腎生検のスパイクが指さす先―膜性腎症で「腎臓の外」を探す理由
第109回医師国家試験 I問題 第73問
国試問題にチャレンジ
70歳の女性。下腿浮腫を主訴に来院した。7年前から健康診断で蛋白尿を指摘されていたが医療機関を受診しなかった。5年前から両下肢に浮腫が出現し,増悪と軽快とを繰り返していた。2週前から浮腫が高度となり歩行障害をきたしたため受診した。身長158 cm,体重60 kg。体温37.6℃。脈拍64/分,整。血圧152/90 mmHg。呼吸数16/分。顔面は浮腫状である。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。脛骨前面に圧痕を残す浮腫を認める。尿所見:蛋白3+,糖(-),潜血(±)。血液所見:赤血球486万,Hb 12.8 g/dL,Ht 38%,白血球6,200,血小板34万。血液生化学所見:総蛋白4.8 g/dL,アルブミン2.8 g/dL,尿素窒素20 mg/dL,クレアチニン0.7 mg/dL,Na 135 mEq/L,K 4.2 mEq/L,Cl 98 mEq/L。腎生検のPAM染色標本(A),蛍光抗体IgG染色標本(B)及び電子顕微鏡写真(C)を別に示す。 この患者で検索すべきなのはどれか。2つ選べ。

- a.悪性腫瘍
- b.感音難聴
- c.巨舌
- d.脳動脈瘤
- e.B型肝炎ウイルス感染
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
中高年に緩徐に発症し、血尿が乏しく腎機能が保たれたネフローゼ症候群では膜性腎症を考え、腎生検ではPAM染色で基底膜のスパイク、蛍光抗体法でIgGの毛細血管壁への顆粒状沈着、電子顕微鏡で上皮下沈着物を認めます。膜性腎症には一次性と二次性があり、二次性の原因として悪性腫瘍、B型・C型肝炎などの感染症、SLEなどの膠原病、金製剤やブシラミンなどの薬剤が重要です。特に高齢者では悪性腫瘍の検索が欠かせず、免疫抑制療法前にはHBV再活性化を防ぐためにHBV感染の有無を確認します。感音難聴はAlport症候群、巨舌はアミロイドーシス、脳動脈瘤は多発性嚢胞腎と結びつけて整理しておきましょう。病理診断のその先にある基礎疾患まで目を向ける姿勢は、腎疾患に限らず全身を診る臨床の基本です。
解答・解説
正解はa, eです
所見の整理
・経過:7年前から健診で蛋白尿、5年前から両下肢の浮腫が増悪・軽快を繰り返し、2週前から高度となった。数年単位でゆっくり進行する蛋白尿と浮腫である。 ・浮腫の性状:顔面と両下腿に左右差なく生じ、脛骨前面を押すと圧痕が残る(圧痕性浮腫)。両側性・全身性の浮腫では、まず心不全、腎疾患(腎不全・ネフローゼ症候群)、低アルブミン血症をきたす肝硬変などを考える。圧痕が残ることから、甲状腺機能低下症でみられる粘液水腫(圧痕を残しにくい)とは異なる。心音・呼吸音に異常がなく、肝・脾も触れないことから心不全や肝硬変は考えにくい。 ・検査:尿蛋白3+、血清総蛋白4.8 g/dL、アルブミン2.8 g/dLと低蛋白・低アルブミン血症があり、ネフローゼ症候群(高度の蛋白尿と低アルブミン血症、浮腫を特徴とする病態)と考えられる。尿潜血は(±)で血尿は目立たず、クレアチニン0.7 mg/dLと腎機能は保たれている。 ・腎生検:PAM染色(基底膜を黒く染める銀染色)で糸球体基底膜の外側に棘状の突起(スパイク)がみられ、蛍光抗体法ではIgGが毛細血管壁に沿って細かい顆粒状に沈着している。電子顕微鏡では、基底膜の上皮下(足細胞側)に高電子密度の沈着物(免疫複合体)が認められる。
診断
中高年に緩徐に発症し、血尿が乏しく腎機能が保たれたネフローゼ症候群で、上皮下の免疫複合体沈着とスパイク形成を示す腎生検所見から、膜性腎症と診断できる。膜性腎症は成人、特に高齢者のネフローゼ症候群の原因として頻度が高い。
設問の考え方
膜性腎症には、明らかな原因のない一次性(特発性)と、他の疾患や薬剤に続いて起こる二次性がある。二次性の原因としては、悪性腫瘍、感染症(B型肝炎、C型肝炎、梅毒など)、膠原病(全身性エリテマトーデス、関節リウマチなど)、薬剤(金製剤、ブシラミン、D-ペニシラミン、非ステロイド性抗炎症薬など)が知られる。二次性であれば原因疾患の治療が優先され、また免疫抑制療法を行う前に感染症や悪性腫瘍を把握しておく必要がある。特に高齢者の膜性腎症では悪性腫瘍が隠れていることがあるため、診断時に必ず検索する。
選択肢考察
- ○a. 悪性腫瘍
膜性腎症は悪性腫瘍に伴う糸球体疾患として最も代表的なものである。腫瘍に由来する抗原とそれに対する抗体が免疫複合体を作り、糸球体の上皮下に沈着すると考えられている。肺癌、胃癌・大腸癌などの消化器癌、乳癌、前立腺癌などの固形癌が多く、悪性リンパ腫などに合併することもある。高齢になるほど頻度が上がるため、70歳の本例では胸部画像、消化管検査、腫瘍マーカーなどで悪性腫瘍を検索すべきである。腫瘍の治療によって蛋白尿が改善することもある。
