溶接の光を浴びて「今は平気」―数時間後にやってくる電気性眼炎
第113回医師国家試験 C問題 第35問
国試問題にチャレンジ
45歳の男性。造船所でアーク溶接作業に従事している。本日,午前11時ころ,作業場が暑かったので,保護具を外して汗をぬぐってしまい,溶接時に発生する光に曝露したという。特に自覚症状はなく,その後の作業にも差し障りはなかったが,念のためにと同じ作業場の同僚が気遣い,昼食後,午後2時に同僚とともに医務室を訪れた。意識は清明。眼球結膜に軽度充血を認める。視野は良好。眼や耳の痛みは訴えていない。瞳孔,口腔粘膜および皮膚に異常を認めない。 対応として適切なのはどれか。
- a.問題ないと伝える。
- b.救急車を要請する。
- c.水分を経口摂取させる。
- d.呼吸機能検査を勧める。
- e.眼科医への紹介受診を勧める。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
アーク溶接の光には強い紫外線(UVB・UVC)が含まれ、保護具なしで浴びると角膜上皮・結膜が傷害されて電気性眼炎(紫外線角結膜炎)を起こします。曝露直後は無症状のことが多く、6〜12時間ほどの潜伏期をおいて激しい眼痛・流涙・羞明・結膜充血が現れるため、「今は平気」でも結膜充血などの所見があれば眼科への紹介受診を勧めるのが適切です。眼科ではフルオレセイン染色で点状表層角膜症を確認し、角膜保護の点眼や抗菌薬点眼、眼帯などで治療し、多くは1〜2日で後遺症なく治癒するため救急搬送までは要しません。暑熱環境からの熱中症や、金属ヒューム吸入による溶接工肺・金属熱は、今回の光曝露とは別の健康障害として区別します。曝露の種類から障害される臓器と発症までの時間を予測する考え方は、産業保健や救急外来での適切なトリアージの基礎になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・45歳男性、造船所でアーク溶接に従事している。 ・午前11時ころ、保護具(遮光面)を外した状態で溶接時の光を浴びた。 ・受診は3時間後の午後2時。自覚症状はなく作業も続けられたが、眼球結膜に軽度の充血を認める。 ・意識清明、視野良好、眼痛・耳痛なし。瞳孔・口腔粘膜・皮膚にも異常はない。
診断に至るプロセス
アーク溶接の光には強い紫外線(特に波長の短いUVB・UVC)が含まれる。遮光せずにこれを浴びると、角膜上皮・結膜が紫外線で傷害され、電気性眼炎(紫外線角結膜炎、雪眼炎と同じ病態)を起こす。本症の特徴は、曝露直後には症状が乏しく、6〜12時間ほどの潜伏期をおいて、激しい眼痛・異物感・流涙・羞明・結膜充血・眼瞼けいれんなどが出現することである。夜間に強い痛みで目を覚まして受診する、という経過が典型的である。 本例は曝露から3時間でまだ自覚症状はないが、すでに結膜充血がみられており、電気性眼炎の初期像と考えられる。今後数時間のうちに症状が強くなる可能性が高い。 一方、意識清明で全身状態は良好であり、熱中症を示唆する所見はない。呼吸器症状もなく、口腔粘膜・皮膚にも異常はないため、溶接ヒュームなどの吸入による障害や皮膚の紫外線障害を疑う根拠もない。
設問の考え方
「今は無症状だから大丈夫」と判断せず、遅れて症状が出る疾患であることを踏まえて対応を選ぶ。角膜の状態を細隙灯顕微鏡とフルオレセイン染色で評価し、点眼治療を受けられるよう眼科医への受診につなげるのが適切である。ただし緊急搬送を要するほどの重症ではない。
選択肢考察
- ×a. 問題ないと伝える。
