「やめたくなったら、いつでもやめられる」―治験の同意を支える患者の権利
第113回医師国家試験 E問題 第28問
国試問題にチャレンジ
50歳の男性。肺腺癌のため通院中である。1年前に咳嗽が出現し,6か月前に精査を行い,切除不能のⅢ期肺腺癌と診断された。放射線治療と抗癌化学療法による標準治療を行った。新たな転移は認めないが,腫瘍の大きさが増大している。治験参加施設として治験への参加を提案することになった。 患者への説明として適切でないのはどれか。
- a.「ご家族と相談されても結構です」
- b.「途中で同意の撤回はできません」
- c.「参加されるか,されないかは自由です」
- d.「十分理解し,納得されてから参加してください」
- e.「参加されなくても不利益が生じることはありません」
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
治験は、効果がまだ確立していない新しい治療を評価する臨床試験であり、日本ではGCPに基づき、治験審査委員会(IRB)の審査を経て実施されます。その根幹であるインフォームド・コンセントでは、参加は本人の自由意思で決めること、十分な説明を受けて理解・納得したうえで文書で同意すること、家族などに相談し考える時間をとってよいことが原則となります。特に重要なのは、同意は参加後もいつでも理由を問わず撤回でき、不参加や撤回によって診療上の不利益を受けないという点で、「撤回できない」という説明は明確に不適切です。説明文書には効果と副作用、他の治療選択肢、健康被害の補償、記録の閲覧とプライバシー保護なども記載されます。こうした原則の理解は、治験に限らず、あらゆる医療行為で患者の自己決定を尊重する姿勢の基盤となります。
解答・解説
正解はbです
症例の整理
50歳の男性で、切除不能のⅢ期肺腺癌に対し、放射線治療と抗癌化学療法を組み合わせた標準治療が行われた。新たな遠隔転移はないものの腫瘍が増大しており、標準治療に抵抗性を示した進行肺癌と考えられる。このように既存の標準治療で十分な効果が得られない患者は、新薬や新しい治療法の有効性・安全性を確かめる臨床試験(治験)の対象となりうる。
設問の考え方
治験は、医薬品や医療機器の製造販売承認を得る目的で、ヒトを対象に行われる臨床試験である。治療としての効果が確立していない段階の介入を含むため、被験者の人権・安全・福祉の保護が最優先され、日本では「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(GCP:Good Clinical Practice)」によって手続きが定められている。その中心となるのがインフォームド・コンセント(説明を受けたうえでの同意)であり、次の原則が守られなければならない。 ・参加は本人の自由意思による(任意性) ・十分な説明を受け、理解・納得したうえで文書により同意する ・同意はいつでも撤回でき、撤回や不参加によって不利益を受けない ・家族など周囲の人に相談し、考える時間が与えられる 本問は「適切でないもの」を選ぶ問題であり、これらの原則に反する説明を探せばよい。
選択肢考察
- ×a. 「ご家族と相談されても結構です」
適切な説明である。治験への参加は本人が決めることだが、その判断のために家族や信頼できる人に相談し、十分に考える時間をとることは推奨される。GCPでも、同意を求める際には質問の機会と参加を判断するための十分な時間を与えるよう求めている。相談を促すことは、患者が納得して意思決定するための支援になる。
- ○b. 「途中で同意の撤回はできません」
適切でない説明であり、これが正解である。被験者は、治験に参加した後でも、理由を問わずいつでも同意を撤回して参加を取りやめることができる。撤回したことで、その後の診療において不利益な扱いを受けることもない。この権利は説明文書に必ず記載し、口頭でも伝えるべき事項である。撤回できないと告げることは、患者の自己決定権を侵害し、インフォームド・コンセントの前提を崩す。
- ×c. 「参加されるか,されないかは自由です」
適切な説明である。治験への参加に強制力はなく、患者自身の自由な意思で決めるものである(任意性の原則)。医師が参加を勧める立場にあっても、圧力をかけたり、断りにくい雰囲気を作ったりしてはならない。
- ×d. 「十分理解し,納得されてから参加してください」
適切な説明である。治験の目的・方法、期待される効果、予測される副作用などのリスク、他の治療選択肢などについて、患者が十分に理解し納得したうえで同意することがインフォームド・コンセントの原則である。医師は専門用語を避け、患者が理解できるよう説明を尽くす責任がある。
- ×e. 「参加されなくても不利益が生じることはありません」
適切な説明である。治験への参加を断ったとしても、その後の診療が後回しにされたり、医療の質が下がったりするような不利益を被ることがあってはならない。この点を明示することで、患者は気兼ねなく参加・不参加を選ぶことができる。
治験とGCP
治験は、医薬品医療機器等法(薬機法)に基づき、承認申請に必要なデータを集めるために行われる臨床試験である。実施にあたっては GCP に従い、医療機関に設置された治験審査委員会(IRB:Institutional Review Board)が、倫理性・科学性の観点から実施の可否や継続を審査する。治験に限らず、ヒトを対象とする医学研究全般の倫理原則はヘルシンキ宣言(世界医師会)に示されている。
説明文書に記載すべき主な事項
・治験の目的、治験薬の使用方法、検査の内容、参加期間 ・期待される効果と予測される副作用(不利益) ・他の治療方法の有無とその内容 ・参加は任意であり、いつでも中止でき、不参加・中止によって不利益を受けないこと ・健康被害が生じた場合に補償・治療を受けられること ・カルテや検査結果などの記録を、依頼者(製薬企業)のモニター、治験審査委員会、規制当局(厚生労働省等)が閲覧すること、およびその際にプライバシーが守られること ・担当医師の氏名と連絡先、質問・相談の窓口 ・新たな情報が得られた場合には速やかに伝えられること
同意の取得
同意は説明文書を用いて説明したうえで、被験者が署名した同意文書により取得する。治験コーディネーター(CRC:Clinical Research Coordinator)が説明や相談の補助を担うことも多い。
POINT
・治験参加は本人の自由意思で決め、十分な説明・理解・納得のうえで文書同意を得る。 ・同意はいつでも撤回でき、不参加や撤回によって不利益を受けない。 ・家族などに相談する時間を与えてよい(むしろ望ましい)。 ・治験の手続きは GCP に定められ、治験審査委員会(IRB)が審査する。
