StudyMed医師国家試験

中和より、まず洗う―アルカリ眼外傷で1秒を争う理由

第116回医師国家試験 A問題 第52問

国試問題にチャレンジ

第116回 A問題 第52問

19歳の男性。実験中に水酸化ナトリウム液を右眼に浴び,救急受診した。意識は清明。右眼の結膜浮腫が著明であり,角膜が白濁している。  まず行うべきなのはどれか。

  1. a.鎮痛薬の内服
  2. b.希塩酸液の点眼
  3. c.抗菌薬の点滴静注
  4. d.生理食塩液での洗眼
  5. e.高浸透圧利尿薬の点滴静注

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は眼の化学外傷、それもアルカリが原因のケースで「最初に何をするか」を問う問題だ。原因物質の性質と、角膜白濁という所見が何を意味するかに注目しよう。まず、アルカリと酸では眼へのダメージにどんな違いがあるか覚えているかな。
医学生医学生
アルカリのほうが重症になりやすいと習いました。でも理由まではうまく説明できません。
ドクタードクター
大事なところだから基礎から確認しよう。酸は組織の蛋白を固める凝固壊死を起こす。固まった層が壁になって、深くへの浸透がある程度止まるんだ。一方アルカリは、細胞膜の脂質をけん化して蛋白を溶かす融解壊死を起こす。壁ができないから、角膜実質から前房、虹彩・毛様体、水晶体へとどんどん染み込んでいく。
医学生医学生
病理の講義で、凝固壊死と融解壊死の違いを習いました。それが眼でも効いてくるんですね。
ドクタードクター
その通り。今回、角膜がすでに白く濁っているのは、障害が角膜実質まで及んでいる重症のサインだ。放っておくと角膜潰瘍や穿孔、続発緑内障、白内障、まぶたと眼球がくっつく瞼球癒着などの重い後遺症を残しかねない。では、まずやるべきことは何だろう。
医学生医学生
アルカリなら、酸で中和すればいいのでは……と一瞬思ってしまいました。
ドクタードクター
そう考えたくなるけれど、それが一番の落とし穴なんだ。眼の表面で酸の濃度や量をちょうどよく調節するのは不可能で、酸そのものが新しい化学外傷を起こしかねない。中和反応で熱も出るから、熱傷のおそれもある。中和剤を準備しているうちに洗浄が遅れるのも大きな問題だ。だから希塩酸の点眼は禁忌と考えていい。
医学生医学生
では正解は、生理食塩液で洗い流すことですね。
ドクタードクター
正解。化学外傷の予後は「洗い始めるまでの時間」と「洗う量」で大きく変わる。だから診察や検査、薬より先に、とにかく大量の液体で洗い流して原因物質を薄め、取り除く。原因が酸でもアルカリでも、この原則は同じだよ。
医学生医学生
痛みが強そうなので、先に鎮痛薬を飲んでもらうのはだめでしょうか。
ドクタードクター
痛みへの配慮は必要だけれど、内服の鎮痛薬は効くまで時間がかかるうえ、組織破壊の進行は止められない。実際には点眼麻酔を使う。痛みで強くまぶたを閉じてしまう眼瞼痙攣を和らげ、開瞼器などでしっかり開いて洗いやすくするのが目的なんだ。
医学生医学生
感染予防の抗菌薬はどうですか。角膜の上皮が傷んでいるなら、細菌が入りやすそうです。
ドクタードクター
良い着眼点だね。実際、洗浄後の治療として抗菌薬の点眼は使う。でもそれは洗浄が終わってからの話で、しかも眼表面には局所投与が基本だから、点滴静注までは通常必要ない。では、高浸透圧利尿薬の点滴は何のための治療だったかな。
医学生医学生
マンニトールで眼圧を下げる治療で、急性緑内障発作のときに使うと眼科の実習で聞きました。
ドクタードクター
その通り。アルカリ外傷でも経過中に眼圧が上がることはあるけれど、受傷直後にまずやることではない。洗い方にもコツがある。上まぶたを裏返して、結膜円蓋部に残った物質も取り除く。特にセメントなどの石灰は固まりで残りやすいから、綿棒や鑷子で除くんだ。そして結膜嚢のpHを試験紙で確かめ、中性に戻るまで洗い続ける。
医学生医学生
洗い終わったつもりでも、しばらくしてpHが戻ってしまうことはありますか。
ドクタードクター
あるよ。だから終了後に少し時間をおいて再測定し、再上昇しないことを確かめる。その後に視力、眼圧、細隙灯顕微鏡で上皮欠損の範囲、角膜混濁、輪部の虚血の範囲を評価する。輪部には角膜上皮の幹細胞があるから、虚血が広いほど上皮が再生しにくく、予後が悪いんだ。
医学生医学生
救急外来に電話で相談が来たら、どう指示すればいいですか。
ドクタードクター
「来院を待たずに、その場で水道水でいいから十分に洗ってから来てください」と伝える。生理食塩液にこだわって洗浄が遅れるほうがずっと危険だ。実験室や工事現場での事故は若い人に多いから、初期対応の差がその人の一生の視力を左右することを覚えておいてほしい。

