StudyMed医師国家試験

「会社に行けない」その先へ―主治医と産業医がつなぐうつ病診療

第109回医師国家試験 I問題 第70問

国試問題にチャレンジ

第109回 I問題 第70問

30歳の男性。大企業の営業職。気分が晴れず職場に行くことができないことを主訴に妻に付き添われて来院した。3か月前に商品納入のトラブルで取引先の会社の担当者に罵倒され,その後,自責の念が強くなり,抑うつ気分,早朝覚醒および倦怠感が続き,3日前から会社に行けないと休むようになった。2週前の会社の健康診断では異常を指摘されていない。身体所見,臨床検査および画像検査で異常を認めない。  抑うつへの治療とともにとるべき対応として適切なのはどれか。

  1. a.労働災害の認定をする。
  2. b.労働基準監督署に連絡する。
  3. c.直ちに転職することを勧める。
  4. d.産業医にも相談することを勧める。
  5. e.取引先の産業医に状況を確認する。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、職場の出来事をきっかけに抑うつ状態になった会社員への対応を問う問題だ。診断そのものより、「薬と休養のほかに、医師として何をするべきか」という視点がポイントになる。まずは病態をどう捉えるか考えてみよう。
医学生医学生
取引先から罵倒された後に、自責感、抑うつ気分、早朝覚醒、倦怠感が3か月も続いているので、うつ病を考えます。
ドクタードクター
そうだね。明らかなストレス因の後に症状が2週間以上続き、出勤できなくなるほど生活に支障が出ている。健康診断や検査で異常がないから、甲状腺機能低下症のような身体疾患による抑うつも考えにくい。もちろん確定には、興味・喜びの喪失、食欲の変化、集中力の低下、希死念慮なども問診で確認する必要がある。
医学生医学生
精神科の臨床実習で、早朝覚醒はうつ病に特徴的な睡眠障害だと教わりました。でも、はっきりしたきっかけがあるなら適応障害ではないんですか。
ドクタードクター
いい疑問だ。ストレス因への反応として生じ、うつ病の診断基準を満たさない程度なら適応障害も鑑別に挙がる。ただ、きっかけがあるからといってうつ病を否定できるわけではない。どちらにしても、治療と並行して職場との調整が必要という点は変わらないんだ。
医学生医学生
職場との調整というと、休職とか業務を減らすとか、そういうことですか。
ドクタードクター
その通り。休業が必要か、業務量をどう減らすか、配置転換するか、復職をいつどのように段階的に進めるか。こうした就業上の措置は、主治医だけでは決められない。そこで登場するのが産業医だ。正解は、産業医にも相談するよう勧めることだよ。
医学生医学生
産業医は公衆衛生の講義で出てきました。確か、一定以上の規模の事業場には置かないといけないんですよね。
ドクタードクター
そう。労働安全衛生法で、常時50人以上の労働者を使用する事業場には産業医の選任が義務付けられている。大企業ならまず間違いなくいる。産業医は職場の実情を知っていて、事業者に就業上の措置について意見を述べられる立場だ。主治医が治療を担い、産業医が職場との橋渡しを担う、という役割分担なんだ。
医学生医学生
労災の認定をする、という選択肢も、仕事が原因なら正しそうに見えました。
ドクタードクター
そこは引っかかりやすい。労災を認定するのは労働基準監督署長で、診療した医師ではない。医師ができるのは、本人が請求するときに必要な診断書や意見書を書くことまでだ。しかも精神障害の労災認定では、業務による心理的負荷の強さや業務以外の要因を評価する必要があって、受診したその場で判断できるものではない。
医学生医学生
では、医師から労働基準監督署に連絡するのはどうでしょうか。
ドクタードクター
この症例では長時間労働や違法な労働条件といった情報はないし、そもそも本人の同意なく診療情報を外部機関に伝えれば守秘義務の問題になる。労災請求をするかどうかは本人が判断して手続きするものだよ。取引先の産業医に状況を確認する、というのも同じ理由で不適切だ。取引先の産業医はあくまで取引先の労働者の健康を管理する立場で、この患者とは関係がないし、受診の事実を第三者に漏らすことになる。
医学生医学生
直ちに転職を勧めるのは、原因から離れるという意味ではよさそうに思えたんですが。
ドクタードクター
気持ちはわかるけれど、うつ病の急性期は悲観的な考えや自責感が強く、判断力や集中力も落ちている。だから退職や転職、離婚のような人生の重大な決断は、回復するまで先送りするよう助言するのが原則なんだ。転職そのものも大きなストレスになりうる。
医学生医学生
治療は主治医、職場の調整は産業医、そして大きな決断は回復してから、という整理ですね。
ドクタードクター
よくまとまっている。発展知識として、復職の流れも押さえておこう。厚生労働省の職場復帰支援の手引きでは、休業中のケア、主治医による復職可能の判断、産業医や人事担当者を交えた復職可否の判断と復職支援プランの作成、最終決定、復職後のフォローアップという段階が示されている。主治医の「復職可能」の診断書だけで決まるのではなく、職場側の判断が入る点が大事だ。
医学生医学生
ストレスチェックも産業医が関わるんでしたっけ。CBTの過去問で見た気がします。
ドクタードクター
そうだね。ストレスチェックは常時50人以上の事業場で年1回の実施が義務で、高ストレス者は申し出により医師の面接指導を受けられる。臨床で気をつけたいのは、産業医への相談を勧める際も、あくまで本人の同意を得て情報をやり取りすること。そして希死念慮の有無は必ず確認し、強ければ休養の確保や入院も含めて安全を最優先にすることだ。

