StudyMed医師国家試験

「一度決めたら終わり」ではない―認知症高齢者の退院支援と人生会議の原則

第118回医師国家試験 E問題 第35問

国試問題にチャレンジ

第118回 E問題 第35問

88歳の女性。腰痛を主訴に救急車で搬入された。今朝,自宅で転倒してから腰痛のため歩けなくなったため救急車を要請した。高血圧症と認知症で治療中である。改訂長谷川式簡易知能評価スケールで7点(30点満点)。要介護度は要介護1である。腰椎エックス線写真で第3腰椎の圧迫骨折を認め,疼痛管理とリハビリテーションを目的に入院となった。入院1か月後に状態が安定したので,退院後の方針について夫と話し合いとなった。  夫への説明で適切なのはどれか。

  1. a.「話し合いの内容は文書では残しません」
  2. b.「配偶者は代理意思決定者にはなれません」
  3. c.「本人は認知症があるので参加は不要です」
  4. d.「話し合いで決まったことでも後で変更できます」
  5. e.「ケアマネジャーに話し合いの内容を伝える必要はありません」

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は医学知識そのものより、患者さんや家族とどう話し合うかを問う問題だ。高度の認知症がある高齢女性の退院後の方針を、夫と話し合う場面。テーマはアドバンス・ケア・プランニング、いわゆる「人生会議」の考え方だよ。誰が参加し、何を記録し、誰と共有し、決めたことをどう扱うか。この4つを意識して選択肢を見てみよう。
医学生医学生
HDS-Rが7点ということは、かなり認知機能が落ちていますよね。本人と話し合うのは難しいので、夫が決めるしかないのかなと最初は思いました。
ドクタードクター
そう考える人は多い。HDS-Rは30点満点で20点以下だと認知症が疑われるから、7点は高度の低下と言っていい。でも、認知症があるから本人は参加不要、というのは誤りなんだ。高度の認知症でも「家に帰りたい」「これは嫌だ」といった意向や感情は表現できることが多い。
医学生医学生
精神科の臨床実習で、会話がほとんど成り立たない患者さんが、娘さんの名前を聞くと表情がぱっと明るくなっていたのを思い出しました。
ドクタードクター
まさにそういうところから本人の意思をくみ取るんだ。わかりやすい言葉でゆっくり説明する、体調のよい時間帯を選ぶといった工夫をして、できる限り本人にも参加してもらう。本人を外すと意思が反映されないうえ、疎外感や不信感にもつながる。
医学生医学生
では、本人の意思がはっきりしない部分はどうするんですか。配偶者は代理で決められないという選択肢がありましたが……。
ドクタードクター
それも誤り。本人の意思確認が難しいときは、本人の価値観や生活をよく知る家族が本人の意思を推定し、医療・ケアチームとともに本人にとって最善の方針を考える。配偶者はその中心になりうる存在だ。ただし基準はあくまで「本人ならどう考えるか」であって、家族の都合ではない。夫も高齢だから、必要なら子どもや親族にも同席をお願いするといい。
医学生医学生
話し合いの内容を文書に残さない、というのはさすがに違和感があります。医療面接の授業でも、説明した内容はカルテに残すよう繰り返し言われました。
ドクタードクター
その感覚は正しい。厚生労働省のガイドラインでも、話し合った内容はその都度文書にまとめることが求められている。記録があれば後で経緯を確認でき、方針を見直すときの土台になる。高齢の夫が内容を正確に覚えておけるとは限らないから、なおさら大事だね。
医学生医学生
ケアマネジャーに伝える必要はない、というのも違いますよね。要介護1の認定があるので、もう担当の方がいるはずです。
ドクタードクター
その通り。ケアマネジャーはケアプランを作り、訪問介護や通所リハ、福祉用具などのサービスを調整する在宅生活の要だ。骨折と入院でADLが落ちていれば、ケアプランの変更や要介護度の区分変更申請が必要になるかもしれない。本人・家族の同意のもとで情報を共有し、退院後に切れ目なく引き継ぐ必要がある。
医学生医学生
となると正解は「話し合いで決まったことでも後で変更できます」ですね。でも、方針がころころ変わるのは医療者側としては困らないんでしょうか。
ドクタードクター
いい疑問だね。ACPは、一度で最終決定するものではなく、繰り返し話し合って見直していくプロセスなんだ。本人の心身の状態も、介護する夫の体力も、家族の気持ちも変わりうる。変わったら話し合い直すのが前提だから、変更できること自体は問題じゃない。むしろ「後で変えられます」と伝えることで、夫は取り返しのつかない決断を迫られる重圧から解放され、迷いや本音を話しやすくなる。
医学生医学生
なるほど、変更可能だと伝えることが、かえって良い話し合いにつながるんですね。
ドクタードクター
そういうこと。発展的な話もしておこう。今回の場面は退院前カンファレンスにつながる。医師、看護師、リハビリ職、医療ソーシャルワーカー、ケアマネジャー、訪問看護師などが集まって、ADLの変化、必要な介護サービス、手すりや段差解消といった住環境の調整を共有するんだ。
医学生医学生
圧迫骨折の背景には骨粗鬆症がありそうなので、再骨折予防も話題になりそうです。
ドクタードクター
鋭いね。高齢女性の軽微な外傷による椎体圧迫骨折は、骨粗鬆症を背景にしていることが多い。骨粗鬆症の治療や転倒予防も、退院後の大事なテーマだ。それから、認知症の人の意思決定支援ガイドラインでは「認知症があっても本人には意思があり、意思決定能力を有する」という前提に立つことが強調されている。臨床ではつい家族とだけ話を進めがちだから、意識しておきたい点だよ。
医学生医学生
本人を中心に、家族とチームで、記録を残して共有し、何度でも見直す。この流れで覚えておきます。

