StudyMed医師国家試験

「吹き抜けた壁の隣に何がある?」―眼窩吹き抜け骨折の症状を解剖から読み解く

第118回医師国家試験 D問題 第10問

国試問題にチャレンジ

第118回 D問題 第10問

眼窩吹き抜け骨折で起こりにくいのはどれか。

  1. a.複視
  2. b.鼻出血
  3. c.嗅覚障害
  4. d.眼球上転障害
  5. e.頰部知覚障害

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は眼窩吹き抜け骨折で「起こりにくい」症状を選ぶ問題だ。症状を丸暗記するより、どの壁が折れやすく、その壁の周りに何があるかを考えると自然に答えが出てくる。まず、吹き抜け骨折がどうやって起こるか説明できるかな。
医学生医学生
ボールや拳が目に当たって、眼窩の中の圧が上がって骨が折れる…というイメージです。
ドクタードクター
そう。眼窩の入口より大きなものがぶつかると、眼窩内圧が一気に上がり、壁の薄い部分が外へ「吹き抜ける」ように折れる。眼窩の縁そのものは保たれることが多いのが特徴だ。では、折れやすいのはどの壁だと思う?
医学生医学生
解剖実習で眼窩を見たとき、内側壁が紙みたいに薄かったのを覚えています。あとは下壁でしょうか。
ドクタードクター
正解。内側壁の篩骨眼窩板は紙様板とも呼ばれ、眼窩壁で最も薄い。下壁は上顎洞の天井にあたり、ここも折れやすい。逆に外側壁は最も厚くて丈夫だ。では下壁の周りには何があるか、挙げてみよう。
医学生医学生
上には下直筋、下には上顎洞があって…壁の中を眼窩下神経が走っていたはずです。
ドクタードクター
よく覚えているね。そこから症状を導こう。まず下直筋やその周囲の脂肪組織が骨折部に挟み込まれると、眼球の動きが制限されて複視が起こる。ここで質問。下直筋が挟まると、上転と下転のどちらが障害されるかな。
医学生医学生
下直筋は目を下に向ける筋なので…下転障害ですか。
ドクタードクター
そこが一番間違えやすいところだ。麻痺なら確かに下転障害になる。でも吹き抜け骨折では筋が「挟まれて」いる。上を向くには下直筋が伸びる必要があるのに、骨折部につなぎ止められて伸びられないから、上転障害になるんだ。他動的に眼球を動かそうとしても抵抗がある、つまり牽引試験が陽性になる。
医学生医学生
「麻痺なら下転障害、絞扼なら上転障害」ですね。上方視で複視が出るのも納得できました。
ドクタードクター
その通り。内側壁骨折なら内直筋が関与して、側方視での複視になる。次に頰部の知覚障害はどうかな。
医学生医学生
眼窩下神経は三叉神経第2枝の枝なので、下壁が折れれば頰のしびれが出そうです。
ドクタードクター
そう。眼窩下神経は眼窩下溝・眼窩下管を通って眼窩下孔から出て、頰部、下眼瞼、鼻翼、上口唇の感覚を担う。ここが障害されると頰から上口唇にかけての感覚低下が起こり、下壁骨折を示唆する大事な所見になる。では鼻出血は?
医学生医学生
眼窩と鼻はつながっていないので、起こりにくいように思えますが…。
ドクタードクター
惜しい。折れた下壁や内側壁の向こうには上顎洞や篩骨洞があり、副鼻腔は自然口で鼻腔とつながっている。骨折部からの血液が副鼻腔に流れ込み、鼻から出てくるわけだ。同じ理由で、受傷後に鼻をかむと空気が眼窩や眼瞼の皮下に入り、眼窩気腫や握雪感を伴う皮下気腫が起こることがある。だから鼻をかまないよう指導するんだ。
医学生医学生
では嗅覚障害はどうでしょう。篩骨洞が近いなら、嗅神経も近そうに思えてしまいます。
ドクタードクター
そこが今回の正解の考えどころだ。嗅神経は鼻腔の天井にある嗅上皮から篩骨の篩板を貫いて、前頭蓋窩の嗅球に向かう。同じ篩骨でも、篩板は前頭蓋底をつくる部分で、眼窩の内側壁や下壁とは位置が違う。だから吹き抜け骨折では嗅覚障害は起こりにくい。
医学生医学生
嗅覚障害が起こりやすいのは、前頭蓋底骨折のほうなんですね。耳鼻咽喉科の実習で、頭部外傷後の嗅覚障害の患者さんを見ました。
ドクタードクター
そう。前頭蓋底骨折では嗅神経が断裂し、髄液鼻漏を伴うこともある。後頭部打撲の反衝損傷で前頭葉底面や嗅球が傷つくこともあるし、鼻骨骨折や鼻腔の腫れで匂いが嗅裂に届かなくなる呼吸性の嗅覚障害もある。最後に臨床で大事な点を一つ。小児では骨が柔らかいので、骨片が筋を挟んだまま元に戻る閉鎖型、いわゆるtrapdoor型の骨折になりやすい。
医学生医学生
外見が軽そうでも危ない、ということですか。
ドクタードクター
まさに。強い上転障害に加え、眼球運動時の痛み、悪心・嘔吐、眼心臓反射による徐脈を伴うことがあり、筋の虚血・瘢痕化を防ぐため早期手術が望ましい。嘔吐を頭部外傷のせいと思い込まないことが大切だ。診断にはCTの冠状断が有用で、Hess赤緑試験で眼球運動制限を評価する。著しい眼球陥凹や改善しない複視も手術を検討する理由になる。