- ×b. 感音難聴
感音難聴はAlport症候群で特徴的な合併症である。Alport症候群は糸球体基底膜を構成するIV型コラーゲンの遺伝子異常による遺伝性腎炎で、小児期からの持続的な血尿で始まり、進行性に腎機能が低下し、眼病変(円錐水晶体など)を伴うこともある。電子顕微鏡では基底膜の不規則な肥厚・菲薄化と層状化(網目状変化)がみられ、上皮下沈着物を示す膜性腎症とは所見が異なる。本例では検索の必要はない。
- ×c. 巨舌
巨舌は全身性アミロイドーシス(特に免疫グロブリン軽鎖由来のALアミロイドーシス)でみられる所見である。アミロイドーシスも高齢者に慢性のネフローゼ症候群をきたすため臨床像だけでは鑑別に挙がるが、腎生検ではコンゴーレッド染色陽性で偏光顕微鏡下にアップルグリーンの複屈折を示す無構造物質が沈着し、電子顕微鏡では細い線維構造がみられる。本例は上皮下の免疫複合体沈着とスパイクを示す膜性腎症であり、巨舌を検索する意義は乏しい。
- ×d. 脳動脈瘤
脳動脈瘤は常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)に高頻度に合併し、くも膜下出血の原因となるため、ADPKDでは家族歴などに応じて頭部MRAなどでスクリーニングを検討する。ADPKDは両側腎に多数の嚢胞ができて腎腫大、高血圧、血尿、腎機能低下をきたす疾患で、ネフローゼ症候群を呈することはまれである。膜性腎症とは関連がない。
- ○e. B型肝炎ウイルス感染
B型肝炎ウイルス(HBV)感染は二次性膜性腎症の代表的な原因である。ウイルス抗原(HBe抗原など)とその抗体からなる免疫複合体が糸球体に沈着して発症し、小児では特に重要な原因となる。HBV関連であれば抗ウイルス療法が治療の中心となる。また、膜性腎症の治療で副腎皮質ステロイドや免疫抑制薬を用いると、HBVキャリアや既往感染者でウイルスが再増殖して重症肝炎(HBV再活性化)を起こす危険があるため、治療開始前にHBs抗原、HBs抗体、HBc抗体を確認しておく必要がある。
ネフローゼ症候群の診断基準(成人)
①蛋白尿3.5 g/日以上(随時尿の尿蛋白/クレアチニン比3.5 g/gCr以上でも可)が持続、②血清アルブミン3.0 g/dL以下(血清総蛋白6.0 g/dL以下も参考)が必須条件である。③浮腫、④脂質異常症(高LDLコレステロール血症)は必須ではない。
成人ネフローゼ症候群の主な原因
一次性:微小変化型ネフローゼ症候群(若年者に多く、急激に発症し、ステロイドがよく効く)、膜性腎症(中高年に多く、緩徐に発症)、巣状分節性糸球体硬化症、膜性増殖性糸球体腎炎など。 二次性:糖尿病性腎症、ループス腎炎、アミロイドーシスなど。
膜性腎症の病理
・光学顕微鏡:糸球体基底膜のびまん性肥厚。PAM染色で基底膜の外側にスパイク(沈着物の間に新たな基底膜が伸び出したもの)、進行すると沈着物が基底膜に取り込まれて点刻像(バブリング)を示す。 ・蛍光抗体法:IgG(一次性ではIgG4優位)とC3が毛細血管壁に沿って細顆粒状に沈着する。 ・電子顕微鏡:上皮下の高電子密度沈着物。沈着物の位置と基底膜の反応によりStage I〜IVに分類される。
一次性膜性腎症の原因抗原
足細胞表面のホスホリパーゼA2受容体(PLA2R)に対する自己抗体が一次性の多くで陽性となり、診断や治療効果の判定に用いられる。そのほかトロンボスポンジン1型ドメイン含有7A(THSD7A)などが知られ、THSD7A陽性例では悪性腫瘍の合併が多いとされる。
二次性膜性腎症の原因
・悪性腫瘍:肺癌、消化器癌、乳癌、前立腺癌、悪性リンパ腫など ・感染症:B型肝炎、C型肝炎、梅毒、マラリアなど ・自己免疫疾患:全身性エリテマトーデス(ループス腎炎V型)、関節リウマチ、シェーグレン症候群など ・薬剤:金製剤、ブシラミン、D-ペニシラミン、非ステロイド性抗炎症薬など
治療と経過
レニン・アンジオテンシン系阻害薬などで蛋白尿を減らし、浮腫には利尿薬を用いる。一次性で高度の蛋白尿が続く場合は副腎皮質ステロイド、シクロスポリンなどの免疫抑制薬、リツキシマブなどが用いられる。自然寛解する例もある一方、一部は長期的に腎機能が低下する。ネフローゼ症候群では血液が固まりやすくなり、特に膜性腎症では腎静脈血栓症などの血栓塞栓症に注意が必要である。
POINT
・中高年の緩徐発症ネフローゼ症候群、血尿は乏しく腎機能は保たれる → 膜性腎症を考える。 ・腎生検:PAM染色でスパイク、蛍光抗体でIgGの毛細血管壁顆粒状沈着、電顕で上皮下沈着物。 ・二次性の原因:悪性腫瘍、B型・C型肝炎、SLE、薬剤(金製剤、ブシラミン、D-ペニシラミン、NSAIDs)。 ・高齢者の膜性腎症では悪性腫瘍の検索が必須。免疫抑制療法の前にはHBV感染の有無も確認する。 ・関連づけ:感音難聴=Alport症候群、巨舌=アミロイドーシス、脳動脈瘤=多発性嚢胞腎。
