HBs抗原陽性の針で刺したら―「即効の盾」と「持続の盾」を重ねるB型肝炎曝露後予防
第116回医師国家試験 A問題 第55問
国試問題にチャレンジ
24歳の医療職。採血中に患者に使用した注射針を誤って指に刺した。患者と医療職の検査結果を示す。 患者:HBs抗原(+),HBs抗体(-),HCV抗体(-) 医療職:HBs抗原(-),HBs抗体(-),HCV抗体(-) 医療職への対応として適切なのはどれか。
- a.無投薬
- b.HBワクチンの単独投与
- c.核酸アナログ製剤の投与
- d.抗HBsヒト免疫グロブリンの単独投与
- e.HBワクチン及び抗HBsヒト免疫グロブリンの投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
HBs抗原陽性の血液による針刺し事故は、HCVやHIVに比べて感染率が格段に高く、曝露者がHBs抗体陰性で免疫がない場合は直ちに曝露後予防を行います。標準は、即効性だが一時的な受動免疫である抗HBsヒト免疫グロブリン(できれば24時間以内、遅くとも48時間以内)と、立ち上がりは遅いが持続する能動免疫であるHBワクチン(0・1・6か月)の併用です。ワクチン単独では直後のウイルスを防げず、免疫グロブリン単独では長期の防御が得られず、核酸アナログは治療薬であって標準的な予防法ではありません。曝露者のHBs抗体が10 mIU/mL以上なら追加処置は不要で、ワクチン無反応者には免疫グロブリンを2回投与します。病原体ごとの曝露後対応を正しく知り、事前にワクチン接種と抗体確認をしておくことは、医療者自身を守る基本です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・24歳の医療職が、採血に用いた使用済みの注射針で自分の指を刺した(針刺し事故)。血液を介する感染症(B型肝炎、C型肝炎、HIV感染症など)が伝播しうる状況である。 ・患者(感染源):HBs抗原(+)、HBs抗体(-)、HCV抗体(-)。HBs抗原はB型肝炎ウイルス(HBV)の外殻蛋白であり、陽性は現在HBVに感染していること、すなわち血液中にウイルスが存在し感染性があることを意味する。HCV抗体は陰性で、C型肝炎の感染源となる可能性は低い。 ・医療職(曝露者):HBs抗原(-)、HBs抗体(-)。現在HBVに感染しておらず、かつHBVを中和して感染を防ぐ抗体(HBs抗体)も持っていない。すなわちHBワクチン未接種か、接種しても抗体が獲得されなかった(あるいは低下した)状態で、HBVに対する免疫がない。
考え方
HBVは血液中のウイルス量が多く、HBs抗原陽性血による針刺しでの感染率は数%〜約30%(HBe抗原陽性ならさらに高い)と、HCV(約2%)やHIV(約0.3%)より格段に高い。免疫のない医療職がHBs抗原陽性血に曝露した場合は、直ちに曝露後予防(PEP:post-exposure prophylaxis)を行う必要がある。 HBVの曝露後予防は、即効性の受動免疫と持続性の能動免疫を組み合わせるのが原則である。 ・受動免疫:抗HBsヒト免疫グロブリン(HBIG)を曝露後できるだけ早く(24時間以内が望ましく、遅くとも48時間以内)筋注し、外から抗体を補ってその場で侵入したウイルスを中和する。ただし効果は一時的である。 ・能動免疫:HBワクチンを曝露後早期(できれば同時、遅くとも1週間以内)に開始し、1か月後、6か月後の計3回接種して、自ら長期にわたりHBs抗体を産生できるようにする。ワクチン単独では抗体が十分上昇するまでに時間がかかるため、その間の感染を防げない。 したがって本例では、HBIGとHBワクチンの併用が適切である。
選択肢考察
- ×a. 無投薬
誤り。感染源はHBs抗原陽性で感染性があり、曝露者はHBs抗体陰性で防御能がないため、放置すれば急性B型肝炎(まれに劇症化)や持続感染を来しうる。予防を行わないことは許されない。経過観察(追加処置なし)で済むのは、曝露者がワクチン接種歴がありHBs抗体価が10 mIU/mL以上の防御レベルにあると確認できる場合や、感染源のHBs抗原が陰性の場合である。
- ×b. HBワクチンの単独投与
誤り。HBワクチンは能動免疫であり、接種してから防御に十分なHBs抗体が誘導されるまでには数週間以上かかり、通常は複数回の接種を要する。そのため曝露直後のウイルスを中和できず、ワクチン単独ではHBs抗原陽性血への曝露に対する予防として不十分である。ワクチン単独で対応するのは、感染源のHBs抗原が陰性(または不明で低リスク)で、曝露者がワクチン未接種である場合など、今回の曝露による感染リスクが低い状況である。
