妊娠中期に「下がる」ものは何か―血管拡張と浸透圧リセットで読み解く母体の変化
第117回医師国家試験 F問題 第7問
国試問題にチャレンジ
正常な妊娠経過において妊娠前と比較して妊娠中期に低下するのはどれか。2つ選べ。
- a.血圧
- b.体重
- c.血漿浸透圧
- d.循環血液量
- e.糸球体濾過量
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
正常妊娠では循環血液量(約40〜50%増加、30〜34週ごろ最大)、心拍出量、GFR(約50%増加)、体重、凝固因子などが増加する一方、妊娠中期に低下する代表が血圧と血漿浸透圧です。血圧はプロゲステロン・NO・リラキシンによる血管拡張と低抵抗の子宮胎盤循環で末梢血管抵抗が下がり、中期に最低となって後期に妊娠前の値へ戻ります。血漿浸透圧は、口渇やADH分泌の浸透圧閾値が低く再設定されるため約10mOsm/kg低下し、血清Naも軽度低下します。ほかにも希釈によるHb・Htの低下、GFR増加によるクレアチニン・BUNの低下があり、非妊娠時の基準値をそのまま当てはめないことが重要です。妊娠に伴う生理的変化を理解しておくことは、妊娠高血圧症候群や腎機能障害などの異常を早期に見抜く土台になります。
解答・解説
正解はa, cです
問われていること
正常妊娠で母体に起こる生理的変化のうち、妊娠中期(14週〜27週)に妊娠前より「低下」しているものを2つ選ぶ問題である。
考え方
妊娠中の母体変化は「胎児を育て、分娩時の出血に備える」方向に起こると考えると整理しやすい。 ・増えるもの: 循環血液量、心拍出量、心拍数、腎血漿流量・糸球体濾過量、体重、凝固因子(フィブリノゲンなど)、インスリン抵抗性など。 ・減るもの: 末梢血管抵抗とそれに伴う血圧(中期に最低)、血漿浸透圧・血清Na、ヘモグロビン濃度・ヘマトクリット(希釈による)、血清アルブミン、血清クレアチニン・BUN(GFR増加による)など。 妊娠中は、プロゲステロン・一酸化窒素(NO)・リラキシンなどの作用で血管が拡張して末梢血管抵抗が下がり、血圧は中期に最も低くなる。また、口渇と抗利尿ホルモン(ADH、バソプレシン)分泌が起こる浸透圧の閾値が低い方へ再設定されるため、血漿浸透圧は妊娠早期から低下し、その低い値が維持される。 したがって低下するのは血圧と血漿浸透圧である。
選択肢考察
- ○a. 血圧
妊娠すると、プロゲステロンやNO、リラキシンなどによる血管拡張と、低抵抗の子宮胎盤循環が加わることで末梢血管抵抗が大きく低下する。心拍出量は増えるものの、それを上回る抵抗の低下により血圧は妊娠初期から下がり始め、妊娠中期(およそ20週前後)に最低となる。低下は拡張期血圧で目立つ。妊娠後期には再び上昇し、分娩が近づく頃には妊娠前とほぼ同じ値に戻る。
- ×b. 体重
妊娠初期には悪阻(つわり)で一時的に体重が減ることがあるが、妊娠中期以降は胎児・胎盤・羊水の増加、子宮や乳房の増大、循環血液量や細胞外液の増加、皮下脂肪の蓄積などにより体重は増え続ける。妊娠全経過での増加は日本人で10kg前後が目安であり(推奨量は妊娠前のBMIにより異なる)、中期に妊娠前より低下するとはいえない。
- ○c. 血漿浸透圧
妊娠早期から、口渇やADH分泌が起こる血漿浸透圧の閾値が低い方へ再設定される(hCGやリラキシンの関与が考えられている)。そのため体は水分を多めに保持し、血漿浸透圧は妊娠前より約10mOsm/kg低い値で安定し、血清Naも数mEq/L低下する。循環血漿量の増加分の多くが水分であることもこの変化と表裏一体である。
- ×d. 循環血液量
循環血液量は妊娠初期から増え始め、妊娠30〜34週ごろに最大となり、妊娠前の約40〜50%増加する。血漿量の増加が赤血球量の増加を上回るため、ヘモグロビン濃度やヘマトクリットが下がる(生理的な希釈性の貧血)。この増加は胎盤への血流確保と分娩時出血への備えとして働く。低下ではなく増加する。
- ×e. 糸球体濾過量
心拍出量と腎血漿流量の増加に伴い、糸球体濾過量(GFR)は妊娠初期から増え、妊娠中期には妊娠前より約50%増加する。そのため血清クレアチニンや尿素窒素(BUN)は非妊娠時より低めになり、非妊娠時の基準値内でも妊婦では腎機能低下を疑う必要がある場合がある。また、ブドウ糖の濾過量が尿細管の再吸収能を上回りやすく、腎性糖尿がみられることがある。低下ではなく増加する。
妊娠に伴う主な母体の生理的変化
・循環系: 循環血液量は約40〜50%増加(30〜34週ごろ最大)。心拍出量は約30〜50%増加し、心拍数は10〜20/分程度増える。末梢血管抵抗は低下し、血圧は中期に最低となる。後期の仰臥位では増大した子宮が下大静脈を圧迫し、静脈還流が減って血圧が下がることがある(仰臥位低血圧症候群)。 ・血液: 血漿量の増加が赤血球量の増加を上回り、Hb・Htは低下する。白血球は増加し、フィブリノゲンなど凝固因子が増えて凝固能が亢進するため、血栓塞栓症のリスクが高まる。 ・腎: 腎血漿流量とGFRは約50%増加し、血清クレアチニン・BUNは低下する。尿管は拡張し、尿路感染を起こしやすい。 ・水・電解質: 浸透圧調節の閾値が下がり、血漿浸透圧と血清Naは低下する。 ・呼吸: 1回換気量が増えて分時換気量が増加し(プロゲステロンの呼吸中枢刺激作用)、PaCO2は低下する(軽度の呼吸性アルカローシスを腎が代償)。増大した子宮で横隔膜が挙上し、機能的残気量は減少する。 ・消化器: プロゲステロンにより平滑筋が弛緩し、便秘や胃食道逆流が起こりやすい。 ・内分泌・代謝: 胎盤由来のホルモン(ヒト胎盤性ラクトゲンなど)によりインスリン抵抗性が増す。膵のインスリン分泌予備能が乏しいと妊娠糖尿病を発症しやすい。 ・体重: 胎児・胎盤・羊水、子宮・乳房の増大、血液・細胞外液の増加、脂肪蓄積により増加する。
POINT
・妊娠中期に低下: 血圧(末梢血管抵抗低下、中期に最低)、血漿浸透圧・血清Na(浸透圧調節の閾値が低下)。 ・増加: 循環血液量(約40〜50%、30〜34週ごろ最大)、心拍出量、心拍数、腎血漿流量、GFR(約50%)、体重、凝固因子。 ・希釈により低下: Hb・Ht、アルブミン。GFR増加により低下: クレアチニン・BUN。
