初めて歩いたその瞬間に―周術期の肺血栓塞栓症は「時間の流れ」で理解する
第111回医師国家試験 E問題 第14問
国試問題にチャレンジ
周術期合併症の肺血栓塞栓症について誤っているのはどれか。
- a.術後24時間以降の発症が多い。
- b.起立,歩行開始時に発症することが多い。
- c.予防策として下肢弾性ストッキングの装着がある。
- d.深部静脈血栓症の既往がある場合は発症頻度が高い。
- e.下大静脈フィルターの永久留置が必要となる場合が多い。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
周術期の肺血栓塞栓症の多くは下肢の深部静脈血栓症に由来し、手術によって血流うっ滞・血管内皮障害・凝固能亢進というVirchowの3徴がそろうことで生じます。血栓は術中から安静期間に形成されるため、発症は術直後よりも術後24時間以降に多く、初回の起立・歩行や排泄動作を契機に突然の呼吸困難や胸痛、ショックで発症するのが典型です。予防は早期離床・下肢運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、抗凝固薬をリスクに応じて選び、静脈血栓塞栓症の既往は最高リスクに分類されます。治療の基本は抗凝固療法で、下大静脈フィルターは抗凝固療法が行えない場合などに限られ、用いる場合も回収可能型の一時留置が原則です。血栓が「いつでき、いつ飛ぶか」という流れで理解しておくと、術後管理での予防と早期発見に直結します。
解答・解説
正解はeです
肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)は、静脈系で形成された血栓が遊離して肺動脈を閉塞する病態であり、塞栓源の大部分は下肢や骨盤内の深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)である。PTEとDVTは一連の病態であるため、まとめて静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)と呼ぶ。 血栓形成の3要因(Virchowの3徴)は、①血流のうっ滞、②血管内皮の障害、③血液凝固能の亢進である。手術ではこの3つがそろいやすい。術中・術後の臥床や麻酔による筋ポンプ作用の消失が血流うっ滞をもたらし、手術操作(特に骨盤・股関節・膝関節の手術)が静脈壁を傷つけ、手術侵襲そのものが凝固系を亢進させる。こうして術中から術後の安静期間に下肢深部静脈に血栓ができ、術後に初めて離床する際の筋収縮や静脈血流の急増によって血栓が遊離し、肺動脈に詰まる、というのが典型的な発症の流れである。 この流れを理解しておけば、発症時期(術直後ではなく術後しばらくたってから)、発症の契機(起立・歩行開始時)、予防の考え方(DVTを作らせない)、危険因子(DVTの既往など血栓傾向)がいずれも説明できる。一方、周術期の凝固亢進は一過性であり、下大静脈フィルターは適応が限られ、用いる場合も回収可能型を一時的に留置するのが基本である。この点が本問で誤りを見抜く鍵となる。
選択肢考察
- ×a. 術後24時間以降の発症が多い。
記述は正しい。PTEの前提となるDVTは、術中から術後の安静臥床中に時間をかけて形成される。そのため手術直後よりも、ある程度時間が経って離床が始まる時期(術後1〜2日目以降、初回歩行時など)に発症することが多い。術後数日〜1週間程度は特に注意が必要である。
- ×b. 起立,歩行開始時に発症することが多い。
記述は正しい。安静中に下肢深部静脈にできた血栓は、起立や歩行により下腿の筋ポンプが働いて静脈還流が急に増えると、静脈壁から遊離して右心系を経て肺動脈に流れ込む。このため術後の初回離床・初回歩行、初回排尿・排便などの動作を契機に、突然の呼吸困難、胸痛、頻呼吸、頻脈、低酸素血症、ショックなどで発症するのが典型的である。
- ×c. 予防策として下肢弾性ストッキングの装着がある。
