病変の部位や臨床像からみて優先度が低い検査です。偶然見つかった下垂体近傍の病変にも系統的な評価を行う姿勢は、副腎クリーゼのような見逃してはならない病態を防ぐことにつながります。

解答・解説

正解はaです

所見の整理

・58歳男性。他院の頭部CTで異常を指摘されて紹介された。 ・6か月前から続く頭痛がある以外に、意識障害や神経脱落症状の記載はない。 ・バイタルサインは安定しており、視力・視野は正常である。 ・頭部単純MRIでは、トルコ鞍内からやや鞍上部に広がる、辺縁が平滑で境界明瞭な類円形の病変を認める。冠状断T1強調像(A)では周囲の脳実質よりやや高い信号、矢状断T2強調像(B)では均一な著明高信号を示し、内部は液体成分を主体とする嚢胞性病変と考えられる。正常下垂体は病変によって圧排されている。視交叉への明らかな圧迫はなく、視野障害がないことと合致する。

診断へのプロセス

トルコ鞍とその周辺(傍鞍部)の腫瘤では、下垂体腺腫(下垂体神経内分泌腫瘍、PitNETとも呼ばれる)、頭蓋咽頭腫、ラトケ嚢胞が代表的な鑑別疾患である。胚細胞腫瘍は小児・若年者に多く、本例の年齢では考えにくい。 本例の病変は、充実成分や石灰化を思わせる所見がなく、T2強調像で均一な高信号を示す単房性の嚢胞であり、正常下垂体を圧排しつつトルコ鞍内に位置する。これらはラトケ嚢胞に典型的な像で、最も考えやすい。ただし、嚢胞変性を伴う下垂体腺腫や嚢胞性の頭蓋咽頭腫を画像だけで完全に否定することはできない。

設問の考え方

傍鞍部病変を見つけたときに必ず評価すべきなのは、(1) 視機能(視力・視野)と、(2) 下垂体・視床下部の内分泌機能、の2点である。本例では視力・視野は正常と確認済みであるため、次に行うべきは内分泌検査である。内分泌検査により、正常下垂体の圧排による下垂体機能低下症、下垂体茎の圧迫による高プロラクチン血症、後葉系の障害による中枢性尿崩症(現在は「バソプレシン分泌低下症」とも呼ばれる)の有無を調べる。さらに、機能性下垂体腺腫(プロラクチノーマ、先端巨大症、クッシング病など)であった場合には治療方針が大きく変わるため、鑑別診断のうえでもホルモン評価が欠かせない。

選択肢考察

  1. ○a.  内分泌検査

    トルコ鞍内病変が正常下垂体を圧排しているため、下垂体前葉機能低下(副腎皮質刺激ホルモン〈ACTH〉、甲状腺刺激ホルモン〈TSH〉、性腺刺激ホルモン、成長ホルモン〈GH〉の分泌低下)、下垂体茎圧迫による高プロラクチン血症、尿崩症の有無を調べる必要がある。特にACTH分泌低下による続発性副腎皮質機能低下症は、見逃すと低ナトリウム血症や副腎クリーゼを招き生命に関わるため重要である。また、ホルモン過剰を示す機能性腺腫であれば、プロラクチノーマなら薬物療法(ドパミン作動薬)が第一選択となるなど治療方針が変わる。まず血中ホルモンの基礎値(ACTH・コルチゾール、TSH・遊離T4、LH・FSH・テストステロン、GH・IGF-I、プロラクチン)と血清Na、尿量・尿浸透圧などを確認し、必要に応じて負荷試験を行う。

  2. ×b.  徒手筋力検査

    徒手筋力検査(MMT)は個々の筋の筋力を6段階で評価する方法で、末梢神経障害、筋疾患、中枢性麻痺の程度評価などに用いる。トルコ鞍内に限局する病変は運動野や錐体路から離れており、四肢の筋力低下を起こさない。本例でも麻痺を示唆する所見はなく、次に行う検査として意義に乏しい。

  3. ×c.  認知機能検査

    認知機能検査(改訂長谷川式簡易知能評価スケール〈HDS-R〉やMMSEなど)は、認知症などを疑う場合に行う。トルコ鞍内の小さな嚢胞性病変が直接認知機能障害を起こすことは通常ない。下垂体機能低下に伴う低ナトリウム血症や甲状腺機能低下で意識・精神活動が低下することはあるが、その評価もまず内分泌検査と電解質測定で行うべきであり、認知機能検査を優先する理由はない。

