腫瘍を取ったら終わりじゃない―褐色細胞腫の術後に起こる「裏返し」の危機
第113回医師国家試験 A問題 第11問
国試問題にチャレンジ
褐色細胞腫摘出後早期に注意すべきなのはどれか。2つ選べ。
- a.頻脈
- b.頭痛
- c.低血圧
- d.低血糖
- e.発汗過多
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
褐色細胞腫はカテコールアミンを過剰に分泌する腫瘍で、高血圧・高血糖・代謝亢進・頭痛・発汗過多(5H)を呈します。腫瘍を摘出すると血中カテコールアミンが急減し、血管拡張・循環血漿量減少・α遮断薬の残存効果が重なって低血圧を、インスリン分泌抑制の解除による反跳性高インスリン血症と糖新生刺激の消失によって低血糖をきたします。頻脈・頭痛・発汗過多はカテコールアミン過剰の症状であり、摘出後はむしろ改善が期待されます。術前はα遮断薬を先行させて循環血漿量を回復させ、β遮断薬は後から加えること、両側摘出ではステロイド補充が必要なことも併せて押さえておきましょう。「術前の病態の裏返しが術後に起こる」という考え方は、ホルモン産生腫瘍の周術期管理全般に応用できる重要な視点です。
解答・解説
正解はc, dです
褐色細胞腫は副腎髄質(または傍神経節)のクロム親和性細胞から発生し、カテコールアミン(アドレナリン、ノルアドレナリン、ドパミン)を過剰に分泌する腫瘍である。術前の患者の体は、持続的・発作的なカテコールアミン過剰の状態に「慣れて」いる。 腫瘍を摘出すると血中カテコールアミン濃度は短時間で急激に低下する。この変化によって、術前とはちょうど逆向きの問題が術直後に生じる。 【循環】カテコールアミンによるα1受容体刺激で収縮していた血管が一気に拡張する。術前は慢性的な血管収縮のため循環血漿量が減少していることが多く、さらに術前から投与していたα遮断薬の効果も残るため、著しい低血圧(ショックに至ることもある)をきたしやすい。 【代謝】カテコールアミンは膵β細胞のα2受容体を介してインスリン分泌を抑えている。腫瘍摘出でこの抑制が外れると、高血糖に反応して蓄積していたインスリン分泌能が一気に発揮され(リバウンド性の高インスリン血症)、加えて肝での糖新生・グリコーゲン分解の刺激も消えるため、低血糖が起こる。 したがって、褐色細胞腫の典型症状(いわゆる5H:高血圧、高血糖、代謝亢進、頭痛、発汗過多)の「裏返し」として、術後早期には低血圧と低血糖に注意する、と考えれば正解を導ける。頻脈・頭痛・発汗過多はいずれもカテコールアミン過剰による症状であり、腫瘍摘出によってむしろ改善が期待されるものである。
選択肢考察
- ×a. 頻脈
頻脈はカテコールアミンが心臓のβ1受容体を刺激して心拍数を増やすことで生じる、褐色細胞腫の症状である。腫瘍摘出後はカテコールアミンが急減するため、心拍数はむしろ低下方向に向かう。術直後の低血圧に対する反射性頻脈が一時的にみられることはありうるが、本症の術後早期に特有の注意点として挙げるべきものではない。
- ×b. 頭痛
頭痛は高血圧発作に伴ってみられる褐色細胞腫の代表的症状(5Hの一つ)である。腫瘍摘出によりカテコールアミン過剰と高血圧が解消されるため、頭痛は軽快が期待される。術後早期に特に警戒すべき病態ではない。
- ○c. 低血圧
腫瘍摘出によって血中カテコールアミンが急激に減少し、α1受容体を介した血管収縮が失われて末梢血管が拡張する。術前の慢性的な血管収縮で循環血漿量が減っていること、術前に投与したα遮断薬(ドキサゾシンなど)の作用が残っていることも重なり、術後早期に高度の低血圧をきたしやすい。十分な輸液、必要に応じた昇圧薬投与で対応するため、厳重な血圧モニタリングが必要である。
- ○d. 低血糖
カテコールアミンはα2受容体を介して膵β細胞からのインスリン分泌を抑制し、同時に肝での糖新生・グリコーゲン分解を促進して血糖を上昇させている。腫瘍摘出によりこれらの作用が一気に消失すると、インスリン分泌の抑制が解除されて反跳性の高インスリン血症が生じ、低血糖をきたす。術後数時間以内に起こることが多く、麻酔の影響で症状に気づきにくいため、血糖の頻回測定が推奨される。
- ×e. 発汗過多
発汗過多はカテコールアミン過剰による交感神経刺激症状・代謝亢進の表れであり、5Hの一つである。腫瘍摘出後は交感神経刺激が消失するため改善に向かう。術後早期に注意すべき合併症ではない。
褐色細胞腫の概要
副腎髄質や交感神経節(副腎外の場合は傍神経節腫:パラガングリオーマ)のクロム親和性細胞から発生するカテコールアミン産生腫瘍である。古くは「10%病(両側性、副腎外、悪性、家族性がそれぞれ約10%)」とされたが、現在は遺伝子変異を伴う例が3割以上と多く、また全例が転移の可能性をもつ腫瘍として扱われている。
症状:5H
高血圧(hypertension)、高血糖(hyperglycemia)、代謝亢進(hypermetabolism)、頭痛(headache)、発汗過多(hyperhidrosis)。動悸・頻脈、体重減少、起立性低血圧(循環血漿量減少による)もみられる。
診断
血中・尿中のメタネフリン、ノルメタネフリン(カテコールアミン代謝産物)の高値、CT・MRI(T2強調像で高信号)、123I-MIBGシンチグラフィで局在診断する。
周術期管理
術前:まずα遮断薬(ドキサゾシンなど)で血圧を管理し、十分な塩分・水分摂取で循環血漿量を回復させる。頻脈にはα遮断を確立したあとでβ遮断薬を追加する(β遮断薬を先行するとβ2を介した血管拡張が失われ、α作用が優位となって高血圧クリーゼを招く)。 術中:腫瘍操作時の血圧上昇と、腫瘍静脈結紮後の急激な血圧低下の両方に備える。 術後早期:低血圧と低血糖に注意する。両側副腎摘出例では副腎皮質不全にも注意し、ステロイド補充が必要となる。
POINT
・褐色細胞腫摘出後はカテコールアミンが急減し、術前症状の「裏返し」が起こる。 ・血管拡張+循環血漿量減少+α遮断薬の残存効果 → 低血圧。 ・インスリン分泌抑制の解除(反跳性高インスリン血症)→ 低血糖。 ・頻脈、頭痛、発汗過多は5H関連の症状で、摘出後は改善する。 ・術前はα遮断薬が先、β遮断薬は後。
