弱った心臓にブレーキを踏むな―HFrEFで避けるべき薬を見抜く
第117回医師国家試験 D問題 第2問
国試問題にチャレンジ
左室駆出率が低下した心不全を増悪させる薬剤はどれか。
- a.スタチン
- b.ベラパミル
- c.ACE阻害薬
- d.SGLT2阻害薬
- e.プロトンポンプ阻害薬
対話形式の解説
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ドクターまとめ
左室駆出率が低下した心不全(HFrEF)では、心筋収縮力をさらに弱める陰性変力作用をもつ薬剤が心不全を増悪させ、その代表がベラパミルやジルチアゼムなどの非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬です。これらは心筋や刺激伝導系のL型Caチャネルを遮断し、収縮力低下・徐脈・房室伝導遅延を起こすため、HFrEFでは原則として避け、Ca拮抗薬が必要ならアムロジピンなどのジヒドロピリジン系を選びます。一方、ACE阻害薬・ARB・ARNI、β遮断薬(少量から漸増)、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬、SGLT2阻害薬は予後を改善する標準治療薬で、スタチンやPPIは心機能に大きな影響を与えません。I群抗不整脈薬、NSAIDs、ピオグリタゾン、ステロイド、甘草、アントラサイクリン系なども心不全を悪化させうるため、他科処方を含めた薬歴の確認が重要です。薬理作用から心機能への影響を予測する力は、日常診療での安全な処方に直結します。
解答・解説
正解はbです
テーマ
左室駆出率(LVEF)が低下した心不全(HFrEF:heart failure with reduced ejection fraction、一般にLVEF 40%未満)では、左室の収縮力そのものが落ちている。このような患者に心筋の収縮力をさらに弱める作用(陰性変力作用)をもつ薬剤を投与すると、心拍出量が減少して心不全が増悪する。また、体液を貯留させる薬剤や頻脈を起こす薬剤も心不全を悪化させる。
考え方
選択肢の中から、心筋収縮力を抑える薬剤を探せばよい。カルシウム(Ca)拮抗薬のうち、ベラパミルやジルチアゼムなどの非ジヒドロピリジン系は、血管だけでなく心筋や刺激伝導系のL型Caチャネルにも強く作用し、心筋細胞内へのCa流入を減らして収縮力を低下させる。そのためHFrEFには原則として使用を避ける。 一方、ACE阻害薬とSGLT2阻害薬はHFrEFの予後を改善する標準治療薬であり、スタチンとプロトンポンプ阻害薬は心機能に大きな影響を与えない。
選択肢考察
- ×a. スタチン
スタチンは肝臓のHMG-CoA還元酵素を阻害してコレステロール合成を抑え、肝細胞表面のLDL受容体を増やすことで血中LDLコレステロールを低下させる脂質異常症治療薬である。心筋収縮力を抑える作用はなく、心不全を増悪させない。冠動脈疾患の一次・二次予防に有用で、虚血性心疾患が原因の心不全では使用されることが多い。なお、心不全患者全体を対象とした大規模試験では、スタチンによる心不全そのものの予後改善効果は示されていない。
- ○b. ベラパミル
ベラパミルは非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬で、心筋のL型Caチャネルを遮断して収縮力を低下させる陰性変力作用と、洞結節・房室結節を抑制して心拍数を減らし房室伝導を遅らせる陰性変時・変伝導作用をもつ。収縮力の低下したHFrEFに投与すると心拍出量がさらに落ち、心不全の増悪や低血圧、高度徐脈を招くため、原則として禁忌・回避すべき薬剤である。上室頻拍の停止や心房細動の心拍数調節に用いられるが、HFrEF合併例ではβ遮断薬やジゴキシンなどを選ぶ。
- ×c. ACE阻害薬
ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬は、アンジオテンシンⅡの産生を抑えてレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)の過剰な活性化を抑制する。これにより血管拡張による後負荷の軽減と、心筋の肥大・線維化などのリモデリング(心臓の構造的な悪化)の抑制が得られ、HFrEFの死亡率と入院を減らすことが大規模試験で示されている。HFrEF治療の基本薬である。投与開始時の低血圧、腎機能悪化、高K血症、空咳に注意する。
- ×d. SGLT2阻害薬
SGLT2(ナトリウム・グルコース共輸送体2)阻害薬は、腎臓の近位尿細管でのブドウ糖とNaの再吸収を抑え、尿糖排泄を増やして血糖を下げる。浸透圧利尿とNa利尿による体液量の是正に加え、心筋代謝の改善や腎保護などの作用が想定されており、糖尿病の有無にかかわらずHFrEFの心血管死と心不全入院を減らすことが示された。ダパグリフロジンとエンパグリフロジンが慢性心不全に適応をもち、現在ではHFrEF治療の柱の一つである。心保護の詳しい機序はまだ完全には解明されていない。
- ×e. プロトンポンプ阻害薬
プロトンポンプ阻害薬(PPI)は胃の壁細胞のH+/K+-ATPase(プロトンポンプ)を阻害し、胃酸分泌を強力に抑える。心機能や体液量への影響はなく、心不全を増悪させない。循環器領域では、抗血小板薬や抗凝固薬を内服している患者の消化管出血予防のためによく併用される。
心不全の分類(LVEFによる)
・HFrEF:LVEF 40%未満 ・HFmrEF(LVEFが軽度低下した心不全):LVEF 40%以上50%未満 ・HFpEF(LVEFが保たれた心不全):LVEF 50%以上 ・HFimpEF:治療などによりLVEFが改善した心不全
HFrEFの標準治療薬
予後を改善する薬剤として、ACE阻害薬またはARB(あるいはARNI:アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬、サクビトリルバルサルタン)、β遮断薬(カルベジロール、ビソプロロール)、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(スピロノラクトン、エプレレノン)、SGLT2阻害薬の4系統が柱となる。うっ血症状にはループ利尿薬を用いる。 β遮断薬も陰性変力作用をもつが、少量から開始して時間をかけて増量すれば、交感神経の過剰な刺激から心筋を守り、長期的にはLVEFと予後を改善する。急性増悪期の大量投与や急な増量は心不全を悪化させるため注意が必要である。
心不全を悪化させうる主な薬剤
・陰性変力作用:非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬(ベラパミル、ジルチアゼム)、Ⅰ群抗不整脈薬(ジソピラミド、フレカイニド、ピルシカイニドなど)、β遮断薬の不適切な使用 ・Na・水の貯留:非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、チアゾリジン系薬(ピオグリタゾン)、副腎皮質ステロイド、甘草(偽アルドステロン症) ・心毒性:アントラサイクリン系抗癌薬(ドキソルビシンなど)、トラスツズマブ ・頻脈の誘発:抗コリン薬など ・その他:ビグアナイド薬(メトホルミン)は心不全で乳酸アシドーシスのリスクが高まるため、重い心不全では使用を避ける。
Ca拮抗薬の使い分け
ジヒドロピリジン系(ニフェジピン、アムロジピンなど)は血管選択性が高く主に降圧に使われ、心筋への抑制作用は弱い。HFrEFに合併した高血圧や狭心症にCa拮抗薬が必要な場合は、アムロジピンなど長時間作用型のジヒドロピリジン系が選ばれる。非ジヒドロピリジン系は心臓への作用が強く、頻脈性不整脈の治療に用いられる。
POINT
・HFrEFでは陰性変力作用をもつ薬剤(ベラパミル、ジルチアゼム、Ⅰ群抗不整脈薬)を避ける ・ACE阻害薬/ARB/ARNI、β遮断薬、MR拮抗薬、SGLT2阻害薬はHFrEFの予後を改善する ・β遮断薬は少量から漸増すれば心保護的に働く ・NSAIDsやピオグリタゾンは体液貯留により心不全を悪化させる ・Ca拮抗薬のうちHFrEFで比較的安全に使えるのはアムロジピンなどのジヒドロピリジン系