  4. ×d.  腹部CT検査

    腹部CTが意味をもつのは、下垂体腺腫に副甲状腺機能亢進症や膵・消化管神経内分泌腫瘍を合併する多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)を疑う場合などである。本例は嚢胞性病変でラトケ嚢胞が最も考えられ、高カルシウム血症や消化管症状、家族歴などMEN1を疑わせる情報もない。現時点で腹部CTを行う根拠はない。

  5. ×e.  脳脊髄液検査

    脳脊髄液検査は、髄膜炎・脳炎などの感染症、くも膜下出血の確認、癌性髄膜症、胚細胞腫瘍の腫瘍マーカー(ヒト絨毛性ゴナドトロピン〈hCG〉、α-フェトプロテイン〈AFP〉)測定などで行う。本例は発熱や髄膜刺激症状がなく、年齢的にも胚細胞腫瘍は考えにくい。ラトケ嚢胞の診断に髄液所見は役立たず、さらに頭蓋内占拠性病変がある状況での腰椎穿刺は慎重を要するため、優先すべき検査ではない。

ラトケ嚢胞

・胎生期に下垂体前葉・中間部を形成するラトケ嚢(口腔外胚葉由来)の遺残腔に液体が貯留した、非腫瘍性の嚢胞である。下垂体前葉と後葉の間(中間部)に生じ、トルコ鞍内から鞍上部に進展する。 ・多くは無症状で、剖検や画像検査で偶然見つかる。発生異常であるが、中高年になって発見されることも多い。 ・症状を示す場合は、頭痛、視野障害、下垂体機能低下症、高プロラクチン血症、尿崩症などをきたす。嚢胞内容の炎症(下垂体炎様の病態)で頭痛や機能低下が出ることもある。 ・MRIでは、境界明瞭で辺縁平滑な単房性嚢胞として描出され、充実成分や石灰化を通常伴わない。T1強調像の信号は内容液の蛋白濃度により低信号から高信号まで様々であるが、T2強調像では多くが高信号を示す(蛋白濃度が非常に高いと低信号のこともある)。造影では嚢胞自体は増強されず、圧排された正常下垂体が辺縁で増強される。嚢胞内に小結節(waxy nodule)を認めることがある。 ・無症候性で小さいものは経過観察とし、視機能障害や内分泌障害、増大傾向があれば経鼻的手術で開窓・内容吸引を行う。

傍鞍部の主な病変の比較

・下垂体腺腫:成人に多い。充実性が主体で、嚢胞変性や出血を伴うことがある。前葉由来のため前葉機能の障害やホルモン過剰症状をきたすが、尿崩症は術前にはまれである。 ・頭蓋咽頭腫:小児と中高年の二峰性に発症する。嚢胞と充実成分が混在し、石灰化(特に小児のエナメル上皮腫型)が特徴。視床下部・下垂体茎を巻き込みやすく、尿崩症や成長障害をきたしうる。 ・胚細胞腫瘍(ジャーミノーマなど):小児・若年者に多く、鞍上部や松果体部に生じる。尿崩症で発症することが多い。

傍鞍部病変で高プロラクチン血症が起こる理由

下垂体前葉ホルモンの多くは視床下部ホルモンにより分泌が促進されるが、プロラクチンだけは視床下部から下垂体茎を通って届くドパミンによって主に分泌が抑制されている。病変が下垂体茎を圧迫するとドパミンが届かなくなり、プロラクチノーマでなくてもプロラクチンが軽度上昇する(stalk effect)。逆に他の前葉ホルモンは低下する。

POINT

・傍鞍部病変を見たら、まず視機能(視力・視野)と下垂体・視床下部の内分泌機能を評価する。 ・内分泌検査では、前葉機能低下(特にACTH系)、高プロラクチン血症(stalk effect)、尿崩症を確認し、機能性腺腫の有無も見極める。 ・ラトケ嚢胞:トルコ鞍内の境界明瞭・単房性の嚢胞で、T2強調像で高信号が多く、T1強調像の信号は内容により様々。充実成分や石灰化を伴わない点で頭蓋咽頭腫と区別する。 ・下垂体腺腫では術前の尿崩症はまれ。頭蓋咽頭腫・ラトケ嚢胞・胚細胞腫瘍では尿崩症が起こりうる。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。