まとめ

職場での出来事をきっかけに抑うつ気分、自責感、早朝覚醒などが続き就労に支障が出ている場合、うつ病(あるいは適応障害)として治療を行うとともに、産業医との連携を勧めることが重要です。常時50人以上の労働者を使用する事業場には産業医の選任が義務付けられており、産業医は休業・業務軽減・配置転換・段階的復職などの就業上の措置について事業者に意見を述べ、主治医と職場の橋渡しを担います。労災の認定は労働基準監督署長が行うもので主治医の役割ではなく、本人の同意なく労働基準監督署や取引先に情報を伝えることは守秘義務に反します。またうつ病の急性期には判断力が低下しているため、転職や退職などの重大な決断は回復まで先送りするよう助言します。医学的治療だけでなく、患者の生活と仕事を支える制度や連携先を知っておくことは、実臨床で働く医師にとって欠かせない視点です。

解答・解説

正解はdです

所見の整理

・30歳男性、大企業の営業職。 ・3か月前、仕事上のトラブルで取引先の担当者から罵倒されたことをきっかけに、自責の念、抑うつ気分、早朝覚醒(朝早く目が覚めて再び眠れない)、倦怠感が続いている。3日前からは出勤できず休んでいる。 ・妻が付き添って受診しており、本人だけでは受診行動をとりにくい状態とも考えられる。 ・2週前の健康診断、今回の身体所見・検査・画像検査はいずれも異常がなく、甲状腺機能低下症などの身体疾患による抑うつは否定的である。

診断の考え方

明確な心理社会的ストレスの後に、抑うつ気分、自責感、早朝覚醒、倦怠感が2週間以上(3か月)持続し、就労に支障をきたしている。うつ病(DSM-5ではうつ病/大うつ病性障害)が最も考えられる。うつ病と確定するには、興味・喜びの喪失、食欲・体重の変化、集中力低下、精神運動の焦燥または制止、希死念慮などの有無も問診で確認する必要がある。症状が診断基準を満たさない程度であれば、ストレス因に対する反応としての適応障害も鑑別となる。いずれにしても、薬物療法や休養などの抑うつへの治療が必要である。

設問の考え方

本例の抑うつは職場での出来事を契機とし、すでに就労に支障が出ている。治療を進めるうえでは、休業の要否、業務量の調整、配置転換、復職の時期や段階的な勤務などの「職場側の調整」が欠かせない。大企業(常時50人以上の労働者を使用する事業場)には産業医の選任が法律で義務付けられており、産業医は労働者の健康管理や就業上の措置について事業者に意見を述べる立場にある。主治医が医学的治療を担い、産業医が職場との橋渡しを担うという連携をとるため、本人に産業医への相談を勧めるのが適切である。また、うつ病の患者は判断力が落ちていることが多いため、退職・転職などの重大な決断は回復するまで先送りするよう指導するのが原則である。

選択肢考察

  1. ×a.  労働災害の認定をする。

    労働災害(労災)に当たるかどうかを認定するのは、労働者本人(または遺族)の請求を受けた労働基準監督署長であり、診療した医師が認定することはできない。医師は請求に必要な診断書や意見書を作成する立場にとどまる。さらに精神障害の労災認定には、業務による強い心理的負荷の有無や業務以外の要因などを評価する必要があり、受診時点で判断できるものではない。

