「横にしないで」が正解―起座呼吸の患者を診る体位
第120回医師国家試験 E問題 第43問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,43,44の問いに答えよ。 78歳の男性。呼吸困難を主訴に救急車で搬入された。 現病歴:昨日まで特に問題なく過ごしていた。深夜から急に喘鳴を伴う呼吸困難が出現したため救急車を要請した。 既往歴:40歳時から高血圧症,2型糖尿病に対して内服治療を受けている。 生活歴:喫煙は20歳から50歳まで20本/日,以後は禁煙している。飲酒歴はない。 現症:意識は清明。顔貌は苦悶様。身長165cm,体重72kg。体温36.5℃。心拍数128/分,整。血圧220/112mmHg。呼吸数32/分。SpO2 95%(マスク5L/分酸素投与下)。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。頸静脈の怒張を認める。心音は奔馬調律。両肺野にwheezesを認める。四肢は冷たく,浮腫は認めない。
この患者の身体診察で,苦痛に配慮した適切な体位はどれか。
- a.座位
- b.仰臥位
- c.右側臥位
- d.左側臥位
- e.Trendelenburg位
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
喘鳴を伴う急な呼吸困難でも、頸静脈怒張や奔馬調律を伴えば、肺うっ血による心臓喘息、すなわち急性左心不全を考えます。左心不全の患者は起座呼吸を示し、座位では重力で静脈還流が減って肺うっ血が軽くなり、横隔膜も下がって呼吸が楽になるため、診察は座位のまま行うのが適切です。仰臥位や側臥位は静脈還流を増やして症状を悪化させ、特に左側臥位は聴診には有用でも苦痛を強めやすく、Trendelenburg位は肺水腫を急激に悪化させるため禁忌です。収縮期血圧140mmHg超で急激に発症した肺水腫はクリニカルシナリオ分類のCS1にあたり、血管拡張薬とNPPVが治療の中心となります。体位を「静脈還流を増やすか減らすか」という視点で理解しておくと、診察だけでなく救急の初期対応全般で迷わず判断できます。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・78歳男性。高血圧症と2型糖尿病で長年治療中、20本/日×30年の喫煙歴がある。BMIは72÷1.65²≒26.4で肥満(日本の基準でBMI 25以上)に該当する。いずれも動脈硬化や心疾患の危険因子である。 ・前日まで無症状で、深夜に突然、喘鳴を伴う呼吸困難が出現した。横になって眠っている時間帯に起こる呼吸困難は、発作性夜間呼吸困難(PND)を想起させる。 ・苦悶様顔貌、心拍数128/分、呼吸数32/分、酸素5L/分をマスクで投与してもSpO2 95%にとどまる。重い呼吸不全の状態である。 ・血圧220/112mmHgと著しい高血圧(収縮期180mmHg以上のⅢ度高血圧)を認める。 ・頸静脈怒張(中心静脈圧の上昇)、奔馬調律(Ⅲ音やⅣ音が加わり、馬が駆けるように聞こえる心音)、両肺野のwheezes(喘鳴)を認める。 ・四肢は冷たく(末梢循環不全)、下腿浮腫はない。
診断へのプロセス
喘鳴があるため気管支喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の増悪も鑑別に挙がる。しかし、頸静脈怒張と奔馬調律は心臓に原因があることを示す所見である。肺うっ血で気管支壁がむくむと気道が狭くなり、喘息に似たwheezesが聞こえることがある。これを心臓喘息とよぶ。以上から、著しい高血圧を背景に急激に起こった急性左心不全(肺水腫)と考える。 急性心不全の初期評価にはクリニカルシナリオ(CS)分類が使われる。本例は収縮期血圧140mmHg超、急激な発症、肺うっ血が主体で全身の浮腫は乏しいという特徴をもち、CS1に当てはまる。CS1では、急激な後負荷の上昇と体液の再分布(体液の総量が増えるのではなく、血液が肺へ偏って移動すること)が病態の中心である。治療は血管拡張薬(硝酸薬など)と、非侵襲的陽圧換気(NPPV)を含む酸素療法が主体となる。また、著しい高血圧によって心臓という臓器に急性障害(急性心不全)が起きているので、高血圧緊急症としても扱うべき病態である。
設問の考え方
左心不全の患者は、横になると呼吸困難が悪化し、上体を起こすと楽になる。これを起座呼吸とよぶ。臥位では下半身から心臓へ戻る血液(静脈還流)が増え、弱った左心室が送り出しきれない分が肺にたまる。さらに腹部臓器が横隔膜を押し上げ、肺が広がりにくくなる。上体を起こせば重力で血液が下半身にとどまり、横隔膜も下がるので、肺うっ血と呼吸仕事量が軽くなる。したがって、診察も患者が楽な座位(または起座位・ファウラー位など上体を高くした姿勢)のまま行う。
選択肢考察
- ○a. 座位
