汗だけは例外―標準予防策の「感染性あり」の線引きを身につける
第111回医師国家試験 H問題 第20問
国試問題にチャレンジ
標準予防策〈standard precautions〉について正しいのはどれか。
- a.診察時の手指衛生を毎回行う必要はない。
- b.救急患者の受入時はN95マスクを着用する。
- c.患者の汗の付着したバスタオルは感染性があるものとして扱う。
- d.患者の唾液が付着した木製舌圧子は一般廃棄物として処理する。
- e.患者が嘔吐している場合はプラスチックエプロンを着用して診察する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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医学生
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ドクターまとめ
標準予防策は、感染症の有無にかかわらずすべての患者に常に行う院内感染対策の基本で、血液、汗を除くすべての体液・分泌物・排泄物、粘膜、損傷皮膚を感染性ありとして扱います。手指衛生は診察のたびに必ず行い、PPEは予想される曝露に応じて選ぶため、嘔吐物で衣服が汚れるおそれがあればプラスチックエプロンを着用します。唾液の付いた舌圧子は感染性廃棄物として扱い、汗のみが付いたタオルは通常のリネンでよい一方、N95マスクは結核・麻疹・水痘などに対する空気予防策の装備であり、標準予防策ではサージカルマスクを用います。標準予防策を土台に感染経路別予防策を上乗せするという構造を理解することは、患者と医療者の双方を守る日々の臨床行動に直結します。
解答・解説
正解はeです
標準予防策〈standard precautions〉は、感染症の診断がついているかどうかにかかわらず、すべての患者に対して常に実施する院内感染対策の基本である。その前提は「どの患者も伝播しうる病原体を保有している可能性がある」と考えることであり、具体的には次の湿性生体物質を感染性があるものとして扱う。 ・血液 ・汗を除くすべての体液、分泌物、排泄物(唾液、喀痰、尿、便、嘔吐物など) ・粘膜 ・損傷のある(健常でない)皮膚 これらに触れる可能性がある場面では、手指衛生を徹底し、予想される曝露の程度に応じて手袋・ガウン(エプロン)・サージカルマスク・ゴーグルなどの個人防護具〈PPE: personal protective equipment〉を選んで着用する。また、これらが付着した器材やリネン、廃棄物も感染性のあるものとして取り扱う。 本問では、各選択肢の場面が「標準予防策の対象となる物質かどうか」「標準予防策で求められる対応か、それとも感染経路別予防策(空気・飛沫・接触)の対応か」を見分けることが鍵となる。嘔吐物は感染性ありとして扱う代表的な排泄物であり、飛散による衣服の汚染を防ぐためにエプロンを着用するという対応が標準予防策に合致する。
選択肢考察
- ×a. 診察時の手指衛生を毎回行う必要はない。
誤り。手指衛生は標準予防策の中で最も基本的かつ重要な要素であり、診察のたびに必ず行う。医療従事者の手は病原体を患者から患者へ運ぶ主要な媒介経路となるためである。WHOは手指衛生を行うべき場面として「5つのタイミング」(患者に触れる前、清潔・無菌操作の前、体液に曝露した可能性のある後、患者に触れた後、患者周囲の環境に触れた後)を示している。目に見える汚れがなければ速乾性擦式アルコール製剤による手指消毒、汚れがある場合や、アルコールが効きにくいClostridioides difficile(芽胞形成菌)やノロウイルスが疑われる場合は流水と石けんによる手洗いを行う。手袋を着用していても、外した後には手指衛生が必要である。
- ×b. 救急患者の受入時はN95マスクを着用する。