まとめ

眼窩吹き抜け骨折は、眼窩より大きな鈍的外力で眼窩内圧が上昇し、薄い眼窩下壁(上顎洞側)や内側壁(篩骨洞側)が折れる骨折です。下直筋の絞扼による上転障害と上方視での複視、眼窩下神経障害による頰部〜上口唇の感覚低下、副鼻腔を介した鼻出血や鼻かみ後の眼窩気腫が典型的な症状です。一方、嗅神経は篩板を貫いて前頭蓋窩へ向かうため、吹き抜け骨折では嗅覚障害は起こりにくく、嗅覚障害はむしろ前頭蓋底骨折などで生じます。小児の閉鎖型骨折では悪心・嘔吐や徐脈を伴うことがあり、早期手術を要する点に注意が必要です。「折れた壁の隣に何があるか」という解剖からの推論は、顔面外傷の症状を整理する基本になります。

解答・解説

正解はcです

眼窩吹き抜け骨折(blowout fracture)は、ボールや拳など眼窩の入口より大きな鈍的外力が眼部に加わり、眼窩内圧が急上昇することで、眼窩壁のうち薄くて弱い部分が外側へ「吹き抜ける」ように折れる骨折である。眼窩縁(リム)そのものは保たれることが多い。 骨折しやすいのは、上顎洞の天井にあたる眼窩下壁(眼窩底)と、篩骨洞に接する内側壁(篩骨眼窩板、紙様板)である。したがって症状は「骨折した壁の周囲に何があるか」を考えると整理できる。 ・眼窩下壁:直上に下直筋・下斜筋とその周囲の脂肪組織があり、壁内の眼窩下溝・眼窩下管を眼窩下神経が走る。下には上顎洞がある。 ・内側壁:内直筋が接し、外側に篩骨洞がある。 ・副鼻腔はいずれも鼻腔と交通している。 ここから、外眼筋や周囲組織の骨折部への陥入・絞扼による眼球運動障害と複視、副鼻腔へ流れ込んだ血液による鼻出血、眼窩下神経障害による頰部の感覚低下が典型症状として導かれる。一方、嗅覚を担う嗅神経(第Ⅰ脳神経)は鼻腔天井の篩板(前頭蓋底)を貫いて嗅球に至る経路であり、眼窩下壁や内側壁の骨折で損傷される位置にはない。よって「起こりにくい」ものとして嗅覚障害を選ぶ。

選択肢考察

  1. ×a.  複視

    起こりやすい。骨折部に下直筋やその周囲の脂肪・結合組織が挟み込まれる(絞扼される)と眼球の動きが制限され、左右の眼の視軸がずれて物が二重に見える。下壁骨折では下直筋の絞扼が最も多く、上方視での複視が典型的である。内側壁骨折では内直筋が関与し、側方視での複視となる。眼窩内容が副鼻腔へ逸脱して眼窩容積が増すと、後になって眼球陥凹による複視が生じることもある。

  2. ×b.  鼻出血

    起こりうる。骨折した眼窩下壁・内側壁の向こうには上顎洞・篩骨洞があり、骨折部や眼窩内からの出血が副鼻腔に流れ込み、自然口を通って鼻腔へ出ることで鼻出血となる。同様に眼窩と副鼻腔が交通するため、受傷後に鼻をかむと空気が眼窩内や眼瞼皮下へ入り、眼窩気腫・皮下気腫(握雪感)を生じることがある。