まとめ

眼化学外傷では、検査や薬物投与より先に、生理食塩液などの大量の液体でただちに洗眼することが最優先で、すぐに用意できなければ水道水でもためらわず洗い始めます。アルカリは融解壊死を起こして深部へ浸透し続けるため、酸より重症化しやすく、角膜白濁や輪部虚血は重症のサインです。酸やアルカリによる中和は、新たな化学損傷や中和熱を生むため禁忌で、点眼麻酔下に十分開瞼して円蓋部の残留物を除き、結膜嚢のpHが中性になるまで洗浄を続けます。抗菌薬点眼や眼圧管理は洗浄後の治療であり、「まず洗う」という原則を確実に実践できることが、患者の視機能を守る最大の鍵になります。

解答・解説

正解はdです

所見の整理

19歳男性が実験中に水酸化ナトリウム(NaOH)液を右眼に浴びた。意識は清明で全身状態に問題はないが、右眼には著明な結膜浮腫と角膜白濁がみられる。原因物質が強アルカリであることと眼表面の所見から、右眼のアルカリ外傷(眼化学外傷)と診断できる。

アルカリ外傷が重症化しやすい理由

酸は組織蛋白を凝固させ、その凝固層が障壁となって深部への浸透がある程度抑えられる。これに対してアルカリは細胞膜の脂質をけん化(鹸化)し、蛋白を融解させる(融解壊死)ため、障壁ができずに角膜実質から前房・虹彩・毛様体・水晶体へと速やかに深部へ浸透し続ける。そのため受傷直後から短時間で障害が広がり、角膜混濁、輪部(角膜輪部の幹細胞)の障害による角膜上皮再生不全、角膜潰瘍・穿孔、続発緑内障、白内障、瞼球癒着などの重い後遺症を残しうる。本例の角膜白濁は、すでに角膜実質まで障害が及んでいることを示す重症のサインである。

まず行うべきこと

化学外傷の予後は、受傷から洗浄開始までの時間と洗浄の量で大きく左右される。したがって、診察や検査、薬物投与よりも先に、ただちに大量の液体で眼表面を洗い流し、原因物質を除去・希釈することが最優先である。病院では生理食塩液(または乳酸リンゲル液など)を用い、点眼麻酔を併用して開瞼器などで十分に開瞼し、結膜円蓋部(上下の眼瞼の裏側の袋状の部分)に残った固形物も除去しながら洗浄する。洗浄は結膜嚢のpHをリトマス紙やpH試験紙で確認し、中性(およそ7.0〜7.5前後)に戻るまで継続する。受傷現場から電話相談を受けた場合は、来院を待たずその場で水道水による洗眼を十分に行ってから来院するよう指示する。

選択肢考察

  1. ×a.  鎮痛薬の内服

    誤り。アルカリ外傷では強い眼痛を伴うため疼痛対策は必要だが、内服鎮痛薬は痛みを和らげるだけで、眼表面に残ったアルカリによる組織破壊の進行を止められない。また内服薬は効果発現にも時間がかかる。洗浄時の疼痛と眼瞼痙攣(まぶたを強く閉じてしまうこと)に対しては、内服よりも点眼麻酔薬を用いて開瞼を容易にし、洗浄を優先する。