誤り。標準予防策で用いるマスクはサージカルマスクであり、飛沫や体液の飛散から医療者の口・鼻の粘膜を守る目的で着用する。N95マスクは0.3μm程度の微粒子を95%以上捕集できる高性能の呼吸用防護具で、結核・麻疹・水痘など空気感染(飛沫核感染)する疾患が疑われる、あるいは確定している患者に対応する際の「空気予防策」で用いる。つまりN95マスクは感染経路別予防策の装備であり、救急患者全員に一律に着用するものではない。もちろん、受け入れる救急患者に空気感染症が疑われる場合には、その時点で空気予防策を追加しN95マスクを着用する。
- ×c. 患者の汗の付着したバスタオルは感染性があるものとして扱う。
誤り。標準予防策では体液・分泌物・排泄物の大部分を感染性ありとして扱うが、汗は唯一の例外として除外されている。汗そのものを介して病原体が伝播することは通常ないと考えられているためである。したがって汗のみが付着したバスタオルは、通常のリネンとして扱えばよい。ただし、同じタオルに血液や嘔吐物、便などが付着している場合や、患者が疥癬など接触感染する疾患をもつ場合は、感染性のあるリネンとして扱う必要がある。
- ×d. 患者の唾液が付着した木製舌圧子は一般廃棄物として処理する。
誤り。唾液は標準予防策で感染性ありとして扱う体液に含まれる。そのため、口腔内に挿入して唾液が付着した舌圧子は、医療機関から出る感染性廃棄物(医療廃棄物)として、一般廃棄物とは分別して処理する。感染性廃棄物は専用の容器に入れ、バイオハザードマークで内容を示して廃棄する。バイオハザードマークは色で区別され、赤は液状・泥状のもの(血液など)、橙は固形状のもの(血液の付着したガーゼなど)、黄は鋭利なもの(注射針、メスなど)を表す。
- ○e. 患者が嘔吐している場合はプラスチックエプロンを着用して診察する。
正しい。嘔吐物は標準予防策で感染性ありとして扱う排泄物であり、嘔吐している患者の診察では嘔吐物が飛び散って医療者の衣服や皮膚を汚染するおそれがある。標準予防策では、体液による衣服の汚染が予想される場合にはエプロンやガウンを着用することが求められる。プラスチックエプロンは液体を通さないため、この目的に適している。併せて手袋、さらに顔面への飛散が予想される場合はサージカルマスクやゴーグル(フェイスシールド)も着用する。なお、嘔吐を伴う感染症としてはノロウイルス感染症が重要であり、その疑いがあれば接触予防策を追加し、嘔吐物の処理には次亜塩素酸ナトリウムを用いる(ノロウイルスはアルコールに抵抗性を示す)。
院内感染対策の2本柱
1. 標準予防策:すべての患者に常に行う。手指衛生、個人防護具の適切な使用、呼吸器衛生・咳エチケット、患者に使用した器材やリネンの適切な処理、環境整備、安全な注射手技、針刺し防止などを含む。 2. 感染経路別予防策:特定の感染症が疑われる、または診断された患者に、標準予防策に上乗せして行う。 ・空気予防策(飛沫核感染):結核、麻疹、水痘(播種性帯状疱疹を含む)。陰圧個室への収容、医療者はN95マスクを着用する。 ・飛沫予防策:インフルエンザ、風疹、ムンプス、百日咳、マイコプラズマ肺炎、髄膜炎菌感染症など。個室または集団隔離、患者から約1〜2m以内で接する際はサージカルマスクを着用する。 ・接触予防策:MRSAなどの多剤耐性菌、Clostridioides difficile腸炎、ノロウイルス・ロタウイルス胃腸炎、疥癬など。手袋・ガウンを着用し、聴診器などの器材は患者専用とする。
標準予防策における個人防護具の選択
・血液・体液・粘膜・損傷皮膚に触れる可能性がある:手袋 ・衣服が体液で汚染される可能性がある:エプロン(ガウン) ・顔面に飛沫・飛散を浴びる可能性がある:サージカルマスク、ゴーグル(フェイスシールド)
感染性廃棄物のバイオハザードマーク
・赤:液状・泥状のもの(血液など) ・橙:固形状のもの(血液付着のガーゼなど) ・黄:鋭利なもの(注射針など)
POINT
・標準予防策は感染症の有無にかかわらず全患者に行う。 ・血液、汗を除くすべての体液・分泌物・排泄物、粘膜、損傷皮膚を感染性ありとして扱う(汗は例外)。 ・手指衛生は診察のたびに毎回行う。 ・標準予防策のマスクはサージカルマスク、N95マスクは空気予防策(結核・麻疹・水痘)で用いる。 ・嘔吐物など体液で衣服が汚染されるおそれがあるときはエプロン(ガウン)を着用する。 ・唾液など体液が付着した物品は感染性廃棄物として処理する。
