StudyMed医師国家試験

死亡は減っても休業は増える―数字で読む日本の労働災害のいま

第116回医師国家試験 C問題 第32問

国試問題にチャレンジ

第116回 C問題 第32問

我が国の労働災害について正しいのはどれか。2つ選べ。

  1. a.労働災害の認定は産業医が行う。
  2. b.死亡者数は年間100人以下である。
  3. c.業務上疾病で最も多いのは熱中症である。
  4. d.休業4日以上の傷病者数は近年増加傾向にある。
  5. e.精神障害による労働災害認定件数は増加傾向にある。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は日本の労働災害について、統計の「規模感」と「近年の傾向」、そして労災保険制度で誰が何を判断するのかを問う問題だ。公衆衛生の統計問題は、細かい数字の暗記よりも「増えているのか減っているのか」「何が一番多いのか」という大づかみな理解がカギになる。まずは制度面から。労災を認定するのは誰だと思う?
医学生医学生
職場の健康管理を担っているのは産業医なので、産業医が判断するのかなと思いました。
ドクタードクター
そう考える人は多いけれど、ここが最初の落とし穴だ。労災保険は国が運営する保険で、被災した労働者や遺族が請求し、業務が原因かどうかを調べて支給・不支給を決めるのは、事業場を管轄する労働基準監督署長なんだ。
医学生医学生
産業医には認定の権限がないんですね。公衆衛生の講義で、産業医は事業者に選任されると習いました。
ドクタードクター
その通り。産業医は事業者に選ばれて、健康診断の事後措置や職場巡視、長時間労働者の面接指導などで助言・指導を行う立場だ。保険給付を決める行政の役割とは別物だね。決定に不服があれば、都道府県労働局の労災保険審査官への審査請求、さらに労働保険審査会への再審査請求と進む道も用意されている。
医学生医学生
次は死亡者数ですね。年間100人以下というのは、さすがに少なすぎる気がします。
ドクタードクター
いい感覚だ。1960年代前半には年間6,000人を超えていたけれど、1972年の労働安全衛生法の施行などを経て大きく減った。それでも近年は年間700〜800人台で、100人を大きく上回っている。業種では建設業、事故の型では墜落・転落による死亡が多いことも押さえておこう。
医学生医学生
死亡者数が減っているなら、休業4日以上の傷病者数も減っているのでは、と思ってしまいました。
ドクタードクター
そこがこの問題の一番のポイントだね。死亡者数は長期的に減少しているのに、休業4日以上の死傷者数は2010年前後を底にして緩やかな増加に転じているんだ。だから「近年増加傾向にある」という記述は正しい。
医学生医学生
意外です。何が増えているんですか。
ドクタードクター
背景には働く人の高齢化がある。事故の型で最も多いのは転倒で、腰痛などにつながる「動作の反動・無理な動作」が続く。業種でみると、製造業や建設業よりも、小売業や社会福祉施設といった第三次産業での災害が増えているのが特徴だ。重大事故は減らせても、日常の動作に潜む災害は減りにくいということだね。
医学生医学生
臨床実習の整形外科で、介護職の方が移乗介助で腰を痛めて受診していたのを思い出しました。
ドクタードクター
まさにその典型例だ。そしてそれは業務上疾病の話にもつながる。業務上疾病で最も多いのは何だと思う?
医学生医学生
毎年夏にニュースになるので熱中症かと思ったのですが、違うんでしょうか。
ドクタードクター
熱中症は死亡例も毎年出る重要な疾病だけれど、最多ではないんだ。最も多いのは「負傷に起因する疾病」で、その大部分が重い物を持ち上げたときなどに起こる災害性腰痛だ。なお新型コロナウイルス感染症の流行期には「病原体による疾病」が急増して一時的に最多になったことも知っておくといい。
医学生医学生
最後の精神障害の労災認定は、ニュースでもよく見るので増えていそうです。
ドクタードクター
その通りで、精神障害の労災認定件数は長期的に増加している。2010年頃には過労による脳・心臓疾患の認定件数を上回り、その後は差が広がっている。2020年の改正でパワーハラスメントが認定基準の出来事として明記されたことなども背景にあると考えられる。だから、休業4日以上の傷病者数の増加と、精神障害の労災認定件数の増加の2つが正解だ。
医学生医学生
整理すると、死亡は減っているけれど休業災害と精神障害は増えている、認定は監督署長、業務上疾病の最多は腰痛、ということですね。
ドクタードクター
完璧だ。発展として過労死等の認定基準にも触れておこう。脳・心臓疾患では、発症前1か月におおむね100時間、または2〜6か月の平均でおおむね80時間を超える時間外労働があると業務との関連性が強いと評価される。2021年の改正では、これに届かなくても労働時間以外の負荷を総合的に評価するよう見直された。精神障害では、発病前おおむね6か月間に業務による強い心理的負荷があったかを評価する。
医学生医学生
医師として働くようになったら、患者さんだけでなく自分たちの働き方にも関わる話ですね。
ドクタードクター
本当にそうだね。臨床では、腰痛やうつ状態で受診した人の背景に仕事があると気づくことが、労災請求や職場での対応につながる。医師は認定する立場ではないけれど、診断書や意見書を通じて制度を支える役割を担っているんだ。

