「研究のため」は免罪符にならない―患者の権利から読み解く医師の職業倫理
第117回医師国家試験 B問題 第3問
国試問題にチャレンジ
医師の職業倫理に反するのはどれか。
- a.患者から医療施設への寄付の申し出があり受け入れた。
- b.自らの専門性を超えると判断した患者を他の医療機関に紹介した。
- c.サプリメントを使用する患者に健康被害に留意するよう指導した。
- d.症例対照研究のために患者に許可なく本籍地を含む個人情報を収集した。
- e.血液製剤の使用を拒む成人患者に意思の尊重と救命の両立とを図る努力をした。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
医師の職業倫理は、自律尊重・善行・無危害・正義(公正)の4原則と、リスボン宣言やヘルシンキ宣言、日本医師会の職業倫理指針などに基づいて判断します。研究目的であっても、倫理審査委員会の審査やインフォームド・コンセント(場合によりオプトアウト)といった正当な手続きを経ずに個人情報を収集することはプライバシーの侵害であり、本籍地のように研究目的に不要な情報の取得は必要最小限の原則にも反します。一方、自発的な寄付の受け入れは要求や診療上の見返りがなければ問題なく、能力を超える場合の紹介やサプリメントの健康被害への注意喚起は患者の利益を守る行為です。輸血拒否の成人患者では、自己決定を尊重しつつ代替手段を検討して救命との両立を図ることが求められます。「患者の利益と権利を守っているか」という視点は、臨床だけでなく研究に携わる際にも常に立ち返るべき基準です。
解答・解説
正解はdです
問われていること
医師の職業倫理の基本原則に照らして、各行為が許されるかどうかを判断する問題である。医療倫理の4原則として、自律尊重(患者の自己決定を尊重する)、善行(患者の利益を図る)、無危害(害を与えない)、正義・公正(公平に医療資源を配分し、社会的責任を果たす)が知られている。日本医師会「医師の職業倫理指針」や世界医師会(WMA)の「医の国際倫理綱領」「患者の権利に関するリスボン宣言」なども同じ考え方に立っている。
考え方
各選択肢を「患者の利益・意思を守っているか」「患者の権利(特にプライバシーと自己決定)を侵していないか」「医師としての立場を不当に利用していないか」という観点で検討する。 ・他施設への紹介、サプリメントの健康被害への注意喚起は、患者の利益を守る行為である。 ・輸血を拒否する患者への対応は、自己決定の尊重と救命という二つの価値の調整が求められる場面であり、その両立に努めることは倫理的に適切である。 ・患者から自発的に申し出のあった寄付を受けることは、診療上の便宜と引き換えにしたり強要したりしない限り問題とならない。 ・研究目的であっても、患者の同意や倫理審査委員会の承認といった正当な手続きを経ずに個人情報を集めることは、プライバシーの侵害であり、職業倫理に反する。しかも本籍地は症例対照研究に通常必要とされない情報であり、目的に必要な範囲を超えた収集でもある。
選択肢考察
- ×a. 患者から医療施設への寄付の申し出があり受け入れた。
医師は診療に対する正当な報酬以外を患者に要求してはならないが、患者が自らの意思で、医療の発展や施設の充実に役立ててほしいと申し出た寄付を医療施設として受け入れることは職業倫理に反しない。問題となるのは、医師側から寄付を求めたり強要したりする場合や、寄付の有無によって診療内容・順番に差をつけるなど公正さを損なう場合である。
- ×b. 自らの専門性を超えると判断した患者を他の医療機関に紹介した。
医師は自らの能力の限界を自覚し、それを超える診療が必要と判断した場合には、適切な専門医・医療機関に紹介する責務がある。自分の能力を過信して抱え込み、患者に不利益を与えることこそ倫理に反する。紹介は患者に最善の医療を受けさせるための行為であり、倫理に適っている。
- ×c. サプリメントを使用する患者に健康被害に留意するよう指導した。
サプリメント(いわゆる健康食品)でも、脂溶性ビタミン(A、Dなど)の過剰症、鉄などミネラルの過剰摂取、肝障害などの健康被害や、医薬品との相互作用(例: セイヨウオトギリソウ〈セントジョーンズワート〉による薬物代謝酵素の誘導)が起こり得る。患者の使用状況を把握し、健康被害に注意するよう助言することは、患者の利益を守り害を防ぐ行為であり、倫理的に適切である。
