増え続けるサービス業の働き手―第3次産業で問われる「こころの職業病」
第110回医師国家試験 G問題 第8問
国試問題にチャレンジ
第1次産業,第2次産業および第3次産業の就業者数の推移を示す。 Aの産業で罹患率が増加しているのはどれか。

- a.じん肺
- b.適応障害
- c.農薬中毒
- d.胸膜中皮腫
- e.レプトスピラ症
対話形式の解説
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ドクターまとめ
日本の就業構造は第1次・第2次産業から第3次産業へと移っており、第3次産業の就業者は増え続けて全体の大部分を占めています。第3次産業では物理的・化学的な有害因子への曝露は少ない一方、長時間労働や対人業務、感情労働による心理社会的ストレスが大きく、適応障害やうつ病などの精神障害が増加し、労災認定件数も増えています。じん肺と胸膜中皮腫は粉じん・石綿に曝露する第2次産業、農薬中毒とレプトスピラ症は農作業など第1次産業に特徴的な職業性疾患です。職場のメンタルヘルス対策としては、50人以上の事業場で年1回実施が義務づけられたストレスチェック制度と4つのケアが柱となります。産業構造と職業性疾患を結びつけて理解することは、働く人の健康を守る産業保健の視点を身につけるうえで欠かせません。
解答・解説
正解はbです
グラフの読み取り
昭和60年(1985年)から平成22年(2010年)までの就業者数を、産業別に積み上げた棒グラフである。 ・A:約3,300万人から約4,400万人へと一貫して増えており、全就業者の過半数(2010年には約7割)を占める。→ 第3次産業 ・B:約2,000万人から平成2〜7年ごろの横ばいを経て、約1,500万人まで減っている。→ 第2次産業 ・C:約500万人から約250万人へと、もともと少ないうえにさらに減り続けている。→ 第1次産業 産業構造が第1次・第2次産業から第3次産業へ移っていく変化(産業構造の高度化、いわゆるペティ=クラークの法則)を表した図である。
設問の考え方
第1次産業は農業・林業・漁業、第2次産業は鉱業・建設業・製造業、第3次産業は卸売・小売業、運輸業、情報通信業、金融業、医療・福祉、教育、サービス業などである。第3次産業では、粉じんや化学物質などの有害な物理的・化学的因子への曝露は比較的少ない。その一方で、長時間労働、対人業務による感情面の負担(感情労働)、顧客からの過剰な要求、職場の人間関係、成果主義などに伴う心理社会的ストレスが大きな課題となっている。こうしたストレスを背景に、適応障害やうつ病などの精神障害が増えており、精神障害による労災請求件数・認定件数も増加が続いている。したがって、Aの産業で罹患率が増加している疾患として適応障害を選ぶ。他の選択肢は、いずれも第1次または第2次産業に特徴的な職業性疾患である。
注記
本問は出題形式(統計グラフの判読と産業別の職業性疾患の対応)が古く、現在の国家試験対策として重要度は高くないと考えられる。ただし、第3次産業の拡大とメンタルヘルス対策の重要性という論点は現在も有用である。
選択肢考察
- ×a. じん肺
誤り。じん肺は、遊離ケイ酸(シリカ)、石綿、石炭、金属などの粉じんを長期間吸入し、肺に線維増殖性の変化が起こる疾患である。鉱山、トンネル工事、採石、窯業、鋳物、溶接など、主に第2次産業(鉱業・建設業・製造業)の粉じん作業で問題となる。じん肺法に基づく健康管理によって有所見者数は長期的に減少しており、第3次産業で増加している疾患ではない。
- ○b. 適応障害
正しい。適応障害は、はっきりした心理社会的ストレス因(職場の異動、業務量の増加、人間関係、ハラスメントなど)に反応して、抑うつ気分、不安、行動面の変化などが生じ、社会生活や職業生活に支障をきたす状態である。ストレス因が生じてから比較的早期(DSM-5 では3か月以内)に発症し、ストレス因やその影響がなくなれば通常6か月以内に改善するとされる。対人サービスを中心とする第3次産業では、長時間労働や対人関係・顧客対応によるストレスが大きい。このため、適応障害やうつ病などの精神障害が増えており、職場のメンタルヘルス対策の重要な対象となっている。