まとめ

我が国の労働災害による死亡者数は長期的に大きく減少したものの現在も年間700〜800人台であり、一方で休業4日以上の死傷者数は2010年前後から高齢労働者の転倒・腰痛や第三次産業での災害を背景に増加傾向にあります。業務上疾病で最も多いのは熱中症ではなく災害性腰痛を中心とする「負傷に起因する疾病」で、精神障害の労災認定件数は増え続け、脳・心臓疾患を上回っています。労災の認定は産業医ではなく労働基準監督署長が行い、不服があれば審査請求・再審査請求の手続きがあります。過労死等の認定基準も含め、「何が増え何が減っているか」を大づかみに理解しておくことは、国試対策だけでなく、受診者の背景にある職業要因に気づく臨床の視点にもつながります。

解答・解説

正解はd, eです

本問は、我が国の労働災害の統計的な動向と、労災保険制度の基本的な仕組みを問う一般問題である。

押さえるべき視点

1. 誰が労働災害(労災)を認定するのか:労災保険(労働者災害補償保険)の給付を行うのは国(厚生労働省)であり、個々の請求について業務起因性・業務遂行性を判断して支給・不支給を決定するのは、事業場を管轄する労働基準監督署長である。事業場で労働者の健康管理を担う産業医には認定権限はない。 2. 規模感:労働災害による死亡者数は長期的には大きく減少してきたが、現在でも年間700〜800人台であり、100人以下ではない。 3. 傾向:死亡者数が減少傾向にある一方で、休業4日以上の死傷者数は2010年頃を底にして緩やかな増加に転じている(高齢労働者の転倒・腰痛や、第三次産業での災害の増加などが背景)。 4. 業務上疾病の内訳:最多は「負傷に起因する疾病」で、その大半が災害性腰痛である(新型コロナウイルス感染症の流行期は、感染症を含む「病原体による疾病」が一時的に最多となった)。熱中症は夏季に重要ではあるが最多ではない。 5. 職業性ストレスと労災:精神障害の労災認定件数は増加を続け、2010年前後に脳・心臓疾患の認定件数を上回って以降、その差は拡大している。 以上から、近年増加傾向にある「休業4日以上の傷病者数」(d)と「精神障害による労災認定件数」(e)が正しい。

選択肢考察

  1. ×a.  労働災害の認定は産業医が行う。

    誤り。労災保険給付の請求は被災労働者(または遺族)が行い、それを受けて業務上か否かを調査・判断し支給を決定するのは労働基準監督署長である。決定に不服があれば都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官への審査請求、さらに労働保険審査会への再審査請求という不服申立ての道がある。産業医は事業者に選任されて労働者の健康管理・職場巡視・健康診断の事後措置などに助言・指導する立場であり、労災を認定する権限はもたない。

  2. ×b.  死亡者数は年間100人以下である。

    誤り。労働災害による死亡者数は、1960年代前半には年間6,000人を超えていたが、労働安全衛生法(1972年)の施行などを経て大きく減少した。それでも2020年は802人で、その後も年間700〜800人台で推移しており、100人を大きく上回る。業種別では建設業、事故の型では墜落・転落による死亡が多い。