- ○d. 症例対照研究のために患者に許可なく本籍地を含む個人情報を収集した。
患者には自らの個人情報を守られる権利(プライバシー権)があり、医師には守秘義務がある。医学研究で個人情報を用いる場合は、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」などに従い、研究計画について倫理審査委員会の審査を受け、原則として本人のインフォームド・コンセントを得るなど、定められた手続きを踏まなければならない。患者の許可も正当な手続きもなく個人情報を収集することは、研究目的であっても患者の権利を侵害する。さらに本籍地は研究の目的に照らして必要性の乏しい機微な情報であり、必要最小限の情報にとどめるという原則にも反する。よってこれが職業倫理に反する行為である。
- ×e. 血液製剤の使用を拒む成人患者に意思の尊重と救命の両立とを図る努力をした。
判断能力のある成人患者には治療を選択・拒否する自己決定権がある。宗教上の理由などで輸血を拒否する患者に対しては、輸血を行わない場合の危険性を十分に説明したうえで、自己血輸血や出血を減らす手術手技、造血の促進など輸血以外の手段を検討し、意思の尊重と救命の両立に努めることが求められる。これは自律尊重と善行の両原則を調和させようとする適切な対応である。
医療倫理の4原則
・自律尊重: 判断能力のある患者の自己決定を尊重する。インフォームド・コンセントの基盤である。 ・善行: 患者にとって最善の利益をもたらすよう行動する。 ・無危害: 患者に害を与えない、危険を避ける。 ・正義(公正): 患者を公平に扱い、限られた医療資源を適正に配分する。
主な倫理規範
・ヒポクラテスの誓い: 患者の利益を第一とすること、守秘義務などを説いた古典的な医の倫理。 ・ジュネーブ宣言(WMA、1948年): ヒポクラテスの誓いを現代的に表した医師の誓い。 ・医の国際倫理綱領(WMA、1949年): 医師の一般的義務や患者に対する義務を定める。能力を超える場合には他の医師に相談・紹介すべきことなどを含む。 ・ヘルシンキ宣言(WMA、1964年): 人を対象とする医学研究の倫理原則。インフォームド・コンセント、倫理審査委員会による審査、被験者のプライバシー保護などを定める。 ・リスボン宣言(WMA、1981年採択、その後改訂): 患者の権利(良質な医療を受ける権利、選択の自由、自己決定、情報を得る権利、守秘、尊厳など)を定める。 ・日本医師会「医師の職業倫理指針」: 患者との関係、医師相互の関係、研究倫理、利益相反などについての指針。
研究と個人情報
日本では「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」により、研究者は研究計画を倫理審査委員会に諮り、研究機関の長の許可を得て実施する。試料・情報の取得には、研究の種類に応じて文書または口頭でのインフォームド・コンセント、あるいは情報公開と拒否の機会の保障(オプトアウト)といった手続きが定められている。また個人情報保護法の考え方に基づき、利用目的の特定と、目的に必要な範囲での取得が求められる。
宗教的輸血拒否への対応
関連学会の合同委員会による「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」では、患者の年齢と判断能力によって対応を分けている。判断能力のある18歳以上の患者が輸血を拒否する場合は、その意思を尊重して無輸血治療を行うか、無輸血を貫けないと判断すれば転院を勧めるなどの対応をとる。15歳未満の場合などには、親が拒否しても救命のために必要な輸血を行い得るとされている。
POINT
・医療倫理の4原則: 自律尊重、善行、無危害、正義(公正)。 ・研究目的であっても、患者の同意や倫理審査などの正当な手続きなしに個人情報を収集してはならない。取得は目的に必要な範囲に限る。 ・能力を超える場合の他施設への紹介は医師の責務である。 ・自発的な寄付の受け入れは、要求・強要や診療上の見返りがなければ問題ない。 ・輸血拒否の成人患者では、自己決定の尊重と救命の両立を図る。
