若すぎる胆管癌―「印刷工場」の職歴が指し示すもの
第112回医師国家試験 F問題 第60問
国試問題にチャレンジ
38歳の男性。生来健康であったが,2週間前から黄疸と右季肋部痛が出現したため来院した。喫煙歴はなく,飲酒は機会飲酒。20歳から印刷工場で印刷作業に従事している。腹部超音波検査を施行したところ,肝門部に腫瘤が認められた。 診断のために聴取すべきなのはどれか。
- a.職場の分煙状況
- b.最近5年間の健診受診の状況
- c.最近3か月の時間外勤務の状況
- d.作業時の防塵マスクの使用状況
- e.過去に作業で使用した有機溶剤の種類
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
若年者が閉塞性黄疸と肝門部腫瘤で発症した場合、一般的な好発年齢から外れる胆管癌として、基礎疾患とともに職業性曝露を考える必要があります。印刷業ではインク洗浄に使われた塩素系有機溶剤の1,2-ジクロロプロパンとジクロロメタンへの長期・高濃度曝露が胆管癌の原因とされ、2013年に業務上疾病として認められました。したがって聴取すべきは過去に使用した有機溶剤の種類であり、受動喫煙は肺癌など、時間外労働は脳・心臓疾患や精神障害、防塵マスクはじん肺と結び付けて整理しておくと混同しません。職業歴の聴取では物質の種類、曝露期間と量、作業環境、保護具、同僚の発症状況を確認し、その情報が労災認定や同じ職場の健康管理につながることを意識しておくことが大切です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・38歳と比較的若い男性で、もともと健康である。 ・2週間前から黄疸と右季肋部痛が出ている。発熱の記載はない。 ・喫煙歴はなく、飲酒は機会飲酒程度である。 ・20歳から18年間、印刷工場で印刷作業をしている。 ・腹部超音波検査で肝門部(肝臓の入口で、左右の肝管が合流する部位)に腫瘤がある。
診断へのプロセス
黄疸と右季肋部痛があり、肝門部に腫瘤がみられることから、腫瘤によって胆道が閉塞して起きた閉塞性黄疸を考える。発熱の記載がないため、急性胆管炎や胆嚢炎のような炎症性疾患よりも腫瘍性病変が疑わしい。肝門部の腫瘤で閉塞性黄疸をきたす疾患としては肝門部領域胆管癌がまず挙がり、肝細胞癌や胆嚢癌の浸潤、転移性腫瘍なども鑑別に入る。 胆管癌はふつう高齢者(60〜70歳代)に多い。38歳でのこの経過は年齢の点で典型的ではない。ここで注目するのが「20歳から印刷工場で作業」という職歴である。2012年、大阪の校正印刷事業場で、若い従業員や元従業員に胆管癌が集団で発生していることが明らかになった。原因として、インクの洗浄に使われた塩素系有機溶剤の1,2-ジクロロプロパンとジクロロメタンへの長期・高濃度の曝露が疑われ、労働災害として認定された。
設問の考え方
「診断のために聴取すべき事項」とは、本症例が職業性胆管癌であるかを判断する材料、つまり原因物質への曝露歴である。具体的には、過去に使った有機溶剤の種類、使用した期間と量、作業場の換気状況、同じ職場で同じ病気になった人がいるかなどを確認する。この情報は治療方針だけでなく、労災認定の申請や同僚の健康管理にもかかわる。
選択肢考察
- ×a. 職場の分煙状況
分煙状況から分かるのは受動喫煙への曝露であり、これは肺癌や虚血性心疾患などのリスク因子である。胆管癌の発生に受動喫煙が大きくかかわるとは考えられていない。本症例の職業性発がんを判断する情報にはならない。
- ×b. 最近5年間の健診受診の状況
過去の健診結果(肝機能異常の有無など)は参考にはなるが、受診したかどうか自体は病因の判断に役立たない。職業性胆管癌を疑ったときにまず必要なのは原因物質への曝露歴であり、優先度は低い。
- ×c. 最近3か月の時間外勤務の状況
時間外労働(長時間労働)は、脳・心臓疾患(いわゆる過労死)やうつ病などの精神障害の業務起因性を評価するときに重要な情報である。胆管癌の原因とは関係がない。また、発がんは長期間の曝露の結果として起こるため、直近3か月の勤務状況から診断の手がかりは得られない。
- ×d. 作業時の防塵マスクの使用状況
防塵マスクは粉じん(固体の微粒子)を吸い込まないための保護具で、じん肺(珪肺など)や石綿関連疾患の予防にかかわる。印刷作業で問題になるのは揮発した有機溶剤の蒸気であり、これは防塵マスクでは防げない(防ぐには有機ガス用の防毒マスクが必要である)。胆管癌との関連を評価する情報にはならない。
- ○e. 過去に作業で使用した有機溶剤の種類
印刷業でインクの洗浄などに使われた塩素系有機溶剤、特に1,2-ジクロロプロパンとジクロロメタンは、職業性胆管癌の原因物質とされている。若い印刷作業者に肝門部腫瘤と閉塞性黄疸がみられる本症例では、どの溶剤をどのくらいの期間・量で使っていたかを聴くことが、職業性胆管癌かどうかを判断する最も重要な情報になる。溶剤の種類を特定すれば、労災認定や同じ職場の作業者の健康管理にもつながる。
印刷業における職業性胆管癌
・2012年、大阪の校正印刷事業場で、20〜40歳代の従業員や元従業員に胆管癌が多発していることが判明した。その後、ほかの事業場でも同様の事例が確認された。 ・原因とされた物質は、インク洗浄剤に含まれる1,2-ジクロロプロパンと、ジクロロメタンである。換気の悪い作業場で長期間・高濃度に曝露していたことが特徴である。 ・2013年、厚生労働省はこれらの物質への曝露による胆管癌を業務上疾病と認めた。1,2-ジクロロプロパンは労働安全衛生法の特定化学物質に加えられ、作業環境測定や特殊健康診断などが義務となった。 ・国際がん研究機関(IARC)は2014年、1,2-ジクロロプロパンを「ヒトに対して発がん性がある(グループ1)」、ジクロロメタンを「おそらく発がん性がある(グループ2A)」に分類した。 ・臨床像の特徴として、一般の胆管癌より若い年齢で発症すること、癌になる前から血清γ-GTP(γ-グルタミルトランスペプチダーゼ)などの胆道系酵素が上昇していることが多いこと、胆管の広い範囲に前がん病変や上皮内癌がみられることが報告されている。
胆管癌の一般的な危険因子
原発性硬化性胆管炎、膵・胆管合流異常、肝内結石、肝吸虫症(肝臓ジストマ)、慢性B型・C型肝炎などがある。若年発症の場合は、これらの基礎疾患に加えて職業性曝露を必ず考える。
職業歴聴取の基本
職業性疾患を疑うときは、職種名だけでなく、扱った物質の種類、曝露の期間と量、作業環境(換気、局所排気装置)、保護具の種類と使い方、同僚に同様の病気の人がいるか、を聴く。保護具は対象物質に合ったものでなければ効果がない(粉じんには防塵マスク、有機溶剤の蒸気には防毒マスク)。
POINT
・印刷業従事者の胆管癌:1,2-ジクロロプロパン、ジクロロメタン(塩素系有機溶剤) ・若年者の胆管癌では職業歴(使用した化学物質の種類)を必ず聴く ・時間外労働は脳・心臓疾患や精神障害、防塵マスクはじん肺、受動喫煙は肺癌などと結び付けて整理する ・職業性疾患と分かれば労災認定と同じ職場の健康管理につながる