まとめ

退院後の方針を家族と話し合う場面は、アドバンス・ケア・プランニング(人生会議)の原則に沿って進めます。認知症があっても本人を話し合いから排除せず、意向をくみ取る努力をし、意思確認が難しい部分は配偶者など本人をよく知る家族が本人の意思を推定して最善の方針を考えます。話し合いの内容は文書に記録し、在宅生活を支えるケアマネジャーなどと本人・家族の同意のもとで共有することが大切です。そして決定は一度きりではなく、心身の状態や気持ちの変化に応じて何度でも見直せるものであり、そう伝えることで家族は重圧から解放され率直に話せるようになります。高齢化が進む中、こうした意思決定支援と多職種連携の考え方は、どの診療科に進んでも求められる基本的な臨床能力です。

解答・解説

正解はdです

症例の整理

・88歳の女性。自宅で転倒後に腰痛で歩けなくなり搬送され、第3腰椎圧迫骨折と診断された。高齢女性では骨粗鬆症を背景に、軽微な外傷で椎体圧迫骨折を起こすことが多い。 ・高血圧症と認知症で治療中。改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R、30点満点で20点以下は認知症の疑い)は7点で、高度の認知機能低下がある。 ・要介護1の認定を受けており、在宅で介護保険サービスを利用している可能性が高い。 ・疼痛管理とリハビリテーションのために1か月入院し、状態が安定した。ただし「安定」は骨折前の状態に戻ったことを意味するわけではなく、入院中の安静や認知症の進行で日常生活動作(ADL)が低下している可能性がある。

この場面で問われていること

退院後の生活の場(自宅か施設か)、必要な介護サービス、病状悪化時の対応などの方針を、本人の夫と話し合う場面である。これは、本人の価値観や希望を尊重しながら、本人・家族・医療介護チームが繰り返し話し合って方針を共有していく意思決定支援、すなわちアドバンス・ケア・プランニング(ACP、愛称「人生会議」)の考え方に沿って進めるべきものである。 その原則は次のようにまとめられる。 ・本人の意思を最大限尊重する。認知症があっても意思決定能力が完全に失われているとは限らず、本人が話し合いに参加し、理解できる範囲で意向を示せるよう支援する。 ・本人の意思が確認できない部分は、家族など本人をよく知る人が本人の意思を推定し、本人にとって最善の方針を医療・ケアチームとともに考える。配偶者はその中心的な立場になりうる。 ・決定は一度きりのものではなく、心身の状態や生活環境、本人・家族の気持ちの変化に応じて何度でも見直す。 ・話し合いの経過と結果は記録に残し、在宅生活を支えるケアマネジャーなどの多職種と共有する。 これらの原則に照らして各選択肢を判断すると、話し合いの結果は後で変更可能であると伝える説明が適切である。

選択肢考察

  1. ×a.  「話し合いの内容は文書では残しません」

    退院後の方針や病状悪化時の対応など重要な話し合いの内容は、診療録などに文書として記録し、必要に応じて本人・家族とも共有すべきである。記録があれば後で関係者が経緯を確認でき、方針を見直すときの土台にもなる。夫も高齢であり、話し合いの内容を正確に覚えておけるとは限らないため、文書で残すことはいっそう重要である。記録を残さない理由はない。