  3. ○c.  嗅覚障害

    起こりにくいので、これが正解である。嗅覚は鼻腔最上部の嗅上皮で受容され、嗅神経が篩骨の篩板を貫いて前頭蓋窩の嗅球へ伝わる。眼窩吹き抜け骨折で折れるのは眼窩下壁や内側壁であり、この嗅覚の経路からは離れているため、嗅覚障害は典型的な症状ではない。嗅覚障害は、篩板を含む前頭蓋底骨折による嗅神経断裂や、鼻骨骨折・鼻腔内の腫脹で嗅裂に匂い分子が届かなくなる場合などに生じやすい。

  4. ×d.  眼球上転障害

    起こりやすい。下直筋は眼球を下に向ける筋であり、上を向く際には伸びる必要がある。下直筋やその周囲組織が下壁の骨折部に挟まれていると上方視の際に筋が伸展できず、眼球が上に向かなくなる(上転障害)。この場合、眼球を他動的に動かそうとしても抵抗がある(牽引試験陽性)。なお下直筋の「麻痺」であれば下転障害となるが、「絞扼」では逆に上転障害となる点に注意する。若年者では骨が弾性に富むため、骨片が筋を挟んだまま戻る閉鎖型(trapdoor型)骨折となりやすく、強い上転障害に加えて眼球運動時の痛みや悪心・嘔吐、徐脈(眼心臓反射)を伴うことがあり、早期手術の適応となる。

  5. ×e.  頰部知覚障害

    起こりやすい。眼窩下神経は三叉神経第2枝(上顎神経)の終枝で、眼窩下壁の眼窩下溝・眼窩下管を通り、眼窩下孔から出て頰部、下眼瞼、鼻翼、上口唇の皮膚の感覚を担う。下壁骨折で同神経が圧迫・損傷されると、患側の頰部から上口唇にかけてのしびれや感覚低下が生じる。眼窩下壁骨折を示唆する重要な所見である。

眼窩の構成と隣接構造

・上壁:前頭骨・蝶形骨小翼。上方は前頭蓋窩、前頭洞。 ・内側壁:上顎骨前頭突起、涙骨、篩骨眼窩板(紙様板)、蝶形骨。外側に篩骨洞。眼窩壁で最も薄い。 ・下壁:上顎骨・頰骨・口蓋骨。下方に上顎洞。眼窩下溝・管を眼窩下神経が通る。 ・外側壁:頰骨・蝶形骨大翼。最も厚く丈夫。

眼窩吹き抜け骨折の主な症状・所見

・眼球運動障害と複視(下壁骨折では上転障害が典型) ・眼球陥凹(眼窩内容の副鼻腔への逸脱による。腫脹が引いた後に目立つことがある) ・眼窩下神経領域(頰部・上口唇・鼻翼)の感覚障害 ・鼻出血、眼瞼腫脹・皮下出血 ・眼窩気腫・皮下気腫(鼻をかんだ後に増悪) ・眼心臓反射による徐脈・悪心・嘔吐(特に小児の閉鎖型骨折)

診断と治療

・CT(冠状断が有用)で骨折部位、外眼筋や軟部組織の副鼻腔への逸脱を確認する。単純X線では上顎洞上部に軟部組織陰影が垂れ下がる所見(hanging drop sign)がみられることがある。 ・Hess赤緑試験で眼球運動制限の程度を評価し、牽引試験で絞扼の有無をみる。 ・受傷後は鼻をかまないよう指導する。 ・筋の絞扼が明らかな場合(特に小児の閉鎖型骨折)、著しい眼球陥凹、改善しない複視などは手術(逸脱組織の整復と眼窩壁の再建)の適応となる。絞扼が長引くと筋の虚血・瘢痕化を来すため、閉鎖型では早期手術が望ましい。

嗅覚障害を来しやすい外傷

・前頭蓋底(篩板)骨折:嗅神経の断裂。髄液鼻漏を伴うことがある。 ・後頭部打撲による反衝損傷:前頭葉底面・嗅球の損傷。 ・鼻骨骨折や鼻腔の腫脹:気流が嗅裂に届かない呼吸性の嗅覚障害。

POINT

・吹き抜け骨折は眼窩下壁(上顎洞側)と内側壁(篩骨洞側)に起こりやすい。 ・下直筋の絞扼による上転障害・上方視での複視が典型。「麻痺なら下転障害、絞扼なら上転障害」と区別する。 ・眼窩下神経障害による頰部〜上口唇の感覚低下は下壁骨折を示唆する。 ・副鼻腔との交通により鼻出血、鼻かみ後の眼窩気腫が生じうる。 ・嗅神経は篩板を通るため、吹き抜け骨折では嗅覚障害は起こりにくい。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。