記述は正しい。弾性ストッキングは下肢を段階的に圧迫して表在静脈から深部静脈への血流を促し、静脈うっ滞を減らすことでDVT、ひいてはPTEを予防する。出血リスクがなく簡便な理学的予防法であり、中リスクの患者では弾性ストッキングまたは間欠的空気圧迫法が推奨される。ただし重度の末梢動脈疾患(下肢虚血)や下肢の皮膚病変がある場合などには使用を避ける。
- ×d. 深部静脈血栓症の既往がある場合は発症頻度が高い。
記述は正しい。VTEの既往は、先天性血栓性素因(アンチトロンビン欠乏症、プロテインC・プロテインS欠乏症など)や後天的な血栓傾向(悪性腫瘍、抗リン脂質抗体症候群など)が背景にある可能性を示し、また既往の血栓による静脈弁や静脈壁の障害も残るため、周術期VTEの強い危険因子となる。予防のリスク分類でも、VTEの既往や血栓性素因がある患者は最高リスクに位置づけられる。
- ○e. 下大静脈フィルターの永久留置が必要となる場合が多い。
誤った記述であり、これが正解である。下大静脈フィルターは下肢からの血栓が肺へ流れるのを物理的に捕捉する器具であるが、PTE治療の基本は抗凝固療法であり、フィルターは抗凝固療法が禁忌の場合(術直後で出血リスクが高いなど)や、十分な抗凝固療法を行っても再発する場合などに限って考慮される。周術期の凝固亢進は一過性で時間とともに正常化するため、フィルターを使う場合も危険な時期が過ぎれば抜去できる回収可能型(非永久型)を選ぶのが原則である。永久留置型は長期的にフィルター部の血栓閉塞やDVT再発の増加、フィルターの移動・破損などの合併症があるため、必要となる場面は限られる。
周術期VTEのリスク分類と予防(代表的な考え方)
・低リスク(例:60歳未満の非大手術):早期離床と積極的な下肢運動 ・中リスク(例:60歳以上または危険因子のある非大手術など):弾性ストッキングまたは間欠的空気圧迫法 ・高リスク(例:40歳以上のがんの大手術、股関節・膝関節全置換術など):間欠的空気圧迫法または抗凝固療法 ・最高リスク(例:VTEの既往や血栓性素因のある大手術):抗凝固療法と理学的予防法(間欠的空気圧迫法または弾性ストッキング)の併用 予防的抗凝固薬には、低用量未分画ヘパリン、低分子量ヘパリン(エノキサパリン)、フォンダパリヌクス、ワルファリン、一部の直接経口抗凝固薬(DOAC)などがあり、出血リスクと比較して選択する。
周術期VTEの主な危険因子
高齢、肥満、長期臥床、VTEの既往、血栓性素因、悪性腫瘍、骨盤・下肢の手術や外傷、エストロゲン製剤の使用、妊娠・産褥、心不全、中心静脈カテーテル留置など。
PTEの診断と治療
・症状・所見:突然の呼吸困難、胸痛、頻呼吸、頻脈、低酸素血症、失神、ショック。PaCO2は過換気により低下しやすい。 ・検査:D-ダイマー(陰性ならVTEの除外に有用)、造影CT(肺動脈内の造影欠損)、心エコー(右室拡大・右心負荷)、下肢静脈エコー、肺換気血流シンチグラフィ。心電図ではSⅠQⅢTⅢや右脚ブロック、右側胸部誘導の陰性T波などがみられることがある。 ・治療:抗凝固療法(ヘパリンで開始し、DOACやワルファリンへ移行)が基本。ショックを伴う重症例では血栓溶解療法、カテーテル治療、外科的血栓摘除術、経皮的心肺補助(PCPS)などを考慮する。下大静脈フィルターは抗凝固療法が行えない場合などに限定し、回収可能型を優先する。
POINT
・周術期PTEの多くは下肢DVTが原因で、Virchowの3徴(血流うっ滞・血管内皮障害・凝固能亢進)が手術でそろう。 ・術直後よりも術後しばらくして、初回離床・歩行開始時に突然発症することが多い。 ・予防は早期離床・下肢運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、抗凝固薬をリスクに応じて選択する。 ・VTEの既往は強い危険因子である。 ・下大静脈フィルターは適応が限られ、用いる場合も回収可能型の一時留置が原則であり、永久留置は推奨されない。
