インフルエンザには効いてノロには効かない―アルコール消毒の効き目は「膜」で決まる
第112回医師国家試験 C問題 第1問
国試問題にチャレンジ
アルコールによる手指衛生の効果が高いのはどれか。
- a.破傷風菌
- b.ノロウイルス
- c.ロタウイルス
- d.ボツリヌス菌
- e.インフルエンザウイルス
対話形式の解説
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医学生
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ドクターまとめ
アルコールは病原体の蛋白質を変性させ、脂質膜を溶かすことで効果を発揮するため、脂質二重膜のエンベロープをもつインフルエンザウイルスやコロナウイルスなどにはよく効きます。一方、エンベロープをもたないノロウイルスやロタウイルスは丈夫なカプシドに守られ、破傷風菌やボツリヌス菌などClostridium属の芽胞は厚い殻をもつため、アルコールでは不活化されにくいです。これらが問題となる場面では、手指は流水と石けんで物理的に洗い流し、環境には次亜塩素酸ナトリウムを用います。目に見える汚れがなければアルコール製剤による手指消毒が標準予防策の基本ですが、ノロウイルスやC. difficile感染症などでは手洗いへの切り替えが必要です。病原体の構造から消毒法を選ぶ考え方は、院内感染対策を実践するうえで欠かせない土台になります。
解答・解説
正解はeです
アルコール(エタノールやイソプロパノール)による手指消毒は、病原体の蛋白質を変性させ、脂質膜を溶かすことで効果を出す。そのため、効きやすさは病原体の構造で大きく変わる。
効きやすいもの
・一般細菌の栄養型(増殖している状態の菌) ・エンベロープ(ウイルス粒子の外側を包む脂質二重膜)をもつウイルス。インフルエンザウイルス、コロナウイルス、RSウイルス、HIV、ヘルペスウイルス属などがこれにあたる。アルコールでエンベロープが壊れると、ウイルスは細胞に吸着・侵入できなくなる。
効きにくいもの
・エンベロープをもたないウイルス(ノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルス、エンテロウイルスなど)。脂質膜がなく、蛋白質の殻(カプシド)が丈夫なため、アルコールに強い。 ・細菌の芽胞(Clostridium属、Bacillus属などが作る休眠型の耐久構造)。厚い殻で守られており、アルコールではほとんど不活化されない。 したがって、本問は「エンベロープをもつウイルスはどれか」「芽胞を作らない菌はどれか」と考え直すと解きやすい。選択肢のうち、エンベロープをもつウイルスはインフルエンザウイルスだけで、ほかは芽胞形成菌かエンベロープをもたないウイルスである。
選択肢考察
- ×a. 破傷風菌
破傷風菌(Clostridium tetani)は偏性嫌気性のグラム陽性桿菌で、芽胞の形で世界中の土壌に存在する。芽胞はアルコールで不活化されないため、アルコールによる手指衛生の効果は低い。芽胞を物理的に洗い流す、流水と石けんでの手洗いが基本となる。
- ×b. ノロウイルス
ノロウイルスはカリシウイルス科に属し、急性感染性胃腸炎の代表的な原因ウイルスである。エンベロープをもたないため、アルコールによる不活化効果は乏しい。手指は流水と石けんで洗い流すことが重要で、吐物・便で汚染された環境や物品には次亜塩素酸ナトリウムを使う。少量のウイルスで感染が成立し、集団発生を起こしやすい点も重要である。
- ×c. ロタウイルス
ロタウイルスはレオウイルス科に属し、乳幼児の急性胃腸炎(白色便性下痢症)の主要な原因である。ノロウイルスと同じくエンベロープをもたないため、アルコールでは不活化されにくい。感染対策は流水と石けんでの手洗い、次亜塩素酸ナトリウムによる環境消毒が中心で、予防には経口生ワクチン(定期接種)がある。
- ×d. ボツリヌス菌
ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)は偏性嫌気性のグラム陽性桿菌で、ボツリヌス神経毒素を作り、下降性の弛緩性麻痺を起こすボツリヌス症の原因となる。破傷風菌と同じく芽胞を形成し、芽胞はアルコールに抵抗性である。したがってアルコールによる手指衛生の効果は低い。
- ○e. インフルエンザウイルス
インフルエンザウイルスはオルソミクソウイルス科に属するRNAウイルスで、脂質二重膜のエンベロープをもつ。エンベロープには赤血球凝集素(HA)やノイラミニダーゼ(NA)が埋め込まれており、アルコールで膜が壊れて蛋白が変性すると感染性を失う。このため、アルコールによる手指衛生の効果が高い。
消毒薬に対する抵抗性の目安(弱い→強い)
エンベロープをもつウイルス・一般細菌(栄養型) < 真菌 < エンベロープをもたないウイルス < 結核菌などの抗酸菌 < 細菌芽胞 < プリオン ※抗酸菌はエンベロープのないウイルスより弱いとする分類もあり、順序には諸説ある。抗酸菌に対してはアルコールは比較的有効である。
エンベロープの有無の例
・あり:インフルエンザウイルス、コロナウイルス(SARS-CoV-2など)、RSウイルス、麻疹ウイルス、ムンプスウイルス、風疹ウイルス、ヘルペスウイルス属(HSV、VZV、EBV、CMV)、HIV、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス ・なし:ノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルス、エンテロウイルス(ポリオウイルス、コクサッキーウイルスなど)、A型肝炎ウイルス、E型肝炎ウイルス、ヒトパピローマウイルス、パルボウイルスB19
芽胞を作る主な菌
Clostridium属(破傷風菌、ボツリヌス菌、ウェルシュ菌)、Clostridioides difficile、Bacillus属(炭疽菌、セレウス菌)。芽胞の確実な死滅には高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)やグルタラールなどの高水準消毒薬が必要であるが、これらは人体には使えない。そのため、手指については流水と石けんで物理的に洗い流すことが重要である。C. difficile感染症の患者に接した後も、アルコール製剤だけでなく流水での手洗いを行う。
手指衛生の使い分け
目に見える汚れがないときは、アルコール製剤による手指消毒が速く確実で、標準予防策の基本となる。目に見える汚れがあるとき、芽胞形成菌やノロウイルスなどエンベロープをもたないウイルスが問題になるときは、流水と石けんによる手洗いを行う。
POINT
・アルコールは脂質膜(エンベロープ)を壊し、蛋白を変性させて効く。 ・エンベロープをもつウイルス(インフルエンザ、コロナなど)にはアルコールがよく効く。 ・エンベロープをもたないウイルス(ノロ、ロタ、アデノ、エンテロ)と細菌芽胞(Clostridium属、Bacillus属)にはアルコールが効きにくい。 ・これらには流水と石けんでの手洗い、環境には次亜塩素酸ナトリウムを使う。