- ×c. 核酸アナログ製剤の投与
誤り。核酸アナログ製剤(エンテカビル、テノホビルなど)は、HBVの逆転写酵素を阻害してウイルスの複製を抑える薬であり、慢性B型肝炎の治療や、免疫抑制・化学療法時のHBV再活性化の予防などに用いる。HBV針刺し事故の曝露後予防としては標準的に用いられず、HBIGとワクチンによる予防が確立している。なお、抗ウイルス薬の予防内服が標準となるのはHIV曝露の場合である。
- ×d. 抗HBsヒト免疫グロブリンの単独投与
誤り。HBIGは即効性があり曝露直後のウイルスの中和には有効だが、投与された抗体は体内で徐々に分解され、効果は数か月で失われる受動免疫である。単独では長期的な防御能が得られず、今後の再曝露にも備えられない。HBIG単独が選ばれるのは、ワクチンを2シリーズ接種しても抗体が獲得されなかった無反応者(ノンレスポンダー)などに限られる(この場合はHBIGを2回投与する)。本例ではワクチンを併用し、能動免疫を確立させる必要がある。
- ○e. HBワクチン及び抗HBsヒト免疫グロブリンの投与
正しい。HBIGで直ちに抗体を補って曝露直後のHBVを中和し(受動免疫)、同時にHBワクチンを開始して自前のHBs抗体を長期に産生させる(能動免疫)。HBIGの効果が切れる頃にはワクチンによる抗体が立ち上がるため、途切れなく防御できる。HBIGは曝露後24時間以内(遅くとも48時間以内)に、HBワクチンはHBIGと別の部位(反対側の上腕など)に筋注で開始し、1か月後、6か月後に追加接種する。HBs抗原陽性・免疫のない曝露者に対する標準的な対応である。
針刺し事故後の基本対応
・直後に受傷部位を流水と石けんで十分に洗浄する(血液を絞り出す行為や消毒薬の効果は明確ではないが、まずは洗浄が基本)。 ・速やかに所属施設の感染対策部門などに報告し、感染源患者と曝露者の血液検査(HBs抗原、HBs抗体、HCV抗体、HIV抗体など)を行う。曝露者の検査は事故時点の状態(ベースライン)を確認する意味もある。
HBV曝露後の対応の整理(感染源がHBs抗原陽性の場合)
・曝露者がHBs抗体陽性(10 mIU/mL以上、ワクチン有効または感染既往):追加処置は不要で経過観察。 ・曝露者がHBs抗原陰性・HBs抗体陰性(ワクチン未接種または抗体不十分):HBIG+HBワクチン(0・1・6か月)。 ・ワクチン2シリーズ接種後も抗体がつかない無反応者:HBIGを2回投与(初回と1か月後)。 ・曝露者自身がHBs抗原陽性:すでにHBVに感染しており新たな予防は意味がないため、肝臓専門医での評価・フォローを行う。 ・予防後は、HBs抗原・HBs抗体・肝機能を一定期間(おおむね6か月〜1年程度)追跡する。
B型肝炎ウイルスマーカーの意味
・HBs抗原:現在の感染(ウイルスの存在)。 ・HBs抗体:中和抗体。感染既往(自然治癒後)またはワクチン接種後に陽性となり、感染防御能を示す。 ・HBc抗体:感染の証拠。ワクチン接種では陽性にならないため、HBs抗体陽性の原因が感染かワクチンかの区別に用いる。 ・HBe抗原:ウイルス増殖が活発で感染力が強い状態を示す。
他の血液媒介感染症との比較
・HCV:有効なワクチンや確立した曝露後予防はなく、HCV-RNAや抗体、肝機能を追跡し、感染が判明すれば直接作用型抗ウイルス薬(DAA)で治療する。 ・HIV:曝露後できるだけ早く(可能なら2時間以内、遅くとも72時間以内)に抗HIV薬の予防内服を開始し、4週間継続する。 ・医療従事者は就業前にHBワクチンを接種し、抗体獲得を確認しておくことが最も重要な予防策である。
POINT
・HBs抗原陽性血への曝露で、曝露者がHBs抗体陰性なら、HBIG(できれば24時間以内、遅くとも48時間以内)とHBワクチン(0・1・6か月)を併用する。 ・HBIG=即効性だが一時的な受動免疫、HBワクチン=立ち上がりは遅いが持続する能動免疫。両者を組み合わせて隙間なく防御する。 ・曝露者のHBs抗体が10 mIU/mL以上なら追加処置は不要。 ・核酸アナログはB型肝炎の治療薬であり、HBV針刺し事故の予防には用いない(抗ウイルス薬の予防内服はHIVで行う)。 ・医療職の最大の予防策は事前のHBワクチン接種と抗体価の確認である。