  2. ×b.  「配偶者は代理意思決定者にはなれません」

    本人の意思決定能力が十分でない場合、本人の価値観や生活をよく知る家族が、本人の意思を推定して代わりに方針決定に関わる。配偶者は最も身近な家族として代理意思決定者(またはその中心的な一人)になりうる。本例は高度の認知症があり、夫の関与は不可欠である。ただし代理意思決定は家族の都合ではなく「本人ならどう考えるか」「本人にとって何が最善か」を基準に行う。夫自身の判断力にも不安がある場合は、子どもや親族などにも同席を依頼するとよい。

  3. ×c.  「本人は認知症があるので参加は不要です」

    認知症があるというだけで本人を話し合いから外してはならない。高度の認知症でも、自宅に帰りたいか、何が好きで何が嫌かといった意向や感情を表現できることは多く、本人の意思をくみ取る努力が求められる。わかりやすい言葉でゆっくり説明する、体調のよい時間帯を選ぶなどの工夫をして、できる限り本人に参加してもらう。本人を排除すると、本人の意思が反映されないばかりでなく、疎外感や不信感を生む原因にもなる。

  4. ○d.  「話し合いで決まったことでも後で変更できます」

    退院後の方針や病状悪化時の対応は、本人の心身の状態、介護する家族の状況、本人・家族の気持ちの変化に応じて変わりうるものであり、繰り返し話し合って見直していくことが前提である。いったん決めたことでも後から変更できると伝えることで、夫は「取り返しのつかない決断をしなければならない」という重圧から解放され、率直に考えや迷いを話しやすくなる。1回の話し合いですべてを最終決定することは現実的でなく、この説明は意思決定支援の原則に合致している。

  5. ×e.  「ケアマネジャーに話し合いの内容を伝える必要はありません」

    ケアマネジャー(介護支援専門員)は要介護者のケアプランを作成し、訪問介護・通所リハビリテーション・福祉用具などの介護保険サービスを調整する、在宅生活の要となる職種である。本例は要介護1の認定を受けており、骨折後のADL低下に応じてケアプランの変更や要介護度の区分変更申請が必要になる可能性がある。退院前カンファレンスなどを通じて、本人・家族の同意のもとで話し合いの内容をケアマネジャーと共有し、退院後の生活に切れ目なく引き継ぐ必要がある。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)

・将来の医療・ケアについて、本人を中心に家族などの信頼できる人や医療・ケアチームが繰り返し話し合い、本人の意思決定を支援するプロセス。厚生労働省は「人生会議」という愛称で普及を図っている。 ・厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(2018年改訂)の要点: 1.本人の意思確認ができる場合は、本人と医療・ケアチームが十分に話し合い、本人の意思決定を基本とする。 2.本人の意思確認ができない場合は、家族等が本人の意思を推定できればその推定意思を尊重し、本人にとって最善の方針をとる。推定できない場合は、家族等と十分に話し合い本人にとって最善の方針をとる。 3.心身の状態の変化などに応じて本人の意思は変わりうるため、話し合いは繰り返し行う。 4.話し合った内容はその都度文書にまとめておく。 5.家族等には、法的な意味での親族だけでなく、本人が信頼を寄せる親しい友人なども含まれうる。また、本人が自らの意思を伝えられなくなった場合に備えて、意思を推定する者を前もって定めておくことが重要とされる。

認知症の人の意思決定支援

厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」では、認知症があっても本人には意思があり意思決定能力を有するという前提に立ち、本人が意思を形成し、表明し、実現できるよう支援することが求められている。

改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)

年齢、日時の見当識、場所の見当識、3単語の記銘と遅延再生、計算、数字の逆唱、物品記銘、言語の流暢性の9項目からなる30点満点の認知機能検査。20点以下で認知症が疑われる。点数が低いほど認知機能低下が高度である。

退院支援と多職種連携

高齢者の退院時には、医師、看護師、リハビリテーション職、医療ソーシャルワーカー、ケアマネジャー、訪問看護師などが参加する退院前カンファレンスを開き、ADLの変化、必要な介護サービス、住環境の調整(手すり、段差解消など)、再転倒・再骨折予防(骨粗鬆症治療、転倒予防)について情報を共有する。

POINT

・認知症があっても本人を話し合いから排除せず、可能な限り本人の意思をくみ取る。 ・本人の意思確認が難しい場合、配偶者など家族は本人の意思を推定する代理意思決定者になりうる。 ・決定は一度きりではなく、状態や気持ちの変化に応じて何度でも見直せる(ACPの基本)。 ・話し合いの内容は文書に記録し、関係者と共有する。 ・在宅生活を支えるケアマネジャーと情報を共有し、ケアプランの見直しにつなげる。 ・HDS-Rは30点満点で20点以下が認知症の疑い。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。