座位では重力の作用で下肢や腹部に血液がとどまるため、静脈還流(前負荷)が減って肺うっ血が軽くなる。横隔膜が下がって肺が広がりやすくなり、呼吸も楽になる。起座呼吸を示す急性左心不全の患者にとって最も苦痛が少ない体位であり、診察はこの姿勢のまま行う。背もたれやオーバーテーブルに寄りかかってもらうとさらに楽になる。座位でも頸静脈怒張の観察、心音や肺音の聴診(背部からの聴取を含む)は十分に行える。
- ×b. 仰臥位
仰臥位(あおむけ)にすると下肢や内臓にたまっていた血液が心臓へ戻り、静脈還流が増える。その結果、肺うっ血が悪化する。腹部臓器が横隔膜を押し上げるため肺も広がりにくい。起座呼吸のある患者では呼吸困難が強くなり、SpO2がさらに下がるおそれがあるので不適切である。
- ×c. 右側臥位
側臥位は上体が水平のままなので、仰臥位と同じく静脈還流が増え、肺うっ血と呼吸困難は和らがない。心不全の患者は左側臥位より右側臥位を楽に感じることがあり(側臥位の向きで呼吸困難が変わる現象をtrepopneaという)、左側臥位よりは耐えやすい可能性はある。それでも、起座呼吸の状態にある現時点で苦痛に配慮した体位とはいえない。
- ×d. 左側臥位
左側臥位は、心尖部を胸壁に近づけてⅢ音や僧帽弁狭窄症の拡張期ランブルなど低調な音を聴きやすくする体位である。聴診のために一時的に用いることはある。しかし上体が水平になるので静脈還流が増え、肺うっ血は改善しない。さらに心不全の患者では左側臥位で呼吸困難が強まりやすいことが知られており、苦痛に配慮した体位として不適切である。
- ×e. Trendelenburg位
Trendelenburg位は、仰臥位で頭部を低く、骨盤・下肢を高くする体位である。下半身の血液を心臓へ戻す目的で、低血圧・ショック時の一時的な処置や、中心静脈カテーテル挿入時の静脈拡張などに用いられる。本例では静脈還流が最も増えて肺水腫を急激に悪化させ、腹部臓器が横隔膜を押し上げて換気も妨げるため、選択肢の中で最も有害であり禁忌である。
起座呼吸・発作性夜間呼吸困難の機序
・起座呼吸:臥位にすると数分以内に呼吸困難が出現・増悪し、座ると改善する。臥位で静脈還流が増えることと、横隔膜が押し上げられることによる。 ・発作性夜間呼吸困難(PND):就寝後1〜数時間で呼吸困難のために目が覚め、座ったり立ったりすると数十分かけて軽くなる。臥位にしている間に、下肢などの間質にたまっていた水分がゆっくり血管内へ戻り、循環血液量が増えることが関わる。夜間は交感神経の緊張が弱まり心機能が低下することや、呼吸中枢の感受性が下がることも影響する。 ・心臓喘息:肺うっ血による気管支粘膜の浮腫と反射性の気管支収縮で、wheezesを伴う呼吸困難となる状態である。気管支喘息との鑑別には、心疾患の既往、頸静脈怒張、奔馬調律、胸部X線(心拡大、肺うっ血、胸水)、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)やNT-proBNPの上昇、心エコーが役立つ。
急性心不全のクリニカルシナリオ(CS)分類:来院時の収縮期血圧による
・CS1:収縮期血圧140mmHg超。急激に発症し、肺水腫が主体で全身の浮腫は軽い。体液量は正常〜軽度増加。血管拡張薬とNPPVが中心となる。 ・CS2:100〜140mmHg。緩やかに発症し、全身浮腫を伴う体液貯留が主体となる。血管拡張薬に利尿薬を併用する。 ・CS3:100mmHg未満。低灌流が主体。輸液(体液不足時)、強心薬、場合により機械的補助を検討する。 ・CS4:急性冠症候群によるもの。CS5:右心不全が主体のもの。
急性心不全の初期対応の要点
・座位(起座位)で酸素を投与し、SpO2と呼吸状態が改善しなければNPPVを行う。 ・CS1では硝酸薬などの血管拡張薬で後負荷と前負荷を下げる。体液過剰があればループ利尿薬を加える。 ・心電図、胸部X線、血液検査(BNP、トロポニン、腎機能、電解質、血液ガス)、心エコーで原因(急性冠症候群、弁膜症、不整脈など)を評価する。 ・尿量は、治療効果と腎臓への灌流をみる重要な指標である。
高血圧緊急症
著しい血圧上昇(多くは180/120mmHg以上)によって、脳・心臓・腎臓・大血管などに急性の障害が起こり進行している病態である。急性心不全(肺水腫)を伴うものはその代表例の一つで、ただちに降圧治療を始める。拡張期血圧が120mmHgに届かなくても、臓器障害が進行していれば緊急症として対応する。
POINT
・頸静脈怒張、奔馬調律、wheezes(心臓喘息)、夜間の急激な呼吸困難がそろえば、急性左心不全(肺水腫)を考える。 ・左心不全の患者は起座呼吸を示すので、診察・処置は座位(上体挙上)で行う。 ・仰臥位、側臥位、Trendelenburg位は静脈還流を増やして肺うっ血を悪化させる。Trendelenburg位は禁忌である。 ・収縮期血圧140mmHg超で急激に発症した肺水腫はCS1にあたり、血管拡張薬とNPPVが治療の中心となる。