  3. ×c.  業務上疾病で最も多いのは熱中症である。

    誤り。業務上疾病(休業4日以上)で最も多いのは「負傷に起因する疾病」であり、その大部分を災害性腰痛(重量物の持ち上げなど業務中の急激な力の作用による腰痛)が占める。2020〜2022年頃は新型コロナウイルス感染症の流行により「病原体による疾病」が急増し、一時的に最多となった。熱中症は新型コロナ流行前には業務上疾病の1割程度を占め、死亡例も毎年みられる重要な疾病であるが、最多ではない。

  4. ○d.  休業4日以上の傷病者数は近年増加傾向にある。

    正しい。死亡者数が減少傾向にあるのとは対照的に、休業4日以上の死傷者数は2010年前後を底として緩やかな増加傾向にある(死亡者を除いた傷病者数でも同様)。背景には、就業者の高齢化に伴う転倒災害や「動作の反動・無理な動作」(腰痛など)の増加、小売業・社会福祉施設など第三次産業での労働災害の増加がある。新型コロナウイルス感染症の流行期にはその罹患分も加わり、一時的に大きく増加した。

  5. ○e.  精神障害による労働災害認定件数は増加傾向にある。

    正しい。精神障害の労災認定(支給決定)件数は、年によって横ばいの時期(2014〜2019年度頃は500件前後)を挟みつつも長期的には増加しており、2020年度には608件、その後も増加を続けている。2010年頃には脳・心臓疾患(過労による脳血管疾患・虚血性心疾患など)の認定件数を上回り、2020年度には脳・心臓疾患194件に対して精神障害608件と差が拡大した。2020年度の急増分のうち新型コロナウイルス感染症に関連するものはごく一部であり、パワーハラスメントが認定基準の出来事として明記されたこと(2020年改正)なども背景と考えられる。

労災保険制度の流れ

被災労働者・遺族が労働基準監督署に給付を請求 → 労働基準監督署長が業務上外を判断して支給・不支給を決定 → 不服があれば労働者災害補償保険審査官(都道府県労働局)へ審査請求 → さらに労働保険審査会へ再審査請求 → 取消訴訟。保険料は全額事業主負担である。通勤途上の災害(通勤災害)も給付の対象となる。

労働災害統計の主な動向

・死亡者数:長期的に減少。2020年は802人で、近年も年間700〜800人台。建設業、墜落・転落が多い。 ・休業4日以上の死傷者数:2010年前後から増加傾向。事故の型では「転倒」が最多で、「動作の反動・無理な動作」がこれに続く。高年齢労働者の災害が増えている。 ・業務上疾病:「負傷に起因する疾病」(大部分が災害性腰痛)が最多。新型コロナ流行期は「病原体による疾病」が急増した。熱中症、じん肺なども重要。

過労死等の労災認定

・脳・心臓疾患:長時間労働との関連が重視され、発症前1か月におおむね100時間、または発症前2〜6か月平均でおおむね80時間を超える時間外労働は業務との関連性が強いと評価される(2021年の認定基準改正で、これに満たなくても労働時間以外の負荷要因を総合評価するよう見直された)。 ・精神障害:「心理的負荷による精神障害の認定基準」に基づき、発病前おおむね6か月間の業務による強い心理的負荷の有無を評価する。パワーハラスメント、カスタマーハラスメントなどが評価項目に加えられている。 ・過労死等防止対策推進法(2014年)により、国は過労死等の実態調査や対策を推進している。

POINT

・労災の認定は労働基準監督署長が行う(産業医ではない)。 ・労災死亡者数は減少傾向だが現在も年間700〜800人台。 ・休業4日以上の死傷者数は近年増加傾向(転倒・腰痛、高齢労働者、第三次産業)。 ・業務上疾病の最多は「負傷に起因する疾病」(災害性腰痛)。熱中症ではない。 ・精神障害の労災認定件数は増加傾向で、脳・心臓疾患を上回っている。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。