  2. ×b.  希塩酸液の点眼

    誤り。アルカリを酸で中和しようとする処置は行ってはならない。適切な濃度・量を眼表面で調節することは不可能であり、酸自体による新たな化学外傷を加えるおそれがある。さらに中和反応で生じる熱による熱傷の危険もある。中和剤を準備している時間も洗浄開始を遅らせるだけである。化学外傷の処置は原因物質の種類にかかわらず「大量の液体による洗浄・希釈」が原則である。

  3. ×c.  抗菌薬の点滴静注

    誤り。化学外傷では角膜上皮が欠損するため、続発する細菌感染(感染性角膜炎)を予防する目的で、洗浄後の治療として抗菌薬の点眼が用いられることはある。しかし、それは急性期の洗浄が終わった後の処置であり、まず行うべきものではない。また眼表面の感染予防には局所投与(点眼・眼軟膏)が基本であり、点滴静注を行う必要性は乏しい。

  4. ○d.  生理食塩液での洗眼

    正しい。化学外傷の初期治療の最優先事項は、一刻も早く大量の液体で洗眼し、眼表面に残存する原因物質を除去・希釈することである。特にアルカリは組織を融解しながら深部へ浸透し続けるため、洗浄の遅れがそのまま障害の拡大につながる。点眼麻酔下に十分開瞼し、上眼瞼を翻転して結膜円蓋部も含めて洗い流し、結膜嚢のpHが中性化するまで持続的に洗浄を続ける。生理食塩液がすぐに用意できない場合には、水道水であってもためらわず直ちに洗浄を始めることが重要である。

  5. ×e.  高浸透圧利尿薬の点滴静注

    誤り。D-マンニトールなどの高浸透圧利尿薬の点滴静注は、血漿浸透圧を上げて硝子体の水分を引き出し、眼圧を急速に下げる治療であり、急性緑内障発作(急性原発閉塞隅角症・緑内障)など高眼圧への対処に用いる。アルカリ外傷でも経過中に眼圧上昇(続発緑内障)を生じることはあるが、受傷直後にまず行う処置ではない。

眼化学外傷の分類と特徴

・アルカリ外傷:水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア、石灰(生石灰・消石灰:セメントやモルタル、乾燥剤など)。融解壊死により深部へ浸透し、重症化しやすい。石灰は固形物として結膜円蓋部に残りやすいので、綿棒や鑷子で除去する。 ・酸外傷:硫酸、塩酸、硝酸など。凝固壊死により浸透が比較的浅くとどまることが多いが、高濃度の酸(特にフッ化水素酸)は重症化しうる。

急性期の処置の流れ

1. 直ちに大量の液体(生理食塩液、乳酸リンゲル液、なければ水道水)で洗眼する。 2. 点眼麻酔を用いて開瞼を保ち、上眼瞼を翻転して円蓋部の異物を除去する。 3. 結膜嚢のpHを確認し、中性になるまで洗浄を続ける(洗浄終了後しばらくして再測定し、再上昇しないことも確認する)。 4. 洗浄後に視力、眼圧、細隙灯顕微鏡検査(フルオレセイン染色による上皮欠損の範囲、角膜混濁の程度、輪部の虚血の範囲)を評価する。

洗浄後の治療

抗菌薬点眼(感染予防)、ステロイド点眼(炎症抑制、ただし角膜融解に注意して使用時期を調整)、散瞳薬(虹彩毛様体炎の疼痛軽減・虹彩後癒着予防)、眼圧上昇時の眼圧下降薬、治療用コンタクトレンズ、羊膜移植など。慢性期には瞼球癒着や輪部幹細胞疲弊症に対して角膜上皮形成術(輪部移植)などを要することがある。

重症度評価

角膜混濁の程度と輪部の虚血(結膜・輪部血管の白色化)の範囲で重症度を分類する(木下分類、Roper-Hall分類など)。輪部虚血が広いほど角膜上皮の再生が難しく、予後不良である。

POINT

・眼化学外傷では、検査や薬物投与より先に「大量の液体による即時の洗眼」を行う。 ・洗浄は生理食塩液が基本だが、なければ水道水でよい。受傷現場ですぐに洗うよう指示する。 ・結膜嚢のpHが中性になるまで洗浄を続け、円蓋部の残留物も除去する。 ・酸やアルカリでの中和は禁忌(追加の化学損傷・中和熱)。 ・アルカリは融解壊死で深部に浸透するため、酸より重症化しやすい。角膜白濁・輪部虚血は重症のサイン。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。