現時点で無症状でも、電気性眼炎は紫外線曝露から6〜12時間ほど経ってから激しい眼痛・流涙・羞明が出現する。すでに結膜充血という客観的所見もあり、「問題ない」と帰すのは不適切である。少なくとも今後症状が出る可能性を説明し、受診につなげる必要がある。
- ×b. 救急車を要請する。
意識清明で視野も良好、眼痛もなく、生命や視機能が差し迫って脅かされている状況ではない。電気性眼炎は通常1〜2日で角膜上皮が再生して治癒する予後良好な疾患であり、救急車を要請するほどの緊急性はない。
- ×c. 水分を経口摂取させる。
作業場が暑かったという記載から熱中症を連想させる選択肢だが、本例は意識清明で、頭痛・めまい・倦怠感などの熱中症症状の記載もない。水分補給自体に害はないものの、問題となっている紫外線による眼障害への対応にはならない。
- ×d. 呼吸機能検査を勧める。
溶接作業では金属ヒュームの吸入による金属熱や溶接工肺(じん肺の一種)が問題となることがあるが、それらは煙の吸入による障害であり、本例で問題となっている「光への曝露」とは関係しない。呼吸器症状も記載されておらず、現時点で呼吸機能検査を勧める根拠はない。
- ○e. 眼科医への紹介受診を勧める。
アーク溶接光への無防備な曝露と結膜充血から電気性眼炎が強く疑われ、数時間後に症状が増悪することが予想される。眼科では細隙灯顕微鏡とフルオレセイン染色で点状表層角膜症(角膜上皮のびまん性の点状びらん)の有無を確認し、角膜上皮の修復を助ける点眼(ヒアルロン酸など)、二次感染予防の抗菌薬点眼、眼軟膏と眼帯による保護などを行う。したがって眼科医への紹介受診を勧めるのが最も適切である。
電気性眼炎(紫外線角結膜炎)
・原因:溶接のアーク光、殺菌灯、雪面や水面での紫外線反射(雪眼炎)など。紫外線(主にUVB・UVC)が角膜・結膜に吸収され、角膜上皮細胞が傷害される。 ・潜伏期:曝露後おおむね6〜12時間。曝露直後は無症状であることが多い。 ・症状:激しい眼痛、異物感、流涙、羞明、結膜充血、眼瞼けいれん。通常は両眼性。 ・所見:フルオレセイン染色で角膜にびまん性の点状の染色(点状表層角膜症)を認める。 ・治療:角膜上皮の再生を促す点眼、二次感染予防の抗菌薬点眼、眼軟膏、眼帯。疼痛が強い場合も点眼麻酔薬を繰り返し使うことは角膜上皮の修復を妨げるため避ける。 ・予後:多くは24〜48時間程度で後遺症なく治癒する。 ・予防:遮光保護具(溶接面、保護眼鏡)の確実な着用。
紫外線の波長と到達部位
紫外線は波長の長い順にUVA(315〜400nm)、UVB(280〜315nm)、UVC(100〜280nm)に分けられる。太陽光のUVCは大気(オゾン層)でほぼ吸収されるが、溶接アークや殺菌灯などの人工光源からは放射される。波長の短い紫外線ほど角膜で吸収されやすく、角結膜炎の原因となる。長期的な紫外線曝露は白内障や翼状片のリスク因子にもなる。
溶接作業に関連するその他の健康障害
・金属熱:酸化亜鉛などの金属ヒューム吸入後、数時間して悪寒・発熱をきたす。 ・溶接工肺:酸化鉄ヒュームの吸入によるじん肺。 ・熱傷、皮膚の紫外線障害(日焼け様の皮膚炎)。 ・赤外線・強い可視光による網膜障害は、紫外線による角結膜炎とは別の機序である。
POINT
・アーク溶接光への無防備な曝露→電気性眼炎(紫外線角結膜炎)。 ・曝露直後は無症状でも、6〜12時間後に激しい眼痛・流涙・羞明・結膜充血が出現する。 ・診断はフルオレセイン染色で点状表層角膜症を確認する。 ・対応は眼科受診。治療は角膜保護の点眼、抗菌薬点眼、眼帯などで、予後は良好。 ・緊急搬送を要する状態ではなく、無症状でも放置してよいわけでもない。