  2. ×b.  労働基準監督署に連絡する。

    労働基準監督署は、労働基準法などに基づいて事業場を監督し、労災保険の給付を扱う行政機関である。本例では長時間労働や違法な労働条件などの情報はなく、現段階で医師が労働基準監督署に通報する必要性は見当たらない。また本人の同意なく診療情報を外部機関に伝えることは守秘義務の観点からも問題となる。労災請求を行うかどうかは、本人が判断して手続きするものである。

  3. ×c.  直ちに転職することを勧める。

    うつ病の急性期には、悲観的な思考や自責感、判断力・集中力の低下がみられるため、退職・転職・離婚などの人生上の重大な決断は症状が回復するまで保留するよう助言するのが原則である。転職そのものも新たな大きなストレスとなりうる。まずは治療と休養を優先し、職場での調整を図るべきである。

  4. ○d.  産業医にも相談することを勧める。

    常時50人以上の労働者を使用する事業場では産業医の選任が義務付けられており、大企業に勤める本例の職場にも産業医がいる。産業医は職場の状況を把握し、休業・業務軽減・配置転換・段階的な復職などの就業上の措置について事業者に助言できる。主治医と産業医が連携することで、休養をとるための手続きや復職支援が円滑になる。本人の同意を得たうえで相談を勧めるという形をとることで、プライバシーにも配慮できる。よって適切である。

  5. ×e.  取引先の産業医に状況を確認する。

    取引先の産業医が健康管理の責任を負うのは取引先企業の労働者であり、本例の患者とは関係がない。取引先に状況を問い合わせることは、患者の受診事実や病状を第三者に漏らすことになり、守秘義務違反や患者の仕事上の不利益につながるおそれがある。

産業医制度の要点

・労働安全衛生法により、常時50人以上の労働者を使用する事業場では産業医の選任が義務付けられている。常時1,000人以上(有害業務では500人以上)の事業場では専属の産業医が必要である。 ・主な職務: 健康診断・面接指導の実施とその結果に基づく措置、長時間労働者への面接指導、ストレスチェック制度への関与、職場巡視、作業環境・作業の管理、健康教育、休業者の職場復帰支援など。必要に応じて事業者に勧告できる。 ・ストレスチェック: 常時50人以上の事業場で年1回の実施が義務付けられている。高ストレス者は申し出により医師の面接指導を受けられる。

メンタルヘルス不調による休業と復職

・厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」では、病気休業開始・休業中のケア → 主治医による職場復帰可能の判断 → 職場復帰の可否判断と職場復帰支援プランの作成 → 最終的な職場復帰の決定 → 職場復帰後のフォローアップという段階が示されている。主治医・産業医・人事労務担当者・管理監督者の連携が重要である。

精神障害の労災認定

・認定するのは労働基準監督署長である。 ・認定基準の主な要件は、(1)対象となる精神障害を発病していること、(2)発病前おおむね6か月間に業務による強い心理的負荷が認められること、(3)業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと、である。 ・心理的負荷の評価項目には、ひどい嫌がらせ・いじめ・パワーハラスメント、長時間労働のほか、顧客や取引先からの著しい迷惑行為(いわゆるカスタマーハラスメント)も含まれている。

うつ病の診断(DSM-5)の要点

抑うつ気分または興味・喜びの喪失のいずれかを含む5つ以上の症状(抑うつ気分、興味・喜びの喪失、食欲・体重の変化、不眠または過眠、精神運動の焦燥または制止、易疲労感・気力の減退、無価値感・過剰な罪責感、思考力・集中力の低下、死についての反復思考・希死念慮)がほぼ毎日2週間以上続き、生活に支障をきたし、物質や身体疾患によるものではないこと。

POINT

・職場の出来事を契機とする抑うつで就労に支障がある場合、治療とともに産業医との連携を図る。 ・常時50人以上の労働者を使用する事業場には産業医の選任義務がある。 ・労災の認定は労働基準監督署長が行い、主治医が行うものではない。 ・うつ病の急性期には、退職・転職などの重大な決断は先送りするよう助言する。 ・患者の情報を本人の同意なく第三者(取引先など)に伝えてはならない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。