玄関で転んで立てない高齢女性―股関節痛が指し示す大腿骨近位部骨折
第117回医師国家試験 E問題 第34問
国試問題にチャレンジ
77歳の女性。自宅の玄関で倒れているところを家人に発見され,痛みで立ち上がれないため救急車で搬入された。普段は近所のコンビニエンスストアまで杖をついて買い物に行っている。意識は清明。心拍数92/分,整。血圧170/100mmHg。SpO2 100%(リザーバー付マスク10L/分酸素投与下)。右股関節を動かすと痛がる。右下腿に腫脹を認めず圧痛もはっきりしない。上肢の筋力低下を認めない。四肢の腱反射は正常である。感覚の左右差はない。骨盤エックス線写真を示す。 最も考えられるのはどれか。

- a.恥骨骨折
- b.坐骨骨折
- c.腸骨骨折
- d.股関節脱臼
- e.大腿骨近位部骨折
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
骨粗鬆症のある高齢女性が立った高さからの転倒で股関節痛を訴え立てなくなった場合、神経学的異常がなければまず大腿骨近位部骨折を考えます。骨盤エックス線では骨盤輪の骨折線の有無、大腿骨頸部・転子部の骨皮質の連続性、骨頭と寛骨臼の位置関係を左右で比較し、恥骨・坐骨の脆弱性骨盤骨折や股関節脱臼と鑑別します。頸部骨折は関節包内で骨癒合しにくく骨頭壊死をきたしやすい一方、転子部骨折は関節包外で癒合しやすいものの出血が多いという違いがあり、治療法の選択にも直結します。臥床による合併症を防ぐため早期手術・早期離床が原則で、再骨折予防として骨粗鬆症治療と転倒予防も欠かせません。高齢者救急で頻度の高いこの骨折を確実に見抜くことは、患者のADLと生命予後を守る第一歩です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・77歳の女性:骨粗鬆症の有病率が高い年齢・性別である。 ・自宅の玄関で倒れていた、痛みで立ち上がれない:立った高さからの転倒という軽微な外力(低エネルギー外傷)による受傷が推定される。 ・普段は杖をついてコンビニエンスストアまで歩いている:受傷前は屋外歩行が可能で、日常生活動作(ADL)はおおむね自立していた。 ・意識清明、心拍数92/分・整:意識障害や不整脈による失神・転倒を示唆する所見は乏しい。血圧170/100mmHgは疼痛や緊張の影響も考えられる。酸素投与下のSpO2 100%は、搬送時に酸素が投与されている状態を示すもので、歩けない原因が呼吸不全とは考えにくい。 ・右股関節を動かすと痛がる:股関節周囲の骨・関節の損傷を最も疑う所見である。 ・右下腿に腫脹・圧痛がはっきりしない:下腿骨折は考えにくい。 ・上肢筋力低下なし、四肢腱反射正常、感覚の左右差なし:脳卒中や脊髄障害など神経疾患による起立不能は考えにくい。
診断へのプロセス
高齢女性が転倒後に股関節痛のため立てなくなった、という経過は大腿骨近位部骨折の典型像である。神経学的異常がないことから「痛みのために立てない」ことがはっきりし、下腿の所見が乏しいことから損傷部位は股関節周囲に絞られる。 骨盤エックス線写真では、右(画像の向かって左側)の大腿骨頸部から転子部にかけて骨折線と変形を認め、左側と比べて骨頭・頸部と骨幹部の位置関係が崩れている。恥骨・坐骨・腸骨には明らかな骨折線がなく、大腿骨頭は寛骨臼内に収まっている。以上から、右大腿骨近位部骨折(転子部骨折)と診断できる。
設問の考え方
股関節痛で歩けない高齢者では、大腿骨近位部骨折と骨盤骨折(恥骨・坐骨など)が主な鑑別となる。骨盤輪の骨折線の有無、大腿骨頸部・転子部の骨皮質の連続性、頸体角の変化、骨頭と寛骨臼の位置関係を左右で比較しながら読影することが大切である。
選択肢考察
- ×a. 恥骨骨折
恥骨骨折(特に恥骨上枝・下枝骨折)は、骨粗鬆症のある高齢者が転倒して生じる脆弱性骨盤骨折として近年増えており、鼠径部痛のため歩行困難となることがあるため鑑別に挙がる。しかし本例のエックス線写真では恥骨に骨折線や骨皮質の途絶を認めず、一方で大腿骨近位部に明らかな骨折があるため、最も考えられる診断ではない。