- ×c. 農薬中毒
誤り。農薬中毒は、農薬の散布や調合の際に、経皮・吸入で農薬に曝露して起こる。有機リン系やカーバメート系の農薬によるコリンエステラーゼ阻害(縮瞳、流涎、徐脈、筋線維束攣縮など)が代表的である。農業従事者、すなわち第1次産業に特徴的な職業性疾患であり、第3次産業の疾患ではない。
- ×d. 胸膜中皮腫
誤り。胸膜中皮腫は、主に石綿(アスベスト)の曝露によって起こる悪性腫瘍で、曝露から発症までの潜伏期間は30〜40年程度と非常に長い。石綿の製造・加工、建材の取り扱い、造船、建築物の解体などの第2次産業(製造業・建設業)で曝露が多かった。日本では2006年に石綿の製造・使用などが原則として全面禁止された。過去の曝露を反映して中皮腫の死亡者数は増えてきたが、これは第2次産業での曝露に起因するもので、第3次産業に特有の疾患ではない。
- ×e. レプトスピラ症
誤り。レプトスピラ症は、病原性レプトスピラを保有するネズミなどの動物の尿で汚染された水や土壌に、皮膚の傷や粘膜が触れることで感染する人獣共通感染症である。発熱、筋痛(特に腓腹筋痛)、結膜充血がみられ、重症型(Weil 病)では黄疸、腎不全、出血傾向をきたす。水田作業(秋疫〈あきやみ〉と呼ばれた)、畜産、下水道作業など、水や動物と接する作業で起こりやすく、主に第1次産業に関連する感染症である。感染症法では4類感染症に分類される。
産業分類と代表的な職業性疾患
・第1次産業(農業・林業・漁業):農薬中毒(有機リン中毒など)、レプトスピラ症、ツツガムシ病、農夫肺(過敏性肺炎)、振動障害(チェーンソー使用による林業の白ろう病)、熱中症、潜水作業による減圧症(漁業)など ・第2次産業(鉱業・建設業・製造業):じん肺(珪肺など)、石綿関連疾患(石綿肺、肺癌、胸膜中皮腫、胸膜プラーク)、有機溶剤中毒、金属中毒(鉛など)、騒音性難聴、職業性膀胱癌(芳香族アミン)、胆管癌(1,2-ジクロロプロパン)など ・第3次産業(商業・サービス業・医療福祉・情報通信など):精神障害(うつ病、適応障害など)、過重労働による脳・心臓疾患、情報機器(VDT)作業による眼精疲労・頸肩腕障害、介護・看護職の腰痛、針刺し事故による血液媒介感染症など
職場のメンタルヘルス対策
・労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度(2015年施行):常時50人以上の労働者を使用する事業場で、年1回のストレスチェックの実施が義務付けられている。高ストレス者が申し出た場合は、医師による面接指導を行う。 ・「労働者の心の健康の保持増進のための指針」に示される4つのケア:セルフケア、ラインによるケア、事業場内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源によるケア。 ・長時間労働者への医師による面接指導:時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が認められる労働者が申し出た場合に実施する。 ・精神障害の労災認定は「心理的負荷による精神障害の認定基準」に基づいて判断され、請求件数・認定件数とも増加傾向にある。
POINT
・日本の就業者は第3次産業が最も多く、増え続けている。第1次・第2次産業は減少している。 ・第3次産業の健康課題は、長時間労働と心理社会的ストレスによる精神障害(適応障害、うつ病など)や過労による脳・心臓疾患である。 ・じん肺と胸膜中皮腫は第2次産業、農薬中毒とレプトスピラ症は主に第1次産業の職業性疾患である。 ・職場のメンタルヘルス対策として、ストレスチェック制度(50人以上の事業場で年1回の実施義務)と4つのケアを押さえる。