- ×b. 坐骨骨折
坐骨骨折も転倒による骨盤骨折の一つで、恥骨骨折と合併して骨盤輪の前方部分が損傷されることが多い。本例の写真では坐骨(閉鎖孔の下方・後方を囲む骨)に骨折所見はみられず、本症例の痛みの原因とは考えにくい。
- ×c. 腸骨骨折
腸骨骨折は交通事故や高所からの転落などの高エネルギー外傷で生じることが多く、腸骨翼の骨折では腸骨部の痛みや皮下出血を伴う。本例は立った高さからの転倒であり、写真上も左右の腸骨翼に骨折線は認めないため否定的である。
- ×d. 股関節脱臼
外傷性股関節脱臼は、交通事故で膝を前から強く打つ(ダッシュボード損傷)など大きな外力で生じることが多く、軽い転倒で起こることはまれである(人工股関節置換術後の脱臼は例外)。後方脱臼では股関節が屈曲・内転・内旋位に固定される。本例の写真では両側とも大腿骨頭が寛骨臼内にあり、脱臼は認めない。
- ○e. 大腿骨近位部骨折
骨粗鬆症の好発年齢である高齢女性が軽微な転倒で受傷し、股関節を動かすと痛がって立てないという病歴は大腿骨近位部骨折に典型的である。エックス線写真では右大腿骨の頸部〜転子部に骨折線と変形があり、右大腿骨近位部骨折(転子部骨折)と診断できる。神経学的異常がなく、下腿にも所見がないことも、股関節の骨折による疼痛で起立不能になっているという解釈を支持する。
大腿骨近位部骨折の分類
大腿骨近位部骨折は、骨折の部位により大腿骨頭骨折、大腿骨頸部骨折、大腿骨転子部骨折、大腿骨転子下骨折に分けられる。高齢者の転倒で問題になるのは主に頸部骨折と転子部骨折である。 ・頸部骨折:関節包の内側で起こる骨折(関節包内骨折)。骨頭を栄養する血管が損傷されやすく、骨癒合が得られにくく、大腿骨頭壊死や偽関節を起こしやすい。転位の程度はGarden分類(stage I〜IV)で評価する。 ・転子部骨折:関節包の外側で起こる骨折(関節包外骨折)。周囲の血流が豊富なため骨癒合は得られやすいが、出血量が多く貧血をきたしやすい。
臨床像
・骨粗鬆症のある高齢者(特に女性)が、立った高さからの転倒などの低エネルギー外傷で受傷する。 ・股関節部痛(鼠径部痛)と起立・歩行不能が主症状である。転位があると患肢は短縮し、外旋位をとる。 ・転位のない頸部骨折では受傷直後に歩けることもあり、エックス線で骨折線がはっきりしない場合(不顕性骨折)はMRIやCTで確認する。
治療
・長期臥床は肺炎、深部静脈血栓症・肺塞栓症、褥瘡、筋力低下、認知機能低下などを招き、生命予後とADLを悪化させるため、全身状態が許せば可能な限り早期(受傷後48時間以内が推奨される)に手術を行い、早期離床・リハビリテーションを進める。 ・頸部骨折:非転位型(Garden I・II)は骨接合術(スクリューやピンなど)、転位型(Garden III・IV)の高齢者では人工骨頭置換術(場合により人工股関節全置換術)が選択されることが多い。 ・転子部骨折:骨癒合が得られやすいため、髄内釘(ガンマネイル型など)やスライディングヒップスクリューによる骨接合術が基本である。 ・再骨折予防として、骨粗鬆症の評価と薬物治療、転倒予防対策を行う。
高齢者の脆弱性骨折
大腿骨近位部骨折は、脊椎椎体骨折、橈骨遠位端骨折、上腕骨近位端骨折とともに骨粗鬆症に伴う代表的な脆弱性骨折である。近年は恥骨・坐骨骨折などの脆弱性骨盤骨折も増えている。
POINT
・高齢女性+転倒(低エネルギー外傷)+股関節痛で立てない → まず大腿骨近位部骨折を考える。 ・頸部骨折は関節包内骨折で骨癒合しにくく骨頭壊死をきたしやすい。転子部骨折は関節包外骨折で骨癒合しやすいが出血が多い。 ・転位があると患肢は短縮・外旋位をとる。エックス線で不明なときはMRI・CTを追加する。 ・治療は早期手術・早期離床が原則(頸部転位型は人工骨頭置換術、転子部は骨接合術)。 ・骨盤骨折(恥骨・坐骨)や股関節脱臼との鑑別は、骨盤輪の骨折線と骨頭・寛骨臼の位置関係を左右比較して判断する。
